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平成14年神審第59号
件名

遊覧船138号乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成15年3月25日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(上原 直、黒田 均、前久保勝己)

理事官
安部雅生
副理事官
蓮池 力

指定海難関係人
A 職名:138号乗組員
B 職名:138号乗組員
H遊船企業組合 業種名:保津川下り遊船事業

損害
船体中央部から折損し全損

原因
増水時における乗組員の配置不適切、舵取り配置に就く乗組員に必要な経験年数を定めていなかったこと

主文

 本件乗揚は、増水時における乗組員の配置が適切でなかったことによって発生したものである。
 保津川下り遊船事業者が、舵取り配置に就く乗組員に必要な経験年数を定めていなかったことは、本件発生の原因となる。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年9月7日14時00分
 京都府保津峡

2 船舶の要目
船種船名 遊覧船138号
全長 12.20メートル
2.26メートル
深さ 0.68メートル

3 事実の経過
(1)138号
ア 概要
 138号は、棹(さお)、櫂(かい)及び舵の各操作によって保津川下りに従事する平底型遊覧船で、航行区域を限定平水区域とし、最大搭載人員が船士と呼ばれる乗組員と旅客を合わせて30人で、小型船舶検査機構の検査に合格していた。
イ 船体
 船体は、平成9年9月に製造された無甲板のFRP製で、中央部に6列の木製座席と屋根とを設けて客間とし、その前部に棹及び櫂の操作を、後部に舵の操作を行う区域を有していた。
(2)乗組員
ア 乗組員数
 乗組員数は、運航流域の増水状況に応じて増員され、京都府亀岡市保津町下中島の保津川右岸にある乗船場付近に設置された水尺の基準となる水位線を基に、発航前の水位が、その上方45センチメートル(以下「センチ」という。)未満のときは3人(以下「3人乗組」という。)、45センチ以上で75センチ未満のときは4人(以下「4人乗組」という。)、75センチ以上で運航が中止される105センチ未満のときは5人(以下「5人乗組」という。)となっていた。
イ 船長
 船長は、乗組員のうち、最年長者がその任に当たり、船内の管理者として、乗組員を適切な配置に就かせる職務を課せられていた。
ウ 配置
 配置は、3人乗組では、それぞれ棹差し、櫂引き及び舵取りと呼ばれる各配置に分かれ、4人乗組のとき、2番櫂と呼ばれる櫂引きが、5人乗組では、さらに後見と呼ばれる舵取り補助者が、それぞれ置かれるようになっていた。
(ア)棹差し
 棹差しは、船首部に立ち、長さ3.8メートルの竹竿を操り、川沿いの岩を突き離して同岩への激突を防ぐ役割に当たるものであった。
(イ)櫂引き
 櫂引きは、棹差しの後方右舷側で船尾方に向いて腰掛け、舷側上部に取り付けられた長さ2.8メートルの木製櫂を漕いで、舵効が得られるよう船速を速めるほか、必要により舵取りの補助として進行方向を変える役割に当たるものであった。
(ウ)舵取り
 舵取りは、後部区域で左舷方に向いて立ち、舷側上部に取り付けられた長さ5.6メートルの木製舵を操り、進行方向を変える役割に当たるものであった。
(3)操舵方法
 操舵方法は、櫂引きと舵取りに押さえと称する右舵とひかえと称する左舵の操作があり、それぞれの配置で連係して行うもので、主として舵取りの操作により進行方向が変えられ、櫂引きの操作は、これを補助するものであった。
(4)運航流域
ア 概要
 運航流域は、前示乗船場から京都市右京区の嵐山の下船場に至る航程約16キロメートル(以下「キロ」という。)の保津川流域で、乗船場の下流約3キロ付近から保津峡と呼ばれる渓谷が続き、金岐の瀬(かなぎのせ)などの急流域が散在していた。
イ 金岐の瀬
 金岐の瀬は、乗船場の下流約5キロに存在する長さ約80メートルの急流域で、両岸から低い岩場がせり出しており、このため水流の幅が川幅の3分の1程度にまで狭められ、急激に流速が増す地形となっていた。
 水流は、金岐の瀬の上流側にある長さ約15メートル幅約3メートルの細長い岩と、同岩の下流端から下流方向に約10メートル隔ててセメントで固めた石張りと呼ばれる導流堤と切り立て岩などとにより二分され、本流の幅が約3.5メートル、その右岸寄りの側流の幅が約2メートルであった。また、金岐の瀬下流約200メートルのところで、川幅中央やや右岸寄りに直径約2メートルの岩があった。
ウ 金岐の瀬における操船
 金岐の瀬における操船は、通常、前示の細長い岩を右舷側に約1メートル離して本流側を並航し、同岩下流端と導流堤上流端では側流が本流側に流れ込み、船首が左に振れるので櫂引きが右舵を取るとともに、船首方向と流向が一致するよう舵取りが左舵の取り具合を加減しながら、態勢を保持するようにしていた。なお、増水時には、前示の細長い岩と導流堤との間ばかりでなく、側流が導流堤を乗り越えて本流側に流れ込み、水流が複雑になるので、舵取りは、十分に経験を積んだうえで、その操作に当たる必要があった。
(5)指定海難関係人
ア H遊船企業組合
(ア)沿革
 指定海難関係人H遊船企業組合(以下「H遊船」という。)は、400年前ごろから丹波地方の木材や薪炭などを京都へ送るために産業用として行われてきた保津川下りを、観光用として行う事業組合として昭和45年3月に設立されたもので、その後、旅客の増加に伴い遊覧船と乗組員を増やし、本件当時は、138号のほか同型船91隻を所有し、140人の乗組員及び1人の船大工から成る組合員によって構成されていた。
(イ)組織
 H遊船は、組合員が所属する4支部から各2人の理事を選出させ常任理事と非常任理事とに分け、通常、非常任理事は、乗組員として川下りに従事させ、常任理事4人は、代表理事、専務理事、業務理事及び営業理事の各職務に専従させており、また、各支部から安全運航委員も選出させ、事故が起きた場合の原因の究明や対策などに当たらせていた。
(ウ)安全対策
 安全対策は、組合員の総会において「保津川下り船舶の安全に関する規則」が制定され、その中で、運航の中止については、前示のとおり定められていたほか、増水時における乗組員数は業務理事により指示が出されていたが、舵取り配置に就く乗組員に必要な経験年数を定めていなかった。
イ A
 A指定海難関係人は、昭和26年ごろから乗組員としての経験を有し、最年長者であったことから船長として乗り組む機会が多かったものの、乗組員の配置をそれぞれ各自の判断に委ねていた。
ウ B
 B指定海難関係人は、平成9年3月から乗組員としてH遊船に加入し、2年目から3人乗組時に舵取り配置に就いていたもので、上流に治水用のダムが建設されたことから、これまで増水時における舵取り配置に就いた経験が20回程度と少ないうえ、本件時のような水位での経験はなかった。
(6)本件発生に至る経緯
 138号は、平成13年9月7日早朝からの降雨で、水位が94センチを超えていたことから5人乗組として、A指定海難関係人が船長としてB指定海難関係人ほか舵取り経験の豊富な乗組員を含む3人と乗り組み、旅客19人を乗せ、船首尾0.2メートルの等喫水をもって、乗船場を出航する状況となった。
 A指定海難関係人は、出航するにあたり、乗組員をそれぞれ各自の判断で配置に就かせたところ、増水時における舵取り経験の少ないB指定海難関係人が、舵取り配置に就いたのを認めたが、同人に任せても大丈夫と思い、同経験の豊富な乗組員と配置を換わるよう指示しなかった。
 B指定海難関係人は、乗組員がそれぞれ各自の判断で配置に就いたところ、舵取り配置に就く状況となり、このとき、これまでに経験がない水位であったことから舵取りに不安を覚えたが、船長に対し、配置を換えてもらえるよう申し出なかった。
 138号は、A指定海難関係人が後見に、B指定海難関係人が舵取りに、舵取り経験の豊富な乗組員2人が櫂引きに、新規加入の乗組員が棹差しに、それぞれ配置し、13時40分乗船場を出航した。
 B指定海難関係人は、13時55分保津峡に入り、約20キロメートル毎時の速力をもって金岐の瀬に差し掛かったとき、本流の川幅が約10メートルに広がっているのを認め、13時59分少し過ぎ、細長い岩に近いと感じ左舵を取ったところ、船首が左方に振れ過ぎ、今度は右舵を取っているうち、櫂引きとの連係がとれず右舵が効き始めるとともに、船尾が側流に圧流されて左に振られ、船首が右岸側の切り立て岩に接触し、左舵を試みていたところ、舵に押されて落水した。
 A指定海難関係人は、B指定海難関係人の落水に気付き、急いで舵を操作したが態勢を立て直せなかった。
 こうして、138号は、船体が川の流れと直角になり、態勢を立て直せないまま圧流され、14時00分明智越420メートル頂から真方位167度950メートルの地点において、船首を右岸に向けて下流の岩に乗り揚げた。
 当時、天候は雨で風はほとんどなく、京都府南部全域に大雨、雷及び洪水各注意報が発表されていた。
 A指定海難関係人は、船体が右舷側に傾いて浸水してきたので、自力で船内にはい上がったB指定海難関係人ら乗組員と共に、旅客を乗り揚げた岩の上に誘導するなど、救助に当たった。
 乗揚の結果、138号は、船体中央部から折損して全損となった。
(7)事後の措置
 H遊船は、本件以降、安全運航委員会を開催し、船長により乗組員を適切な配置に就かせるとともに、舵取り配置に就く乗組員に必要な経験年数を定めるなどの改善措置をとった。

(原因)
 本件乗揚は、京都府保津峡において、増水時における乗組員の配置が不適切で、船首が右岸寄りの岩に接触して船体が川の流れと直角になり、態勢を立て直せないまま下流の岩に向け圧流されたことによって発生したものである。
 乗組員の配置が適切でなかったのは、5人乗組で出航するにあたり、船長が、増水時における舵取り経験の少ない乗組員が舵取り配置に就いたのを認めた際、同人に対し、同経験の豊富な乗組員と配置を換わるよう指示しなかったことと、前示乗組員が、舵取り配置に就く状況となり、経験のない水位での舵取りに不安を覚えた際、船長に対し、配置を換えてもらえるよう申し出なかったこととによるものである。
 保津川下り遊船事業者が、舵取り配置に就く乗組員に必要な経験年数を定めていなかったことは、本件発生の原因となる。

(指定海難関係人の所為)
 A指定海難関係人が、5人乗組で出航するにあたり、増水時における舵取り経験の少ない乗組員が舵取り配置に就いたのを認めた際、同人に対し、同経験の豊富な乗組員と配置を換わるよう指示しなかったことは、本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては、勧告しない。
 B指定海難関係人が、5人乗組で出航するにあたり、舵取り配置に就く状況となり、経験のない水位での舵取りに不安を覚えた際、船長に対し、配置を換えてもらえるよう申し出なかったことは、本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては、勧告しない。
 H遊船が、舵取り配置に就く乗組員に必要な経験年数を定めていなかったことは、本件発生の原因となる。
 H遊船に対しては、本件以降、船長により乗組員を適切な配置に就かせるとともに、舵取り配置に就く乗組員に必要な経験年数を定めるなど、改善措置をとっている点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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