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平成14年横審第49号
件名

漁船第一恵久丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成15年1月30日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(花原敏朗、小須田 敏、稲木秀邦)

理事官
相田尚武

受審人
A 職名:第一恵久丸機関長 海技免状:三級海技士(機関)

損害
過給機のロータ軸及びノズルリングなどに欠損や擦過傷

原因
主機吸気弁の衰耗状況の確認不十分

主文

 本件機関損傷は、主機吸気弁の衰耗状況の確認が不十分で、衰耗した同弁が新替えされずに継続使用されたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成12年10月27日23時00分
 マーシャル諸島南方沖合

2 船舶の要目
船種船名 漁船第一恵久丸
総トン数 349トン
全長 61.5メートル
機関の種類 過給機付4サイクル8シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,912キロワット
回転数 毎分600

3 事実の経過
 第一恵久丸(以下「恵久丸」という。)は、昭和57年4月に進水した大中型まき網漁業に従事する鋼製漁船で、主機として株式会社新潟鐵工所製造の8MG31FZ型と称するディーゼル機関を装備し、操舵室から遠隔操縦装置により主機の運転操作が行えるようになっていた。
 主機は、各シリンダに船首側を1番として8番までの順番号が付され、8番シリンダ船尾側の架構上に株式会社新潟鐵工所製造のNHP35BS型排気ガスタービン過給機(以下「過給機」という。)を装備し、A重油が燃料油に使用されていた。
 主機のシリンダヘッドは、左舷側に吸気弁を、右舷側に排気弁をそれぞれ船首尾線方向に2個備えた4弁式で、吸気弁については、同ヘッドに装着された弁座及び弁案内を通して触火面側から挿入し、弁ばね、バルブローテータ及びコッタなどを同ヘッド上面から取り付けるようになっており、排気弁については、弁箱に組み込んで同ヘッドに取り付けるようになっていた。
 主機の吸気弁は、弁棒外径24ミリメートル(以下「ミリ」という。)の耐熱鋼製のきのこ弁型で、弁フェースが弁座に正しく当たるよう、弁棒と弁案内との摺動部(しゅうどうぶ)のすきまが0.105ミリないし0.14ミリ設けられていた。
 ところで、主機メーカーは、主機運転時間が5,000時間ないし7,000時間ごとにシリンダヘッドを開放して吸気弁の定期整備を行い、同弁弁棒の外径が23.80ミリ、弁案内の内径が上側24.10ミリ下側24.35ミリ、そして、同弁弁棒と弁案内との摺動部のすきまが弁案内の上側の位置で0.30ミリ、同下側の位置で0.60ミリをそれぞれ使用限度として定め、定期整備時に同限度に達していた場合、経年変化による材料の劣化のおそれがあることから、摩耗の進んだ同弁または弁案内を新替えするなど、整備基準を主機取扱説明書に記載していた。
 恵久丸は、専らマーシャル諸島、ギルバート諸島及びソロモン諸島周辺の海域を漁場としてかつお漁を行い、静岡県焼津港、鹿児島県枕崎港及び同県山川港などに水揚げをする、1航海が約45日の操業を周年繰り返し、年間の主機運転時間が約5,000時間ないし6,000時間に達していた。そして、同船は、毎年9月に、入渠して船体及び機関の整備を実施していた。
 A受審人は、平成8年9月に機関長として乗り組み、主機の運転及び保守管理に当たり、入渠時には、整備業者に依頼して主機のピストン抜出し整備を行い、開放したシリンダヘッド及び同ヘッドに付属する諸弁などの整備を併せて行っていた。そして、同人は、ピストンリング及び燃料噴射弁のノズルチップについては毎回全数を新替えすることとし、その他の部品についても、継続使用するに当たり、各部の計測結果などから不安を感じるようであれば、使用限度に達していなくても新替えするよう、整備業者に指示していた。
 恵久丸は、平成11年9月、第5回定期検査のための入渠工事で、主機全シリンダのピストン抜出し整備が行われ、併せて行われたシリンダヘッドの整備において吸気弁が開放され、弁案内内径及び弁棒外径がそれぞれ計測されたところ、1番シリンダ船首側及び3番シリンダ船尾側各吸気弁がいずれも弁棒外径が23.80ミリまで減少し、使用限度に達するまでに衰耗が進行していたことから新替えが必要な状況となっていた。
 一方、A受審人は、前示シリンダヘッドの整備で開放された吸気弁について、弁フェースの亀裂(きれつ)の有無などをカラーチェックで点検して異状がないことを確認し、また、弁フェースと弁座との当たり面の摺合わせ(すりあわせ)の状況にも注意していたので、弁案内内径、弁棒外径及び両者の差を弁案内と弁棒とのすきまとして算出した値などがそれぞれ記録された計測表は整備業者から提出されていたが、弁フェースと弁座との当たり面の摺合わせが良好な状態であれば、同弁を継続使用しても差し支えないものと思い、計測表に記載された弁棒外径の計測値が使用限度を超えていないかどうかを主機取扱説明書にあたって調べるなど、同弁の衰耗状況の確認を十分に行うことなく、1番シリンダ船首側及び3番シリンダ船尾側各吸気弁の弁棒外径が使用限度に達するまでに減少していたことに気付かず、衰耗が進行していた両弁を継続使用することとし、摺合わせを行ったうえで復旧させた。
 恵久丸は、その後、主機の運転を繰り返すうち、3番シリンダ船尾側吸気弁が、燃焼生成物などを噛み込んだかして弁座との当たりが不良になり、燃焼ガスが燃焼室側から吸気マニホルド側に漏洩(ろうえい)して弁傘部が過熱され始め、衰耗が進行していたところに熱疲労とがあいまって材料の劣化が進行するようになった。
 こうして、恵久丸は、A受審人ほか邦人14人及びインドネシア人5人が乗り組み、操業の目的で、船首3.6メートル船尾4.7メートルの喫水をもって、平成12年10月5日10時00分山川港を発し、マーシャル諸島周辺の漁場に至って操業を続けていたところ、10月27日16時45分網を揚げ終えて主機が始動され、毎分回転数500にかけて漁場を移動中、主機3番シリンダ船尾側吸気弁の弁傘部が、材料の劣化が著しく進行して欠損し、破片が排気ガスに運ばれ、排気マニホルドを経て過給機に飛び込み、23時00分南緯03度53分東経169度11分の地点において、主機及び過給機が異音を発した。
 当時、天候は曇で風力2の東風が吹き、海上は穏やかであった。
 A受審人は、自室で仮眠中、機関室からの異音に気付き、同室に赴き、主機を停止して点検したところ、主機3番シリンダ船尾側吸気弁が弁傘部のほぼ4分の1周にわたって欠損し、さらに、過給機のロータ軸及びノズルリングなどに欠損や擦過傷をそれぞれ生じて同軸が固着していたことから、すぐに運転を再開することは困難と判断し、その旨を船長に報告した。
 恵久丸は、主機3番シリンダについて、予備シリンダヘッドに交換するとともに、過給機について、ロータ軸を抜き出し、無過給運転のための措置を施し、低速力として再び自力で航行を続け、マーシャル諸島共和国マジュロ港に寄港し、のち損傷部品の取替えが行われた。

(原因)
 本件機関損傷は、主機吸気弁を整備する際、同弁の衰耗状況の確認が不十分で、衰耗した同弁が新替えされずに継続使用されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、主機吸気弁を整備する場合、同弁が使用限度に達するまで衰耗が進行していれば新替えする必要があるので、弁棒外径の計測値が使用限度を超えていないかどうかを主機取扱説明書にあたって調べるなど、同弁の衰耗状況の確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、吸気弁について、弁フェースと弁座との当たり面の摺合わせが良好な状態であれば、同弁を継続使用しても差し支えないものと思い、同弁の衰耗状況の確認を十分に行わなかった職務上の過失により、3番シリンダ船尾側吸気弁の弁棒外径が使用限度に達するまでに減少していたことに気付かず、衰耗が進行した同弁を継続使用して主機の運転を繰り返すうち、材料の劣化が著しく進行した同弁弁傘部を欠損させる事態を招き、破片が排気ガスに運ばれて過給機に飛び込み、過給機のロータ軸及びノズルリングなどにそれぞれ損傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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