日本財団 図書館


2004.03.27 福田年之
 
2004.03.27
マスコミと付き合うときの参考になれば―A社の場合
福田年之
(朝日新聞厚生文化事業団)
 
1)マスコミ事業団としての自閉症とのかかわり
 朝日新聞厚生文化事業団がどういう仕事をするところかということを簡単に一言で説明しますと、新聞社の中でその機能を生かしながら福祉の活動を行う部門。福祉の今日的、先進的なテーマを取り上げ、さまざまな分野でさまざまな事業を行うところです。その活動は1923年(大正12年)の関東大震災の救援に端を発しています。
《キャンプから学んだ》
 自閉症との直接的な接点のひとつは、創設50余年の歴史のある、子どもたちを主な対象としたキャンプ事業です。専門的に養成をした大学生のボランティアリーダーを中心に、自閉症・アスペルガー症候群の子どもたちのキャンプも長年続けています。組織的なキャンプとして自閉症やアスペルガー症候群の子どもたちを対象としたものは、いまだに全国的にも少なく、充実した内容とともに高い評価を受けてきました。
《TEACCHプログラム》
 きっかけはキャンプでした。親ごさんからの話はもちろんのこと、参加する子どもたちと共にするキャンプでの生活の中から、さまざまなことを学びました。またキャンプ以外の事業でも、助成金贈呈のための調査・取材ほかで、作業所や施設などの現場での自閉症の人たちのようすをたくさん見ることができました。そして出会ったのがTEACCHプログラムでした。
 事業として同プログラムの普及に本格的に乗り出したのは1985年。その実際を紹介するために現地でロケを行ったビデオの作製でした。以来、断続的に計6巻のビデオを製作。1987年には日本で初めての同プログラムのトレーニングセミナーを行い、その後も数々の講演会開催、研修留学生のノースカロライナ州への派遣、研修ツアー、ガイドブックの発行など、この事業を中心として自閉症との接点を継続して持ち続けています。
《講演会やカンファレンス》
 2002年度からは全国3ヶ所(大阪・名古屋・東京)で毎年、「高機能自閉症・アスペルガー症候群」の講演会を開催しています。正しい理解を広め、支援の方法について考えるというものです。各会場には毎回約300人〜400人の参加者が訪れ、このテーマへの関心が年々高まるのを身近なものとして感じています。
 同じく2002年度からは国内最大の自閉症会議ともいえる「自閉症カンファレンスNIPPON」を開催しています。海外から講師を招き、2日間にわたって開催されるこの会議には約1,200人が参加しています。国内各地の実践報告や海外の情報などから、親や教師、施設職員や専門家など、全国で自閉症の人たちにかかわっている関係者が、元気のもとをこの会議から得ています。
 
 ところが自閉症の人たちのための事業ばかりをしているわけではなく、高齢者や母子に関すること、あるいは障害者の自立運動の手伝いや精神障害の人たちの事業など、さまざまな事業を行っている関係から、福祉とは言ってもより広い範囲のスタンスを持ちます。また、新聞社に属する一組織という特異な立場、つまりマスコミのスタンスを持つという一面もあります。ですから、社会福祉全般、またマスコミの一組織という両方の視点から、社会における自閉症関連の問題を見ることができるポジションにあるわけです。
 両方の立場を少なからず知る立場として、マスコミとの付き合い方について少しでも整理、参考になればとの思いから以下にまとめてみます。
 
2)取材する側の立場とされる側の立場のギャップ(A新聞社の場合:私見)
 よく感じるのは、取材される側とする側の「思い」のギャップです。つまり取材される側が「新聞に載せて欲しい」と思っていることと、取材する側が「新聞に載せたい」と思っていることには、往々にして大きなずれがあるということです。
 平らかに言うと、自閉症の関係者は自閉症に関することは当然どれもが重要であると思っています。これは当然のことです。しかし取材する側はそうは思ってはいません。はっきり言って関心がないと言えるでしょう。仮に関心があるとしてもそれをどう切り、どう料理するかが取材する側にとっての勝負になります。
 極めて初歩的で、一般的な取材する側の思いを前提として知っておくことは大切です。
<取材する側の思い(一部)>
「報道したいもの」・・・新しい 知らない めずらしい 普遍化できる 行政を動かす・・・
「報道したくないもの」・・・当たり前 前にも載った 偏っている(と思われる)・・・
 
3)メディアとの付き合い方を考えておく
 ですから「これは新聞に載せて欲しい!」と思っても多くは取材する側の尺度で測られますから見向きもされないことが多くなります。また被害者・加害者を問わず、犯罪にかかわるものはより衝撃的であるものについては必然として扱いが大きくなります。
 ただし取材される側が「困ったな」と感じるものの多くは、ほとんど記事を書いた本人あるいはその組織の無知や無関心から来るものがほとんどです。
 その無知あるいは無関心に基づく「困った」報道に対してクレームをつけることは、とても大切なことです。ただし、あまりにも感情的になって抗議することは、将来的に「載せてもらえなくなる」可能性が大きくなることが考えられます。<取材する側の思い>の「報道したくないもの」のなかで、前にも載った(そして感情的に猛抗議を受けた)にこれがあたるからです。
 ですから個人的な意見として思うのは、「困った」報道は逆にチヤンス!です。そのまま黙って放置したり、頭からつぶしてしまわないで、賢くそれを利用し、次へとつなげていくきっかけにすることはできないでしょうか。
 
4)メディアの簡単な仕組みを知っておく(A新聞社の場合)
 新聞社はかつて「職種のデパート」と言われていました。新聞は本当にいろいろな人たち・部門によって分担してつくられ、読者の手元に届けられるわけです。この仕組みの基本を知っておくこともマスコミ(この場合新聞社)と付き合うときに的外れにならず、いい活動へとつなげていく一助になるかもしれません。
 1つの記事(原稿)が新聞に掲載されて読者に届くまでには多くの人の手を渡ります。ごくごく簡単にその流れを見てみます。
 まず記者が取材し、記事を書きます。その原稿を出稿責任者(おもにデスクと呼ばれる役職)がチェック、直接手を入れたり訂正の指示をして原稿が完成、掲載の判断をします。原稿は整理部という部署にまわり、見出しをつけられ、新聞紙面のどの位置にはめこむかを決められ、印刷にまわります。新聞社の建物の中(地下)には工場のように大きな輪転機(印刷機)があり、ここで新聞が印刷されます。そしてベルトコンベアーで仕分けられた新聞がトラックに乗り各地域の販売店へ届き、さらに各家庭へと配達されます。
<記事が新聞になって届くまで>
 編集(記者→デスク)⇒整理⇒(校閲)⇒印刷⇒発送⇒販売(店)
 
 ここで気がつくことは、記事を書く人、載せる判断をする人、見出しをつける人、載せる位置を決める人がそれぞれ違う人であるということです。
 『原稿を書いた人(記者)と見出しをつけた人(整理)は別の人』
 
 さらに記者が所属する編集局のなかも多くの部署に分かれて、ほぼ専門的にそれぞれの役割分担をしています。
 ・・・社会部・学芸部・生活部・政治部・経済部・科学部・外報部・運動部・・・
 ここで残念なことは、「福祉部」や「障害児(者)部」ましてや「発達障害(自閉症)部」といった部署として専門的に福祉の問題を扱うところが存在しないことです。ですからこの分野の専門の記者は養成されませんし、現実的に見ても福祉に理解のある記者はごく少数と言わざるをえません。
 
5)もしクレームするなら
 ですから以上のように、自閉症やアスペルガー症候群、発達障害などの専門性をすべての記者に最初から求めるのは不可能なのです。
 また、記事と見出しは違う人がつくっているというふうに極めて分業された動きをしている巨大な組織に、例えばクレームを入れるにしてもできるだけ効果的な方法をとらなければ、また同じことの繰り返しになります。・・・直接記者に行かないことです。
<クレームの心得>(A新聞社の場合)
i)正規のルート・・・「読者広報(応答)室」へ電話・手紙・はがきなどで
ii)クレームは慎重に・・・誤報 差別的 プライバシーの侵害 などにあたるか検討
iii)でもするなら即時・できるだけ冷静に・論理的に
iv)決して罵倒しない。そして脅さない・・・「怖い存在」はかえってマイナス
v)より多くの声、が効果的・・・読者あっての新聞社
vi)書面の場合、できれば匿名ではなく、本名で、返事(返答)の要求をそえる
 ・・・「お返事をお待ちしております」。
vii)抗議だけではなくより前向きで建設的な意見をセットに
 ・・・「だからこうして欲しい」「これを縁に自閉症の正しい理解を広めるきっかけに。ついては・・・」
 
 A社のような「読者広報室」に類する部署は、どの新聞社やテレビ局にもあります。テレビ局の仕組みは新聞社と大きく違うと思われますが、決して記者やディレククーなどに直接クレームを持ち込むのではなく、組織的に対応してもらうことについては変わりありません。
6)普段からメディアに付き合いをもつ
 繰り返しますが取材に来て、最初から全てを理解している記者はごく少数です。取材される側として大事なことは、まず彼らを育てる役割があることに気がつくことです。一度接触した記者がいれば、いやがられない程度にできるだけコンククトを取り続けることができれば、その人は近い将来、頼れる助っ人の1人になるかもしれません。
 また機会があるごとに催しの案内などを持って総(支)局を直接訪ねられることをおすすめします。そこで総(支)局長やデスクといった編集責任者と顔なじみになれればしめたもの。もともと読者からのニュースを吸い上げる目的で、こうした総(支)局は地域に対して開かれた存在であることを心がけているはずです。一度訪ねてみてはいかがでしょう。
 
7)ほめあげ、おだてあげる
 親の会や関係者が、マスコミにとって「怖い存在」になってはマイナスであることは触れました。だからこそ普段からいい付き合いができていれば、マスコミへの啓蒙・教育にもなり「困った」報道も少しずつ減るでしょう。
 また読者あっての新聞社であるのだから、できるだけ多くの声を殺到させることが効果的とクレームの心得の中であげました。
 ですから「よい」報道に対しても同様に、記事が出たら大量のはがき、手紙、メールなどを送ることをおすすめします。「すばらしい」「今まで、これを待っていました」と。
 もしかするとその続編や違った報道の機会が増えるかもしれません。あるいは頼れる専門記者が生まれるきっかけになるかもしれません。
 
8)提言・・・日本自閉症協会に
 i)これまでの日本自閉症協会の組織的な動きを振り返って見て、まず思うことは専門家集団の再編が必要でしょう。具体的に言えば、本人や親の利益のために動くことについて何らいとわない、真の協力者としての専門家の招集が急務です。海外の協会の参考例から学ぶことです。
 ii)マスコミ、メディアに対して即時対応できる「メディア対策室」といった組織(東京会場シンポジスト野沢和弘さん提言より)を協会内に設置し、専門家だけで独占するのではなく、さまざまな分野からの人材をもって、普段からメディアに対する情報提供を積極的に行い、必要なときに総合的かつ迅速に対応できるように準備しておくことです。
 iii)今回の事件のように何らかのことが起こったときに、例えばマスコミに対していち早く自ら対応し、同時に他でもない本人や親に対してこそ「大丈夫だよ、心配しないで」とすぐさま肉声で語りかけてくれるような人が協会の代表・責任者としてあることです。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION