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海難審判庁裁決録(平成15年度)

 事業名 海難審判庁裁決録の刊行配付
 団体名 海難審判・船舶事故調査協会  




 海難審判庁裁決録 >  2003年度(平成15年) > 転覆事件一覧 >  事件





平成14年函審第55号
件名

プレジャーボートはやぶさ転覆事件
二審請求者〔理事官千手末年〕

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成15年4月21日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(古川一、工藤民雄、安藤周二)
参審員 烏野慶一、板橋 豊

理事官
千手末年

損害
転覆し、沈没、のち引き揚げ、廃船(予定)
船長、同乗者6人が溺死

原因
波浪の隆起状況の確認不十分

主文

 本件転覆は、オホーツク海側の北海道サロマ湖湖口付近において、波浪の隆起状況の確認が不十分で、サロマ湖内への入航が中止されなかったことによって発生したものである。
 なお、乗船者の多数が死亡したのは、救命胴衣を着用していなかったことによるものである。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年9月14日10時00分
 北海道サロマ湖湖口付近
 
2 船舶の要目
船種船名 プレジャーボートはやぶさ
全長 10.38メートル
2.54メートル
深さ 0.90メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 102キロワット

3 事実の経過
(1)はやぶさの来歴
 はやぶさは、昭和56年3月進水した船首船橋型のFRP製船で、第58新興丸として動力漁船の登録ののち北海道サロマ湖におけるほたて養殖漁業、さけます定置網漁業に従事していたが、平成6年3月漁船登録が抹消され、同8年8月船舶安全法の適用を受ける遊漁船となり、同14年5月船舶所有者Nが購入し、7月11日日本小型船舶検査機構による船舶検査を受け、航行区域を限定沿海区域とする最大搭載人員12人の釣り船として登録された。
 N所有者は、自営業を営んでおり、同月14日はやぶさをサロマ湖内の登栄床漁港に陸送して岸壁に係留した後、休日等に家族や友人を乗せ、サロマ湖内や同湖沖合で趣味の釣りに5回ばかり使用していた。
(2)はやぶさの船体及び設備
 はやぶさは、船首端後方1.41メートルから2.56メートルの甲板上に操舵室及びキャビンが設けられ、キャビン前部が物入庫、操舵室後方4.06メートルが暴露甲板で、同甲板下が3箇所に区画され、中央が約0.2立方メートルの倉庫、その前後2箇所がねじ止めされたハッチ蓋による水密の空所となっていて、そこに容量約200リットルの燃料タンク各1個が、船尾に機関室が配置され、同タンクには燃料が満載されていた。倉庫は、生けすを兼ね、錨やロープ類が置かれ、高さ10センチメートル(以下「センチ」という。)のコーミングを有する倉口が、締付け金具のないFRP製蓋で閉鎖されていた。また、甲板より一段高くなった機関室上部の開口部には、締付け金具付きのFRP製蓋が装着されていた。
 操舵室は、長さ1.32メートル幅1.48メートル高さ1.76メートルで、前壁右舷側にキャビン通路の開口、後壁右舷側に引き戸があり、左舷側に舵輪、その右横に主機遠隔操縦ハンドルとクラッチハンドルが設けられ、舵輪前部の棚上にGPSプロッターが、右舷側に計器盤が配置されていた。操舵室及びキャビンの床には、それぞれ長さ47センチ幅55センチ及び長さ幅とも35センチの開口部があり、はめ込み蓋が施され、キャビンに救命胴衣大人用11個と同子供用2個が格納されていた。
 甲板の周囲は、船首、中央及び船尾での高さが72センチ50センチ66センチのブルワークで囲われ、両舷側下部の船首、中央及び船尾に直径70ないし75ミリメートルの排水口が片舷につき各1箇所設けられ、排水口に半円形の覆いが取り付けられていた。
 機関室には、船内外機を装備し、操舵室の主機遠隔操縦ハンドルにより回転数を調節できるようになっており、最大回転数毎分(以下、回転数は毎分のものを示す。)3,000の全速力前進及び回転数2,000の微速力前進が23.0ノット及び8.0ノットであった。また、進路の変更は、舵輪を操作して舵とプロペラを兼ねたドライブユニットによる推進力の向きを変えることで行われていた。
(3)サロマ湖湖口付近の状況
 サロマ湖は、オホーツク海に向け北方に開いた湖口が2箇所あり、このうち西のサロマ湖漁港区域内のサロマ湖湖口(以下「サロマ湖口」という。)には、西側陸岸から海側に向け北北東方向に、長さ約500メートルの消波ブロックの積まれた西外防波堤が構築され、これの先端がサロマ湖口灯台(以下「湖口灯台」という。)から006度(真方位、以下同じ。)820メートルに位置し、その北方約300メートルに浅瀬を示す簡易灯浮標(以下「ブイ」という。)が設置され、西側陸岸と東側対岸との間の距離が250メートルばかりであった。
 サロマ湖口付近は、湖口から約1,500メートルのところに水深15メートルの等深線がほぼ東西方向に延び、また水深5メートルの等深線が北方に舌状に張り出して、その北端が湖口から約1,200メートルに位置し、同端南側から東側にかけての広い範囲で水深が急に浅くなっており、沖合からのうねりや波があるときには、潮汐の干満に伴う潮流の影響が加わり、ブイの南側及び東側で複雑な高波が発生しやすい海域であった。
 ところで、サロマ湖内の漁港に出入航する地元の漁船等は、サロマ湖口付近で波浪が高まっているとき、出航時には西外防波堤寄りに進行し、波の周期や規模を見て同防波堤先端とブイとの間を速力調節しながら西行した後、ブイの西側に至って沖に向ける針路に転じるようにし、また、入航時にはブイの西側付近でいったん待機して波浪の状態を見極めた後、波と出会うタイミングを見計らって速力調節しながら同防波堤沿いに南下していたが、波長の短い波が連続して寄せているときには、入航を中止してオホーツク海に面した湧別漁港や常呂漁港に避難するようにしていた。
(4)気象海象
 9月14日当時の北海道北東岸海域は、発達した低気圧がカムチャッカ半島方面に去り、気圧の傾きが緩やかで風が弱かったものの、前日やや強い風が吹いた余波で、サロマ湖口付近の前示浅海域には、沖合から北東寄りの有義波高約1.5メートルのうねりと波が寄せ、波高約3.5メートルの波浪が発生し、その波面が急峻となっていた。
(5)船長A
 A船長は、北海道旭川市に所在する陸上自衛隊北海道補給処近文台燃料支処所属の自衛官で、平成7年8月に四級小型船舶操縦士の海技免状を取得したのちプレジャーボートのシーマIIを所有し、同支処所属の釣り仲間と余暇を利用してクルージングや魚釣りの海洋レジャーを楽しむようになり、同9年以降、毎年秋ごろはやぶさを使用して釣り仲間の親睦の釣り大会を行っていた。同人は、例年のようにサロマ湖付近における釣り大会の計画を立て、はやぶさを借り受けた後、同14年9月14日自ら船長として操船に当たり、サロマ湖口沖合の釣り場に向かうことにした。
 A船長は、はやぶさを単独で操船するのは今回初めてであったが、これまでシーマIIを登栄床漁港に度々運び、同船を使用してサロマ湖沖合の釣り場に往復し、サロマ湖口を何度も通航した経験を有しており、同湖口付近が複雑な高波の発生しやすい海域であることを知っていた。
(6)本件発生に至る経過
 はやぶさは、A船長が単独で乗り組み、釣り仲間9人を同乗させ、釣り大会の目的で、船首0.26メートル船尾0.30メートルの喫水をもって、平成14年9月14日05時05分登栄床漁港を発し、サロマ湖口沖合の釣り場に向かった。
 A船長は、05時14分ごろサロマ湖口を通航して同湖口沖合に出て、同時25分ごろ湖口灯台から040度1.6海里付近の、水深30メートルばかりの釣り場に到着した後、水深20メートルないし30メートルのところで場所を4回変えて釣りを行った。
 09時25分ごろA船長は、湖口灯台から025度1.0海里付近の5回目の釣り場に至り、パラシュート型シーアンカーを船首から投入して漂泊し、その後、釣りを続けるうち釣果が芳しくないうえ同乗者数人が船酔いし始めたことから、釣り場をサロマ湖内に変更することにした。
 A船長は、乗船者全員分の救命胴衣が備えられていたが、同乗者2人が持参の釣り用救命胴衣を着用しただけで、他の同乗者に救命胴衣を着用させず、自ら救命胴衣を着用しないまま、09時55分半ブイの北東方1,100メートルの、湖口灯台から023度2,050メートルの地点を発進し、同乗者1人が操舵室後壁右舷側の開放されていた引き戸付近に立ち、残り8人の同乗者がその後方から船尾にかけて左右舷に分かれ、甲板上にそれぞれ座ってサロマ湖口に向かった。
 A船長は、舵輪後方に立って操船に当たり、針路をブイの少し左に向く215度に定め、機関を回転数2,000の微速力前進にかけ、北東寄りのうねりを左舷船尾から受け、船の速力が波の速力より遅い、追波状態の8.0ノットの対地速力で、ピッチングを繰り返しながら進行した。
 発進後間もなくA船長は、前方のサロマ湖口付近に白波が認められ、ブイの東側の波浪が高まっている状況で、南下を続けて浅海域に進入し急峻な追波を受けるようになったとき転覆のおそれがあったが、同海域から離れたところでしばらく停留のうえ、波浪の大きさや周期などの隆起状況を十分に確認することなく、入航を中止しないまま、同湖口に向けて続航した。
 09時58分A船長は、ブイが右舷前方400メートルに見えるようになったとき、水深15メートルの浅海域の急峻な追波を連続して受けるようになった。
 こうして、はやぶさは、10時00分少し前ブイを右舷側100メートルに見て航過し間もなく、左舷船尾から波高約3.5メートルの急峻な追波を受けて船尾が持ち上げられ、右舷側に傾きながら船首が波の谷に激しく突っ込み、海水をすくってこれが暴露甲板からキャビン内に流入し、10時00分湖口灯台から011度1,070メートルの地点において、右舷側に大傾斜して復原力を喪失し、船首を南方に向け転覆した。
 当時、天候は晴で風力2の北東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で、サロマ湖内に流れ込む微弱な潮流があり、転覆地点付近の海域には最大波高約3.5メートルの波浪があった。
(7)救助模様
 転覆の結果、乗船者は、全員が海上に投げ出され、救命胴衣を着用していた同乗者Sが、近くに浮いたクーラーボックスにつかまり西外防波堤沿いに漂流中、防波堤上の港湾工事関係者に発見され、10時40分ごろサロマ湖内で駆け付けた工事用ボートにより救助された。
 また、救命胴衣を着用していた同乗者Oが、はやぶさ備付けの救命浮環を身に付けて漂流中、救命胴衣を着用しないまま海上を漂っていた同乗者Eを見付け、クーラーボックスにつかまらせながら引いて泳ぎ、11時ごろ西外防波堤西側の海岸にたどり着いた。
 その後、海上保安部は、前示港湾工事関係者及び漁業協同組合からの本件発生の通報を受け、巡視船、航空機及び多数の救助船が出動して捜索活動が開始された。
(8)死傷者及び損傷模様
 捜索の結果、海上を漂流中のA船長(昭和28年1月13日生)及び同乗者K(昭和40年7月28日生)が11時ごろサロマ湖内で発見されたが、同人は既に死亡しており、また、同船長は搬送された病院で死亡し、いずれも溺死と診断された。その後、行方不明となっていた同乗者T(昭和48年2月11日生)、同H(昭和52年1月10日生)、同G(昭和56年11月22日生)、同Y(昭和58年1月8日生)及び同D(昭和49年8月16日生)が遺体で発見され、いずれも溺死と検案された。
 転覆後、はやぶさは、付近の海域で沈没し、のち引き揚げられたものの機関が濡損し、廃船の予定で北海道上川郡愛別町に保管された。

(原因の考察)
 本件は、オホーツク海側のサロマ湖口付近において、同湖口北方沖合の釣り場からサロマ湖内への入航中に転覆したものであるが、その原因について検討する。
1 復原性
 はやぶさは、ヤマハ北海道製造株式会社が建造したFRP製船で、ほたて養殖漁業やさけます定置網漁業に従事したのち船体の一部が改造されて遊漁船となり、日本小型船舶検査機構の堪航性及び復原性能等の検査を受け、最大搭載人員12人の釣り船として登録され、本件時プレジャーボートとして使用されていた。
 建造時の試運転は、排水量2.4トンの軽荷状態で実施され、メタセンタ高さ(GM)が2.45メートル、動揺周期が1.9秒であり、また最大積載量が2.7トンであった。本件時は、操舵室が船首右舷側から船首中心部のやや後方に移設されていたものの、建造当初の状況と大幅に異なっておらず、燃料タンクが満載で、最大搭載人員を超えない10人が乗船していた。そして各人の釣り道具等が平均5キログラム前後で、これらの積載物からGMが十分に確保されていたと判断され、このことはO、E両証人の当廷における、はやぶさは、よく揺れる船である旨の証言とも一致し、復原性に問題があったとは認められない。
2 海象模様
 沖合のうねりや波は、海岸に近づいたとき、水深が波長の2分の1のところに来ると海底の影響を受け始め、波高、波長、波速及び波向を複雑に変えながら進行するようになり、このような浅海効果が実際に現れるのは沿岸から数キロメートル以内とされている。
 本件が発生したサロマ湖口付近は、水深5メートルの等深線が北方に舌状に張り出し、その南側から東側にかけての広い範囲で水深が急に浅くなっており、沖合からのうねりや波があるときには、潮汐の干満に伴う潮流の影響が加わり、複雑な高波が発生しやすい海域であった。
 当時の海象模様については、O同乗者に対する質問調書中、釣り中はうねりがあった、転覆直前は波高約3メートルの波で転覆後何度も波をかぶった旨の、I工事現場監督兼作業員に対する質問調書中、S同乗者を発見した10時30分ないし40分ごろ湖口から約1,000メートル沖の浅瀬がある付近はうねりが砕けて白波が立っていた旨の、及びF営漁指導部長に対する質問調書中、10時50分に本件発生の第1報を受けた、現場に駆け付けたとき浅瀬のところで波が折れており、波高3ないし4メートルの波があった旨の各供述記載がある。また、発生地点と余り離れていない能取湖沖合約1.3海里の波浪観測データには、07時50分、3分の1有義波高1.35メートル周期10.5秒、最大波高2.31メートル周期9.8秒、及び09時50分、3分の1有義波高1.52メートル周期10.4秒、最大波高2.81メートル周期11.0秒が記録されており、本件時は、水深が急に浅くなっている転覆地点付近において、波高約3.5メートルの急峻な波浪が発生していたと認められる。
3 転覆とブローチング現象
 ブローチング現象は、その発生のメカニズムや基準等を明確にできる理論が完成されていないものの、追波または斜め追波のなかを比較的速い速力で航行中、波との出会い周期が長くなった状態では、船体が波の下り斜面で加速され、波とほぼ同じ速力で進行するとともに舵効きが悪くなって操縦不能に陥り、これにより予期しない急激な回頭運動が起こり転覆に至る危険が生じる現象とされている。
 ところで、転覆地点付近の海域は、陸岸から離れていない浅海域に該当し、波浪が浅海波とみなされ、浅海波の波速を求める算式C=(C:波速、g:重力加速度、h:水深)により波速を求めると、水深15メートルでは23.6ノット、10メートルでは19.2ノット、5メートルでは13.6ノットとなる。
 一方、はやぶさの当時の速力は、微速力前進の8.0ノットであった。
 転覆時の状況については、O同乗者に対する質問調書中、転覆前2、3回船尾が持ち上がるような波を受けた、波は船を追い越していった、3回目で船尾が大きく持ち上がり、船尾にいた者が声を上げながら船首側にずれてきた、振り向いた瞬間右舷側に転覆した旨の供述記載が、また、E証人の当廷における、ドーンという衝撃があって船尾が上がり船首が下がった、後ろを見ると波が来ていて次の瞬間右舷側に転覆した、船の速力より波の速力が速かった旨の証言があり、はやぶさは、船尾からの追波に追い越されながら進行中であった。さらに、同乗者の供述記載及び証言から、転覆前の急激な回頭運動が見られない。
 以上から、はやぶさは、転覆前にブローチング現象により操縦不能になったとは考えられず、左舷船尾から波高約3.5メートルの急峻な追波を受けて船尾が持ち上げられ、右舷側に傾きながら船首が波の谷に激しく突っ込み海水をすくったものと判断される。
4 海象と本件発生
 A船長は、これまで何度もサロマ湖口を出入りした経験を有していたことから、同湖口付近が複雑な高波の発生しやすい海域であることを知っていたものと推認される。
 はやぶさは、北東寄りのうねりがある状況下、サロマ湖口に向け船の速力が波の速力より遅く、追波状態の8.0ノットで南下中、前方の同湖口付近一面に白波が立ち波浪が高まっている状況で、そのまま航行を続けて浅海域に進入すれば、急峻な追波を受けるようになったとき転覆のおそれがあることを予見できたものと認められる。
 一方、サロマ湖内の各漁港に出入航する地元の漁船等は、入航時にはブイの西側付近でいったん待機して波浪の状態を見極めた後、波と出会うタイミングを見計らって速力調節しながら西外防波堤沿いに南下していたが、波長が短いときには、入航を中止して湧別漁港や常呂漁港に避難するようにしていた。
 ところで、プレジャーボート等が追波を受けながら入航するときの操船については、B証人の当廷における、船体は後方から押されるので推進器の力で舵効きをよくして保針に努める必要がある、このため機関を適宜増減速して対処しなければならず、そのように操作することは大変難しく慣れるしかない旨の証言があり、水路事情に精通している地元の漁船等の、波と出会うタイミングを見計らって機関を適宜操作するなど、経験を有する高度な操船技術を求めることよりも、事故防止の観点からは、複雑な高波の発生しているところや発生が予想される海域を避けることが肝要である。
 本件時、釣り客を乗せて遊漁中の第十八あまの丸は、はやぶさ転覆の約30分後にサロマ湖口北方海域で波浪の様子を見たとき、同湖口付近の波が波高約3メートルに高まっているのを認めて危険を感じ、サロマ湖内への入航を中止して湧別漁港に向かった事実があったが、はやぶさにおいて、そのような形跡はなかった。
 はやぶさは、サロマ湖内に入航する前には、浅海域から離れたところで波浪の大きさや周期などの隆起状況を十分に確認のうえ、入航を中止して湧別漁港等に向かう措置をとるべきであり、同措置をとることに何ら支障がなかった。
 したがって、本件については、はやぶさが波浪の隆起状況を十分に確認せず、サロマ湖内への入航を中止しなかったことによって発生したものと認める。
5 本件と救命胴衣着用
 本件時、はやぶさには、乗船者全員分の救命胴衣が備えられており、いつでも着用できる状況であった。
 しかし、当時、救命胴衣を着用していた乗船者は、持参の救命胴衣着用の同乗者2人だけで、この2人が無事に救助されている。乗船者の安全を守るために救命胴衣を着用させていなかったことは、多数の死亡に結びついた原因になる。

(原因)
 本件転覆は、オホーツク海側のサロマ湖口付近において、北東寄りのうねりと波がある状況下、沖合の釣り場からサロマ湖内に入航する際、波浪の隆起状況の確認が不十分で、入航が中止されないまま、左舷船尾から急峻な追波を受け、海水の流入により大傾斜して復原力を喪失したことによって発生したものである。
 なお、乗船者の多数が死亡したのは、救命胴衣を着用していなかったことによるものである。

 よって主文のとおり裁決する。





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