2001/02/20 朝日新聞夕刊
「治水に不安」 田中知事「脱ダム宣言」で地元・長野に渦巻く賛否
新たにダムは造らない――。日本のダム行政を根底から揺るがしかねない「脱ダム宣言」を二十日、田中康夫・長野県知事が発表した。「ダムを必要とする住民がいる」「いや、英断だ」。突然の決定に、建設予定地の地元では賛否が渦巻いた。全国各地でダム建設など公共事業のあり方が問われているだけに、大きな議論を巻き起こしそうだ。
新規ダムの中で、着工をめぐって地元住民が激しく対立している長野県下諏訪町の下諏訪ダムは、治水と利水が目的。県によると、諏訪湖に注ぐ砥(と)川が町の中心部では天井川となるため、あふれ出ないように水量の調整が必要なうえに、下流の岡谷市では地下水がトリクロロエチレンなどで汚染されていることから上水道の水源としても期待されている。
一九九九年度までに本体設計など十九億円を費やしており、今年度中に用地買収をほぼ終え、工事用道路を建設する予定だった。総事業費は二百四十億円。
早期着工を訴えてきた同ダム第六区対策委員会委員長、小河原住夫さん(七一)は「ダム建設に向け、地元住民として県に協力してきたこの二十年間は何だったのか。治水、利水両面で(ダムを)必要とする住民が現実にいる中での知事の判断には強い憤りを感じる」と語気を強めた。
一方、ダム建設による環境破壊などを訴え建設に反対してきた下諏訪ダム反対連絡協議会は、自然を破壊しない治水策を求めてきた。代表の武井秀夫さん(六八)は「多数の住民世論の上に立った田中知事の英断だ。住民自らがだめなものはだめと言える環境づくりの契機となる」と知事の方針を評価した。
ダム事業を担当する県土木部河川課では、部局に相談のないままなされた知事の突然の決断に、ある職員は「知事の真意を知りたい」。「丸ごとダムをやめるなんて、あまりにも唐突。流域も住民も納得できるだろうか」と疑問を投げかける職員もいた。
全国のダム建設に反対する市民団体でつくる「水源開発問題全国連絡会」事務局の嶋津暉之さんは「個別のダム建設ではなく、政策としての新規ダムの建設中止を打ち出した自治体は、全国でも初めて。画期的なことだ」と評価する。
河川工学が専門の大熊孝・新潟大学工学部教授は「ダムには土砂が堆積(たいせき)するし、耐久年限もあり、いずれ、治水機能はゼロになる。基本的には、堤防整備や森林整備による保水能力の向上で、治水に取り組むべきだろう。すでに米国では巨大ダムをつくらない方針に転じている。長野県の方針が、国民がダム問題を考えるきっかけになれば」と話す。
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