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平成14年広審第105号
件名

油回収船第二蒼海乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成15年3月26日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(西林 眞、竹内伸二、佐野映一)

理事官
吉川 進

受審人
A 職名:第二蒼海船長 海技免状:四級海技士(航海)(旧就業範囲)
B 職名:第二蒼海一等航海士 海技免状:五級海技士(航海)
C 職名:第二蒼海機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定・旧就業範囲)
指定海難関係人
D 職名:F鋼材株式会社本社工場工場長

損害
左舷船首部破口などの損傷、全損

原因
蓄電池の状態確認不十分、遠隔操縦不能の際の措置不適切、機器の状態及び取扱い等引継ぎの指示不履行

主文

 本件乗揚は、長期係留後の回航にあたり、非常電源である蓄電池の状態確認が不十分であったこと、及び航行中、船内電源をすべて喪失して操舵室での遠隔操縦が不能となった際の措置が不適切であったことによって発生したものである。
 船舶解体業者の工場長が、長期係留中であった購入船を自力回航させる際、回航要員に対して、機器の状態及び取扱い等について十分に余裕を持って引継ぎするよう指示しなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 受審人Cを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年11月29日00時45分
 紀伊半島 潮岬南岸

2 船舶の要目
船種船名 油回収船第二蒼海
総トン数 383トン
全長 39.70メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,471キロワット

3 事実の経過
(1)第二蒼海
 第二蒼海(以下「蒼海」という。)は、昭和54年1月に進水した2機2軸2舵を装備した双胴型鋼製油回収船で、上甲板上に油及びごみの回収・処理装置を備え、船体中央部前方の航海船橋甲板上に操舵室を、その下の船橋甲板に乗組員居住区を配置し、上甲板下の両舷胴部が機関室及び操舵機室などとなっており、このうち機関室は、両舷胴後部の右舷主機室及び左舷主機室、右舷胴前部のボイラ室及び左舷胴前部の補機室の4箇所に区画され、それぞれ上甲板上に出入口が設けられていた。
 ところで、蒼海は、国土交通省が所有し、竣工以来関東地方整備局京浜港湾工事事務所(以下「港湾工事事務所」という。)が運航管理して、東京湾の港域を除く海域でごみの清掃及び油回収業務に従事していたところ、新造の代船が就航したことをうけて用途廃止となり、平成13年3月下旬から基地としている京浜港横浜区第一区に所在する同事務所近くの岸壁に係留されていた。
(2)機関装置及び給電設備
 主機は、いずれもダイハツディーゼル株式会社が製造した6DSM22FS型と称する、連続最大出力735.5キロワット同回転数毎分900の、潤滑油ポンプ、冷却海水ポンプ及び冷却清水ポンプをすべて直結したディーゼル機関で、両舷主機室に各1機据え付けられ、それぞれ同社製の油圧湿式クラッチ内蔵減速機を介して可変ピッチプロペラ(以下「CPP」という。)を駆動しており、操舵室から空気式の遠隔操縦装置によって回転数制御とクラッチの嵌脱操作ができるようになっていた。
 一方、補機室には、中央にいずれもアメリカ合衆国ゼネラルモーターズ社製の6-71T型と称する、定格出力169キロワットの2サイクル6シリンダ・ディーゼル機関(以下「補機」という。)で駆動される電圧440ボルト容量175キロボルトアンペアの三相交流発電機を2台備え、前部に主空気槽及び空気圧縮機が、後部に主配電盤などが配置されていた。
 また、給電設備は、前示発電機を主電源とし、主配電盤から給電する交流440ボルト及び交流110ボルトの交流電路と、上甲板右舷側の電気部倉庫に設置され、三相全波シリコン整流装置を内蔵した充放電盤から給電する直流24ボルト電路の3系統を有しており、同倉庫内に、非常電源として公称起電力直流4ボルトの鉛蓄電池6個を1組とした蓄電池2組を備え、同整流装置と並行給電できるようなっていた。
 ところで、補機は、調速機の作動油がシステム油系統から供給されており、同機の作動油排出側には油圧停止電磁弁を装備し、運転中の機関を停止する際には、制御電源を直流24ボルトとする機側警報盤上の停止用押しボタンスイッチを押すと、無励磁となった同電磁弁が開いて作動油がオイルパンに排出され、調速機の作用で燃料油の供給を遮断する機構になっていたため、制御電源が給電されなくなった場合には、運転機が自動停止するばかりか、同電磁弁が励磁されないままなので、同弁本体上部を取り外したうえ手動で閉弁操作をしない限り、予備機も含め再始動できないものであった。
(3)操舵室操縦盤
 操舵室は、操舵装置、主機、CPP及び補機等の遠隔操縦及び監視装置を一括して組み込んだ操縦盤を前部中央に設置し、中央に位置する操舵スタンドの右舷側には、両舷主機の各遠隔操縦ハンドル、計器類、状態表示灯、警報表示灯並びに非常停止用押しボタンスイッチ(以下「非常停止ボタン」という。)などを配置した主機操作パネルが、左舷側には、両舷の各CPPコントロールダイヤル、翼角指示計及び状態表示灯などを配置したCPP操作パネルがそれぞれ設けられ、主機とCPPとの遠隔操作を独立して行うようになっていた。さらに、CPP操作パネルの左舷側には、両補機の回転計、潤滑油圧力計及び警報表示灯とともに非常停止ボタンが設けられ、同ボタンを操作すると吸気ダンパーを遮断して機関を停止するようになっていたが、同ボタンには誤操作防止用キャップが破損したままで、取り付けられていなかった。
 主機遠隔操縦装置は、操縦ハンドルにカムを介して連結したコントロール弁、クラッチ操作弁及び変速ガバナなどで構成され、このうちコントロール弁は、ハンドル位置に対応した操縦空気圧を供給する圧力制御弁と、操縦空気の給・排出を行うパイロット弁とが組み込まれたもので、操縦ハンドルを中立から前進位置に動かすとカムに押されて両弁の供給口がそれぞれ開き、操縦空気がクラッチ操作弁に作用してクラッチを嵌合させ、嵌合後はハンドル位置に応じた操縦空気圧が変速ガバナを作動させ主機の回転数を制御するようになっていた。そして、操縦ハンドルを中立位置に戻すと、ばねの力で両弁の排出口が開いて供給口を閉じ、系統内の操縦空気を大気に放出し、クラッチを離脱するとともに主機をアイドリング回転数まで減速するようになっていた。
 また、操縦空気系統は、主空気槽から出た圧縮空気が、主機室内に設置されたフィルター、減圧弁及び機側・遠隔切替弁などを経たのち、呼び径6ミリメートル(以下「ミリ」という。)の銅管を通って操舵室操縦盤に送られ、同盤内で両舷に分岐して各コントロール弁に供給されるようになっており、機側・遠隔切替弁の出口側には、呼び径150ミリの鋼管製で底部にドレンを取り付けたドレンポットが設けられ、系統内のドレンや異物を排出できるようになっていたが、用途廃止の予定であったことから、平成11年度の入渠工事以降配管各部の点検整備が行われていなかった。
 ところで、各装置の制御電源は、操舵装置及びCPP遠隔操縦装置が交流110ボルト系統から、主機遠隔操縦装置が直流24ボルト系統からそれぞれ給電されており、航海中何らかの原因で交流電源が断たれると、主機の運転は継続されて増減速とクラッチ嵌脱操作は可能であるものの、舵角及びCPP翼角はいずれも電動油圧ポンプが停止して電源喪失前の状態を保持したまま遠隔操作が不能となり、さらに、直流24ボルト系統の電路が断たれたときには、運転中の主機は非常停止ボタンによる遠隔停止ができないようになっていた。
(4)係留から回航前までの状況
 係留中の蒼海は、毎日元乗組員による船内の見回りや係留状態の点検が行われていたことから、常時陸電を接続していたものの、居住区の照明など交流100ボルト系統のみに給電されていただけで、蓄電池については、運航の見込みがなく過充電を避けるという理由から、出力側を接続した状態で充電しないまま長期間放置されていたため、自己過放電して起電力回復不能の状態になっており、主機及び補機の保守運転も行われていなかった。
 その後、蒼海は、平成13年10月に一般競争入札にかけられ、主として船舶及び建物解体業を営むF鋼材株式会社(以下「F鋼材」という。)が落札し、潜在的瑕疵(かし)があっても売主は責任を負わないとの契約で、現状のまま同社に売却された。
 D指定海難関係人は、昭和60年に古沢鋼材に入社したのち平成7年に本社工場長に就き、責任者として購入船の受取業務を担当するようになったもので、それまで購入した元官庁船を自力回航させたことはなかったが、今回蒼海は解体でなく海外に売却する予定があり、定期的な船舶検査も受けていたこともあって、回航費用を軽減するため本社工場のある広島県安芸郡江田島町まで自航させることに決めた。
 ところが、D指定海難関係人は、蒼海が20年を越える船齢の特殊船で長期間係留されていることを知っていたにもかかわらず、社内では事前に同船の仕様について詳細な調査を行わないまま、受け取りに先立ち船舶整備業を営む京浜ドック株式会社(以下「京浜ドック」という。)に対し、主機及び補機等主要機器の運転確認をすることと、受取時の回航要員への機器取扱い指導についてのみ口頭で依頼するとともに、港湾工事事務所には引渡しに当たって元乗組員から回航要員への引継ぎを要請した。
 蒼海は、同13年11月19日及び22日の両日、元乗組員から操作説明を受けた京浜ドック担当者によって主要機器の試運転が行われ、陸電から直流24ボルト系統に給電されたので補機が問題なく始動でき、主機遠隔操縦装置についても正常に作動することが確認されたが、同ドックが長期係留を考慮した点検整備を具体的に依頼されていなかったこともあって、蓄電池の状態が点検されず、また、操縦空気系統への通気時には主空気槽のドレン抜きが行われただけで、ドレンポットからのドレン排除や配管の整備が行われなかったため、同ポット内に滞留していたさびなどの異物がコントロール弁に至る配管に流入するおそれがあった。
(5)受審人
 A受審人は、内航タンカーなどに乗船したのち、平成13年2月にF鋼材に入社し、同社所有の引船に船長として乗り組み、本社工場内での業務に従事するかたわら回航業務にも携わり、同社の購入船を曳航によって回航することを7ないし8回行っていたものの、自航で回航した経験はなかった。
 C受審人は、内航貨物船の機関士や鉄工所の旋盤工を経たのち、同8年12月にF鋼材に入社し、引船の機関長として乗り組み、同じく本社工場内での業務に従事するかたわら回航業務にも携わり、主に漁船を自航で回航したことが10数回あった。
 また、B受審人は、内航貨物船の航海士を経て同10年12月に船員配乗会社に入社し、各種船舶に短期間乗船することを繰り返していたもので、C受審人とも1度同乗したことがあり、自宅待機中に蒼海に乗船するよう指示された。
(6)乗揚に至る経過
 D指定海難関係人は、京浜ドックによる主機など主要機器の試運転が終了したのを受け、同13年11月27日にA及びC両受審人を蒼海の受取と回航要員として派遣することにしたが、各機器が正常に運転できたとの報告があったので、漁船などを回航した場合と同様に短時間で引継ぎが済むものと考え、早朝広島を発つとその日のうちに出航できることを示唆し、船の概要と船員配乗会社から臨時雇用した一等航海士と一等機関士が同乗することを伝えた程度で、両受審人に対して、機器の状態及び取扱い等について十分に余裕を持って引継ぎするよう指示しなかった。
 A受審人は、C受審人とともに同日11時過ぎ港湾工事事務所に着き、岸壁で待機していたB受審人及び一等機関士を伴って蒼海に乗り組み、同受審人と一緒に船内を案内されたのち、最初は京浜ドック担当者から主として操舵室装備機器の取扱い概要を、次いで14時ごろから元船長に操船方法等についてそれぞれ説明を受けるなど、引継ぎ業務に追われたが、D指定海難関係人の意向を汲んで、当日の明るいうちに浦賀水道を抜けようと、通常の操船方法と投錨方法を習得しただけで、操縦盤の仕組みなどを十分に調査しないまま、15時前に出航することを港湾工事事務所に伝えた。
 一方、C受審人は、一等機関士とともに京浜ドックの機関担当者から上甲板、主機室及び補機室の順で現場説明を受け、CPPや補機のように取り扱った経験のない機器が多く装備されていることを知り、13時ごろ操作要領を聞きながら右舷補機を始動して陸電から船内電源に切り替え、次いで両舷主機を始動して中立運転としたまま、燃料油量を確認のうえで補油を手配し、その後来船した元機関長からも機関関係の引継ぎを受けた。
 そして、C受審人は、運転前の現場説明を受けた際、主配電盤上の交流440ボルト系統及び充放電盤上の各ブレーカーがすべて切られており、これらを機関担当者が投入するのを認めたが、A受審人と同様、それまでの回航業務のように引継ぎ当日に出航するため、当座の機器取扱方法さえ分かれば何とかなると思い、非常電源である蓄電池の状態について、自らが点検することも、元機関長やドック担当者から聴取することもなかったので、蓄電池が起電力回復不能の状態になっていることに気付かず、元機関長から補機の取扱いについて格別の説明がなかったこともあって、直流24ボルト系統の給電が途絶えると、補機の始動が困難になることも知らなかった。
 こうして、蒼海は、A、C及びBの各受審人のほか1人が乗り組み、実際の操船指導を受けるために元船長らを同乗させ、同日14時40分、船首2.2メートル船尾3.3メートルの喫水をもって京浜港横浜区を発し、A受審人がC受審人所有の携帯電話でD指定海難関係人へ出航した旨を伝え、ほどなく同乗者を下船させて浦賀水道を抜け、両舷主機の回転数をいずれも毎分900に、CPPの翼角を右舷13度左舷15度に定め、6時間交代の当直体制で西行を続けた。
 出航後、A受審人は、共電式船内電話が使用できないことを知ったものの、トランシーバーなどは携行していなかったので、緊急時の機関室等との連絡は伝令で歩いてやればよいと考え、操舵室と機関室との連絡方法についてC受審人と相談することはなかった。
 ところで、主機遠隔操縦装置は、京浜ドックによる運転確認や出航前の試運転でクラッチ嵌脱操作が繰り返されたことで、ドレンポット内に滞留していたさびなどの異物が操縦空気管を通って両舷コントロール弁に多量に浸入する状況となり、出航時のハンドル操作を終えたあと、圧力調整弁とパイロット弁の弁体が供給口を開いた状態で固着し、操縦ハンドルを中立位置に戻しても、両舷主機の回転数は変わらず、クラッチも離脱できない状態に陥っていた。
 越えて28日B受審人は、23時45分ごろ樫野埼南方3海里ばかり沖合においてA受審人と交代して船橋当直に就き、同じく当直交代したC受審人が昇橋し操縦盤を点検して機関室に戻ったのち、月明かりのもと、船首方向に数隻の反航船を認めたので早めに避けるために手動操舵に切り替えて少しずつ右転を繰返し、翌29日00時00分少し前潮岬灯台から110度(真方位、以下同じ)4.8海里の地点で、針路を同岬沖1海里付近に向く275度に定め、自動操舵に戻して東方に流れる黒潮に抗して6.8ノットの対地速力で進行した。
 00時20分少し前、B受審人は、舵輪の前に立って当直を続けていたところ、電圧変動などによって誤動作したものか、操縦盤上で運転中の右舷補機潤滑油圧力低下警報が作動し、警報表示灯が点灯するとともに警報ブザーが吹鳴するのを認めたが、取りあえず警報音を止めようと思い、このことを機関室当直中のC受審人に通報せずに、銘板を確認しないまま同灯の手前にあったキャップの取り付けられていない同機非常停止ボタンを押してしまった。
 このため、蒼海は、同時20分潮岬灯台から122度2.6海里の地点で、右舷補機が停止したことですべての船内電源を喪失し、操舵装置及びCPPが舵角と翼角をそれぞれ保持したまま遠隔操作が不能となり、その後両舷の翼角差などにより徐々に右偏しながら同じ速力で続行し、潮岬半島に接近する状況となった。
 ところが、B受審人は、操縦盤の各種表示灯やレーダー映像などが消え、手動操舵に切り替えても舵が効かなくなったことで気が動転し、操舵室や居住区通路において自室で休息中のA受審人を繰り返し呼ぶのみで、直ちに同室に入って同人に緊急事態の発生を報告しなかった。
 これより先、C受審人は、左舷主機室入口の天井蛍光灯が点滅したことを不審に思って補機室に移り、運転中の右舷補機を点検して格別の異常も認めないでいるうち突然同機が停止し、非常灯が点灯しないで室内が真っ暗になったことから、直流24ボルト系統の異常にも初めて気付き、懐中電灯を点けて右舷補機自体に異常のないことを確かめ、再始動を試みたものの始動できず、左舷補機も始動することができなかった。そして、事態に気付いて入室してきた一等機関士とともに各部を点検しながら、船内電源がなかなか復旧しないので操舵室でも困っていると考えたが、何とか補機を始動するのが先決と思い、昇橋してその状況を船長に報告しないまま作業を続けたので、蒼海が陸岸に向けて進行していることにも気付かなかった。
 一方、自室で就寝していたA受審人は、B受審人の呼び声でようやく目覚め、同時30分ごろ昇橋したのち、同人から事情を聞きながら右舷前方にライトで照らされた潮岬南方の米粒岩を視認し、行きあしを止めたうえで投錨しようと、両舷CPPコントロールダイヤルや主機非常停止ボタンが作動しない状況で、主機遠隔操縦ハンドルを中立位置に戻す操作を何度繰り返しても、操縦空気の放出音が聞こえず、クラッチの離脱もできないまま、速力に変化がなく徐々に右転しながら潮岬灯台の方に向かっているのを認めたが、操縦盤には主機を停止する装置が他にあるに違いないと思い、B受審人を機関室に急行させるなどして、直ちに主機を機側で停止するように指示しなかった。
 蒼海は、A及びB両受審人が依然として操縦盤で同じ操作を繰り返して、主機が停止されないまま陸岸に向けて進行し、00時45分潮岬灯台から154度190メートルの地点において、ほぼ原速力のまま船首を北方に向け、左舷船首部が浅礁に乗り揚げた。
 当時、天候は晴で風力2の北西風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で、月齢は12.7であった。
 C受審人は、引き続き補機の再始動に努めていたところ、突然衝撃を感じるとともに、補機室内に海水が噴入してくるのを認めて乗揚を知り、一等機関士と手分けして両舷主機を機側で停止したのち、昇橋してA受審人と事後の打合せを行うとともに、左舷胴にオイルフェンスを展張して流出油対策を講じた。
(7)事後措置
 蒼海は、A受審人が海上保安部及びF鋼材本社工場に事態を連絡して救助を求め、翌30日来援したサルベージ会社の手により潜水調査が行われ、高潮時に引き降ろすことが検討されたが、左舷船首部の破口以外にも損傷箇所が発見され、天候も悪化したことから引き降ろしを断念し、後日乗揚地点で解撤された。
 本件発生後、D指定海難関係人は、A及びC両受審人並びに社内の安全管理担当者を招集して反省会を開き、両受審人から電源喪失から乗揚に至る状況を聴取した結果、購入、回航前の調査及び回航要員への指示がいずれも不十分であったことから、今後自力回航にあたっては、購入船を詳細に調査、把握し、それらを回航要員等に周知して打ち合わせるように改善するなど、同種事故の再発防止策を講じた。

(原因に対する考察)
 本件は、長期間係留されていた蒼海を自力回航するにあたり、回航前の調査、引継ぎ等が不十分であったため、非常電源である蓄電池の過放電状態が確認されずに出航し、夜間航行中、当直航海士の誤操作により補機が非常停止したことから、補機の運転で確保されていた交流及び直流の制御電源をすべて喪失し、操舵室での遠隔操縦が不能となったまま主機の運転が続き乗揚に至ったものである。
 しかしながら、本件当時の蒼海は、補機停止により電源をすべて喪失したとき、A及びB両受審人の各供述から、乗揚の25分前、潮岬南岸まで2.6海里の地点を6.8ノットで西行中であったと認定でき、その後船橋当直者の対応のまずさから、船長が緊急事態発生を認知して昇橋するまでに10分を要したものの、その時点においても、時間的に又距離的に主機を停止して行きあしを止めていれば、乗揚という最悪の事態を回避でき、その後、海上保安部などに救助を要請することは可能な状況にあったといえる。
 また、蒼海は、上甲板上に機関室への出入口を設け、その2層上方に操舵室が配置されているので、A受審人が、回航前の引継ぎ、調査が不十分なこともあって、出航後両室の電話連絡ができないことを知り、トランシーバーなども携行していなかったことから、緊急時の連絡を伝令で歩いてやろうと考えていたように、両室間の往来にそれほど時間を要すような船体構造ではなく、さらに、当日は十分な月明かりのもとにあり、夜間の移動も支障のない状態であった。
 したがって、本件については、調査、引継ぎ等が不十分という背景があるものの、操舵室では、空気式の主機遠隔操縦ハンドルが予期せぬ作動不良を起こし、何度操作を繰り返してもクラッチ離脱ができないことを認めた際、船長が、主機を機側で停止できることを十分に承知していながら、心理的に切迫したこともあって操舵室のみでの対処に終始してしまい、一方、機関室においても、直流24ボルト系統の電源喪失により、何度試みても補機が再始動できなかったにもかかわらず、機関長が補機の運転に固執し、操舵室と機関室とが互いに状況を連絡し合って緊急事態を把握せず、乗揚を回避することを怠ったもので、電源喪失後の措置が適切でなかったことも、本件発生の原因となる。

(原因)
 本件乗揚は、長期係留後の回航にあたり、非常電源である蓄電池の状態確認が不十分で、蓄電池が過放電して起電力回復不能のまま出航したこと、及び夜間、潮岬沖合を航行中、誤操作による補機の停止で船内電源をすべて喪失し、操舵室での遠隔操縦が不能となった際の措置が不適切で、主機が停止されないまま陸岸に向けて進行したことによって発生したものである。
 電源喪失後の措置が適切でなかったのは、船橋当直者が緊急事態の発生を直ちに船長に報告しなかったこと、船長が主機の遠隔操縦不能を認めた際、直ちに主機を機側で停止するよう機関長に指示しなかったこと、及び機関長が補機の再始動に固執し、その状況を船長に報告しなかったこととによるものである。
 船舶解体業者の工場長が、長期係留中であった購入船を自力回航させる際、回航要員に対して、機器の状態及び取扱い等について十分に余裕を持って引継ぎするよう指示しなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は、夜間、潮岬沖合を自力回航中、一等航海士の呼び声に気付いて昇橋し、電源喪失によって舵角及びCPP翼角制御や主機非常停止が作動しない状況下、空気式主機遠隔操縦ハンドルによるクラッチ離脱もできず、徐々に右転しながら陸岸に接近するのを認めた場合、同航海士を機関室に急行させるなどして、直ちに主機を機側にて停止するよう指示すべき注意義務があった。ところが、同人は、操縦盤には主機を停止する装置が他にあるに違いないと思い、直ちに主機を機側で停止するよう指示しなかった職務上の過失により、主機が停止できないまま陸岸に向け進行して乗揚を招き、左舷船首部破口などの損傷を生じて全損させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は、夜間、潮岬沖合において単独の船橋当直中、操縦盤で補機の異常を示す警報表示灯が点灯するとともに警報音が吹鳴するのを認めた場合、仕組みを十分に理解していない同盤のスイッチ類をみだりに触ることのないよう、機関室当直者に警報発生のことを通報すべき注意義務があった。ところが、同人は、取りあえず警報音を止めようと思い、機関室当直者に警報発生のことを通報しなかった職務上の過失により、銘板を確認しないまま運転中の右舷補機の非常停止ボタンを押し、同機が停止して船内電源を喪失させ、操舵室での遠隔操縦が不能となるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 C受審人は、長期係留船を京浜港から広島県江田島町に自力回航するにあたり、元乗組員らから機関、電気装置の引継ぎを受ける場合、機器運転前の現場説明で充放電盤上のすべてのブレーカーが切られているのを認めていたのであるから、自らが点検するなり元乗組員らから聴取するなどして、非常電源である蓄電池の状態を確認すべき注意義務があった。ところが、同人は、それまでの回航業務のように引継ぎ当日に出航するため、当座の機器取扱方法さえ分かれば何とかなると思い、蓄電池の状態を確認しなかった職務上の過失により、蓄電池が起電力回復不能となっていることに気付かないまま出航し、回航中に船内電源をすべて喪失した際にこれを回復できなくなるに至った。
 以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 D指定海難関係人が、一般競争入札で落札した長期係留中であった蒼海を自力回航させる際、事前に同船の仕様について詳細な調査を行わなかったばかりか、回航要員に対して、機器の状態及び取扱い等について十分に余裕を持って引継ぎするよう指示しなかったことは、本件発生の原因となる。
 D指定海難関係人に対しては、本件発生後、回航要員らを招集して反省会を開き、今後自力回航にあたっては、購入船を詳細に調査、把握し、それらを回航要員等に周知して打ち合わせるように改善するなど、同種事故の再発防止策を講じた点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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