(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成13年7月14日10時05分
新潟県佐渡島北方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
旅客船すいせん |
総トン数 |
17,329トン |
全長 |
199.45メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
47,660キロワット |
3 事実の経過
すいせんは、北海道小樽港と福井県敦賀港間での貨客輸送に従事する2機2軸の旅客船兼車両航走船で、三菱化工機株式会社製のSJ60T型と称するC重油用の遠心分離式清浄機(以下「燃料油清浄機」という。)3台のほか、B重油用1台、主機潤滑油用4台及び発電機潤滑油用1台の計9台の遠心分離式清浄機を装備していた。
遠心分離式清浄機(以下「清浄機」という。)は、駆動用の電動機、歯車式の吸入ポンプ(以下「歯車ポンプ」という。)、電動機から摩擦クラッチを介して回転する横軸、横軸と歯車ポンプを連結する安全接手、横軸に取り付けられたスパイラルギアからピニオンを介して回転する竪軸、竪軸頂部に取り付けられた回転体、回転体上部の液入口管、フレーム、フレームカバー、原液入口管及び軽液出口管等で構成されており、歯車ポンプで吸引した燃料油または潤滑油を原液入口管から回転体内部に送入し、回転体内部で固形物や水分を遠心力で分離したのち、清浄された油を軽液出口管から清浄油タンクに送るようになっていた。
A受審人は、機関長として機関部乗組員を指揮しながら各機器の運転及び保守管理に当たり、清浄機を三等機関士に担当させ、燃料油清浄機については、常時3台のうちの2台を運転し、運転中は3週間ごとに洗浄装置による回転体内部の薬液洗浄を行わせるとともに、運転時間が3,000時間を経過した時点で予備機と切り替えて開放整備を行わせていた。
B受審人は、平成13年大学を卒業後にSフェリー株式会社に入社し、同年4月6日から次席三等機関士としてすいせんに乗り組み、首席三等機関士と共にボイラや清浄機等を担当していたが、清浄機については、薬液洗浄作業には慣れていたものの、開放整備作業は、乗船して間がなく機関長から単独での作業を許可されていなかったので、首席三等機関士が行うのを4、5回手伝ったことがあるだけで、自身が単独で行ったことはなかった。
A受審人は、同年7月13日の敦賀港入港スタンバイ時に、B受審人から開放時期にきている3号燃料油清浄機の開放整備作業を1人で行わせてほしいとの要望があったので、同人の技量を確認するためにこれを許可し、自らが同作業に立ち会うことにした。
同日20時ごろB受審人は、敦賀港への入港スタンバイ中に3号燃料油清浄機を開放整備する前段階としての薬液洗浄作業に取り掛かり、すいせんが同時30分敦賀港に入港したのちも洗浄作業を続け、21時50分同作業を終えて洗浄装置を取り外したが、開放作業が翌日に予定されていたうえ、自身が今までに行っていた通常の薬液洗浄だけの場合には、清浄機を運転したまま、一旦燃料油あるいは潤滑油の通液を中断して洗浄作業を行い、同作業終了後すぐに通液を再開していたこともあって、同機を停止するのを失念してしまった。
その後、すいせんは、A、B両受審人ほか29人が乗り組み、旅客175人及び車両246台を載せ、船首6.09メートル船尾7.44メートルの喫水をもって、23時30分敦賀港を発し、小樽港に向かった。
A受審人は、翌14日09時00分から機関制御室で作業開始前の打合せを行った際、初めてB受審人に単独で清浄機の開放作業を行わせるにもかかわらず、自らが開放作業に立ち会ううえ、前夜の薬液洗浄後に同機を停止しているはずだから改めて指示するまでもあるまいと思い、B受審人に対し、3号燃料油清浄機の開放作業を開始する前には同機の停止を確認したうえで始動器盤の電源スイッチを切るよう指示するなど、安全措置を十分に講じないまま、09時30分打合せを終えて機関室の巡視を始めた。
一方、B受審人は、打合せ終了後、直ちに3号燃料油清浄機の開放準備作業に取り掛かったが、前夜の薬液洗浄後に同機を停止したと思い込んでいたうえ単独で行う初めての作業なので開放の手順や方法ばかりに気を取られ、同機の停止を確認したうえで始動器盤の電源スイッチを切るなど、安全措置を十分に講じなかったので、清浄機が運転されたままであることに気付かなかった。
ところで、3号燃料油清浄機は、就航後に右舷主機の右舷船尾近くに増設されたもので、その1.5メートルほど船首方の支柱の清浄機側に自動制御盤が、その裏側に始動器盤が設置されていたため、清浄機側からは始動器盤の運転表示灯が見えなかった。また、同清浄機は、増設時に独立した専用の配管が設けられていなかったことから、予備機と切り替える場合には歯車ポンプが回転しないよう安全接手を取り外す必要があり、前夜の薬液洗浄時に同接手が取り外されていて横軸がわずかしか見えず、同軸が回転しているかどうかわかりにくい状態であったうえ、加熱されたC重油が通液されていない状態では表面温度も低く、運転音や振動も比較的少ないため、外部からは容易に運転・停止の確認をすることが困難な状況であった。一方、清浄機の製造業者は、清浄機を開放する場合には、必ず停止を確認し、始動器盤の電源スイッチを切るよう取扱説明書に明記して注意を促していた。
09時50分、A受審人は、機関室内の巡視を終えて3号燃料油清浄機のところに赴いたところ、B受審人が、既にクランプナットを取り外して吊上げジャッキをフレームカバーに取り付け、チェインブロックにワイヤを掛けようとしているのを認めたので、開放用具が揃っているかなどを確認したものの、同機を停止したかどうかを同人に確認しなかった。
こうして、A受審人は、B受審人がチェインブロックでフレームカバーを吊上げ、同カバーが10センチメートルほどフレームから上がったところで両手をフレームカバーとフレームとの間に差し入れ、同カバーを少し手前に引いた瞬間、清浄機が停止されていなかったので同カバーが回転体上部の液入口管に接触して振れ回り、10時05分入道埼灯台から真方位272度77.5海里の地点において、両手指をフレームカバーとフレームとの間に挟まれた。
当時、天候は曇で風力2の西北西風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、船内で応急処置を受けたのち、海上保安庁のヘリコプターによって搬送された函館市内の病院で受診した結果、右手第2指及び第5指を切断していたほか、同第3指、第4指及び左手第4指を開放骨折していることが判明したので、同病院で入院加療を受けた。
(原因)
本件乗組員負傷は、燃料油清浄機の開放整備作業を行う際、安全措置が不十分で、同機が運転されたまま開放作業が行われ、作業を指導していた機関長の両手指が、振れ回ったフレームカバーとフレームとの間に挟まれたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、乗船して間がない三等機関士に初めて燃料油清浄機の開放整備作業を行わせる場合、同機関士に対し、開放作業を開始する前に同機の停止を確認したうえで始動器盤の電源スイッチを切るよう指示するなど、安全措置を十分に講じるべき注意義務があった。ところが、同人は、同機関士が前夜の薬液洗浄後に同機を停止しているはずだから改めて指示するまでもあるまいと思い、安全措置を十分に講じなかった職務上の過失により、同機が運転されたまま開放作業が行われ、自身の両手指が振れ回ったフレームカバーとフレームとの間に挟まれる事態を招き、右手第2指及び第5指を切断したほか同第3指、第4指及び左手第4指を開放骨折するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、燃料油清浄機の開放整備作業を行う場合、同機の停止を確認したうえで始動器盤の電源スイッチを切るなど、安全措置を十分に講じるべき注意義務があった。ところが、同人は、前夜の薬液洗浄後に同機を停止したと思い込んでいたうえ初めての開放作業で手順や方法ばかりに気を取られ、安全措置を十分に講じなかった職務上の過失により、同機が運転されていることに気付かないまま開放作業を行い、作業を指導していた機関長の両手指が振れ回ったフレームカバーとフレームとの間に挟まれる事態を招き、同人の両手指に前示の負傷を負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。