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2-3 競争を促すための情報流の欠如
 前節では、介護保険の情報流を確認した。介護保険制度では、(1)要介護者、(2)自治体、(3)介護サービス提供事業所の三つの主体による情報共有と緊密な連携を必要としており、その成否が介護サービスの質に大きく関わってくる。そしてその三つの主体の中間に位置し、要介護者が最善の介護サービスを受けられるように調整を行うのがケアマネージャである(図表2-2)。介護保険制度自体は比較的ITによる情報流の整備が進んでいるということであったが、実際に調査をしてみると、実際はサービスの充実を損ねる深刻な情報流の欠如が生じていた。
 
図表2-2 介護保険における情報流
 
 (1)サービス業者選択のための情報不足:介護サービスの提供に当たって社会保険方式が採用されたのは、医療保険と医療サービスの関係と同様に公または民に関わらず一定の基準を満たす事業者であれば保険給付の対象になることから、サービス提供者間の競争により介護サービス事業の活性化やサービスの量的拡大、さらには質の向上が期待されたからである。すなわち、サービス提供者として民間業者を始めとする多様な事業主体の参入を容易にすることが、その鍵を握ると考えられたのである。しかしながら、当該ケアマネージャがどの分野に強みを持つのかなどの特性も分からず、事業者の第三者評価が実施されていない(若しくは、行政の窓口でしか閲覧できず、手軽に利用できない)ような状況で、介護サービスの利用者が「よりよい選択」を行うこと、そしてその結果競争が促されるような状況を期待するのは非常に困難である。
 もちろん、各市町村も上述のような情報の必要性とそれを利用者に伝達する重要性は熟知している。そこで、見やすく分かりやすいように工夫したパンフレットを独自に作成して、介護提供事業者の情報をサービスの利用者に提供しているところが多い。その中には、サービスの特徴をアピールする欄も設けられているが、事業所の得意とするサービスや専門性などには触れず、ただ「住み慣れた地域で安心して暮せるように、私たちがお手伝いさせていただきます」といったスローガンのような文章が並んでいる。ホームページでの検索も可能である場合が多いが、一律に配布された標準フォーマットで簡単な情報のみ開示しているケースが多く、利用状況(施設の空き状態)などは全く更新されていないものが多い。これでは、「情報開示」とはいえない。結局、家族の病気などによって緊急に施設利用が必要な場合など、手当たり次第に介護サービス提供事業者に電話をしてサービスが利用可能か確認する必要がでてくる。こうした事態を見越して、要介護者がケアプラン作成時のケアマネージャを選定する際に、施設を持つ介護サービス提供事業者に派遣を要請する傾向も強くみられる8。様々なサービスを受けるための情報流が欠如しているために、介護サービス利用者にとってそのほうが安心かつ安全なのである。これでは、訪問介護や居宅介護支援といった、単独のサービスを行う小規模な事業所が収益をあげることは困難であり、結果として、「競争が促進されにくい=利用者の満足度向上が見込めない」状況が生じてしまう9(図表2-3)。
 
図表2-3 介護事業者の経営状況
  補助金あり 補助金なし
収支(千円) 収益率 収支(千円) 収益率
特別養護老人ホーム -1,157 -5.6% 744 3.3%
老人保健施設 1,081 3.1% N.A. N.A.
療養型病床群を有する病院 6,246 7.9% N.A. N.A.
訪問介護 -99 -3.7% -4 -0.1%
訪問入浴 59 6.0% 108 10.4%
訪問看護ステーション 34 2.0% N.A. N.A.
通所介護 537 13.8% 675 16.7%
通所リハビリ 686 15.9% N.A. N.A.
短期入所生活介護 301 9.8% 357 11.5%
痴呆対応型共同生活介護 292 10.1% 309 10.7%
有料老人ホーム 1869 4.4% N.A. N.A.
居宅介護支援 -106 -16.1% -82 -12.0%
出典:厚生労働省保険局 『介護事業経営概況調査結果(2001年9月実施)』
 
(2)積極的な生活支援の欠如
 自治体が持つ住民の個人情報を活用すれば、現在は享受していないけれども享受できる可能性があるサービスを探し出し、住民に通知することもできる。さらに、現在民間の業者が用いているような、インターネットを経由したIDとパスワードによるログインの手法を用いることによって、住民自身が自分のサービス受給のページを確認し、どのような付加的条件があれば目的のサービスを受けられるかを自分で確認することも可能である。しかしながら、「ホームページや広報で十分に情報提供を行っているし、『福祉は申請主義の原則』に反するようなことはできない」という立場がまだ堅持されている。
 
 ケアマネージャに要求されるのは主として次の四点である。
(1)介護サービス計画をたてるために、要介護者の状況(残存能力、必要なサービス、家族の状況も含めた生活を取り巻いている環境)を鑑みて、介護サービスによって解決可能な課題を把握する。
(2)把握した課題をもとに、必要なサービス業者を選定し介護サービスの原案を作成する。そして、要介護者本人や家族、サービス提供事業者、必要であれば医師や看護婦などを交えて、サービス担当者会議(ケアカンファレンス)を開催し、その結果を踏まえて介護サービス計画を決定する。
(3)介護サービス計画に基づいてサービスが実施されるように、介護サービス提供事業者と要介護者の仲介と調整を行う。
(4)要介護者に適切なサービスが提供されているかについて常にモニタリングを行い、介護サービス計画の再評価をし、必要に応じて変更を行う。
 
 そして、この四点を貫いているのは、要介護者のニーズと介護保険サービスの社会的資源を調整し、上手く結びつけることの重要性である。そして、単に介護保険の給付サービスだけではなく、必要に応じて他の社会資源を活用することが求められるが、ケアマネージャがそうした役割を果たすためには、社会資源に関するさまざまな情報が一元的に管理される体制が整っていること、さらに、必要な時に必要なだけ情報が確実に入手できる情報流の構築がなされていることが条件になる。ところが、そうした利便性の高い情報システムを、個々のケアマネージャが構築できるわけではない。通常、保険者である市町村がその構築に責任を負うべきである。だが、次で述べるように、市町村もジレンマを抱えている。
 
 上述したような、情報流の欠如が介護サービスの競争を阻害している状況は、地方自治体も承知している。実際、市町村の介護保険担当者の方たちが抱える共通の悩みは「利用者にとってもっといろいろな情報が必要なのは分かっている」し、「介護サービスを提供してくれる新規事業所の参入を促したいし、特に施設よりも居宅支援事業を充実させたい」が、「公的機関として情報開示にどの程度まで関わってよいのか、関われるのか」というものである10。非営利団体としてNPO(Non Profit Organization: 非営利組織)が様々な分野で活躍する現在、多くのNPOが介護サービス提供も行いつつある。そうした非営利団体や小規模事業体がサービスを継続して行えるような環境を整備するためには、何らかの行政支援が必要であることは自明である。ただし、「サービスの対価として支払いを得る以上、最低限の情報(例えば、住民に配布される介護保険事業者のガイドブックなど)以外は自らの自助努力で情報を入手し、利用者にとって必要な情報を届けるべき(情報流を整備すべき)ではないか」という疑問を抱えているのである。また、地域のケアを担うさまざまな団体と連絡網を敷いて連携を行っていくことは非常に重要であるという認識を持ちながらも、そのネットワークの形成(=情報流の構築)に関与すべき度合いを測りかねている。
 
 以上、本章で指摘した問題点をなくしていくためには、行政サービスに関わる複数の情報流の整備が欠かせない。そして、その情報流を流れるのは、住民の個人情報である。言い換えれば、情報の一元管理と情報流の構築、そしてその安全性の確保はこれからの住民サービス充実、ひいては住民満足度を向上させるために必須である。次章では、IT先進国でもあり、福祉大国としても知られているスウェーデンの介護制度における情報流を見ていく。
 

8 これは、介護保険利用者のヒアリング調査の際に確認された傾向であるが、これも今後のケアプラン・アセスメントの際に、是非統計的に調査したい項目である。
9 厚労省が2002年4月に出した「介護事業経営概況調査」(2001年度9月の収支)では、特別養護老人ホームなどは収益率が高く、小規模事業所などが多い訪問介護や居宅介護支援事業などは赤字傾向という結果が出ている。
10 予算制約を考えると、居宅支援を充実させて施設を増やさないという判断が望ましいことは、周知の事実である。しかしながら、現在いろいろな地域で行なわれているアンケート調査結果を参照しても、同居家族は介護負担の重さから、施設サービスを嗜好する傾向がある。また、小規模自治体では介護サービスを需要するマーケットが小さいために、民間の事業所がないところもある(国武、2002)。







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