1988/02/24 朝日新聞朝刊
ダムは村を興せるか 生かす道探るシンポで苦悩も浮き彫りに
いま全国で三百十余のダム建設工事が進行している。その大半が集落の移転や補償金をめぐって住民間の反目を誘発するなど、貧しくても平穏だった地域の生活を破壊する「厄介物」視されている。そうした“宿命”を打破し、逆にダムを地域振興の起爆剤にする道をみんなで探ろう――20日、東京・日本橋で同じ悩みを持つ自治体と建設省、国土庁関係者、それに学識経験者、民間デベロッパーらが集まり、珍しいシンポジウムを開いた。出席者からは意欲的な取り組みの実例紹介や建設的意見が続出したが、地域により抱えている事情が異なるため、共通の模範解答にはなりにくく、問題の深刻さを浮き彫りにした。
(井出隆雄記者)
関係者の話によると、現在、全国で建設省所管のダムは285あるが、それらの建設が地域の繁栄に結びついた例はほとんどない。このため、最近では建設の適地と名指しされた自治体の中には「ダムは村を滅ぼす」と、拒絶反応を示すところも少なくない。
また、完成したダムの水が冷たくて下流で魚の養殖ができないとか、富栄養化して飲料に適さない、濁りがいつまでも消えない、さらには土砂の流入がひどく、治水機能が果たせない、といった事例も、あちこちで出始めた。
「これではダムができなくなってしまう」。心配した国は48年に地域住民の生活環境整備を主眼とする「水源地域対策特別措置法」を制定、これに該当しないところには基金を設けて補完、建設への理解と協力を得る作戦に着手した。
その後もいろいろな対策を講じてきたが、地域住民にとっては大半が招かれざる客。
そこで国は昨年12月、ダム地域が抱えるすべての問題を調査研究する財団法人「ダム水源地環境整備センター」を設立した。また、63年度からは新たにダム湖とその周辺をレクリエーション施設、観光資源として活用、地域の活性化にも役立てる「レイクリゾート事業」にも乗り出すことになった。
こうした新しい動きに注目した民間のシンクタンク地域交流センター(東京都港区、田中栄治代表)が、ダム問題に関心を持つ各界の人々に「ダムを地域づくりに活かす意見交換会」を呼びかけたところ、全国各地から約60人が参加した。
シンポジウムでは、67年完成予定のダムを郷土がん具や伝統工芸、日本一の滝桜などを織りこむ工芸公園にしようと計画している福島県三春町、「住民自らが面白くないものに、よそから人は来てくれない」と56年完成のダム周辺に住民総出で花木を植えたり、水上ゴルフ、100メートルの大噴水、日本一の浮橋建設に取り組んでいる愛媛県野村町、「ダムができて滅びる町村は、できなくてもつぶれる」と、発電所の固定資産税目当てに寒河江ダムを積極的に誘致し、月山を結ぶ観光ルートの拠点化を目ざす山形県西川町などの意欲的な事例が町長らから披露された。
しかし、「ダムが8つもあるが、できるたびに近隣の人々の仲が悪くなり、温泉宿の経営も人材不足のうえ弱小資本で思うに任せない」(栃木県栗山村)「2万ヘクタールの国有林伐採が進み、土砂崩壊もひどい。ダムを起爆剤にしたいが、水源林の維持管理をどうするか」(長野県長谷村)といった悩みも出た。
加えて、これらのダムは治水のため、降雨量の多い行楽期にぐっと水位を下げねばならない。それに、水道として利用するところでは湖上の利用にも制約がある。
結局、天竜川水系の3県42市町村が、流域経済・文化圏の形成と水系の治山・治水を目ざして3年前から始めた「流域市町村サミット」と、聖火リレー、展覧会などを通じての上下流住民の交流のように、即効薬ではないが、地道な積み上げが当面唯一の共通の打開策のようだ。
それでも、これまでこうした意見交換の機会さえなかっただけに、参加者は口々に「参考になった」と好意的。交流センターでは今後もダムを持つ町村などでの定期的交流も考えたいといっている。
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