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2004.03.27 川崎千里
 
対人関係の苦手な子ども:発達行動小児科学の視点から
川崎 千里
佐世保市子ども発達センター 小児科
 
1. はじめに
 最近の小・中学校では、周囲の人とうまく付き合うことの苦手な子どもが増えています。授業中に立ち歩く子、些細なことでかんしゃくを起こす子、ちょっと注意すると極端に落ち込む子などが1クラスに何人もいて、担任が振り回されている場合も多いようです。
 これらの子ども達の中には、発達医学的な理解と対応が有効な場合も少なくありません。10年ほど前に、長崎市の2小学校で1・2年生全員の神経発達所見と学習行動問題を調査させていただいた結果では、教師が学習と行動の両面で指導困難と感じる子の94%、行動面の指導困難と感じる子の46%に、神経発達上のつまずきがみられました。これらの子どもの理解と対応には、発達障害の視点が必要です。
 
2. 対人関係の苦手な発達障害児(図1
 人付き合いの基礎能力は社会性(ソーシャルスキル)と呼ばれています。米国で研究が盛んですが、要約すると、(1)状況を理解する、(2)その場の流れに乗って発信する、(3)相手に共感して良い印象を与える、(4)自分も楽しむ、などの要素があると考えられます。
 発達障害児には生まれつき感覚過敏や他者理解困難などがあり、これらの能力に問題を抱えていることがあります。
#1 知的に高い自閉症(アスペルガー症候群を含む)・・・(3)(4)が苦手
#2 多動性障害(ADHD)・・・(1)(2)が苦手
#3 学習障害(LD)や軽度知的障害・・・(1)が苦手
 最近の文部科学省の調査では、これらの軽度発達障害児は合わせて6%前後と推定されており決して稀な問題ではありません。また、ひとりの子どもに#1〜3の問題のうちいくつかが並存している場合もあり、医療では自閉症、教育ではLDというように異なる診断を受けて家族が混乱することもあります。初期にしっかり見立てを行うことが必要です。
 しかし、幼児期から成人にいたる経過の中で医療側は十分に対応できていない現状で、比較的軽度の発達障害でも早期診断や対応がなされないと、重い社会不適応に発展する場合があります。長崎市では昨年、未診断のアスペルガー症候群の少年による痛ましい事件がありました。早期診断と療育のシステムを、関係機関や地域の方々とともに構築する必要があります。
 
3. 行動発達障害の評価と診断
 行動発達の評価は主に、(1)認知(知能検査など)、(2)注意や行動の制御(行動観察)、(3)社会性(行動観察)の3つの軸について行っています(図2)。行動観察は、診察室・家庭・集団場面の情報を集約して総合判断します。また、暴力など目につきやすい行動だけでなく、抑うつなど内在的な問題も見落とさないよう、普段よくみている人に総合的な行動チェックリストをつけていただき、(1)ひきこもり傾向、(2)身体化症状、(3)不安・抑うつ、(4)対人交渉能力、(5)不注意、(6)攻撃性、(7)行為障害などをみます。
 社会性の発達評価は療育にもつながる重要なもので、エリクソンの発達モデルがよい尺度です(図3:一部簡略化)。人間は(I)生まれてすぐはみな自己中心的で、暖かいケアを受ける中で(II)自己主張や、(III)自己コントロールを学んでいきます。そして自分が(IV)有能な人間だと自信をもてれば、(V)他者との出会いを楽しんでアイデンティティを確認し、(VI)次世代の子どもや後輩を自然にケアできるようになります。健康な大人とは各段階の間をフレキシブルに移動できる人であり、苦しい時は一時的に低いレベルに降りてエネルギーを蓄え、また高いレベルに復帰することができます。
 発達障害児の成長過程で、自閉症児は(II)自己主張へのステップアップが困難です。また、多動性障害児は(III)自己コントロール、軽度知的障害や学習障害は(IV)有能感の各段階へのステップアップが困難です。それぞれの子どもについて最良レベルと最頻レベルを観察し、最良の行動がどういう場面で起こるか観察すれば、有効な関わり方がみえてきます。
 病名の診断には、DSM-4の診断基準を用いていますが、並存障害も明記して状態を総合的に表わすようにしています。たとえば、「高機能自閉症(言語性LDをともなう)」のように。
 発達行動小児科学の診断とは、行動の偏りが正常か異常かの2者に区分するものではないことを関係者に理解していただきたいと思います。行動特徴の発現は概して正規分布しますので正常・異常の二群に分けることはできません。家庭、学校などの場において通常の指導で育てていけるか、特別な配慮が必要なのか、どういう配慮が必要かを判断します(図4)。
 
4. 佐世保市子ども発達センターの取り組み
 子ども発達センターには療育部門(診療所と保育)および一般向け子育て支援センターがあり、保護者が気軽に相談に来やすいつくりになっています。平成10年の開設当初から対人関係障害への対応に力を入れており、平成14年度は療育利用者755名のうち144名が自閉症圏、そのうち約1/3が高機能広汎性発達障害でした。
 センターでは自閉症圏のお子さんに対して、社会性の発達レベルに応じて感覚統合療法、言語療法、認知発達治療、描画療法、社会性訓練などの技法を組み合わせて実施しています。また、療育指導や保護者助言に際しては、行動変容療法(その子にあった褒め方、叱り方の工夫)の考え方を基本にしています(図5)。スタッフは作業療法士を中心に、聴覚言語士、保育士、心理士です。
 薬物療法は、生活や教育の工夫を一定期間行っても改善しないときや、攻撃性などが激しくて周囲とのやりとりが悪循環になっている場合に考慮します。発達途上の脳への薬物投与は慎重にすべきと考え、6歳未満のお子さんには原則的に使いません。
 学校や家庭の環境調整が子どもの安定と発達に欠かせないことも、発達センター開設後5年間の経験を通じて改めてよくわかりました。幸い、地域療育等支援事業という補助金制度を使えるようになり、園・学校訪問などに活用して指導方法の相互調整をさせていただいています。
 保護者の心理社会的支援も大切で、センター保健師が地区担当保健師と連携しながらサポートにあたっています。また、保護者に呼びかけて、高機能広汎性発達障害の親の会がスタートしました。親同士の支えあいや、教師との関わり、子ども同士の出会いの場になっています。
 佐世保市の教育についてみると、以前から情緒障害通級教室が高機能広汎性発達障害や多動性障害に熱心に取り組み、とくに小グループの社会性訓練に成果をあげてこられました。そこで、就学を控えた該当児には早めに通級教室を紹介して、入学前から定期的な体験利用をさせていただき、学校生活を不安なく開始するのに役立っています。また、その他の通級教室や養護学校とともに定期的な連絡会(時に飲み会つき)で、意思の疎通を図っています。
 残念ながら、子どもの学習困難や不注意、自閉性などの基本障害が療育によって完全に消失するわけではありません。しかし、二次障害や三次障害への伸展を防止し、持てる力を最大限に発揮してもらうことは可能であると考えます。
 

(一次障害)
(二次障害)
(三次障害)
学習困難
→ 低い自己評価
→ 不登校
不注意
 
ひきこもり
多動・衝動
反抗
 
他者理解の困難
→ ルール無視
→ 反社会的行動

 
5. 事例
 高機能広汎性発達障害の3例を紹介して、早期発見と早期対応、関係機関連携の重要性を強調したいと思います。(内容はプライバシー保護のため多少変更しています。年齢は診断時)
 
(A)23歳、女性:対人関係は得意ではなかったが、問題を認識されずに大学まで卒業できた。就職してから、職場の仕事や対人関係においてルール理解が難しいことに母親が気づく。何度も退職に追い込まれて自信をなくし、繰り返し自殺を図る。母親の知合いの県外医師より当センター紹介。現在は、県外の精神科に定期受診して徐々に安定しているが、20歳以降の年金払込をしておらず障害者年金の受給資格がないといわれている。
 
(B)13歳、男児:幼児期よりマイペースな行動がみられたが、健診などで特に言われたことはない。小学1年より不登校があり、母親が連れて行くなどしていた。中学で全く登校しなくなり、ゲームなど独り遊びが増えた。思いが通らないと母親や姉に暴力を振るう一方で、身体接触を求め甘えも強い。担任教師の紹介で受診して診断を受け、心理面接(描画を媒介とする自己表現など)や抗精神薬服用を行い、身体的暴力はおさまったが、学校はイジメられるから怖いと言い適応指導教室にも行けない。
 
(C)4歳、男児:幼児早期より言葉の遅れや対人関係の取りにくさがあり、保健所や児童相談所で相談していた。おとなしいが困った時や強い音刺激でパニックになる。4歳時に母親の希望で県立Rセンターを受診し、自閉症疑いといわれ感覚統合療法などを受ける。就学時は対人関係が改善して言語性LDの状態といわれ、地元で言語療法を受ける。7歳で改めて自閉症の診断を受け、情緒通級および作業療法(社会性訓練)。小・中学校では時にイジメの対象になることもあるが、親が学校とよく連絡して対処しパニックはない。
 
 これまでの臨床経験から、診断や治療的対応が早いほど子どもの問題が重症化しないですむと感じています。診断や治療的対応により、基本的な問題(他者理解の困難、言語コミュニケーションの困難、こだわり)をすべて解決できるわけではありませんが、二次的問題(低い自己評価、ひきこもり、反社会的行動)を防ぎ、本来持つ力を発揮して生活するための手助けができるのです。
 保護者が問題に気づいた時の相談体制は徐々に整ってきましたが、長崎ではまだ十分とはいえません。また、担任教師などが気づいても保護者と問題意識をすぐに共有できない場合について、子どもの人権に配慮しながら、相談支援システムの構築を進める必要があります。







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