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私はこう考える【死刑廃止について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2004/09/14 朝日新聞夕刊
宅間死刑囚、身勝手な言葉最後まで 謝罪の意識見えず 池田小事件
 
 大阪教育大付属池田小で8人の児童を刺殺し、15人にけがをさせた宅間守死刑囚(40)の死刑が14日、執行された。死刑確定からわずか1年という、異例の早さだった。法廷で身勝手な言葉を繰り返し、刑の確定後も、謝罪の言葉がその口から語られることはなかった。
 「もう無駄に生きたくない」「これ以上生け捕りにされるのは嫌だ」
 大阪拘置所(大阪市都島区)に拘置されていた宅間死刑囚は、昨年9月に死刑が確定してから、関係者への手紙で獄中の心境をこう書き留めた。
 主任弁護人に送った手紙でも刑事訴訟法475条で規定された「6カ月以内」の執行を訴えていた。死刑が6カ月以内に執行されないと、「精神的に苦痛を受けた」として、国家賠償請求訴訟を起こす準備すらしていたという。
 また、今の境遇になったのは、過去に入院した精神病院や自分の家族のせいだと考え、「どうせ死刑になるんだったら一矢を報いたい」と賠償請求訴訟を起こす考えも持っていたという。関係者に今年に入って届いた手紙では、「(嫌な思いをさせられた)百のうち一つでも二つでも痛打を与えたい」と記していた。
 宅間死刑囚が一時期、反省らしき言葉を語ったことがある。事件直後の01年7月、検察官の取り調べに「小学校を選んだのは、できるだけたくさん殺せると考えたから」「たくさん殺せば確実に死刑になるし、道連れは多いほうがいいと考えた」と語る一方で、「全然関係がない子どもの命を奪ったことに対して本当に申し訳ないという気持ちがある」と供述した。
 01年12月27日の初公判でも、起訴事実を全面的に認め、弁護団が用意した「生命をもって償いたいと思います」と書いた書面を読み上げた。
 しかし、検察官が起訴状を朗読している最中、「座ったらあかんか」とぶっきらぼうに声をあげるなど、その言葉が真意かどうかは分からないままだった。
 初公判から半年後に被告人質問が始まると、謝罪の気持ちがないことを明かした。「初公判でなぜ『償う』と言ったのか」と検察側から問われると、「裁判の判決の新聞記事でそういう言葉がよく出てくるから言っただけ」と語った。
 被告人質問では自らの半生も振り返り、自己中心的な言葉を連ねた。小学生のころから、思うようにいかないことがあると友達を殴ったり、つばをはいたりしていじめたと話した。中学校時代に父親から金属製の刀で殴られ、「寝ている間に包丁で刺したろかと思った」ことや、事件を起こすまでに離婚や転職を重ねたことなどにも触れ、「世の中、全員が敵だった」と、世間への一方的な不満をぶちまけた。
 「なぜ付属池田小を狙ったか」と聞かれると、「勉強ができる子でも、いつ殺されるか分からないという不条理を分からせたかった」と身勝手な動機を述べた。
 昨年6月の最終陳述でも、「井の中の蛙(かわず)の、しょうもない貧乏たれの人生やったら、今回のパターンの方が良かったのかもしれない」と自暴自棄な言葉を言い放った。弁護側が「犯行当時、心神喪失または心神耗弱だった」と刑を軽くするよう求めたが、宅間死刑囚は「死ぬことにはびびっていません」と遺族らの感情を無視した言葉をはき続けた。
 宅間死刑囚は昨年12月、西日本在住の女性と獄中結婚。関係者によると、女性は今年に入ってからも面会を重ねたが、そのたびに「夫」の犯した罪の深さを知り、次第に苦悩を深めていく様子だったという。
○「何も変わらぬ」遺族の痛みなお
 凶行から3年以上。宅間守死刑囚に子どもを奪われた家族の心の痛みは消えない。
 「法務大臣の速やかな判断に感謝している」。戸塚健大(たかひろ)君(当時6)の母、正子さんはそう話し、「かわいい我が子を失って、宅間(死刑囚)が生きているのは耐えられなかった」と続けた。
 今も、健大君の食事を用意し、一緒に食卓を囲む。死刑執行の知らせを健大君にどう伝えるかは「まだ心の整理がついていない」と複雑な心境をのぞかせた。
 亡くなった8人の児童の父母は、昨年8月の死刑判決を受けて、声明を発表した。
 《たとえ刑が執行されたとしても、かけがえのない大切な子どもの命を暴力で奪われた私たちが、事件以前の生活に戻ることなど決してありません。深い悲しみとむなしさを心に抱きながら生き続けるほかないのです》
 その思いは、今も変わらない。
 当時、2年生だった女児を失った母親は「死刑は当然だが、執行されても私たちにとって何も変わらない。何とか前向きに生きていこうと思っているが、事件に引きずり戻された感じがする」。
 2年女児を失った父親は「娘を殺した犯人が食事をし、(私たちと)同じ空気を吸っている理不尽さが死刑執行でようやくなくなった。これで、本当のひと区切りがついたのかも知れない」
 また、亡くなった別の2年女児の父親は「死刑確定後に心境の変化があったのか、贖罪(しょくざい)の気持ちを持ったのかどうか。それが確認できないまま執行され、複雑な心境だ。死刑で本人の希望がかなったのであれば意味がない」と話した。
◇刑執行、異例の早さ
 《解説》大阪・池田小事件の宅間死刑囚の死刑執行は、第一審の地裁判決の確定から1年に満たない、近年では例のない早さだった。死刑制度を厳格に運用していく法務省の姿勢を改めて示したものだが、早期に執行する前に、拘置所内で少しでも本人に贖罪(しょくざい)の気持ちを持たせる働きかけを続ける余地はなかったのかという疑問も残る。
 99年から昨年までに死刑執行された13人について見ると、12人は刑の確定から4〜8年後の執行で、1人は最高裁で確定後、18年を経過していた。宅間死刑囚の場合は地裁判決で確定したため、事件発生から3年3カ月しかたっていない点でも異例と言える。
 いずれ社会に復帰する受刑者には矯正教育、なかでも被害者について考えさせ、罪の重さを認識させる贖罪教育の取り組みがある。しかし、拘置所外に出ることが想定されていない死刑確定者は矯正教育の対象外とされ、希望すれば僧侶、牧師らの宗教教誨(きょうかい)が認められる程度だ。面会や手紙のやりとりも近親者や弁護士などに限定されている。
 法務省は過去に、国会議員の質問に対する答弁書で、死刑確定者について「来るべき自己の死を待つという極限的な状況に置かれており、精神的動揺と苦悩に陥りやすいことが十分推測される」としている。しかし、そんな死刑確定者をどう処遇しているかは、ほとんど公開されていない。
 深く事件を反省する死刑囚の気持ちを遺族が知ることで、少しは癒やされ、立ち直りの契機になったケースもある。しかし、宅間死刑囚の場合、自ら控訴を取り下げて死刑が確定した後、どのように過ごしているのか被害者遺族にも分からないままに執行された形になった。早期の執行を望んだ遺族は少なくないだろうが、最後まで謝罪のひと言もなかったことにやりきれなさを深めた人もいるのではないか。
 宅間死刑囚の拘置所での処遇は容易なものではなかったかも知れない。しかし、国家が人の命を絶つという極めて重い刑を維持するというのであれば、被害者重視の視点からも死刑確定者の権利保障を図る意味でも、死刑確定者向けの処遇プログラムをきちんと組み、透明性を高めることが必要だろう。
(井田香奈子)
 
 
 
 
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