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はしがき
 我国の経済の状況、少子高齢化の進展等の影響により我が国の地域社会は疲弊し、とりわけ地方においては、過疎化の進行等により、地域の中での結びつきが徐々に失われ、地域の主体性や住民の共通意識が薄れてきており、地域社会が崩壊の危機に直面しているところも少なくない。
 このような中で、近年、地域の祭礼、伝統行事、文化財、伝統工芸の保存・継承等の「文化」に着目をして地域再生に取り組み、一定の成果をあげている地域もみられる。地域のお祭りや伝統行事などは、行政だけではなく、町内会、自治会、消防団、学校、最近ではNPOといった団体の参加、協力があって実施可能なものであり、希薄であった地域住民の結びつきを再び強め、また、他地域との交流も生じることとなり、地域の活性化に寄与するものである。
 このように、市場経済に軸足を置いた効率性重視の観点とは異なった、新たな視点に立って地域の再生を図るアプローチが注目を浴びていることから、当センターでは、「文化」を基調とした地域再生の手法等についての研究会を設置したところである。
 この報告書は、その結果をとりまとめたものであり、本報告書が、地方公共団体における文化・地域振興行政の一助となれば幸いである。
 この調査研究を行うに当たり、御多忙のところ快く委員を引き受けていただいた各位、そして種々の御協力をいただいた総務省をはじめ関係地方公共団体の各位に対し、心から御礼を申し上げる次第である。
 なお、本調査研究は、競艇の交付金による日本財団の助成を受けて実施したものであり、ここに深く謝意を表する次第である。
 
 平成16年3月
財団法人 自治総合センター
理事長 松本英昭
 
文化を基調とした地域再生に関する研究会委員名簿
(敬称略)
 
山折 哲雄(座長) 国際日本文化研究センター所長
 
猪又 宏治 国立能楽堂企画制作課係長
 
梅原 賢一郎 滋賀県立大学人間文化学部助教授
 
鎌田 東二 京都造形芸術大学芸術学部教授
 
小島 美子 国立歴史民俗博物館名誉教授
 
下重 暁子 作家
 
法橋 誠 鳥取県企画部文化観光局長
 
山本 正実 小鹿野町教育委員会社会教育課専門調査員
 
文化を基調とした地域再生に関する中間報告
(文化を基調とした地域再生に関する研究会)
1 はじめに
 近年の我が国においては、景気の低迷や、過疎化の進行等により地域社会が崩壊の危機に直面している地域があるなか、地域によっては特色ある伝統文化の保全・継承等により地域の活性化を図っている事例がある。当研究会では、具体的な事例等も踏まえ「文化」を基調とした地域再生の手法について調査・研究を行うこととした。
 ここで取り上げる文化は、地域の祭礼、伝統行事、文化財、伝統工芸等であり、地域において伝統的に伝え継がれてきたものであり、そういった伝統文化を保存・継承していく観点から地域づくりに取り組んでいく方策を導き出すことを目的とした。具体的には、平成11年度から実施されてきた地域伝統芸術等保存事業について、これまでの実績と今後に向けた考え方を整理するとともに、地方公共団体における地域伝統芸能等の保存・継承、振興の取組み事例について調査・研究を行い、これらの調査結果をもとに、文化を基調とした地域再生手法の推奨事例の選定や今後の取組みに関する提案を行うこととしている。
 今年度はまず、地域伝統芸能等の保存・継承及びこれらを活用した地域振興の取組みについて委員による意見交換を行った。また、地方公共団体において地域伝統芸術等保存事業の対象としている事例や、地域において伝統芸能を活用した取組みを行っている事例の中から、委員による実地調査を実施した。今年度、調査研究についての意見交換を行った事項や、現時点での課題、問題点等を整理すると以下のとおりである。今後さらに検討を加え、課題解決に向けた検討を行うこととなる。
 
2 地域伝統芸術等保存事業の実施状況と今後の考え方
 平成11年3月、梅原猛(国際日本文化研究センター顧問)氏を会長とした「歴史的遺産・伝統文化(伝説・神話等)の活用による地域おこし懇談会」により、「地域文化財保存・歴史的遺産活用による地域おこしのためのプログラム」が取りまとめられた。このプログラムに基づいて、平成11年度から地域伝統芸術等保存事業が行われることとなった。
 この地域伝統芸術等保存事業は地域伝統芸能等の保存、活用を通じて地域おこしの取組みを、全国レベル・都道府県レベル・市町村レベルにおいて、それぞれ取り組んでいこうというものである。全国レベルとしては「地域伝統芸能まつり」の開催、都道府県レベルとして都道府県イベントを支援する事業、市町村レベルとして伝統芸能等の映像記録保存に助成する事業で構成されている。この3つの事業が一体となって、地域伝統芸術等の保存を通じた地域おこし事業を進めている。この地域伝統芸術等保存事業を開始して、5年が経過しており、これまでの実施状況と今後に向けた考え方を整理するため意見交換を行った。
 地域伝統芸術等保存事業は、各事業とも地方公共団体における地域伝統芸能の保存・継承、地域住民の新しいふるさとづくりへの取組みや、地方公共団体の文化環境づくりの向上に大きく寄与している。これまでの実績を踏まえ、今後さらに充実したものにするために、さらなる検討をする必要がある。ひとつには、本事業について、地方公共団体での取組みに差異が見られるので、各地方公共団体への周知をさらに進める。国レベル、都道府県レベル、市町村レベルでの取組みの結びつきを強めるとともに、外部に情報を発信していき、地域伝統芸能の保存・活用、それによる地域おこしを広く全国の住民が関心を寄せるようにする。そのためには、例えば、都道府県イベント等地方単位の芸能大会の中で非常に優秀なものを都道府県が推薦し、地域伝統芸能まつりの演目候補として取り上げるようにすること等も考えられる。
 また、市町村レベルにおける映像記録保存事業についても、約5年が経過し、地域伝統芸能等の貴重なデータベースになりつつある。しかしながら、今後は保存しているデータをさらに活用していくため、例えばインターネットによる配信や、DVD方式で保存するなど、今まで以上に外部に発信することができるよう環境を整えていく。
 
3 地方公共団体における地域伝統芸能等の保存・継承、振興等の諸要素
 総務省は、様々な形で地方公共団体における地域づくり、地域振興を支援しているが、核となるテーマの一つとして「文化」があり、伝統文化の保存・継承の支援を通じて、地域を一つに結びつける施策についても積極的な支援が必要である。
 また、平成13年12月に文化芸術振興基本法(以下「基本法」という)が制定され、国・地方公共団体が一体となって文化振興に取り組んでいく体制が整備された。基本法制定以前から独自に条例を定め、先進的な取組みを行っている地方公共団体もあるが、この基本法を受けてさらに文化振興に取り組んでいこうという機運が盛り上がっている地方公共団体も各地にあり、多くの地方公共団体における同様の動きが期待される。
 かつて地域伝統芸術文化を豊富に保有していた多くの地域において、過疎化や高齢化等の要因から、後継者や指導者の不足、実演などを支える地域コミュニティの弱体化、価値観の変化や多様化による伝統的なものへの関心の低下など、伝統文化の保存・継承は多くの課題を抱えている。また、地方公共団体は厳しい財政事情にあり、多額の財政負担をすることは困難である。こうした状況の中で、地方公共団体の中には、伝統芸術文化等の保存を通じ、地域おこしに積極的に取り組んでいる団体もあり、他の地方公共団体の参考になるものと考える。このため当研究会においては実地調査を行い、その内容を紹介することとした。
 実地調査を実施した地方公共団体が伝統芸能の保存・継承を地域振興につなげる手法はそれぞれ異なるが、共通する特徴としては、地方公共団体の企画力やイベントを実施する運営力等が優れていたこと、実施する様々な催しに対して、必ず「楽しさ」という要素を取り入れ、取組みが持続可能となる工夫をしていたことである。また、地方公共団体のみの取組みだけではなく、商工会、青年団などの地域の民間団体や多くのボランティアの参加や協力も大きいことなどがあった。
 さらには、「YOSAKOIソーラン祭」などの今までの伝統芸能や祭りに新しい感覚を取り入れ成功を収めている事例があり、これらも参考としていく必要がある。







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