1993/11/27 朝日新聞夕刊
板ばさみ、戸惑う閣僚 細川新政権下の死刑執行
存続の是非が論議を呼んでいた死刑が、二十六日、また執行された。今年三月、三人が執行されてから八カ月ぶり。連立政権で流れが変わるのでは、と期待する人たちもいたが、民間出身の三ケ月章法相が執行の姿勢を見せていた。死刑に反対する市民団体などは反発を強めている。これまで死刑存続に消極的とみられていた社会党や公明党出身の閣僚は「個人的には疑問だが・・・」と話すなど、内閣の立場とのはざまで、微妙な揺れを見せた。
アンケート結果などで市民団体から「存続に反対するはず」と期待をかけられていた社会党、公明党などの閣僚たちは、存続の是非への明言をさけるなど、内閣の一員としての複雑な立場をのぞかせた。
山花貞夫政治改革担当相は、今回の死刑執行について「コメントは差し控えたい」と語った。伊藤茂運輸相は「閣僚としては論評は避けたい。個人的には死刑の是非は難しい問題で、断定的には考えていない。命の方が重いという考えもあるし、被害者の側の気持ちになって考えることも必要だ」としたあと、「『死刑廃止の会』には入らないが、『死刑廃止を考える会』には入りたい」と話した。
公明党の坂口力労相は「個人的には死刑制度は廃止していく方向が目標と考えており、執行も控えるべきだと思っている。ただし、実際の死刑執行は法務大臣が扱う問題。自分が『いい、悪い』という立場にはない」と語った。
東京に事務所をおく市民団体「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」によると、昨年から今年にかけて全国会議員に死刑存続への賛否を問うアンケートをした。それによると、社会党内には死刑存続に反対する国会議員が多かったという。
○「悪人でも・・・」 被害者の家族
大阪で執行された二人の死刑囚の事件の被害者である専務(当時)の妻(七七)=大阪府高槻市=は二十七日午前、死刑執行の知らせを聞き、「たとえ悪人でも・・・」と一瞬絶句。「二人の公判には全部出ました。憎らしくて傍聴席からにらみつけたこともあります。心の中では裁判官に、刑罰を重くしてくれと、祈るような気持ちだったのも事実。だが、死刑が確定してからは、反省さえしてくれれば、刑が執行されてもされなくても構わないという気持ちだった。どうしたって主人は帰ってこない・・・」と、複雑な思いをのぞかせた。
二人の死刑執行が伝えられる大阪市都島区の大阪拘置所。この日は土曜日の休みにもかかわらず、幹部職員らが出勤して報道陣などの問い合わせに応じた。
中勢直之総務部長は「被収容者の刑罰の内容や処遇については、本人や家族のプライバシー、他の被収容者への影響もあり、答えることはできない。こちらはあくまで監獄法に基づき職務を行っている」と話した。
○法相の自宅ひっそり
東京都文京区向丘二丁目の三ケ月章法相の自宅前では、警視庁駒込署の警察官が警戒にあたっていた。集まった報道陣が玄関のインタホンを押そうとすると制止し、「法務省を通して下さい」と繰り返す場面が何度も。自宅の電話は留守番電話。朝の散歩をする近所の人たちはいぶかしそうな表情で通りすぎていった。
死刑を再開した後藤田正晴氏の後任として、法相に就任した民間出身の三ケ月氏は就任の会見で「個人的感情をはさんではいけない」と執行の存続を表明。「人が人の命を奪う残虐な面もあるが、被害者が一家離散するなど、両者のバランスをどう考えるかだ。裁判所は慎重な審理を尽くして(判決を)言い渡したと信じている。執行命令はそういう判断を尊重しつつ検討したい」と話した。また「死刑に反対だという信念の人は法相を引き受けるべきではない」と発言、死刑廃止を求める市民団体が抗議の声明を出した経緯もある。
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