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2004.03.07 シンポジウム東京 野沢和弘
 
報道被害−報道しない弊害
野沢和弘
(毎日新聞記者/日本自閉症協会出版部)
 
 自閉症やアスペルガー症候群など発達障害の人をめぐる報道のあり方について、マスコミ機関への批判や注文を耳にする機会が多くなりました。最近のさまざまな事件において、特にマスコミへの厳しい意見をよく聞きます。マスコミに多くの問題があるのは事実です。しかし、「マスコミ=センセーショナルな報道」という先入観にとらわれていては、問題の核心は見えてこないようにも思います。
 少年事件について言えば、かつての「貧困・欠乏型」から、どこにでもいる普通の少年のように見えていたのが突然、信じがたい凶行に走る「突発型」「自己確認型」などといわれる事件が目立つようになりました。不可解な動機、未知のリスクに対して、国民の側からの報道機関への注文・要請は高まるばかりです。被害者の立場からの報道を求める声も大きくなっています。その一方で、一部の週刊誌報道や、「2チャンネル」に象徴されるインターネットでのプライバシーの暴露も横行しています。
 情報とは「空気」のようなものだと言われています。どんなに閉じ込めようとしても漏れていくものです。特に高度情報化社会においては、不本意に歪んだ形となって漏れていくかもしれません。それでも、徹底的に漏れるのを塞いでいくと最後には中にいる人が窒息しかねません。
 正直に言って、自閉症や発達障害のことに国民の多くは関心を持っているとは思えません。それが、福祉制度の谷間に置き去りにされている現状を許している大きな原因だとも思えます。
 これからは関係者だけではなく、一般国民にも大いに関心を持ってもらい、必要な制度をつくり、予算も得なければなりません。そのために、どのようにマスコミと付き合い、マスコミを利用して、社会に自閉症・アスペルガー症候群を理解させることができるのかが問われているのではないでしようか。間違った報道や報道姿勢に対して抗議することは必要です。ただ、感情的になって的外れな抗議をすると、抗議した人はその時にすっきりするかもしれませんが、若い世代の本人たちにとってはどうなのでしょうか。長い目で見た時に何が必要なのか、今こそじっくり考えないといけないと私は思います。
 
(1)もし報道しなければ?
・事件に関わった一部の司法関係者や被害者側だけに情報がとどまる。
・リアルタイムに検証する機会の喪失。
・情報の潜在化、歪んだ障害者観の醸成が長期的にもたらすもの。
・社会化されない弊害
 
※「精神薄弱者は性欲の発動性にも乏しい場合が少なくないが、異性からも相手にされないために、たまたま人通りの少ない田舎道などで女性をみると、急に性的興奮にかられて強姦などの犯行におもむきやすい」(中田修「犯罪と精神医学」)
 
※知的障害者の犯罪被害
 
※「犯罪白書」に見る犯罪をおかした知的障害者。刑務所のリピーターの知られざる実情。福祉施設や福祉関係者の不作為がもたらしている現実。
 
(2)私的領域の報道と知る権利
・未知のリスクに関する社会からの要請
・「キレル子ども」「人を殺してみたかった」を社会はどう受け止めたか
・少年事件と報道
・高度情報化社会の中で報道機関が求められるもの
 
※幼児投げ落とし事件で、加害者の障害について触れなかったベタ記事は、欠陥商品? 障害について触れた記事には抗議が相次いだが、オンブズマンはどのように判断したか。
 
(3)報道機関への抗議
(抗議の内容)
・事実の誤り
・論調への反論
・プライバシーの侵害
・報道手法・報道方針に対する批判
 
(抗議の相手)
・取材した現場の記者
・デスク
・編集責任者
・オンブズマン(第三者機関)
 
(抗議の方法)
・口頭での注意、謝罪要求
・訂正・おわびの掲載
・反論掲載(読者の声)
・他の媒体での反論
・報道の検証と紙面での報告
・報道方針の転換と制度化
 
(4)各メディアの第三者機関や苦情受け付け組織
【新聞・通信】毎日新聞「開かれた新聞」委員会など中央紙・地方紙・通信社の30社以上が第三者機関を設置。
【放送】NHKと日本民間放送連盟が共同設置。
・放送と青少年に関する委員会
 電話03・5211・7511 fax03・5211・7512
・放送番組委員会
・放送と人権等権利に関する委員会機構(BRO)
 電話03・5212・7333 fax03・5212・7330
【出版】
・雑誌人権ボックス 日本雑誌協会が試行設置。当人または直接の利害関係人が訴えを出すことができ、各社編集部や責任者が対応。fax03・3291・1220
・出版ゾーニング委員会
【映画】映倫管理委員会
 
(5)メディアを利用する
・薬害エイズ報道で、新聞社に抗議に訪れた血友病患者の親たち
・10本のベタ記事
・メディアによる96年のキャンペーン〜川田龍平さんの登場
・社会面トップを空けて待つ整理記者
・障害者虐待事件
・児童虐待キャンペーンと児童虐待防止法−−ニューヨークタイムズはどう報じたか
 
(6)ジャーナリスト教育の可能性
・各国でのジャーナリスト教育はおおよそ三つに分けられる。
(1)大学でのジャーナリズム教育(2)ジャーナリスト専門学校(3)OJT(on the job training)
 欧米では大学や大学院でのジャーナリスト養成教育、ジャーナリスト・スクールが盛んに行なわれている。フランスではマスメディア企業の労使間で作る独立した機関がプレスカードを発給(3万4000人)。その15%がジャーナリスト・スクール出身。ル・モンド紙は4分の3がジャーナリスト・スクール出身。
 90年、EJTA(欧州ジャーナリズム・トレーニング協会)設立・・・24カ国55校が加盟。ジャーナリスト養成、研修、新しい教育プログラムの開発。ECの助成金や会費で運営が賄われている。
 ACEJMC(ジャーナリズム・マスコミ教育評価評議会)・・・米国でジャーナリズム教育のカリキュラムや教授法などのレベルを評価している。米国ではジャーナリスト・スクールを持つ大学・大学院は数百校に上る。
 
・日本ではもっぱらOJT。「担当署の副署長に仕事を教えてもらえ」などと言われてきた。警察と価値観の共有・依存体質が温存されてきた。
 入社時の短期間の研修→10年研修→副部長研修→部長研修。(留学制度)
※研修のカリキュラムに自閉症・発達障害の理解を促すような内容を取り入れさせる?
 
・日本での新しいジャーナリズム養成の可能性
 東京大学社会情報研究所での記者教育試行実験、
 早稲田大学専門職大学院(公共経営研究科)、ジャーナリスト教育・研究プロジェクト
 
<提言>
 日本自閉症協会の中に「メディア対策室」を設置する。マスコミの中で発達障害がどのように取り上げられているのかをチェックし、不適切な場合には協会から抗議(注意)を出す。必要な場合には法務局や日本弁護士連合会に人権侵害救済の申し立てを行う。
 なぜ、そのような取り上げられ方をするのか、それがどのような影響を与えているのかを研究する。また、海外の事例や制度について調査し、刑事裁判や少年審判における精神鑑定の実態、刑務所や少年院における発達障害者の実態や処遇状況についても調査し、マスコミや各関連機関に改善策を提言する。
 メディアだけでなく、学校教育や公的機関や企業の中で自閉症・発達障害の正しい理解を進めるためのマニュアルやカリキュラムの開発に努め、研修会や懇談会などを設けて普及させる。必要な制度改革のための提言やロビイ活動、新しい障害者観を普及させるキャンペーンなども行う。







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