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2000/01/22 読売新聞朝刊
九州最大級の川辺川ダム計画ヤマ場 河川対策の潮流反映へ再検討を(解説)
 
 子守歌の里、熊本県五木村の中心部を水没させる川辺川ダム建設計画は今月末、大きなヤマ場を迎えるが、河川行政転換の試金石ともなりそうだ。
(編集委員(西部) 鶴岡憲一/熊本支局 西野浩平)
 九州最大級の同ダムは、基本計画がまとめられて今年三月で三十四年になる。このため建設省は本体の年度内着工を目指し、地元説明会への出席者四十三人に「謝金」として計約二十八万円を支出(返却予定)してまでPRを強めていた。これに対し、球磨川と支流の川辺川に漁業権を持ち「全国屈指のアユ漁場」を自負する球磨川漁業協同組合は今月十二日、同省に年度内着工反対を文書で伝えた。
 反対理由は、「漁業が壊滅的打撃を受ける」というもの。その背景には、ダム湖と下流の水質悪化に対する懸念があることから、同省は三件の水質保全対策を示している。だが水質悪化はダム湖水の滞留などによるため、抜本策となるか疑問視する声は根強い。
 しかも、ダム建設目的のうち水害防止は「ダム以外の総合治水で対応できる」との声も少なくない。農業用水確保のための国営土地改良も、関連農家の約半数が「不要」とし裁判が続いている。
 ただ、漁協組合員のほぼ半数の約九百人を占める下球磨部会は着工反対か条件交渉かについて、あす二十三日から三十一日まで組合員にアンケート調査を実施。部会幹部は、その結果を着工賛否の部会の意見と見なす構えだ。同部会の漁協全体に対する影響力は大きいだけに、アンケート調査がヤマ場として浮上してきたのである。
 組合員の間には一時、「(着工に同意しない場合)建設省は漁業権を強制収用するのでは」との動揺も広がったが、同省は「強制収用は行わない」としている。
 そこで漁業権補償の問題が出てくるが、熊本一規・明治学院大教授は「漁業権補償は各人を対象とするのだから、個々の漁民から着工同意を取り付ける必要がある」との見解を示しており、着工論議ではこの件も焦点となる。
 また生態系への影響も懸案だ。日本自然保護協会や地元住民団体は昨秋、建設予定地一帯でクマタカなど希少生物の実態を確かめており、昨年施行された環境影響評価(アセスメント)法に基づくアセス実施を求め、約三万人の署名を集めて国会に請願する意向。
 同省は、「環境調査は七八年を含めて行っている。ダム計画はアセス法施行前に決めているのでアセス実施は不要」と主張しているが、環境アセス法の付則には、施行前に決めた事業でもアセスはできる、との規定がある。
 このため、同協会の吉田正人・保護部長は「生態系保全を重視するならアセスを実施すべきだ。法施行前に決定された事業でも、愛知万国博のように、法の趣旨に沿ってアセスを実施している実例もある」としている。
 九七年改正の河川法には、環境保全の考え方が盛り込まれた。
 また河川審議会は二十一日、コンクリート護岸など施設の力に依存して川のエネルギーを力で押さえようとする現代的治水工法以外に、川の持つ自然の力を利用しつつ洪水の勢いを弱めるような伝統工法を再評価する答申を出した。さらにダム建設への疑問は、米国など海外でも広がっている。
 長年、紛争が続いている同ダム計画のような公共事業では、こうした潮流の新たな変化を反映させる再検討が必要だろう。
 
 
 
 
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