1997/08/02 朝日新聞朝刊
細川内ダム計画を撤回せよ(社説)
徳島県木頭村(きとうそん)の細川内(ほそごうち)ダム。四国山地の山あいにある人口二千たらずの村に計画されている巨大ダムのゆくえが、全国の注目を集めている。
事業に着手されてから四半世紀余り、反対を続ける地元の前に、建設省がじりじり後退し、場合によっては中止もありうる状況になっているのだ。
治水、利水のいずれの面からみてもこのダムの必要性は薄い。そうである以上、ダムなしに村を発展させたいという地元の強い意思を尊重し、建設省はためらわず計画を撤回すべきだ。
本当に必要な事業だけを、関係者の同意を得ながら進めるという、本来の公共事業のあり方を実現するよい実例にしてほしい。それは、問題ある全国の公共事業の総点検につながるだろう。
細川内ダムは、田中角栄内閣時代の一九七二年に調査が始まった。木頭村の中央部で那賀川をせき止め、二〇〇八年までに四国第三の水がめをつくる計画だ。
これに対して、地元の木頭村では、村民の大多数が反対してきた。とくに、藤田恵・現村長が就任した四年前からは、「故郷の緑と清流を守る環境基本条例」と「ダム建設阻止条例」を制定して、抵抗の姿勢を強めている。
反対の理由は、次のようなことだ。
百年に一度という、二十一年前の豪雨の経験などからして、治水は堤防の補強で足りる。流域では飲料水が余っており、こんご大規模な水需要は見込めない。
これまでに那賀川につくられたダムが示すように、数十年で砂がたまり、使えなくなる。川の水の安定は、森林の充実による「緑のダム」で対応すべきだ。
それに、ダムができれば、清流が失われる。この清流は、村民の生活に欠かせない環境であり、重要な観光資源でもある。
ダム建設に人手をとられ、農業、林業などの地場産業にも悪影響がでかねない。
村は、第三セクターの食品製造会社を設立するなど、公共事業に頼らない独自の振興計画をつくっている。こうした努力を村と無縁の人間が妨げてはなるまい。
公共事業予算が圧縮される来年度、建設省は、全国で計画・建設中のダムのうち、水の需要が見込めず、水害を防ぐ手段がほかにあるものを中心に、十カ所以上を中止する方針だ。細川内ダムこそ、まっさきに該当する。
官僚を超える発想と行動力をもつ亀井静香建設相の決断に期待したい。
いま細川内ダムをめぐっては、ダム審議委員会の発足が焦点になっている。建設省と徳島県の呼びかけに木頭村が応じず、委員会が設置できないでいるからだ。
ダム審議委員会は建設省が二年前に設置を打ち出したもので、すでに十二のダムについて審議がおこなわれた。
しかし、その多くが、ダム建設の是非を「客観的かつ透明に」審議するという宣伝とは裏腹に、事実上、建設にお墨付きを与える機関になっている。
この実績をみれば、木頭村が参加に厳しい条件をつけているのも理解できる。その条件とは、たとえば環境学、社会学、民俗学などの専門家も委員に加える、公共事業の発注で村内の業者を差別しないことを明確にする、といったことだ。
細川内ダムについては、いまさら審議委員会にはかる必要はないと思う。しかし、どうしても委員会を開くのなら、木頭村の条件を基本的に受け入れ、全国の模範になるような公開審議をすべきだ。
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