日本財団 図書館




 海難審判庁裁決録 >  2003年度(平成15年) > 機関損傷事件一覧 >  事件





平成14年神審第30号
件名

旅客船スターダイヤモンド機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成15年3月26日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(内山欽郎、上原 直、前久保勝己)
参審員 村上文夫、川本 信

理事官
安部雅生

受審人
A 職名:スターダイヤモンド一等機関士 海技免状:三級海技士(機関)(機関限定)
指定海難関係人
株式会社Dフェリー船舶部 業種名:海上運送業
H造船ディーゼルアンドエンジニアリング株式会社技術本部サービス部 業種名:機関製造業
株式会社Sどっく大西工場 業種名:船舶製造・修理業

損害
左舷主機の架構及びクランク軸並びにA3及びB3シリンダの各シリンダライナ、ピストン、連接棒及び軸受等を損傷

原因
機関室当直者の措置不適切、機関不調時の対応方法不適切、同型機関搭載船に対する注意喚起不履行

主文

 本件機関損傷は、オイルミスト警報が発生し、同警報が誤警報でないことを確認した際、機関室当直者の措置が不適切で、主機のピストンとシリンダライナが焼き付いて割損したことによって発生したものである。
 運航管理会社が、乗組員に対し、緊急を要する機関不調時の対応方法を十分に指導・教育していなかったことは、本件発生の原因となる。
 機関製造業者が、他社で発生したシリンダライナ損傷事故の情報を、同型機関搭載船の運航管理会社に通知して注意を喚起しなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年9月28日02時02分
 香川県高見島南方沖合

2 船舶の要目
船種船名 旅客船スターダイヤモンド
総トン数 9,463トン
全長 150.87メートル
機関の種類 過給機付4サイクル14シリンダ・V型ディーゼル機関
出力 18,534キロワット
回転数 毎分510

3 事実の経過
1 スターダイヤモンド
(1)運航形態
 スターダイヤモンド(以下「スターダイヤ」という。)は、主機と可変ピッチプロペラ装置を各2台備えた、いわゆる2機2軸の多層甲板型カーフェリーで、平成3年1月株式会社Sどっく大西工場において竣工し、株式会社Dフェリー(以下「Dフェリー」という。)の運航管理のもと、同2年7月に竣工した同型船のブルーダイヤモンド(以下「ブルーダイヤ」という。)ほか2隻と共に、就航以来、大分県大分港と神戸港との間で、愛媛県松山港または同県今治港を経由する定期貨客輸送に従事していた。
(2)機関室
 機関室は、船首方からチリングユニット室、補機室、主機室、前部軸室及び後部軸室に区分されていて、主機室中央部に2機の主機が据え付けられ(以下、右舷側の主機を「右舷主機」、左舷側の主機を「左舷主機」という。)、補機室上段の左舷側に機関制御室が配置されていた。
(3)主機
 主機は、H造船株式会社が平成2年8月に製造した、14ZAV40S型と呼称するシリンダ径400ミリメートル(以下「ミリ」という。)ピストン行程560ミリのV型機関で、左舷側のシリンダ列をA列、右舷側のシリンダ列をB列と称し、各シリンダには、それぞれ船尾側を1番として7番までの順番号が付されていた。
 ところで、H造船株式会社のZAV40S型機関のうち、14ZAV40S型機関は、8台が製造され、そのうちの1番機と2番機がブルーダイヤに、3番機と4番機がスターダイヤに、5番機と6番機及び7番機と8番機がそれぞれ関西汽船株式会社(以下「関西汽船」という。)のさんふらわあにしきとさんふらわあこがねに搭載されていた。
(4)シリンダライナ
 シリンダライナは、鋳鉄製で、全長1,005ミリ内径400ミリ最大肉厚86ミリ最小肉厚34.5ミリの円筒形をしており、下方の肉厚部内に、シリンダ注油孔として、内径8ミリ底部からの長さ404ミリの縦方向の孔からシリンダライナ内面に至る横方向の孔が対称の位置に各1本空けられ、外周面の上下2箇所の架構との嵌合部に各々2本のOリング溝が設けられており、位置決めピースとボルトによって架構の所定の位置に固定されるようになっていた。また、同ライナは、メタルタッチである架構との当たり面と上部Oリングとで冷却水室の水密が、上部Oリングと下部Oリングとで給気室の気密がそれぞれ保たれるようになっていたほか、主機の潤滑油の一部が、シリンダ油として、シリンダ注油孔を通ってピストンとシリンダライナとの摺動面に供給されるようになっていた。
 ところで、シリンダライナは、内面の磨耗量1.5ミリが使用限度となっていたが、平成11年3月25日付のサービス資料によって、磨耗量の計測点が、従来の計測点4点に加えて、最も磨耗が大きいと考えられるトップリングの上死点に相当する点(シリンダライナ最上部から約100ミリ下で従来の最上部計測点の約25ミリ上)が追加されるとともに、使用限度も2.0ミリに変更されていた。
(5)ピストン
 ピストンは、鋳鉄製のピストンクラウンとピストンスカートとの組立型で、ピストンクラウンに3本の圧力リングが、ピストンスカートに1本の油かきリングがそれぞれ装着され、内部の上下に分割された球面軸受で球頭状をした連接棒小端を支えるようになっていた。また、同ピストンは、連接棒の揺動運動を利用し、ピストンスカートの内側に組み込まれたラチェット歯車と連接棒小端内に偏心して組み込まれた爪及びばねとによって回転するようになっていた。
(6)オイルミスト警報
 主機は、主軸受やクランクピン軸受等の過熱、ブローバイの発生及びピストンとシリンダライナとの焼付き等が生じたりすると、クランク室内のオイルミスト量が増加することから、それらの異常を早期に発見することを目的としたオイルミスト検出器及び警報装置を設けており、オイルミスト検出器でオイルミストの濃度、すなわちオイルミストの増加量を知るとともに、オイルミスト量が一定量以上に増加すると、警報装置が作動して警報を発するようになっていた。
 ところで、オイルミスト警報は、オイルミスト量の増加を検出することによって、重大な事故に発展する可能性があることを知らせる重要な警報で、直ちに主機を減速または停止して原因を調査する必要があることから、主機を自動減速させるのが一般的であるが、スターダイヤでは、通常航海中は主機駆動発電機を使用しているうえ、常時機関室に当直者が配置されていることによるものか、自動減速とはなっておらず、スローダウン・リクエスト表示(以下「減速要求」という。)を伴うものであった。
 なお、オイルミスト警報装置が作動した場合には、機関制御室内のCRT画面上にオイルミストが増加した主機名と減速要求の指示が表示されるものの、オイルミストが増加しているシリンダ番号及びオイルミストの増加量は、各主機の右舷船首部に設置されたオイルミスト検出器で確認するようになっていた。
(7)主発電機
 主発電機は、補機駆動発電機2機と主機駆動発電機(以下「軸発電機」という。)2機で、出入港時には補機駆動発電機が、通常航海中には専ら軸発電機が使用されており、軸発電機から補機駆動発電機には1分間ほどで切替えが可能であった。
2 受審人及び指定海難関係人
(1)受審人A
 A受審人は、遠洋まぐろ漁船の機関士を経験したのち、昭和46年12月Dフェリーに機関員として入社したもので、同52年ごろ機関士に登用されて平成10年ごろから一等機関士の職を執り、同12年10月末からスターダイヤに首席一等機関士として乗り組んで主機全般及び減速機を担当していた。
 ところで、A受審人は、以前にスターダイヤ及びブルーダイヤの乗船経験を有していたものの、乗船中にオイルミスト警報が発生する事態を経験したことがなく、緊急を要する機関不調時の対応についての指導や教育も受けていなかった。
(2)指定海難関係人Dフェリー船舶部
 指定海難関係人Dフェリー船舶部は、海務課、船員課及び工務課の3課を設けて、スターダイヤ、ブルーダイヤほか2隻の運航管理業務、船員配乗業務及び船体・機関の保守管理業務を担当していたが、乗組員に対して、緊急を要する機関不調時の対応について十分な指導・教育を行っておらず、対応については機関室当直者の判断に任せていた。
(3)指定海難関係人H造船ディーゼルアンドエンジニアリング株式会社技術本部サービス部
 H造船ディーゼルアンドエンジニアリング株式会社は、H造船株式会社の桜島工場が熊本県に移転して有明機械工場となったのち、有明機械工場の機関部門と原子力部門が分離・独立して設立された会社で、その後、H造船ディーゼルサービス株式会社を吸収合併してアフターサービス業務も行うようになっていた。
 指定海難関係人H造船ディーゼルアンドエンジニアリング株式会社技術本部サービス部(以下「H造船サービス部」という。)は、予算管理課、調達課及び技術課の3課で構成されており、予算管理課が部全体の予算及び売上の管理業務を、調達課が供給部品の手配業務を担当するとともに、技術課が、同社製造機関のサービス業務を担当し、技術部門の窓口として、船舶所有者からの技術的な問合せの回答やサービス資料の作成などを行っていた。
(4)指定海難関係人株式会社Sどっく大西工場
 指定海難関係人株式会社Sどっく大西工場(以下「S」という。)は、船舶造修本部に属し、船殻課、艤装課、修繕課の3課で船舶の新造及び修繕業務を行っており、スターダイヤ及びブルーダイヤを建造したほか、その後も継続して両船の定期整備工事を請け負うとともに、関西汽船のさんふらわあにしき及びさんふらわあこがねの定期整備工事も手掛けていたので、ZAV40S型機関の開放・整備には相当の実績を有していた。
3 就航後の運航状況
(1)機関室当直体制
 スターダイヤは、乗組員が4日間乗船して2日間休暇を取るという就労形態で運航されていたため、機関部については、同船に配乗された機関士6人及び機関部員5人のうち常時4人の機関士と3人の機関部員が乗り組むようになっており、航海中の機関室当直を、広い海域では機関士1人による単独当直体制とし、それ以外の海域では機関士1人と機関部員1人による2人当直体制としていた。
(2)主機の出力及び運転時間
 スターダイヤは、両舷主機が各々83パーセント前後の出力で年間4,300時間ほど運転されており、通常航海中の全速力前進時には、主機を回転数毎分480ないし483、プロペラ翼角を31度として運航され、出力が変動しないよう自動負荷制御装置によって回転数が一定でもプロペラ翼角が自動的に変化するほか、主機のシリンダ注油量も回転数と負荷によって自動的に調整されるようになっていた。
(3)主機の整備状況
 スターダイヤは、毎年入渠して船体及び各機器の整備を行っており、主機については、2年間で全てのシリンダヘッドを開放し、4年間で全てのピストンを抜き出す継続検査計画に基づき、毎年の入渠時に、両舷主機の約半数のシリンダヘッドを開放するとともに、4分の1ほどのピストンを抜き出してそれぞれ整備していた。また、ピストンを抜き出した各シリンダについては、シリンダライナの磨耗量を計測するとともに、要すれば内面をホーニング加工するようにしていた。
(4)主機の運転及び保守管理状況
 スターダイヤは、運航期間中、4日ごとにオイルミスト検出器のゼロ調整を、10日ごとに冷却水の水質測定を、2箇月ごとにクランク室の片側ドアを開放して同室内部の点検を行うとともに、毎月1回、シリンダ注油量を含む主機の運転データを採取し、これらを運転成績表にまとめて会社に提出するようにしており、航海中は、機関室に備え付けられた機関室巡視記録簿に1時間ごとに記載する必要があることから、機関室当直者が少なくとも1時間に1回は機関室内の巡視を行っていた。
4 左舷主機A3シリンダライナ抜出時の状況
 スターダイヤは、平成10年1月Sで定期整備工事を行った際、同工事の一環として、ピストンを抜き出した左舷主機A3シリンダのシリンダライナ内面をホーニング加工した。
 Sは、同ライナを抜き出して内面をホーニング加工したのち、工事仕様書にシリンダライナの染色浸透探傷検査(以下「カラーチェック」という。)を行うよう記載されていなかったことから、カラーチェックは行わなかったものの、作業員が外周面を掃除後、担当機関士と共に目視点検で同ライナに異常がないことを確認した。
 その後、Sは、同ライナにOリングを組み込んで主機取扱説明書の装着基準に従って同ライナを架構穴に挿入し、ピストン及びシリンダヘッドを装着したのち、担当機関士の立会いのもと、専用の油圧用具でシリンダヘッドボルトを締め付けて同ボルトの伸びを計測し、ボルトの伸びが基準の数値内に納まっていることを機関長が確認のうえ、計測結果を整備記録として船側に提出した。
5 シリンダライナの新替計画
 Dフェリー船舶部は、スターダイヤ及びブルーダイヤの潤滑油消費量の多いことが懸案事項となっていたことから、シリンダ注油量を減少させるなど、潤滑油消費量の低減対策を試みていたところ、関西汽船の同型機関搭載船がシリンダライナを新替えしたら潤滑油消費量が激減したとの情報を得たので、シリンダライナの磨耗量が増加していることも考慮したうえで、平成11年末ごろスターダイヤ及びブルーダイヤのシリンダライナを各々4年間で全数新替えする計画を立て、就航がスターダイヤより半年ほど早いブルーダイヤの入渠時からシリンダライナを取り替えることで役員会の承認を得た。
 その後、Dフェリー船舶部は、同12年1月スターダイヤが入渠して主機の開放整備を行った際、ピストンを抜き出した両舷主機併せて8シリンダのシリンダライナ磨耗量を計測した結果、従来の計測点における磨耗量はそれほどではなかったものの、新たに追加された最上部計測点の磨耗量が最小1.63ミリ最大2.13ミリと著しく増加しているのを認めたが、予備のシリンダライナが1本しかなかったので、磨耗量が最も大きい右舷主機のシリンダライナ1本のみを新替えして復旧した。
 ところで、Dフェリー船舶部は、このままシリンダライナの使用を続けると、1年ないし2年後には、新たに追加された最上部計測点において、就航以来使用しているほとんど全てのシリンダライナの最大磨耗量が使用限度である2.0ミリを超えることが予測できる状況であったものの、従来の計測点における磨耗量が変更前の使用限度である1.5ミリを超えないと予測されたことから、1年間ないし2年間程度は問題がないだろうと独自に判断し、H造船サービス部に状況を相談しないまま、シリンダライナの新替期間を4年間から2年間に短縮しただけで、2年以内に使用限度を超えることが予測される全てのシリンダライナを次回の入渠時に新替えするよう計画を変更しなかった。
6 さんふらわあにしきのシリンダライナ損傷事故
 平成12年3月29日、関西汽船のさんふらわあにしきで、主機を全速力前進にかけて航行中、突然、右舷主機4番シリンダに主機の減速要求を伴うオイルミスト警報が発生し、直ちに機関部乗組員が軸発電機から補機駆動発電機に切り替えて船内電源を確保したのち、同警報発生から6分後に主機を停止したものの、ピストンとシリンダライナとの焼付きによって、ピストンスカートが割損するとともに、シリンダライナ上部Oリング溝に貫通亀裂が生じる事故が発生した。
 H造船サービス部は、損傷したシリンダライナが714時間しか使用されていなかったことから、上部Oリング溝の破断面の調査は行わず、主に材料の欠陥や上部Oリング溝の形状等について調査を行った結果、それらに問題がなかったので、ピストンには旧品が使用されていたうえピストンスカート上部にテーパ加工が施されていないなど、他にも原因が考えられるものの、事故原因を特定できないまま、初期の摺合せ運転が適切でなかった可能性等の一般的な可能性を列挙した事故調査報告書を同年7月31日付で作成し、同報告書を関西汽船に提出した。
 ところが、H造船サービス部は、さんふらわあにしきの主機の事故原因が特定できず、同型機関を搭載しているスターダイヤ及びブルーダイヤにも同様の事故が発生する可能性があったにもかかわらず、両船を運航管理するDフェリー船舶部にさんふらわあにしきの事故情報を通知して注意を喚起しなかった。
 そのため、Dフェリー船舶部は、さんふらわあにしきの事故の詳細を把握できず、乗組員に事故情報を周知して注意を喚起することができなかった。
 なお、Dフェリー船舶部は、その後、沖修理業者が関西汽船の船で主機シリンダライナの損傷事故があったらしいと噂していることを聞いたが、噂だけだったので、積極的に情報の入手に努めなかった。
7 本件発生に至る経緯
 スターダイヤは、平成13年1月Sに入渠した際、計画どおり両舷主機併せて28本のうち15本のシリンダライナを新替えしたが、左舷主機A3シリンダのシリンダライナを含む他のシリンダライナを新替えしないまま、整備工事を終えて出渠した。
 出渠後、スターダイヤは、主機の取扱説明書に記載された方法で摺合せ運転を行ったのち、2箇月ごとにクランク室内部を点検するなどして運航を続けていたところ、会社からブルーダイヤの球面軸受に損傷が発生したとの連絡を受けたので、同年8月27日に右舷主機を、翌々29日に左舷主機を、それぞれクランク室の両舷ドアを開放して通常の定期点検より入念に同室内部を点検し、各主機のシリンダライナ、ピストンスカート及びシリンダ注油量等に異常がないことを確認して、運航を続けていた。
 その後、スターダイヤは、通常どおり83パーセント前後の出力で主機の運転を続けていたところ、左舷主機A3シリンダライナの上部上段Oリング溝底部の上側コーナー部(以下「上部Oリング溝」という。)及び下部上段Oリング溝底部の上側コーナー部(以下「下部Oリング溝」という。)に何らかの原因で亀裂が発生し、同亀裂が進行して、いつしか下部Oリング溝の亀裂がシリンダ注油孔に達し、潤滑油の一部が給気室側に漏れ出す状況となっていたが、オイルミスト検出器の指示や排気温度に異常が現れなかったので、機関長を始めとして機関部乗組員はこのことに気付く由もなかった。
 同年9月27日、スターダイヤは、同日の第2便として定刻どおり18時40分大分港を発し、主機を回転数毎分483に定め、プロペラ翼角を31度とした全速力前進で松山港に向かって航行中、次席一等機関士が、同日が月例の定期データ採取日であったことから20時ごろ主機の運転データを採取したが、運転諸元に異常が認められず、そのまま22時15分松山港に入港した。
 こうして、スターダイヤは、松山港で旅客の乗下船と車両の積み下ろしを終えたのち、A受審人ほか33人が乗り組み、旅客178人及び車両125台を載せ、22時45分同港を発し、主機を回転数毎分483に定め、プロペラ翼角を31度とした全速力前進で神戸港に向かった。
 A受審人は、23時50分ごろ機関室に赴いて前当直者から当直を引き継いだのち、1人当直体制の海域であったことから単独で機関室当直に当たり、翌28日00時ごろ及び01時過ぎの2回にわたって機関室を巡視していたが、主機の運転諸元及びオイルミスト検出器のオイルミスト量などに異常が認められなかったので、前示の下部Oリング溝の亀裂が進行し、給気室側への潤滑油の漏洩量が増加したことによって左舷主機A3シリンダのシリンダ注油量が減少する状況になっていたものの、このことに気付く由もなかった。
 その後、スターダイヤは、A受審人が、01時40分船橋当直者から間もなく2人当直体制の海域に入る旨の連絡を受け、電話で当直予定の操機長にその旨連絡したのち、機関制御室で当直を続けながら操機長が入直して来るのを待っていたところ、左舷主機A3シリンダのピストンとシリンダライナとの潤滑が阻害されたことによってオイルミスト量が増加し、01時47分オイルミスト警報を発した。
 A受審人は、CRT画面上で同警報が左舷主機の減速要求を伴うオイルミスト警報であることを確認し、直ちに左舷主機のオイルミスト検出器のところに赴いたところ、左舷主機3番シリンダのオイルミストの指示が最上部の赤ランプが点灯するまで増加し、リセットしても赤ランプが再度最上部まで点灯するのを認めたので、同警報が誤警報ではないと判断した。
 ところが、A受審人は、1箇月前にクランク室内部を入念に点検してピストン及びシリンダライナ等に異常がないことを確認したばかりであったうえ、さんふらわあにしきのシリンダライナ損傷事故の情報を知らされていなかったので、緊急を要する事態になっていることに考えが及ばず、減速すると原因が分からなくなるおそれがあるので、自分なりに原因を突き止めてから対処しようと思い、直ちに機関長に事態を報告して指示を仰ぎ、主機の減速及び停止に備えて他の機関部乗組員を招集するとともに、軸発電機から補機駆動発電機に切り替えて船内電源を確保したのち、速やかに左舷主機を減速して停止するなど、適切な措置を取らないまま、1人で原因の調査を始めた。
 A受審人は、各クランク室ドアの触手点検及び聴音棒による異音の確認のほか、両舷主機の各オイルミスト検出管を取り外して、同検出管からの実際のミストガスの出具合を比較するなどの調査を行った結果、左舷主機B3シリンダのクランク室ドア温度が他シリンダよりわずかに高いことを認めたものの、左舷主機のミストガスの量が右舷主機に比べて少し多いだけで、異音も認められなかったことなどから、負荷を少し下げれば状況が好転するのではないかと思い、依然、前示の適切な措置を取らないまま、01時55分機関制御室に戻り、船橋当直者に取りあえずプロペラ翼角を31度から25度に下げるよう要請した。
 その直後、A受審人は、機関長に報告を行ったが、左舷主機B3シリンダのクランク室ドア温度が他シリンダより少し高いので主機を停止して確認したいと報告しただけで、8分ほど前に主機の減速要求を伴うオイルミスト警報が発生したことは伝えなかった。
 自室で就寝していた機関長は、A受審人から主機の減速要求を伴うオイルミスト警報が発生したとの報告を受けなかったので、同受審人に直ぐ行くとのみ伝え、今後の措置を考えながら、自室から化粧煙突経由で機関室に向かった。
 一方、機関長への報告を終えたA受審人は、さらに左舷主機の点検を続け、温度、異音及びオイルミスト量に変化がないことを確認して機関制御室に戻ったところ、操機長が入直していたので、再度操機長と2人で点検を続けているうち、検出管から出るミストガスの量が増加するのを認めたので、ようやく主機を停止する必要があると判断し、軸発電機を補機駆動発電機に切り替えるため、02時00分船橋当直者にプロペラ翼角を15度まで減少させるよう要請し、発電機を軸発電機から補機駆動発電機に切り替えるべく操作を開始した。
 スターダイヤは、A受審人が、いつもの習慣で右舷主機の軸発電機から切替え操作を開始し、同発電機を補機駆動発電機に切り替えたのち、左舷主機の軸発電機を補機駆動発電機に切替え中、焼付きによって左舷主機A3シリンダライナ上部Oリング溝の亀裂がシリンダライナ内面まで貫通するとともに、冷却水が燃焼室側に漏洩して潤滑が著しく阻害され、02時02分二面島灯台から真方位103度2.2海里の地点において、左舷主機A3シリンダのピストンとシリンダライナとが強固に焼き付いて同シリンダのピストンとシリンダライナが割損するとほぼ同時に、同B3シリンダのピストンとシリンダライナも焼き付いて固着し、主機が異音を発した。
 当時、天候は曇で風力4の北北西風が吹き、潮候は下げ潮の末期であった。
 スターダイヤは、異音を認めたA受審人が直ちに両舷主機を停止させたので、瞬間的に船内電源を喪失したが、間もなく船内電源が復帰し、惰力で進行したのち、02時15分二面島灯台から真方位092度2.8海里の地点に投錨した。
 スターダイヤは、両舷主機の冷却水系統が共通であったために右舷主機の運転も不能となったが、機関部乗組員全員で復旧作業に当たった結果、02時45分右舷主機の始動が可能となったので、抜錨後、03時02分右舷主機のみを運転して神戸港に向かい、同港で旅客と車両を下ろしたのち、修理のためにSに向かった。
 Dフェリー船舶部は、スターダイヤの運航継続が不能になったため、関西汽船からさんふらわあくろしおを借り受け、同船を修理が完了するまでスターダイヤの代船として運航することにした。
8 損傷状況等
 Sで左舷主機を調査した結果は、次のとおりであった。
(1)左舷主機の状況
ア 架構は給気室下部及びカム室の一部が破損し、A3シリンダ及びB3シリンダのクランク室ドアは共に外れて飛んでいた。
イ クランク軸は、クランクアーム及びクランクピンに多数の打痕が生じていたが、クランクピン表面に焼付きの形跡は認められなかった。
ウ A3シリンダは、連接棒がくの字形に曲損して落下し、連接棒大端軸受はクランクピンについたまま船尾に寄って残存していたが、軸受シェルは脱落していた。また、ピストンはクラウン及びスカートが破損して落下しており、シリンダライナは上部Oリング溝から破断して下部は小片に分割されて落下し、上部にも焼付き及び亀裂が認められた。
エ B3シリンダは、ピストンがシリンダライナと焼き付いて固着し、連接棒がピストンにぶら下がった状態で曲損していたほか、連接棒大端部軸受ハウジングが上下に分離し、連接棒取付けボルト及び連接棒ボルトが破断していた。
(2)A3シリンダ各部の状況
ア 連接棒ボルトの破断面は、瞬時に破断したことを示す明瞭な引張り及びせん断による破断を呈しており、金属疲労を示す破面は認められなかった。
イ 連接棒取付ボルトの破断面は、瞬時に破断したことを示す明瞭な引張り及びせん断による破断を呈しており、金属疲労を示す破面は認められなかった。
ウ カウンタウエイト取付ボルトの破断面は、瞬時に破断したことを示す明瞭な引張り及びせん断による破断を呈しており、金属疲労を示す破面は認められなかった。
エ クランクピン軸受メタルには、打痕はあるものの掻傷、磨耗及び焼損の兆候は認められなかった。
オ ピストン球面軸受メタルには、掻傷、磨耗及び焼損の兆候は認められなかった。
カ シリンダライナ冷却面には、水冷却側及び空気冷却側のいずれにも腐食は認められなかった。
キ シリンダライナは上部Oリング溝から破断し、その下方は多数の破片に分断されていた。
ク 上部Oリング溝の破断面は、外周側に約4分の1の幅で茶褐色の発錆部分が認められ、下部Oリング溝の破断面は、外周側の約2分の1ないし3分の2が黒色を呈してシリンダ注油孔まで達しており、それ以外の内面側は共に鋳鉄の脆性破壊を示す灰色を呈していた。また、上部Oリング溝の破面直上の外周面周方向には約50ミリ範囲のフレッチングが認められたほか、下部Oリング溝の破断面の外周には多量のスラッジが付着していた。
(3)他シリンダライナの状況
 建造以来左舷主機A3シリンダライナとほぼ同条件で使用されていたシリンダライナの最大磨耗量は、いずれも使用限度の2.0ミリを超えていたが、同ライナに焼付き等の兆候は認められなかった。
9 財団法人日本海事協会作成の鑑定書
 保険会社は、スターダイヤがJG船級で、本件発生後に報告書が作成されなかったことから、財団法人日本海事協会(以下「NK」という。)に事故の鑑定を依頼し、NKが、機関製造業者の事故調査報告書を考慮したうえで鑑定書(以下「NK鑑定書」という。)を作成した。
 NK鑑定書は、運転条件が等しい他シリンダライナとの比較から、本件を左舷主機A3シリンダライナのみに固有の事故と捉え、いわゆる足出し事故であるとの考えから、足出し事故に関係する原因を消去法で順次消去する一方、シリンダライナ破片のうち破断面に特徴のある破片3片の状態を調査した結果、上部Oリング溝近傍の架構との拘束部にフレッチングが認められたこと、上下の各Oリング溝に本件発生以前に生じていたと推測される疲労亀裂が認められたこと及び下部Oリング溝の亀裂が上部Oリング溝の亀裂より進展が大きいこと等々から、事故の原因を、平成10年1月にシリンダライナを抜き出したのち同ライナを装着する際、ごみをかみ込ませるなどの何らかの不備があり、シリンダライナが片当たりして亀裂が発生するに至ったものと推定した。
10 事件発生後の措置
 Dフェリー船舶部は、本件後、各船の船長と機関長を招集して事故の再発防止対策を協議し、他社のマニュアル等を参考に機関事故緊急対応マニュアルを作成して全乗組員に周知したほか、オイルミスト検出器を感度のよい新型のものに取り替え、シリンダライナについては、抜き出した場合は必ず外周面をカラーチェックで点検するとともに、2回目のピストン抜きに相当する8年目に新替えすることにした。
 また、H造船サービス部は、今回の事故を教訓として、情報を積極的に関係者に通知し、Dフェリー船舶部及び関西汽船と緊密に情報交換を行うことにした。

(原因に対する考察)
 本件は、平成3年1月に竣工した2機2軸のカーフェリーが、同10年1月の定期整備時に左舷主機A3シリンダライナを抜き出して整備し、その約3年8箇月後、主機を回転数毎分483に定め、プロペラ翼角を31度とした全速力前進で航行中、左舷主機3番シリンダにオイルミスト警報が発生し、単独で当直中の機関室当直者が、同警報が誤警報でないことを確認したのち、1人で点検に当たり、同警報発生から8分後にプロペラ翼角を25度に、さらにその5分後に同翼角を15度にして負荷を減少させたものの、2分後に、左舷主機A3シリンダのピストンとシリンダライナが焼き付いて割損するとともに、同B3シリンダのピストンとシリンダライナも焼き付いて固着し、左舷主機の架構及びクランク軸並びに左舷主機A3シリンダと同B3シリンダの各シリンダライナ、ピストン、連接棒及び軸受等が損傷したもので、その結果、左舷主機の運転が不能となったばかりか、船の運航も継続できなくなったものである。
 なお、左舷主機A3シリンダライナは、就航以来約47,000時間使用されており、事後の調査によって、シリンダライナ外周の上下各Oリング溝の破断面に疲労亀裂が認められたほか、同ライナの最大磨耗量が機関製造業者指定の使用限度値を超えていた可能性が高いと推定された。
 以上の状況を踏まえて、本件の原因について考察する。
第1 左舷主機A3シリンダライナOリング溝の亀裂
1 シリンダライナの材質及び材料
 シリンダライナの破損調査報告書によると、シリンダライナは、FC300に相当するパーライト基地片状黒鉛鋳鉄製で、摺動部材用鋳鉄としては適正な材質を有していたと判断され、また、同ライナが47,000時間の使用に耐えていたことから、材料に欠陥があったとは考えられない。
2 上部Oリング溝の破断面
 上部Oリング溝の破断面には、外周側に錆びたような茶褐色に変色した破面が、その内側に均一な灰色を呈する破面が見られることから、外周側の破面は疲労に起因するものでシリンダライナが破断する前に生じており、その内面側の破面はシリンダライナ破断時の脆性破壊によって生じたと考えられる。
3 下部Oリング溝の破断面
 下部Oリング溝の破断面には、外周側に肉厚の2分の1から3分の2にわたって黒く変色した破面が、その内側に上部Oリング溝の破断面に見られるのと同様の均一な灰色を呈する破面が見られることから、黒色部は疲労に起因するものでシリンダライナが破断する前に生じており、その内面側の破面はシリンダライナ破断時の脆性破壊によって生じたと考えられる。
 なお、破断面の黒色部は、シリンダ注油孔に達していることから、漏れ出していた潤滑油によって油焼けしたと考えられる。
4 疲労亀裂の発生時期
 シリンダライナは、鋳鉄製で、亀裂の起点や進行方向を示すパターンが現れにくいため、亀裂の発生時期及び進展速度を特定することが困難である。
 したがって、上部Oリング溝及び下部Oリング溝の亀裂がいつどのように発生したのかを判断することは困難であり、平成10年1月の定期整備時にシリンダライナ外周面のカラーチェックを行っていないことから、そのときに亀裂を見落とした可能性を完全に排除することはできないものの、事実認定の根拠中で示した証拠から、上下各Oリング溝の疲労亀裂は、いずれも8月29日のクランク室内部の点検以後に発生したと考えるのが相当である。
5 疲労亀裂発生の原因及び状況
 H造船サービス部は、事故調査報告書において、左舷主機A3及びB3シリンダライナの使用時間が46,983時間であったこと、同ライナの最大磨耗量が使用限度の2.0ミリを超えていたと推定されること及び事故直前のシリンダライナ内・外面の平均温度差摂氏150度、切欠係数2の仮定条件では、Oリング溝の熱応力は240N/mm2となり、この平均応力下では±5N/mm2の両振応力が作用すれば疲労破壊が起こりうることなどから、シリンダライナの磨耗が過大でブローバイ気味であったところに、いくつかの悪条件が重なってシリンダライナとピストンスカートとの摺動面の温度が上昇し、初期の焼付きが起こってオイルミスト警報が発生し、その後、負荷を減少させたものの、主機の運転を続けているうちに、摺動面の温度上昇に伴う潤滑油の粘度低下及び油膜形成不良によって焼付きが急激に進行したもので、ブローバイによる焼付きで上部Oリング溝の亀裂が発生したと推定している。
 なお、H造船サービス部は、下部Oリング溝の破断面に疲労亀裂が存在していることを事故調査報告書作成後に知ったものの、I代理人が当廷において「計算上、シリンダライナの下部が上部と同様に損傷するには3倍の応力がかからなければならないが、そのようなことは考えられないので、過程は不明であるものの先に上部Oリング溝に亀裂が入り、それが進展して下部Oリング溝に亀裂が生じたと判断した。」と述べているとおり、ブローバイによる焼付きで最初に上部Oリング溝に亀裂が発生したとの判断を変えていない。
 しかしながら、H造船サービス部の、ブローバイによる焼付きで上部Oリング溝の亀裂が発生したとの推定は、以下の点を考えると、必ずしも妥当であるとは認められない。
(1)シリンダライナの最上部の磨耗量は使用限度の2.0ミリを超えていた可能性が高いと認められるものの、それ以下の計測点における磨耗量はそれほど大きくはなく、ブローバイに耐えられない状況であったとは認められない点
(2)建造以来A3シリンダライナとほぼ同条件で使用されていた他の10本のシリンダライナに焼付きの兆候が全く認められない点
(3)オイルミスト警報発生直前まで排気温度やオイルミスト量に変化がなかった点
(4)A受審人の当廷における供述により、オイルミスト検出管からのミストガスに圧力がほとんどなかったと認められる点
 一方、NK鑑定書は、前示のとおり、シリンダライナの芯がずれて片当たりしていたことにより、シリンダライナ下部に大きな機械的応力が作用して下部Oリング溝に亀裂が発生し、その後の焼付き時に上部Oリング溝の亀裂が発生したと推定している。
 しかしながら、NK鑑定書の推定は、以下の点を考えると、妥当であるとは認められない。
(1)Sのシリンダライナ装着作業は適正に行われた可能性が高いと認められる点
(2)Sが見解書で主張し、その見解をH造船サービス部も支持しているとおり、Oリングのつぶし代が1.5ミリ以上あるので、シリンダライナを架構穴に挿入すると、同ライナは自動的にOリングの抵抗で架構穴の中心に装着されると考えられる点
(3)本件発生1箇月前のクランク室内部点検で、シリンダライナ及びピストンスカートに強い当たりが認められていない点
(4)メタルタッチの当たり面から冷却水が漏洩していないので、当たり面にごみがかみ込んでいたとは考えられない点
(5)シリンダライナの装着に不備があれば、異常が発生するのに3年8箇月も要しないと考えられる点
(6)シリンダライナと架構穴間のような微小間隙においては、フレッチングを生じることが必ずしも異常であるとは認められない点
 以上のことから、H造船サービス部及びNK鑑定書の推定はいずれも妥当であるとは認められず、また、提出された他の証拠及び当廷における供述からも、上下各Oリング溝の疲労亀裂がどのようにして発生したかを特定するには至らなかった。
 したがって、上下各Oリング溝の疲労亀裂は、いくつかの要因が複合あるいは重畳して発生したと考えられるものの、その原因及び状況を明らかにすることはできない。
6 オイルミスト警報の発生
 オイルミスト警報は、事実認定の根拠中で示した証拠から、下部Oリング溝の亀裂が進行してシリンダ注油孔まで達し、シリンダ油が給気室側に漏れてシリンダ注油量が減少した結果、ピストンとシリンダライナの潤滑が不良となって焼付きが発生し、ピストンとシリンダライナが加熱されたことによって発生したと考えるのが相当である。
第2 A受審人の所為
 A受審人は、オイルミスト警報が誤警報でないことを確認した場合、同警報が主機の減速要求を伴うものであったうえ、スターダイヤが2機2軸船で主機を片舷停止しても航行不能にならないのであるから、直ちに左舷主機を減速あるいは停止するに必要な措置を取るべきであった。
 そもそも警報とは、異常を早期に検知して事故を未然に防止するためのものであるから、当直機関士は、警報が発生した場合にはできるだけ早く適切な措置を講じるべきであり、A受審人が、オイルミスト警報の指示に従って速やかに主機を減速あるいは停止させていれば、事故調査報告書やNK鑑定書も指摘しているように、損傷はシリンダライナとピストンだけに止まったと考えられる。
 したがって、A受審人が、オイルミスト警報が発生し、同警報が誤警報でないことを確認した際、主機を減速せよとの警報の指示を無視し、減速すると原因が分からなくなるおそれがあるので、自分なりに原因を突き止めてから対処しようと思い、直ちに左舷主機を減速あるいは停止しようとしなかったことは、本件発生の原因をなしたと認められる。
第3 Dフェリー船舶部の所為
1 乗組員に対する指導・教育
 オイルミスト警報は、重大な事故に発展するおそれがあることを示唆する重要な警報であることから、警報の発生と同時に主機を自動減速させるのが一般的であるが、スターダイヤにおいては、軸発電機を使用しているなどの関係から、主機の減速要求を伴うもので、対応は機関室当直者の判断に委ねられていた。
 Dフェリー船舶部が、乗組員に対して、オイルミスト警報のように主機の減速が必要な重要な警報が発生した場合の対応方法を指導・教育していれば、機関室当直者が、警報発生後に適切な措置をとり、結果的にシリンダライナが割損する事態には至らなかったと考えられる。
 したがって、Dフェリー船舶部が、乗組員に対して、緊急を要する機関不調時の対応方法を十分に指導・教育していなかったことは、本件発生の原因をなしたものと認められる。
2 シリンダライナの新替え
 シリンダライナは、磨耗量が機関製造業者の指定する使用限度に達する前に取り替えられなければならない。
 したがって、Dフェリー船舶部が、平成12年1月の定期整備時に、ピストン抜きをしたシリンダライナの最大磨耗量が著しく増加しているのを認め、そのまま主機の運転を続けると、就航以来使用しているほとんどのシリンダライナの最大磨耗量が、1年ないし2年後には使用限度を超えることが予測されたにもかかわらず、同13年1月の定期整備時にそれらのシリンダライナを新替えしなかったことは極めて遺憾である。
 しかしながら、前示のとおり、上下各Oリング溝に生じていた疲労亀裂の発生原因が、必ずしもシリンダライナの磨耗量過大と因果関係があるとは認められないことから、Dフェリー船舶部が平成13年1月の定期整備時に左舷主機A3シリンダライナを新替えしなかったことは、本件発生の原因とは認められない。
3 さんふらわあにしきの事故情報の入手
 Dフェリー船舶部が、さんふらわあにしきの主機のシリンダライナが損傷したらしいとの噂を沖修理業者から聞いた際、H造船サービス部又は関西汽船に問い合わせるなどして、積極的に事故情報の入手に努め、事前に乗組員に事故の詳細を周知して注意を喚起していれば、結果として、当直機関士の対応が適切に行われ、シリンダライナが割損する事態には至らなかったと考えられるものの、機関製造業者から通知がなければ自社には関係がないと考えたことは非難されるものではない。
 したがって、Dフェリー船舶部が、さんふらわあにしきの事故情報の入手を積極的に行わなかったことは、本件発生の原因とするまでもない。
第4 H造船サービス部の所為
 さんふらわあにしきのシリンダライナ損傷事故は、本件と同様に、最初にオイルミスト警報が発生し、その後、ピストンとシリンダライナが焼き付いて損傷したもので、その原因は明らかにされていない。
 H造船サービス部は、さんふらわあにしきの事故原因を明らかにすることができなかった以上、同型機関に同様の事故が発生する可能性を否定できないのであるから、同型機関搭載船を運航管理するDフェリー船舶部に対して、同事故の情報を伝えて注意を喚起すべきであったと考えられる。
 一方、H造船サービス部がさんふらわあにしきの事故情報をDフェリー船舶部に伝えて注意を喚起していれば、同船舶部は、西本代理人が当廷において、「さんふらわあにしきの事故情報が事前に知らされて、オイルミスト警報が発生すると大きな事故に発展するということが分かっていれば、乗組員に対してオイルミスト警報が発生したら早めに主機を停止するようにという指導をしただろうと思う。」と述べているように、乗組員にオイルミスト警報発生時の注意事項を指示した可能性が高く、結果として、機関室当直者が適切な措置を行い、シリンダライナが割損する事態には至らなかったと考えられる。
 また、A受審人のオイルミスト警報発生後の対応は、1箇月前のクランク室内部の点検時に異常を認めていなかったことによると思われるが、緊急事態になっているという感覚が全く感じられないので、同人がさんふらわあにしきの事故がオイルミスト警報の発生から始まったということを事前に知っていただけでも、警報発生後の対応が違ったものになった可能性が高いと推認される。
 したがって、H造船サービス部が、Dフェリー船舶部に対して、さんふらわあにしきの事故情報を通知して注意を喚起しなかったことは、本件発生の原因をなしたものと認められる。
 なお、H造船サービス部に対しては、疲労亀裂の発生原因等、事故の物理的な原因が未だ不明であることから、早期に原因を究明して対策を講じることが望まれる。
第5 Sの所為
 左舷主機A3シリンダのシリンダライナは、平成10年1月の定期整備時にSによって抜き出されていることから、シリンダライナ外周面の点検が十分に行われていなかったのではないか、また、装着時に何らかの不備があったのではないかとの指摘があるが、前示のとおり、上下各Oリング溝の疲労亀裂は8月29日のクランク室内部点検以後に発生した可能性が高いと考えられること及びシリンダライナの装着に不備があったとは考えにくいこと、並びに疲労亀裂発生の原因及び状況を明らかにできないことから、Sの所為が本件発生の原因をなしたとは認められない。

(原因)
 本件機関損傷は、主機を全速力前進にかけ、松山港から神戸港に向けて瀬戸内海を航行中、主機の減速要求を伴うオイルミスト警報が発生し、同警報が誤警報でないことを確認した際、機関室当直者の措置が不適切で、左舷主機A3シリンダのピストンと外周の上下各Oリング溝に亀裂を生じていたシリンダライナが、焼き付いて割損したことによって発生したものである。
 運航管理会社が、乗組員に対し、緊急を要する機関不調時の対応方法を十分に指導・教育していなかったことは、本件発生の原因となる。
 機関製造業者が、他社で発生した事故の情報を、同型機関搭載船の運航管理会社に通知して注意を喚起しなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は、2機2軸船の機関室で単独当直中、左舷主機3番シリンダにオイルミスト警報が発生し、同警報が誤警報でないことを確認した場合、同警報が主機の減速要求を伴う重要な警報で、ブローバイや軸受過熱等の緊急事態が発生しているおそれがあったから、直ちに状況を機関長に報告して他の機関部乗組員の招集を求めるとともに、いつでも主機が停止できるよう軸発電機から補機駆動発電機に切り替えて船内電源を確保したのち、速やかに主機を減速あるいは停止するなど、適切な措置を取るべき注意義務があった。ところが、同受審人は、減速すると原因が分からなくなるおそれがあるので、自分なりに原因を突き止めてから対処しようと思い、適切な措置を取らなかった職務上の過失により、主機の減速及び停止が遅れ、左舷主機A3シリンダのピストンと外周の上下各Oリング溝に亀裂が生じていたシリンダライナが焼き付いて割損する事態を招き、左舷主機の架構及びクランク軸並びにA3及びB3シリンダの各シリンダライナ、ピストン、連接棒及び軸受等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 Dフェリー船舶部が、乗組員に対して、緊急を要する機関不調時の対応方法を十分に指導・教育していなかったことは、本件発生の原因となる。
 Dフェリー船舶部に対しては、その後、機関事故緊急対応マニュアルを作成して乗組員に指導・教育したほか、オイルミスト検出器を感度のよい新型のものに取り替え、シリンダライナについては、抜き出した場合は必ず外周面をカラーチェックするとともに、8年を目処に取り替えるようにするなど、同種事故の再発防止に努めている点に徴し、勧告しない。
 H造船サービス部が、他社で発生した事故の情報を、同型機関搭載船の運航管理会社に通知して注意を喚起しなかったことは、本件発生の原因となる。
 H造船サービス部に対しては、本件発生以後、情報を積極的に開示し、各運航管理会社との連絡を緊密にして事故の再発防止に努めている点に徴し、勧告しない。
 Sの所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION