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私はこう考える【ダム建設について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2000/05/23 朝日新聞朝刊
徳山ダム、見切り発車 構想から43年、本体着工(時時刻刻)
 
 水資源開発公団が二十三日、岐阜県藤橋村で日本最大の貯水容量となる徳山ダムの本体工事に着工する。構想から四十三年かかってこぎ着け、二〇〇七年の完成を目指す。しかし、建設の大きな目的である利水は「水余り」から揺らぐ。イヌワシ、クマタカをはじめ環境庁のレッドリストなどに載る貴重な生物が五十種以上も生息する環境は、大きな影響を受ける。本体着工すれば後戻りは難しい。二千五百億円余をつぎ込む巨大な公共事業は「本当に必要なのか」という疑問を残したまま、突き進もうとしている。
(岐阜支局、社会部)
●逆風を意識
 がけが両岸の山肌からせり出し、揖斐川の谷筋がぐっと狭まる。あちこちでトラックや重機が、準備の道路工事などのため、うなりをあげている。公団は二十三日、このダム本体のできる場所で起工式をする。
 徳山ダムは、岩を百六十一メートルまで積み上げ、川をせき止めて造るロックフィルダム。完成すれば、総貯水容量六億六千万トン、諏訪湖並みの千三百ヘクタールのダム湖が生まれる。隣接する藤橋村に吸収され、地図から消えた「岐阜県徳山村」の四百六十六世帯は岐阜市周辺などへ全戸が移転した。
 公団は、起工式に国会議員らを招かない。公共事業の見直しが進む中、事業への逆風も意識した。
 招待者リストの筆頭は旧村民たちだ。故郷の写真を撮り続ける岐阜市の増山たづ子さん(八三)も出席する。
 「ダムを見直す話に希望を持ったこともあったけど、やっぱりだめだった」
●目的揺らぐ
 徳山ダムは一九五七年、電源開発のために計画されたが、高度成長期を経て、発電のためだけにダムを造る時代は終わった。電源開発を残しつつも、治水と利水がメーンの多目的ダムの計画になった。しかし、旧徳山村との移転交渉などに時間がかかった間に、産業構造も変わり、東海地域では新たな水を必要としなくなってきた。
 厳しい批判の中、九五年に完成し運用を始めた長良川河口堰(ぜき)で確保した水ですら、ごく一部しか使われていない。徳山ダムでは工業用水四・五トン、上水道七・五トンの毎秒十二トンを確保するが、利用方法は何も決まっていない。
 公団事業は、利水分については、関係自治体が水を売って建設費をまかなう。売れないと、最終的には水道料金の値上げをするしかない。
 建設省が九五年、全国で設置した十三の「ダム建設事業審議委員会」に、徳山ダムは公団事業として唯一選ばれた。建設の必要性を議論したが、地元の要望が強いなどとして九七年に「早期完成」の答申が出た。七六年の長良川水害など大きな水害を何度も経験している地域事情や、工事に伴う経済効果への地元の期待が大きかった。
 今年一月、岐阜県が公団総裁あてに送った「早期完成」を求める要望書では、治水対策上、工事を急ぐべきだと訴え、利水については一言もなかった。
 同省はこの三年間で約三十のダム事業を中止、休止したが、ほとんどが中小のダムで、徳山ダムのような進行中の巨大事業を止めた例はない。
 建設反対の地元住民らは昨年三月、岐阜地裁に国を相手に事業の不当性を訴える訴訟を起こした。上流の森林保全や堤防強化などを主張している。
 しかし、建設省は「川幅を広げるなどの水害対策は費用がかかり過ぎるし、効果もダムに比べて限定的だ」などとして、現実的な対策としてはダムが最も効果的との立場だ。
●態度を硬化
 環境問題については、公団、建設省は一時、柔軟な姿勢もみせた。
 昨年五月、徳山ダムの工事現場近くでクマタカの営巣が分かると、公団は一時、全域で工事を止めた。昨年九月には、「客観性を高めたい」と日本自然保護協会にクマタカなどワシタカ類調査の評価を頼むなど、住民対話や環境の重視を盛り込んで九七年に改正された河川法に沿う姿勢をみせた。
 だが、昨年暮れに協会が「調査の対象や分析が不十分」などとして再調査を求めると、公団は「研究者とは立場が違う」などと急に態度を硬化させた。この四月には工事期間中の環境対策などを検討する公団の環境保全対策委員会が発足したが、メンバーは学者だけ。野鳥の会などは入れなかった。
 全国のダム問題に取り組む水源開発問題全国連絡会の嶋津暉之さんは「利水目的が破たんしているのなら、治水と発電だけでこの規模のダムを造る必要があるのかどうか。もう一度議論すべきではないか」と話す。
 批判を浴びながらの本体着工だけに、公団幹部も複雑な表情だ。「うちは事業を前向きに進めるための組織。できる努力には限界がある」
○徳山ダムをめぐる動きと、河川政策の変化
1957年  電源開発促進法に基づく調査区域に指定
62年  水資源開発公団設立
73年  徳山ダムを含む基本計画が閣議決定
87年  岐阜県徳山村が廃村
89年  466世帯すべての移転契約が終了
95年  長良川河口堰運用開始
95年  徳山ダム建設事業審議委員会設置
97年  審議委員会が早期完成の結論
97年  住民対話、環境重視などをうたい、河川法改正
99年  国土庁が全国総合水資源計画を下方修正
2000年  吉野川可動堰建設めぐり住民投票
 
 
 
 
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