2001/11/24 朝日新聞朝刊
このやり方はひどい 川辺川ダム(社説)
国土交通省が熊本県で建設を進めている川辺川ダムの漁業補償問題で、流域の球磨川漁協は28日に臨時総会を開き、組合員の総意を問う。3分の2以上の賛成で受け入れが決まれば、本体工事が始まる。
国交省が示した約16億5千万円の漁業補償は、今年2月の総代会で否決された。巻き返しを図る国交省と、ダム容認派の漁協執行部は、今度は総会に場を移し、改めて決着をつける考えだ。
最高議決機関の総会で組合員の意思を問うのはよいだろう。問題は、ここに至る手続きが不明朗すぎることだ。
漁協と国交省の補償交渉は秘密裏に合意され、組合員には交渉会場さえ隠された。熊本県知事は「透明性の高さが必要な交渉で、どうしてああいう形がとられたのか」と不快感を示している。
組合員の自由意思とかけ離れた多数派工作も進んでいる。例えば委任状集めだ。地域の人間関係や仕事上の利害を絡ませた働きかけが行われ、総会で自らの1票を行使することに無言の圧力がかかる。
「1人70万円」と強調した容認派のビラも出回っている。補償金額のうち14億円を個人配分とし、約2千人の組合員で割った数字だ。「1人50万円」と言われていた補償金の個人配分比率を引き上げた。「賛成票を釣る作戦」と容認派幹部が認める。執行部の一存では決められないはずなのに、根拠のない数字が独り歩きする。
川辺川ダム建設をめぐっては、治水効果への疑問や環境への悪影響がかねて指摘されてきた。ダムの水を引くかんがい事業でも、多くの受益農家が「水は要らない」と裁判を起こしている。
ダムに反対する学者らの研究グループは最近、国交省のデータで計算しても、堤防のかさ上げ程度で洪水は防げる、との報告書をまとめた。国交省側はただちに反論したが、いままではこうした科学的論議すらまともに行われてこなかった。
川辺川にダムができれば、日本有数の清流は汚れてしまうだろう。尺アユと呼ばれる30センチ大の天然アユが育たなくなるに違いない。だからこそ、漁協は昨年まで「絶対反対」の旗を降ろさなかった。
財政面から全国の公共事業の見直しが求められ、ダム一本やりの河川行政が環境面から転換を迫られているいま、川辺川ダムだけは例外といわんばかりの国交省の姿勢はまったく理解に苦しむ。
小泉純一郎首相は「米百俵の精神」を唱えた。目先の利益でなく、未来の国づくりを重視するという意味なら、「1人70万円」の利益誘導は、まさに正反対の精神だと言わざるをえない。
川辺川にダムは必要なのか。堤防のかさ上げや遊水地の確保などの代替手段には現実性がないのか。国交省は強引に決着を図るのではなく、もう一度原点に立ち返って考え直してもらいたい。
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