「連続ピストル射殺事件」の永山則夫被告に対する差し戻し審で東京高裁は18日、差し戻し前の1審の死刑判決を支持、被告側の控訴を棄却したが、同裁判が注目されてきたのは、「19歳少年」による「4人連続殺人」という特異な犯罪をめぐって「死刑か無期か」が争われた結果、広くわが国の死刑運用のあり方を問い直す役割も持たされたからだ。
そのきっかけとなったのは、死刑を破棄し、一転、無期懲役を言い渡した元の2審判決である。この判決は「死刑の適用は、どの裁判所でも死刑にするほどの悪い情状のある場合に限るべきだ」と、死刑を極めて例外的な刑とみた。
このような立場から「4人殺害」の被告を死刑の枠外に置くとすれば、当然、他の凶悪事件に対する量刑判断への影響も避けられない。死刑判決は終戦直後の混乱期のあと一貫して減り続け、とりわけ昭和40年代の後半以降、「1人殺害」での死刑は極力控える傾向が強まった、とされる。そうした流れの中で、検察側が永山の無期判決について「事実上、死刑制度の廃止につながりかねない」と危機感をつのらせたのも、理由のないことではなかった。
無期判決を破棄した最高裁判決は、「複数殺人は死刑」という裁判上の実務の大勢を踏まえつつ、「刑の均衡」の立場から、永山について事実上の「死刑相当」の判断を下した。この日の差し戻し審の死刑判決も、その延長線上にある。被告側は今後、上告審で再度争うことになるが、18年間に及んだ永山裁判は、今回の判決で事実上ほぼ最終決着をみた、といえるだろう。
しかし、これによって、人間の存在を抹殺するという究極の刑罰はどのような場合に科せるか、の難問が、すべて解決されたわけではない。死刑適用基準を初めて示した、とされる先の最高裁判決以降も、特に死刑か無期かが微妙な事件では、裁判所の判断が様々に分かれるケースがある。また、このところ、被害者感情を重視する立場からの「寛刑批判」が、検察側から強まり、論議を呼んでいる。永山裁判の問いかけた課題は、なお続くといえるだろう。
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