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2004.6 NO.3
運輸政策研究機構
研究調査報告書要旨
これからの地域交通―調査・計画と問題解決手法
 
1. 調査の目的
 近年の少子高齢化やモータリゼーションの進展により、地方のバス・鉄道事業者は厳しい経営環境下に置かれ、とくに需給調整規制の撤廃後は、路線の廃止や統廃合も加速している。このような状況のもと、地方自治体は、シビルミニマムの確保、福祉への対応、地域活性化、観光開発等、さまざまな観点から、コミュニティバスの導入、過疎バスの運営、鉄軌道への財政支援等、これまで民間事業者が担っていた地域の公共交通に対し、多様な維持・支援策を打ち出し始めた。最近ではタクシーの活用のほか、NPOによる輸送サービス支援といった取り組みまでも出現している。そしてこれらの動きは、今後とも全国の地方自治体に波及していくものと考えられる。
 しかしながら、これらの方策を立案するに当たり、事前に十分な調査・分析を行い、地域のコンセンサスを得つつ、当該地域に最もふさわしい交通計画を設計・計画していくノウハウや経験を持つ地方自治体は、一部の県や政令指定都市等を除いては、ほとんど存在しないのが実情である。また、交通計画学の分野において、需要予測手法や、それによって得られた結果を整理する手法等が確立されているものの、実践場面においては、入手できるデータの制約、当該地域における真の問題把握の困難性、住民等関係者の参加と協力の不十分さ等で、その知見が十分生かされていない。あるいは、地方自治体に対して、親身になってアドバイスのできる組織・機関も些少であった。
 本調査は、主に地方の市町村、および大都市圏郊外・縁辺部の市町村を対象として、各自治体がその地域の抱える交通政策課題に対処するため、地域交通の維持、再編、支援を行う際に手引きとなる資料を作成することを目的として、調査、分析、設計・計画、評価といった一連の手法のあり方を検討するための基礎資料を作成することを通じて、これからの地域交通における自治体の果たす役割を見出していくことを目的とする。
 
 これまでの交通産業では、交通市場における規模の経済性から、自然独占による「市場の失敗」防止を主な理由として、免許制度による行政監督が行なわれてきた。例えばバス事業については、独立採算が原則とされ、個々の路線ごとに免許は交付されるものの実態は地域独占免許であり、一定地域内の路線間に内部補助を取り入れながら、地域全体としては特定事業者の事業が健全に成立するように、需給調整規制が実施されてきたのである。このような制度は、地域の交通需要が鉄道やバス等の公共交通に拠らなければ満たされない時代のものであり、モータリゼーションの進展が、公共交通に対する強力なライバルとなった今日では、地域交通の独立採算を困難なものとしている。
 他方、自動車交通の発展が、逆に人々のモビリティ面での格差を拡大してきており、交通弱者の足を守るための交通対策はますます重要となるなど、公共交通サービスヘの支援が不可避となってきている。
 また2002年には需給調整規制が廃止され、基本的に交通事業者は自由に交通事業に参入したり退出したりすることができるようになった。
 本来、公共交通市場が魅力的な市場であるのならば、需給調整規制の廃止によって事業者のサービス供給における競争が起こり、それは地域の利用者へのサービス向上となって現れると考えられる。しかしながら上述の様に、部分集合たる公共交通市場は、全集合たる交通市場におけるマイカーの全盛によって市場を縮小・劣化しつつあり、その状況は今回の規制緩和によっても何ら改善されていない。
 市民の足を守る交通政策の観点から、現在必要なのは、全交通市場における公共交通の役割の確保であり、競争力の強化によるサービス向上である。そしてこの仕事には、市民の草の根の活動状況を熟知している、基礎的自治体たる市町村がその任務に当たるのが適切であると考えられる。地方分権の推進や少子・高齢化の進展、国・地方を通じ財政の著しい悪化など、取り巻く環境は引き続き厳しいものの、市町村は市民生活の充実に向けた責任を有しており、こうした課題を総合的・体系的に担うにふさわしい主体である。
 本調査においては、土木学会研究小委員会「規制緩和後におけるバスサービスに関する研究小委員会」における検討成果を参考に、今後の地域交通課題への対処における市町村の検討プロセスを想定し、これに基づくヒアリング、アンケート等の調査を実施した。
 
 地域交通の問題構造について確認しつつ、実施施策の具体的内容、施策検討のための計画策定・施策実施プロセス、関係主体間の調整状況、実施のための費用負担等について、詳細な情報収集を行うために、地域交通の問題構造、実施施策ごとに代表的または先進的な事例を抽出し、特に先進的な自治体を対象にヒアリングを実施した。ヒアリング対象自治体については以下の12事例である。
 
対象自治体 事例名
帯広市(北海道) フレ愛りんりんバス
弘前市(青森) 市内循環100円バス運行事業
鯵ヶ沢町(青森) 住民参加型バス
盛岡市(岩手) ゾーンバスシステム
江刺市(岩手) バス事業(市営バス)
三郷市(埼玉) バス交通再編成
江南市(愛知) いこまいCar
鈴鹿市(三重) 西部地域コミュニティバス実証運行
四日市市(三重) 生活バスよっかいち
安来能義広域行政組合(島根) 広域生活バス
日南市(鳥取) 代替バス
萩市(山口) 萩循環まぁーるバス
 
 各自治体がその地域の抱える交通政策課題に対処するために、地域交通の維持、再編、支援を行う際に手引きとなる資料を作成するための事例収集を目的として、主に地方の市町村、および大都市圏郊外、縁辺部の市町村を対象としたアンケート調査を実施した。アンケート調査の概要は以下の通りである。
(1)アンケート対象
 地方および大都市圏郊外・縁辺部の市町村におけるバス、タクシー等の地域交通施策担当者
 対象市町村は既存の先進事例集や、国土交通省地方運輸局の情報、その他関連資料から抽出
(2)アンケート方法
 郵送配布・郵送回収方式
(3)主な調査項目
(1)地域の概要
・地域交通の特性
・地域交通関連の計画策定有無
(2)施策について
・概要(事業主体、運行主体、根拠法)
・目的及び利用者
・運行内容(路線、運行便数、運賃)
・利用客数
・費用負担、収支
・事業手法
(3)施策の本格導入までの検討に関して
・施策導入の契機となった地域交通課題
・施策検討時に参考とした調査について
・分析方法
・複数案の検討の有無
・運行計画の実施案を決定する前の実施案評価の有無
・導入のための検討組織について
(4)導入後の施策評価に関して
・施策導入後の事後評価
・検討プロセスの中で変更したい点
・導入後のモニタリングと実施内容の修正・変更
・検討を行う際の要望
(4)アンケート回収状況
配布:150自治体
回収:73自治体(49%)・88施策
 
 本調査では、これからの地域交通として、バス・タクシーに加え鉄道についてもその主なターゲットとした上で、地方自治体(市町村)が今後果たしていく役割について知見を整理することを目的としている。そこで、鉄道事業者から採算性悪化等により事業縮小・廃止等の要望が出された路線のうち、市町村が中心となり「地域交通」として鉄道を活用することを目指して、協議会や委員会等により今後のあり方を検討している路線を抽出し、事例の整理を実施した。対象は以下の7事例である。
 
JR富山港線路面電車化
平成筑豊鉄道活性化総合プログラム
松浦鉄道活性化総合プログラム
上田交通別所線の存続に関する検討
一畑電車および沿線公共交通確保のあり方に関する調査
くりはら田園鉄道運行対策検討調査
高松琴平電気鉄道を核とした公共交通活性化プログラム
 
 以上の調査結果を受け、3回にわたる委員会での討議を経て、これからの地域交通における問題解決手法に向けた知見の取りまとめを行った。
(1)地域交通課題の正確な分析と市町村自らがおかれている現状の把握
○市町村は、正確な現状認識に基づき課題を正確に分析し、その分析結果を踏まえ、どういった目的で、どのような手段を使って地域交通整備を実行していくかを明確に整理する必要がある。
○これに併せて、問題解決手段である施策実施に向けて克服すべき課題や制約条件など、市町村自らが置かれている現状を把握し、実現性が高くかつ実効性の高い地域交通整備施策を抽出し比較検討する必要がある。
(2)生活交通圏全体の長期的な交通基本ビジョン構築と県・国のノウハウの積極的な活用
○地域の基本行政主体である単独または複数の市町村が中心となって、生活交通を中心に一体的な交通圏を構成する地域全体にわたる、長期的な視点に立った総合的な交通基本ビジョンを構築し、公共交通に関わる全体計画の策定に取り組むことが重要である。また地域交通の個別施策も、その中に明確に位置づけられていくべきである。
○生活交通圏における交通基本ビジョンや公共交通計画策定、交通圏市町村との調整、交通事業者との連携などの場面では、県・国のノウハウを活用するため、市町村は県や国に積極的に働きかけていくべきである。県や国も、市町村の主体的な取り組みに対し、積極的なバックアップ体制を整えていくことが、今後の果たすべき役割である。
(3)運行目的を明確に絞り込んだ個別運行計画・サービス提供計画の策定
○バス・タクシーを活用した運行サービス提供の際には、ターゲットとする利用者層とその利用目的・利用時間帯を明確にした上で、運行計画を策定することが前提となる。
○その上で、ニーズを損なわない範囲で運行地域・時間帯・車両運用を考慮した、効率的な路線計画・多目的混用案の可能性を検討することが必要である。
(4)地域住民の交通ニーズの的確な把握
○公共交通機関を実際に地域住民の足として機能させるためには、地域住民の交通ニーズ(実際の利用層の把握、利用者の分布、目的地、時間帯・運賃、その他のニーズなど)を的確に把握し、現状では潜在しているものも含めた需要の見通しを基に具体的な運行計画策定に結びつける必要がある。
○自動車交通の依存度が高い地域においては、むしろ、施策がターゲットとする地域住民層と直接対話しながらその意向を聞く手段が有効であるが、この場合も、サービスが存在することを求めているだけなのか、実際に交通行動を起こすのかを見極めて行く様に進めていくことが望ましい。
○このような直接対話型で意見交換を進めていくことにより、地域住民が積極的に公共交通を利用するように交通行動を変えたり、実際に利用する機会は少なくても地域の足として維持するための費用負担には合意したりといった、住民自らが地域交通の運営維持に参画する動きへ繋がる可能性もある。
(5)地元住民や交通事業者の計画策定段階からの参画促進と継続的な推進体制
○地域住民の交通ニーズ把握のためにも、また、実際に公共交通機関を地域の足としてより適切に運行するための計画見直しのためにも、市町村が地元住民や交通事業者を計画段階から巻き込んで、計画策定・実施を進めていく必要がある。
○公共交通を真に地域住民の足として機能させるためには、地域住民、交通事業者、地域行政の三者が協働して、公共交通の計画(plan)、実行(do)、評価(see)のマネジメントサイクルを推進する体制を構築することが望まれる。
(6)庁内関連部局の連携により公共交通利用促進策を組み合わせて実施
○総務系、企画系、振興系、都市整備・建設系、民生系、教育系、その他関連部局による連携の下、交通基本ビジョン立案および公共交通計画策定を進めた上で、個別の公共交通運行計画と合わせて、公共交通の運行支援策、軌道整備、道路・交差点改良、駅・停留所整備などの基盤整備、TDM・利用促進策、福祉的観点からのサービス提供、情報提供・PR策などについても、積極的に組み合わせて実施し、地域の足の利用環境を整えていくべきである。
(7)既存制度の柔軟な活用および県・国を巻き込んだ制度改正の検討
○地域公共交通施策の実施にあたっては、公共交通の利用環境整備推進も含め、既存の事業制度や補助制度を横断的かつ柔軟に活用し、行政予算の効果的な事業配分を図ることが考えられる。
○また、必要に応じて手続きや予算措置の見直し、新制度設計にも取り組んでいくべきである。
(8)地域交通の問題解決手法プロセスの確立
○本調査で整理した知見をもとにさらに議論と検討を深め、実効性のある地域交通問題の解決手法プロセスとして、一定の枠組みを確立していくことが今後の課題である。
 
報告書名:「これからの地域交通―調査・計画と問題解決手法―」
報告書目次
1. 調査の目的
2. 地域交通の現状と市町村の動向
3. バス・タクシー先進事例ヒアリング
4. バス・タクシーアンケート調査
5. 鉄道先進事例の整理
6. これからの地域交通における問題解決手法に向けて
 
【担当者名:山重啓司、藤田健、新倉敦史】
 
【本調査は、日本財団の助成を受けて実施したものである。】







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