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私はこう考える【死刑廃止について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2004/02/28 朝日新聞朝刊
何がオウムを生んだのか 教祖に死刑判決(社説)
 
 日本の社会はバブルという浮ついた時代の前夜だった。
 口うるさい大人達の
 ルーズな生活に縛られても
 素敵な夢を忘れやしないよ
 83年、18歳の尾崎豊が「十七歳の地図」で歌手デビューした。既成の価値観への疑問、管理社会への反発、いらだつ若者の心を歌いあげ、ブームを巻き起こした。
 オウム真理教の前身「オウム神仙の会」が発足したのは、その1年後のことだった。麻原彰晃を名乗る教祖、松本智津夫被告は「解脱・悟りという精神的な進化こそが人類を救済する道だ」と説いた。
 時代を覆う拝金主義に疑いを持ち、尾崎の歌に共鳴した若者たちの中には、松本被告にひかれてオウムに入った者もいた。
○慈悲深い解脱者に映った
 高校2年で入信した信徒が、中学生のころに尾崎の歌をまねて作った詩がある。
 夢を失い
 ちっぽけな金にしがみつき
 ぶらさがっているだけの大人達
 尾崎は92年、26歳の若さで急死した。彼が若者の心をつかみ、歌い続けた間、人々はバブルの絶頂期を経験した。
 ちょうどそのころ、オウムは時代の流れに乗りきれない若者たちの受け皿となる。理科系の大学院出身者や医師、弁護士なども獲得していった。
 詩を書いた若い信徒は、教祖と会った第一印象について「非常に優しそうな感じで、一切を拒否しない包容感を感じた」と振り返った。慈悲深い「最終解脱者」に映ったのだ。
 しかし、教団はわずかな間に凶暴な犯罪者集団に変わっていった。89年11月、坂本弁護士一家3人を惨殺する。武装化を進め、ついには市街地や地下鉄にサリンをまく無差別テロに及んだ。
 その一連の犯行を指示したとして、松本被告に死刑判決が言い渡された。死刑制度がある以上、ほかに結論はありえまい。
 突然人生を絶たれた人々と、愛する人を奪われた遺族。心身ともに重い後遺障害で苦しんでいる被害者。改めて事件の深刻さと被告の罪の深さを思う。
 被告は元々、「真理のためには殺人も許される」という危険な教義を唱えていた。
 それでも、実際に殺人を指示するには超えねばならない壁があったはずだ。それ以上に、知識や分別があると思われる人たちが教祖の指示に従ったのはなぜなのか。その不可解さが社会に衝撃を与えた。
 教団を生んだ社会の病巣を少しでも知りたい。悲劇を再び起こさないための糧を得たい。被害者はもちろん、多くの人たちが裁判を見つめてきた。だが、その期待は裏切られた。教祖は7年10カ月に及ぶ裁判で沈黙の殻に閉じこもってしまった。
○妄想が生んだ犯罪
 法廷で語ることを拒んだ理由はわからない。そもそも、出された証拠と法で犯罪を裁く司法には、真実を明らかにする上でおのずと限界がある。
 だが、逮捕されて目を覚ました弟子たちは教祖や教団、自らの軌跡を涙ながらに語った。そこで見えてきたものもある。
 地下鉄にサリンをまいた医師は、教団が武装化していった原因として被告の人格のゆがみを挙げた。
 被告にとって人生はつまずきの連続だったのだろう。視力障害で医師になるのを断念した。政治家になろうと大学入学をめざすが、結婚であきらめる。薬局を経営していたときに偽薬を売って逮捕された。そんな中で、社会に敵意をつのらせ、自分は特別な存在だという妄想にとらわれ現実から逃避していった、というのだ。
 弁護士一家殺害にかかわった信徒の一人は、法廷で「救世主だという幻想を被告が信じ、我々弟子たちもその幻想を共有し、それに取り込まれてしまった」と述べた。判決も事件について「被告の空想虚言がもたらしたもの」と指摘した。
 オウムは信徒にすべての財産を寄付させ、家族との縁を切って共同生活をさせた。この制度が信徒の退路を断ったのは間違いない。いったん入ってしまえば、教祖に疑問を抱いても、もはや帰るべきところがない。社会に戻っても、待っているのはオウムを見る冷たい視線だったろう。
 社会とのかかわりを断った閉鎖集団が内部の論理だけで暴走するのは珍しくない。指導者しだいで、容易に凶悪な集団に転じうるということではないか。
○教団は事件を総括せよ
 オウム事件は過去のことではない。事件後も教団はつぶれないで残っている。
 地下鉄にサリンをまいた信徒は法廷で、教団の現在の幹部に「信徒をだまし、その人生を利用し、傷つけるのはやめてほしい」と呼びかけた。
 だが、悲痛な声は届かない。脱会して再び教団に戻る者がいれば、新たに入信する者もいる。教祖への帰依も変わらない。いま教団にいるのは、ほかに居場所がない人たちだ。社会から排除するだけでは解決にならない。そこにむずかしさがある。
 教団に対してはいま、団体規制法に基づく観察処分が続いている。公安調査庁などの監視下に置かれているのだ。信教の自由に触れかねない措置が続くことは望ましくないが、テロの再発防止や住民の不安の解消を考えれば、やむをえないだろう。
 教団が社会との共存を求めるのならば、教祖の死刑判決を機に、教祖や仲間が犯した事件をきちんと総括すべきだ。
 なぜ事件は起きたのか。なぜ教団がなくならないのか。私たちも考え続けなければなるまい。
 教祖への判決はその一歩に過ぎない。
 
 
 
 
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