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2000/08/27 毎日新聞朝刊
ダムに揺れる「清流日本一」 建設省は着工方針、反対運動も活発化−−熊本・川辺川
 
 建設省が熊本県を流れる川辺川に計画している川辺川ダム建設の是非を巡る論議がヤマ場を迎えている。川辺川は日本3大急流の一つ、熊本県・球磨(くま)川の支流で、1998年度には環境庁から水質日本一に認定された。予定地周辺には絶滅の恐れのあるクマタカも生息し、「清流を守れ」という反対運動が盛り上がっている。計画発表から30年以上が過ぎ、当初のダム建設の目的にも疑問が投げかけられているが、建設省は地元漁協の同意を得て本体工事に入るという方針を崩していない。
【平地修】
◆希少な鳥類◆
 建設省が今年まとめたダム周辺の環境調査報告書によると、建設予定地周辺で3000種以上の動植物が確認された。環境庁のレッドデータブックで絶滅危惧(きぐ)1B類(絶滅の危機にある種)に指定されている鳥類のクマタカやヤイロチョウをはじめ、希少種も多く含まれていた。
 しかし、同省は「保全策を講じれば、自然環境を維持していくうえで、ダムはおおむね支障をきたさない」との見解を示しており、市民団体から調査方法や結果の評価に対する疑問が相次いでいる。
 特に食い違いが大きいのは、ダム建設がクマタカの繁殖に与える影響についての見解だ。建設省はダム工事に使うコンクリート用の石などを切り出す山を「生息範囲の外縁部」と見て繁殖への影響は小さいとしているのに対し、クマタカの生態を独自に調べた市民団体は「クマタカの生息や繁殖に重要な場所」と指摘する。
 川辺川ダムは環境アセスメント法が施行される前に計画されたため、法の対象とはならない。同省は今回の調査を法に基づくアセスに準じたものとして、環境に配慮したことを強調するが、日本自然保護協会の横山隆一常務理事は「建設省の報告書は第三者の審査もない自主調査に過ぎない。アセスの都合のいい項目だけをつまみ食いしたもので、客観的な保全策として妥当ではない」と批判する。
 同協会は24日、自民党の公共事業見直し検討会に計画の抜本的な見直しを求める要望書を提出した。
◆治水、利水に疑問◆
 ダム建設計画は、死者6人、家屋の損壊・流出1200戸以上の被害を出した65年の水害をきっかけに決まった。建設省は川辺川ダムと球磨川本流に既設の市房(いちふさ)ダムを合わせることで、流域の降雨が80年に1度の確率で発生する降水量に達しても洪水は防げると見込む。
 だが、65年の水害体験者で作る「球磨川大水害体験者の会」の堀尾芳人会長(74)=同県人吉市=は「(65年の水害では)市房ダムからの放流によって一気に水かさが上がった。水害対策は護岸改修で十分。非常時に大量の水を放流するダムができるのはかえって不安だ」と語る。
 ダムの水をあてにした農水省の土地改良事業に対しては、事業の計画変更に対する異議申し立てを棄却したことを不服として、対象農家が96年、国を相手どって棄却処分の取り消しを求める訴訟を熊本地裁に起こした。
 現在では流域7市町村の対象農家の半数を超える2000人以上が原告に加わっている。訴訟では、計画変更に同意した農家の署名の中に当時すでに死亡していた人の名前があることなどが明らかになり、事業の進め方のずさんさも浮き彫りになった。
 原告団長の梅山究(ふかし)さん(69)は「国の落ち度や違法性、いいかげんさがボロボロ出てきた。水は足りており、事業の必要性がないのは明らか。法律的にも道義的にも我々に負ける理由はない」と話している。9月8日の判決の内容によっては、ダム建設は大きな影響を受けかねない。
◆揺れる地元漁協◆
 建設省は既に県や関係2村とダム本体着工の協定を交わしており、残る手続きは漁業権を持つ球磨川漁協(組合員1868人)の同意のみだ。漁協は「ダム絶対反対」を掲げてきたが、補償交渉入りを主張する意見も増え、現在は「絶対反対」と「ダム容認」の2派がせめぎ合っている。
 反対派はダムができれば、全国から釣り人が訪れるアユの名産地としての球磨川は致命的な影響を受けると懸念する。容認派は、水没地住民の移住地の造成などが進んでいることから「本体着工は避けられない」として交渉入りを主張する。
 建設省は今年度中の本体着工を目指し、最近では漁業権の強制収用さえほのめかしている。漁協は9月1日の臨時総代会で「補償交渉委員会の設置」を議案として審議する予定で、可決されれば補償交渉が始まる可能性が高まる。
 しかし、「最後の清流を守ろう」と訴える市民団体などの反対運動は年々盛り上がり、国が島根県の中海干拓事業を中止する方針を固めるなど、公共事業見直しの流れも強まっている。民主党や共産党が反対姿勢を鮮明にするなど、川辺川ダム建設は中央政界を巻き込んだ論議に発展しており、本体着工はまだまだ先行きが見えない。
 川辺川ダム 洪水調節、かんがい、発電などを目的にしたアーチ式ダムで、高さは107.5メートル、総貯水量は1億3300万トン。完成すれば「五木の子守唄」で知られる熊本県五木村の中心部と、ダムサイト予定地の相良村の一部計391ヘクタールが水没する。1966年に計画が発表され、10年後に基本計画が告示された。2008年に完成予定で総事業費は2650億円。
 
 
 
 
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