2003/06/18 朝日新聞朝刊
清流保護か利水推進か、絡み合う思惑 ダム攻防第2幕(川辺川発)
熊本県の川辺川ダム建設計画が立ち往生しかけている。ダムから農地に水を引く利水事業をめぐる裁判で、原告農民が国に逆転勝訴して1カ月。日本一といわれる清流をめぐって農民たちは「次はダム建設の中止を」と勢いづく。国は、県収用委員会を舞台とする第2ラウンドでも防戦に追われている。
「国は、ダムに代わる新たな水源を探さなければならない」
裁判の原告団長だった梅山究さん(72)ら10人が5日、東京・霞が関の農水省で農村振興局次長に申し入れた。
約2千人の原告団は、5月末に国が上告を断念して勝訴が確定したあとも解散せず、ダム中止を求める新組織に衣替えする準備を進めている。
収用委が攻防の第2ラウンドになるのは、ダムの下流でアユなどをとる漁民の漁業権をめぐる対立からだ。
国は当初、地元の球磨川漁協に16億5千万円の漁業補償を示した。これを漁協が退けたため、国交省は一昨年末、漁業権を強制収用するため裁決を収用委に申し立てた。
収用委は、敗訴した国が利水計画をどう改めるかに注目する。熊本県弁護士会会長でもある塚本侃(つよし)会長(56)は二審判決の10日後、国に「利水計画のおおまかな変更方針を6月25日の次回審理で示してほしい」と宿題を出した。
利水計画を大きく変えると、ダム本体の建設手続きにも影響が及ぶ可能性がある。さらに、もし「ダム計画が収用申請時から著しく変わった」とみなされると、申請の前提が崩れ、却下される。国は漁業権を収用できず、ダム建設を進めることもできなくなる。
地元農家の意見は一色ではない。環境破壊を心配してダムに反対するグループがある一方、営農規模を大きくしたい人たちは「ダム推進」を求める。7年にわたる裁判は両派の間に深い溝をつくった。
潮谷義子・熊本県知事は「国が農家の意向を把握せずに計画の変更を示せば、農家は再び対立する」と心配し、二審判決後、「農家の意見を一軒一軒聞くことから始めるべきだ」と強調した。
県の意向を受け入れ、国は利水の対象農家4400戸全戸の意向調査に踏み切ることを今月9日に決めた。「水はいるか」「ダム建設を容認するか」などの質問が想定され、アンケートか面接かなどの調査方法はこれから詰める。「収用委が求める期限に間に合わせることは不可能」と県幹部は言う。
農水省幹部は「収用委にはとりあえず全戸調査の方針を伝える。調査結果が出るまで判断を待ってもらえるんじゃないか」と期待する。
調査結果を踏まえて新たな利水計画を作るには1年かかるとされる。
(西山貴章)
◇キーワード
<川辺川ダムと川辺川利水事業>
川辺川ダムは、国土交通省が66年、熊本県に建設を計画した多目的ダム。総事業費2650億円。すでに周辺工事に1856億円が投入された。国は08年度完成を予定している。
利水事業は同ダムを水源とする農地潅漑(かんがい)が目的で、熊本県人吉市などの農民約4千人が対象。計画当初は米作への要望が強かったが、減反時代に入ったこともあり、農水省は94年に計画を縮小した。
同省は受益農家から同意書を集めたが、事業に反対する農家が提訴し、必要な「受益者の3分の2以上の同意」が得られたかどうかなどが争点になった。一審は国が勝訴。二審・福岡高裁は5月16日、「本人が署名押印したとは認めがたいものがある」などとして農家の逆転勝訴を言い渡した。
●川辺川ダムを巡る経緯
年. |
月 |
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66. |
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旧建設省が川辺川ダム計画を発表 |
84. |
8 |
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農水省が国営川辺川土地改良事業(利水事業)を決定 |
94. |
2 |
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農水省が事業計画を縮小 |
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12 |
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反対農家が農水相に異議申し立て |
96. |
3 |
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農水相が意義申し立てを棄却 |
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6 |
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農家が棄却の取り消しを求め熊本地裁に提訴 |
00. |
9 |
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熊本地裁が請求を棄却。農家側が控訴 |
01. |
12 |
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国交省がダム本体着工のため、熊本県収用委員会に球磨川漁協の漁業権収用の裁決申請 |
02. |
2 |
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第1回収用委開催。以後毎月1回審理 |
03. |
5 |
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福岡高裁が農家側の逆転勝訴判決 |
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