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平成15年那審第25号
件名

油送船大鴻丸乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成15年8月28日

審判庁区分
門司地方海難審判庁那覇支部(坂爪 靖、小須田 敏、上原 直)

理事官
平良玄栄

受審人
A 職名:大鴻丸船長 海技免状:四級海技士(航海)
B 職名:大鴻丸一等航海士 海技免状:四級海技士(航海)

損害
船底全般に擦過傷、推進器翼に曲損

原因
台風接近時の走錨防止措置不十分

主文

 本件乗揚は、台風接近時の走錨防止措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年9月4日19時05分
 沖縄県運天港
 
2 船舶の要目
船種船名 油送船大鴻丸
総トン数 448トン
全長 58.54メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,103キロワット

3 事実の経過
 大鴻丸は、専ら沖縄県金武中城港から沖縄島周辺諸島や同県宮古島、石垣島各港へのガソリンや灯油、重油等の輸送に従事する船尾船橋型の鋼製油タンカーで、A及びB両受審人ほか5人が乗り組み、中城湾内の金武中城港小那覇地区にある南西石油株式会社専用桟橋で最大載荷重量894.36トンのうちA重油500キロリットルを積載し、石垣港に向かう予定が、台風16号が接近していたため、これを避難する目的で、船首2.40メートル船尾4.40メートルの喫水をもって、平成14年9月3日12時15分同桟橋を発し、同県運天港に向かった。
 ところで、運天港は、沖縄島北部本部半島の東側に位置し、四方を陸地と島に囲まれ、各方向からの風波の影響を和らげ、うねりの進入を防ぐことができるので、荒天時や台風時の避難港として利用されていた。屋我地島北岸から西岸に至る間とその西側対岸の同半島北東端とで挟まれた同港出入口水路は、北東方に開いた幅約1,200メートルの港口から南西方に約1.2海里入り込んだところで屈曲して南方に約1海里延び、同水路幅が約200メートルに狭められていた。これに接続する同水路南口付近から南東方に水域の拡がったところが港奥となっていて、羽地内海と称する船だまりがあった。
 羽地内海は、北側を屋我地島、東側を奥武島、西側と南側を本部半島兼久から仲尾次に至る陸岸に囲まれ、北西方から南東方への長さが約2.7海里北東方から南西方への長さが0.7ないし1.6海里で、羽地内海北西部のヤガンナ島付近から南東方の仲尾次付近にかけて延びる長さ約2.2海里幅約0.4海里の5メートル等深線で囲まれた水域が、1,000トン以下の船舶や台船等の錨地として使用され、同等深線の陸岸側は干出さんご礁の浅礁域となっていた。
 一方、同年8月28日マリアナ諸島の東方海上で発生した弱い熱帯低気圧は、翌29日同海上で台風16号(以下「台風」という。)となって発達しながら西に進み、地上天気図によれば、翌9月3日15時00分の中心位置は、沖縄島東方約200海里の、北緯25度24分東経134度54分にあり、中心気圧955ヘクトパスカル、中心付近の最大風速毎秒38メートル(以下、風速は毎秒を省略する。)、風速25メートル以上の暴風域は北側70海里、南側50海里で、時速26キロメートルで西北西に進み、このまま進むと、24時間後には沖縄島の北東方約60海里に達し、同島北部が暴風域に入り、その後同島北部に上陸するおそれがあった。また、沖縄気象台は同月3日04時30分同島北部に波浪注意報を発表し、同日20時15分には波浪警報及び強風注意報に切替えて注意を呼びかけていた。
 発航後、A受審人は、沖縄島西岸を北上して同月3日18時50分運天港港外に至り、機関用意のうえ乗組員を入港配置に就け、19時00分同港の港界に達し、同港出入口水路を南下したものの、夜間なので、夜が明けて周囲の状況が分かるようになるまで港奥出入口付近の羽地内海北西部で投錨仮泊することとし、同時30分奥武島29メートル三角点(以下「奥武島三角点」という。)から280度(真方位、以下同じ。)3,550メートルの地点で左舷錨を投下して錨泊した。
 翌4日06時00分A受審人は、自船付近には無人の台船等が多数錨泊していて危険なため、羽地内海南東部に転錨することとし、乗組員を転錨配置に就け、自ら操船の指揮を執り、同時05分抜錨して機関を適宜使用し、僚船3隻を含む数十隻の貨物船や台船等が錨泊している中を空いている水域を探しながら南東方へ移動した。そして、同時23分南側の陸岸から約520メートル、同側の5メートル等深線から約250メートル、東側の奥武島南西端から約870メートル、自船の西北西方と西方の錨泊船からは約250メートルそれぞれ離れた羽地内海最奥部付近の、奥武島三角点から237度1,500メートルの地点で、水深が約7メートル、底質が砂と泥の混在するところに、重さ905キログラムの左舷錨を投下し、次いで同じ重さの右舷錨を投下した。
 投錨時、A受審人は、天気がよく北東の風が風速5メートルほどしか吹いていなかったので、とりあえず、左舷錨鎖は装備する7節(1節の長さ25メートル)のうち5節水まで、右舷錨鎖は同8節のうち5節水までそれぞれ延出して二錨泊とし、船首が風に立って両錨鎖ともほぼ同じ方向に張って両錨が効いたことを確かめたあと、転錨配置を開いていったん降橋して自室で休息した。
 A受審人は、朝食後、北寄りの風が風速8メートルほどで、海上も比較的穏やかであったので、午前中はB受審人と甲板長を居住区周辺のペイント塗装に当たらせ、その間、自室のテレビ等で台風情報を入手し、時々昇橋して海図に台風の位置等を入れたり周囲の様子を見たりし、その後乗組員全員で操舵、防火及び防水訓練を行い、午後からはB受審人と4時間交替で守錨当直を行うこととし、12時から16時までを自らが受け持つつもりで同当直に就いた。
 A受審人は、しばらく在橋したのち自室に戻り、その後適宜昇橋して守錨当直に当たった。そして、14時ごろから雨が降り出し北の風が次第に強まる中、昇橋し、テレビ等の台風情報を基に海図に最新の台風の中心位置や進路等を記入して台風の動向を確かめた。同日15時00分強い台風は、北緯26度06分東経129度30分の地点にあって、運天港の東南東方約90海里に接近し、中心気圧960ヘクトパスカル、中心付近の最大風速38メートル、風速25メートル以上の暴風域は北側90海里、南側80海里となって、勢力を保ったまま、進路を北西から西に変え時速20キロメートルで進んでおり、このまま進むと、同港が台風の進路の右半円に入り、22時30分ごろ最接近し、同港の南側ごく近くを通過することが予想され、また、当時、沖縄気象台から沖縄島北部に暴風・波浪警報、大雨・雷・高潮注意報が発令中であった。同人は、それまでの台風情報から今夜台風が自船付近に最接近し、風雨とも非常に強まると予測したものの、錨位や周囲の他船の様子に変化が見られなかったので、そのまま錨泊を続けた。
 16時00分A受審人は、雨が強まり、気圧も正午と比べ10ヘクトパスカルほど下がり990ヘクトパスカルとなり、風向は変らないまま、風速17メートル以上に達し、更に風勢が強まる状況で、このまま錨泊を続けると暴風と風浪により走錨するおそれがあった。しかし、同人は、二錨泊にして錨鎖をそれぞれ5節水まで延出しているので、もう少し様子を見てから対処しても大丈夫と思い、自ら在橋して船橋指揮を執り、速やかな機関の用意、両舷錨鎖の十分な延出、状況に応じた両舷錨鎖にかかる張力緩和のための機関の使用、B受審人を配置しての錨位、周囲の状況等を確かめるためのレーダーやGPSの連続監視など、走錨防止措置を十分にとらないで、昇橋してきた同人と守錨当直を交代して自室に退いた。
 また、A受審人は、交代時、B受審人に対し、当直中、ナブテックス受信機やVHF、ラジオ等により台風情報を収集し、その位置、進路等を海図に記入すること、レーダーやGPS等で錨位の確認に努めること、周囲の見張りを十分に行って他船、特に無人の台船に気を付けることなどを告げたものの、具体的な風速や風力値を示して風勢が強まるようであれば、直ちに報告するよう指示を行わなかった。
 こうして、守錨当直に就いたB受審人は、目測やレーダー、GPSにより錨位や周囲の状況を確かめながら前示方法で台風情報を入手して海図に台風の位置等を記入していたところ、18時ごろ雨が激しくなり、気圧が977ヘクトパスカルまで降下して台風の急接近を示し、風が猛烈に吹き始め、船首から受けていた北の風は風速25メートルほどにも達し、更に強まる傾向にあることを認めたが、A受審人は台風情報を把握しているはずだから、報告しなくともそのうち昇橋してくるものと思い、直ちにこのことを同人に報告しないまま、守錨当直を続けた。
 その間、A受審人は、自室で休息中、外の風雨の音で風勢が一段と強まったことを知ったものの、台風通過後は南寄りの吹き返しの風が強まるので、そのころ両舷錨鎖を十分延出すればよいと判断し、依然走錨防止措置を十分にとらないまま、テレビの台風情報を見ていた。
 その後、B受審人は、激しい風雨で視界が狭められ、レーダーはレンジを変え海面反射等の調整をしてもその画面が真っ白となって何も映らなくなったので、船橋前面の旋回窓を通したり、船橋の左右の出入口扉を半開きにしたりして外をのぞいて周囲の様子を見守っているうち、暴風と風浪により次第に走錨を始めたものの、このことに気付かなかった。
 18時45分B受審人は、錨位を確かめようとGPS画面を大尺度の0.14海里レンジに拡大して同画面を見たところ、避険線として予め設定され赤線で示されていた5メートル等深線上に自船の位置があったので走錨していることに気付き、慌てて降橋しA受審人に報告して昇橋を求めた。
 A受審人は、直ちに昇橋してGPS画面を見て走錨を認め、急いで機関用意を令するとともにB受審人と甲板長を船首配置に就けたものの、機関用意に手間取り、19時00分ようやく機関用意ができ、北の風を左舷船首約25度に受けたままなので、船首を風に立て揚錨したのち転錨するつもりで両舷錨鎖を巻き始めるとともに左舵一杯とし、機関を微速力前進、次いで半速力前進にかけ、バウスラスターも併用したが、その間も走錨を続け、両舷錨鎖を3節残したところで、19時05分奥武島三角点から230度1,700メートルの地点において、大鴻丸は、船首が060度を向いて、陸岸近くの浅礁に乗り揚げた。
 当時、天候は雨で風力10の北風が吹き、潮候は下げ潮の初期で、波高約2メートルの波があり、沖縄島北部に暴風・波浪警報、大雨・雷・高潮注意報が発表されていた。
 乗揚の結果、船底全般に擦過傷、推進器翼に曲損を生じたが、救助船により引き下ろされ、のち修理された。

(原因)
 本件乗揚は、夜間、暴風・波浪警報等が発表されている状況下、沖縄県運天港羽地内海において、台風避難のため錨泊中、風勢が急速に強くなった際、走錨防止措置が不十分で、走錨して風下の陸岸近くの浅礁に向かって圧流されたことによって発生したものである。
 運航が適切でなかったのは、船長が走錨防止措置を十分にとらなかったこと及び守錨当直者に対して風勢が強まったときの報告についての指示が十分でなかったことと、守錨当直者が同報告を行わなかったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、暴風・波浪警報等が発表されている状況下、沖縄県運天港羽地内海において、台風避難のため錨泊中、風勢が急速に強くなったのを認めた場合、このまま錨泊を続けると暴風と風浪により走錨するおそれがあったから、自ら在橋して船橋指揮を執り、速やかな機関の用意、両舷錨鎖の十分な延出、状況に応じた両舷錨鎖にかかる張力緩和のための機関の使用、一等航海士を配置しての錨位、周囲の状況等を確かめるためのレーダーやGPSの連続監視など、走錨防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、二錨泊にして錨鎖をそれぞれ5節水まで延出しているので、もう少し様子を見てから対処しても大丈夫と思い、同航海士と守錨当直を交代して自室に退き、走錨防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により、走錨して風下の陸岸近くの浅礁に向かって圧流されて乗揚を招き、大鴻丸の船底全般に擦過傷、推進器翼に曲損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は、夜間、暴風・波浪警報等が発表されている状況下、沖縄県運天港羽地内海において、台風避難のため守錨当直中、北の風が猛烈に吹き始め、風速25メートルほどにも達し、更に強まる傾向にあることを認めた場合、直ちにこのことを船長に報告すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、船長は台風情報を把握しているはずだから、報告しなくともそのうち昇橋してくるものと思い、直ちにこのことを船長に報告しなかった職務上の過失により、走錨して乗揚を招き、大鴻丸に前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって、主文のとおり裁決する。





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