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平成14年横審第82号
件名

漁船第三十五富丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成15年2月28日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(花原敏朗、小須田 敏、稲木秀邦)

理事官
相田尚武

受審人
A 職名:第三十五富丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)
指定海難関係人
有限会社Mエンジンサービス工業 業種名:機関整備業

損害
主機のピストンピン及びクランクピン各軸受など焼損、テレスコ管に曲損

原因
管継手ボルトの締付け状態の点検不十分、管継手ボルト締め付け不十分

主文

 本件機関損傷は、主機ピストン冷却装置の潤滑油入口側に取り付けられた管継手ボルトの締付け状態の点検が不十分で、同ボルトが主機運転中に外れ、同装置への潤滑油の供給が阻害されたことによって発生したものである。
 整備業者が、主機のピストン及びシリンダライナ抜出し整備を行った際、主機ピストン冷却装置の潤滑油入口側に取り付けられた管継手ボルトを十分に締め付けなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aに対しては懲戒を免除する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年5月25日08時15分
 千葉県太東埼東南東方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船第三十五富丸
総トン数 74トン
全長 27.72メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 735キロワット
回転数 毎分900

3 事実の経過
 第三十五富丸(以下「富丸」という。)は、昭和50年6月に進水し、平成4年8月に中古船として購入された沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で、主機としてダイハツディーゼル株式会社製造の6DSM-22FS型と呼称するディーゼル機関を装備し、減速機を介して軸系の可変ピッチプロペラを駆動し、操舵室から遠隔操縦装置により主機の運転操作及び同プロペラの翼角制御がそれぞれ行えるようになっており、また、船首側にある動力取出軸及び増速機を介して発電機及びトロールウインチ用油圧ポンプをそれぞれ駆動するようになっていた。
 主機は、各シリンダに船首側を1番として6番までの順番号が付され、6番シリンダ船尾側の架構上に石川島播磨重工業株式会社製造のVTR250型と呼称する排気ガスタービン過給機を装備し、A重油が燃料油に使用されていた。
 主機のピストンは、鋳鉄製のピストンクラウンとアルミニウム合金製のピストンスカートからなる組立形ピストンで、同クラウン内側が冷却室となっていて、ピストン冷却装置を経て供給された潤滑油で冷却されるようになっていた。
 主機の潤滑油系統は、ウェットサンプ方式で、クランク室下部の容量200リットルの油だめにためられた潤滑油が、主機直結の潤滑油ポンプ又は電動機駆動の予備潤滑油ポンプにより吸引加圧され、潤滑油冷却器を経て圧力調整弁に至り、2.5ないし3.5キログラム毎平方センチメートルに調圧され、潤滑油こし器を経て潤滑油主機入口主管に至り、軸受潤滑系統とピストン冷却系統とにそれぞれ分かれて各シリンダに給油されるようになっていた。そして、軸受潤滑系統では、主軸受、クランクピン軸受及びカム軸軸受などをそれぞれ潤滑し、ピストン冷却系統では、ピストン冷却油枝管からピストン冷却装置を経てピストンクラウン内の冷却室に至り、同クラウン内面の冷却を行い、同室からピストンピン部に落下してピストンピン軸受などの潤滑を行い、それぞれ油だめに落下して循環するようになっていた。
 また、主機のピストン冷却装置は、テレスコピック形伸縮管(以下「テレスコ管」という。)、テレスコ管に通じる油路が設けられたテレスコ管押さえ及び支え台などからなり、シリンダライナの下部に取り付けられた支え台及びテレスコ管押さえにテレスコ管の下端が組み込まれ、同管の上端がピストン内に挿入されていた。そして、前示ピストン冷却油枝管が、同管先端の継輪に管継手ボルト(以下「テレスコ管用管継手ボルト」という。)を挿入してテレスコ管押さえにねじ込んで取り付けられ、同押さえと継輪、及び継輪と同ボルトとの間にはそれぞれ銅製ガスケットが挿入されて油密が保たれ、同枝管からテレスコ管押さえ及びテレスコ管を経てピストンに潤滑油が送られていた。
 ところで、テレスコ管用管継手ボルトは、全長32ミリメートル(以下「ミリ」という。)円筒部長さ12ミリねじ部長さ14ミリねじの呼びPF4分の1の管用平行ねじの鋼製六角ボルトで、ねじ部から円筒部にかけての中心に内径7ミリ深さ22ミリの穴が、さらに円筒部に同ボルトの中心線に直交して内径6ミリの穴がそれぞれあけられて油路が形成され、同ボルト頭部には内径2ミリの回り止め用針金を通す穴があけられていたものの、前船主の所有時において、頭部の穴の加工が施されていないものにいつしか取り替えられており、回り止めの措置が施工されていなかった。
 富丸は、千葉県銚子港を基地とし、専ら同県九十九里浜沖合を漁場とし、01時ごろに出航して翌日10時ごろに帰航する航海を周年繰り返し、主機の月間の運転時間が約400時間に達し、毎年7月から8月を休漁期として船体、機関及び漁具の整備を行っていた。
 A受審人は、富丸が購入されたときから機関長として乗り組み、機関の運転及び保守管理に当たり、定期検査及び第一種中間検査の時期に合わせ、2年ごとに主機の開放整備を整備業者に依頼して行い、また、主機の潤滑油を半年ごとに全量新替えするようにし、同時にクランク室点検を実施するようにしていた。
 指定海難関係人有限会社Mエンジンサービス工業(以下「M工業」という。)は、昭和51年1月に設立され、千葉県銚子市に本店を置き、専ら漁船の機関の整備及び販売などを手掛けていたところ、平成5年ごろから富丸の機関の整備を請け負うようになった。
 A受審人は、平成12年8月に第7回定期検査工事で、M工業に依頼して主機全シリンダについてのピストン及びシリンダライナの抜出し整備を実施した。
 M工業は、ピストン冷却装置を取り外して前示整備を行い、その復旧に当たり、各シリンダのテレスコ管用管継手ボルトをテレスコ管押さえに順次ねじ込んで締め付けたところ、5番シリンダの同ボルトの締付けが他のシリンダに比べて不十分で、運転中に振動の影響などで緩むおそれのある状況となっていたものの、その後の通油試験で漏油するまでに至らなかったことから、このことに気付かず、試運転後の諸点検時においても、同ボルトの締付け状態の確認を行わずに工事を終えた。
 富丸は、その後、主機の運転が繰り返されるうち、主機5番シリンダのテレスコ管用管継手ボルトが次第に緩み始めるようになった。
 A受審人は、平成13年1月主機の定期整備の一環として、潤滑油の新替えを行い、併せてクランク室点検を実施したものの、ピストン冷却装置は整備業者によって整備されており、ボルトなどの締付けは十分に行われていて、運転中に緩むことはないものと思い、増締めしてねじの緩みがないことを確認するなど、テレスコ管用管継手ボルトの締付け状態の点検を十分に行わなかったので、5番シリンダの同ボルトが緩んでいたことに気付かず、主機の運転を繰り返し続けていた。
 こうして、富丸は、A受審人ほか6人が乗り組み、操業の目的で、船首1.6メートル船尾2.6メートルの喫水をもって、同13年5月25日00時40分銚子港を発し、04時00分九十九里浜東方沖合の漁場に至って操業を続けていたところ、08時00分2回目の投網を開始し、主機を毎分回転数730にかけ、プロペラ翼角を13度として3.6ノットの対地速力で曳網(えいもう)中、主機5番シリンダのテレスコ管用管継手ボルトが著しく緩んでクランク室底部に脱落し、テレスコ管への潤滑油の供給が阻害され、ピストンが過熱膨張してシリンダライナと焼き付き、08時15分太東埼灯台から真方位116度10.0海里の地点において、主機が異音を発した。
 当時、天候は晴で風力1の北東風が吹き、海上は穏やかであった。
 A受審人は、機関室を巡視中、異音に気付いて主機を停止し、クランク室を点検したところ、5番シリンダのテレスコ管用管継手ボルトが同室底部に落ちているのを認め、ターニングができないことから、主機の運転を断念し、その旨を船長に報告した。
 富丸は、自力航行が不能となり、来援した僚船により銚子港に引き付けられ、同港において主機を精査したところ、5番シリンダにおいて、前示損傷のほかに連接棒及びテレスコ管に曲損が、ピストンピン及びクランクピン各軸受などに焼損がそれぞれ生じていることが判明し、のち損傷部品の新替えが行われた。
 M工業は、本件発生後、主機全シリンダのテレスコ管用管継手ボルトを十分に締め付け、かつ、同ボルトの頭部に回り止めのための針金を通す穴をあけ、回り止めを施工して同種事故の再発防止策を講じた。

(原因)
 本件機関損傷は、主機のクランク室点検を行った際、主機ピストン冷却装置の潤滑油入口側に取り付けられたテレスコ管用管継手ボルトの締付け状態の点検が不十分で、5番シリンダの同ボルトが主機運転中に外れ、同装置への潤滑油の供給が阻害されたことによって発生したものである。
 整備業者が、主機のピストン及びシリンダライナ抜出し整備を行った際、主機5番シリンダのピストン冷却装置の潤滑油入口側に取り付けられたテレスコ管用管継手ボルトを十分に締め付けなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は、主機のクランク室点検を行った場合、運転中にテレスコ管用管継手ボルトなど回り止めが施されていないボルト類の締付けが振動などで緩むことがあるから、増締めしてねじの緩みがないことを確認するなど、テレスコ管用管継手ボルトの締付け状態の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、主機ピストン冷却装置は整備業者によって整備されており、ボルトなどの締付けは十分に行われていて、主機運転中に緩むことはないものと思い、テレスコ管用管継手ボルトの締付け状態の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、5番シリンダの同ボルトが緩んでいたことに気付かず、同ボルトが主機運転中に外れ、同装置への潤滑油の供給が阻害される事態を招き、ピストンが過熱膨張してシリンダライナと焼き付き、ピストンピン及びクランクピン各軸受などに焼損を、連接棒及びテレスコ管に曲損をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告すべきところ、同人が多年にわたり船員としてその職務に精励し海運の発展に寄与した功績によって平成11年7月20日運輸大臣から表彰された閲歴に徴し、同法第6条を適用してその懲戒を免除する。
 M工業が、主機のピストン及びシリンダライナ抜出し整備を行った際、主機5番シリンダのテレスコ管用管継手ボルトを十分に締め付けなかったことは、本件発生の原因となる。
 M工業に対しては、本件後、主機全シリンダのテレスコ管用管継手ボルトを十分に締め付け、かつ、同ボルトに回り止めを施工し、同種事故の再発防止策を講じた点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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