日本財団 図書館


1999/11/30 読売新聞朝刊
[社説]死刑か無期か、の重い問い
 
 死刑と無期懲役の間には、まさに天と地の開きがある。その際どさが問われた主婦殺害事件について二十九日、最高裁第二小法廷の判決があった。
 事件の岡敏明被告(43)は一審の地裁で死刑、二審の高裁で無期懲役、そして検察が、「死刑相当」として判例違反を理由に異例の上告をしていた。
 判決で最高裁は、この死刑と無期の“境界線”は明確にせず、上告を棄却、岡被告の無期懲役が確定した。
 事件は、無期懲役に減刑した高裁判決さえ、「凶悪で残虐極まりない、戦慄(せんりつ)すべき犯行で、再犯のおそれが高く、矯正困難」と認定したものである。
 元塗装工の岡被告は九二年、塗装工事をして顔見知りになった東京・国立市の主婦(当時三十五歳)宅に白昼上がり込み、用意の千枚通しで脅して乱暴、殺害して現金も奪った。お茶でもてなした主婦の善意が災いとなった痛ましい事件である。
 岡被告は、一人暮らしの女性を襲って暴行、現金も奪う強盗、暴行事件などでも有罪となっている。
 高裁判決は、無期懲役とした理由を、被告の劣悪な環境での生い立ちや、更生の兆しがうかがえることに加えて、最高裁の「死刑の適用基準」を考慮した、とする。基準とは、連続射殺事件の永山則夫元死刑囚をめぐる最高裁判例(八三年)である。
 この判例は、死刑か無期かの選択基準について、犯行の罪質や態様、動機、結果の重大性、ことに「殺害された被害者の数」、遺族の被害感情、被告の情状などを併せて考慮し、一般予防の見地からも、やむを得ないと認められる場合に、死刑の選択も許される、としている。
 しかし、この判例のあと、下級審で被害者が少数、とくに一人の場合、より死刑に慎重な姿勢が出ている。
 今回の事件で検察側は、最高裁判例の選択基準は各項目を総合的に検討すべき趣旨なのに、主婦一人という被害者の数に、とくに留意した結果、死刑が回避された、とみて上告した。
 さらに検察側は九七年から九八年にかけて、この事件とともに、同様の四件を連続上告している。いずれも一審、二審とも無期判決の強盗殺人事件で、殺害された被害者は一〜二人である。凶悪事件が多発する世情を背景に、検察側が最高裁に新基準を求めているともいえる。
 最高裁は判決で、「被害者が一人の事案でも、死刑の選択がやむを得ない場合は、もちろんある」とも明記している。下級審が、かみしめるべき一行である。
 オウム真理教の無差別大量殺人事件など凶悪、残忍な事件の続発するなかで、死刑制度を容認する世論は広がっている。
 最近の総理府の世論調査では、「死刑もやむを得ない」との回答が、調査開始以来最高の79.3%にのぼり、「死刑廃止」は過去最低の8.8%に下降した。
 死刑か無期か、の問いは厳しく重い。今後の四件の最高裁判決がどんな指針を出すか、注目したい。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。

「読売新聞社の著作物について」








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION