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日本財団助成事業
 
平成15年度シンポジウム
 
自閉症・アスペルガー症候群の理解のために
主催:社団法人 日本自閉症協会
後援:厚生労働省・文部科学省・東京都・
弁護士法人法律事務所 リエゾン
東京都自閉症・発達障害支援センター
 
 
2004年3月7日(日)
 
法政大学ボアソナード・タワー 26F スカイホール
 
2004.03.07 シンポジウム東京 杉山登志郎
 
自閉症・アスペルガー症侯群の理解のために
あいち小児保健医療総合センター 杉山登志郎
 
1. 軽度発達障害とは
1)知的障害を持たない発達障害の総称
メンタルヘルスと発達障害・・・
虐待児の51%に何らかの発達障害
不登校の32%に何らかの発達障害
2)軽度発達障害に属する障害
A. 注意欠陥多動性障害(Attention Deficit Hyperactive Disorder)
多動、不注意、衝動性
B. 学習障害
知的能力と学力との間に大きな差がある児童の総称・・純粋型は多くない
C. 高機能広汎性発達障害
知的障害を持たない自閉症スペクトラム
現在、教育・福祉・司法の現場で問題が認識されている
 
2. 自閉症および高機能広汎性発達障害の問題
1)自閉症とは・・社会性、コミュニケーション、こだわりの行動をもつ児童の総称
なぜこのグループヘの対応が難しいのか:通常の子どもへの常識が通用しない
広汎性発達障害とは:自閉症ファミリーの総称 1.7%という罹病率
自閉症はわが国の福祉、教育では存在しない
2)自閉症の病理・・独自の発達の筋道を持っている
3)高機能問題・・・多い!
学校現場での混乱
就労を巡る問題
その他
 
3. 問題解決のために必要なこと
1)自閉症を公的に認知する
療育手帳、特別支援教育、障害者雇用
2)社会的インフラ
専門家の圧倒的不足・・わが国は先進国で唯一児童精神医学の独立講座がない
特殊教育自体の軽視、特殊教育における自閉症の軽視
わが国は自閉症の社会的対応に30年遅れてしまった
 
2004.03.07 シンポジウム東京 内山登紀夫
 
自閉症・アスペルガーの人(子ども)たちの生活のしづらさと彼らへの具体的な支援策―それぞれの立場からの提案―
内山登紀夫
 
1. 日本におけるアスペルガー症候群の歴史
 1943年、レオ・カナーによる自閉症、そして翌年ハンス・アスペルガーによる「アスペルガー症候群」の報告が相次いでなされてから60年の年月が経過しました。ここで日本のおける「アスペルガー症候群」の歴史について簡単に振り返っておきたいと思います。 日本においてアスペルガー症候群の「用語あるいは概念」は数奇で不幸な歴史をたどってきました。日本では1960年代に小児科医の平井によりアスペルガーの業績が紹介されました。平井はドイツ語圏外で最初にアスペルガーの論文に注目をした研究者の一人でしたが、治療技法として「受容」を強調したことが、後に支持者を失うことになりました。1970年代にマイケル・ラターらの提唱する自閉症認知障害説が有力になりました。つまり自閉症の原因が中枢神経系の機能的・器質的障害であるという見方が定着し始め、「受容」的な遊戯療法の限界が明らかになるにつれて平井の立場は少数派となり、平井の提唱するアスペルガー症候群概念は日本では大方の支持を受けずに忘れ去られていったのです。結局、日本においても、アメリカにおいてもイギリス学派の影響力が支配的になり、自閉症といえばカナーの自閉症を指すようになり、英語圏においても日本においてもアスペルガーの名前は忘れ去られたかのようにみえたのです。ここでカナーの自閉症というのは、比較的重度の、つまり言葉がなかったり、言葉があってもオウム返し中心でうまくコミュニケーションできないような自閉症という意味です。
 英語圏において今日のようにアスペルガー症候群が注目される契機となったのは1981年のローナ・ウイングの論文によります。ウイングの論文によりアスペルガーの業績が英語圏でも注目されるようになり、英語圏の影響の強い日本でもアスペルガー症候群が再注目されることになったのです。私は1997年から98年にかけてウイングのもとでアスペルガー症候群を始めとする自閉症スペクトラムの診断・援助について学び、日本においてもアスペルガー症候群の診断と援助に微力を傾けようとして帰国しました。当時、といってもわずかに6年前ですが、日本においてはアスペルガー症候群の概念自体が浸透しておらずアスペルガー症候群概念を臨床に採用する専門家はごく少数でした。まして、一般にはほとんど知られていなかった障害でした。しかし、突如として全く予期せぬかたちでアスペルガー症候群はメディアに大々的に登場することになったのです。発端は愛知の豊川事件でした。さらに2003年7月に長崎で発生した男児誘拐殺人事件の容疑者として補導された当時12歳の少年は精神鑑定の結果アスペルガー症候群と診断されたことは記憶に新しいところです。
 ほんの数年前までは精神科医や小児科医の間でもほとんど認知されていなかったアスペルガー症候群が犯罪加害者と関連のある障害として一般に認知されてしまうという異様な事態が生じたわけです。しかし、アスペルガー症候群が犯罪をおこしやすいというデータはありません。アスペルガー症候群の子どもや成人と日常接している臨床医としての経験からは、アスペルガー症候群の人々の大多数が犯罪加害者とは無縁であると感じています。
 
2. 日本の特殊事情と偏見
 いかに日本でアスペルガー症候群が犯罪と関連して報道されているか、朝日新聞のデータベースを調べてみました。「アスペルガー症候群」をキーワードに検索すると98件の記事が見つかりました。最初に出現するのは98年で2件。集中して報道される時期が二回あり2000年の12月から翌3年にかけて13件です。これはいうまでもなく豊川事件関連の報道です。次が2003年の7月から9月にかけて9件でした。毎日新聞のデータベースでは48件見つかりましたが豊川事件関連が8件、長崎事件関連が11件であった。実にアスペルガー症候群に関する報道の朝日新聞では約4分の一が、毎日新聞では約40パーセントが事件と関連して報道されたのです。外国のメディアはどうでしょう。インデペンデントというイギリスの新聞があります。1999年から現在までのデータベースを検索しました。39件のアスペルガー症候群関連の記事がみつかりました。犯罪加害者としての報道は3件でした。他に犯罪に関係している報道としては濡れ衣を着せられかけたアスペルガー症候群の人の例やハッカーの容疑で裁判になったが無実であったアスペルガー症候群の報道もありました。インデペンデントの他の報道としては「イエーツはアスペルガー症候群であったか?」、「アインシュタインとニュートンはアスペルガー症候群であったか?」とか「アスペルガー症候群の少年を主人公にした小説が文学賞を取った話題」など多彩です。
 では一方専門家の間ではどうでしょう。米国の国立医学図書館のデータベースでアスペルガー症候群をキーワードに検索すると254件の論文が見つかりました。そのうち犯罪に関連した論文はわずかに4件で、うち一件はアスペルガー症候群の子どもが虐めや犯罪の被害者になることに関する研究でした。
 このようにみていくと日本独特の事情により一般の人々はアスペルガー症候群と犯罪を強い関連のあるものとして考えてしまっているのではないかと思いました。
 さらに昨今ではネットなどで無責任な風説が流布しています。私が一番驚愕したのは「アスペルガー症候群は適切な療育をしないと犯罪者になる確率が極めて高い」といった断定的な発言をまことしやかにする人々がいたことでした。少し考えてみればわかるように、このようなことを主張するためには、適切な療育をしたアスペルガー症候群の犯罪率、適切な療育をしなかったアスペルガー症候群の犯罪率のデータが最低必要です。現時点ではアスペルガー症候群の何パーセントが犯罪を犯すといったデータは皆無ですし、そもそもアスペルガー症候群の人が何人いるかも、まだ良くわかっていません。また適切な療育はなにか、不適切な療育はなにかといったことも簡単には決められないことです。いったい幼児期や児童期に療育をした人を何歳までフォローすれば犯罪率がわかるのでしょうか?アスペルガー症候群は最近10年くらいでやっと知られてきた障害であることを思い起こしてもらえば、「アスペルガー症候群は適切な療育をしないと犯罪者になる」などという根拠があるわけがないのです。
 このように日本ではアスペルガー症候群が犯罪者予備群のような誤った認知のされかたを少なくとも一部の人々はしているわけですが、アスペルガー症候群の人の中にはその特異な才能を生かして人類に多大な貢献をしている学者や芸術家も少なくありません。アスペルガー症候群の優れた研究者・臨床家であるギルバーグによると、アスペルガー症候群が疑われる天才として、ヴィットゲンシュタイン、アインシュタイン、エリック・サティ、カンディンスキーなどの名があげられています。ウイングも、何か傑出したことを成す人の多くがアスペルガー症候群の特性をもっているといっています。
 
3. アスペルガー症候群の理解を
 むろんアスペルガー症候群の人々の大多数は犯罪者でもなければ天才でもありません。しかし彼らの多くは反社会性とは無縁で、むしろ頑ななまでに規則を守る人々です。また被害者か加害者という視点からみれば考え方やものの見方・感じ方が多数派の人々とは少し異なっていることがあり、いじめや無理解にさらされやすく被害者になることが圧倒的に多いように思えます。アスペルガー症候群とはどういう障害であるのかについてのほんの少しの理解があれば、当事者も周囲もより充実した生活を享受できるのではないでしようか。そのためには教育や福祉、医療の専門家と一般の人々への啓発が望まれます。
 
4. いくつかの提言
一般の人への啓発
 アスペルガー症候群とはどういう障害かを、できるだけ多くの人に知ってもらうことが大切です。そうすればいわれのない偏見が減っていくでしょう。日本では事件があったときの「解説」で知った人が多いと思われます。事件があったときだけではなく、普段からの啓発が必要でしょう。そのためには映画やテレビ、新聞などのメディアと協力することが考えられます。
 
専門家への啓発
 アスペルガー症候群はまだ医師や保健士、心理職、教師などの専門家の理解も不足しているのではないかと思います。専門家向けの啓発活動に力を入れることを考えたいです。医学教育のなかで自閉症やアスペルガー症候群の講義は一時間あれば良い方です。ほとんどの医学生が自閉症にもアスペルガー症候群にも出会わないうちに医者になります。私自身もそうでした。保健師も同様でしょう。教師も同様だと思います。しかし数年医者や教師をすれば必ずといっていいほど自閉症やアスペルガー症候群の子どもに出会うと思います。まれな障害ではないのですから、教職課程や医学部などのカリキュラムに入れてもらいたいです。また日本の臨床心理士教育では発達障害の教育がとても軽視されています。臨床心理士の多くはスクールカウンセラーとして活躍するのですから、もっと発達障害の勉強ができるような養成カリキュラムが必要でしょう。
 
地域で支えるシステムを
 私は民間のクリニックで仕事をしていますが、クリニックの外来での診療だけではどうしても十分な援助ができない人もいます。精神障害の人のためのシステムと比べてもアスペルガー症候群の人への支援システムは貧困です。成人の場合は当面精神障害の支援システムのなかに入れ込めるような方法を考えても良いと思います。子どもの場合は教育が中心になって教育相談所、児童相談所などが連携をくめないでしょうか。クリニックにこれない人のことがとても気になります。
 
アスペルガー症候群と自閉症を一緒にして考える
 アスペルガー症候群と自閉症が同じなのか違うのかは専門家によって意見が違いますが、「違う」という意見の人でも、「近い」という点では一致してます。またアスペルガー症候群と診断すべきか自閉症と診断すべきか迷う人も大勢います。支援のあり方は共通しています。また自閉症は0.2から0.6パーセント、アスペルガー症候群はそれよりも多いと言われています。合わせれば1パーセント近くの人が自閉症スペクトラムです。一緒に行動したほうがメリットが大きいと思います。







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