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東京財団研究報告書2004-6 日本の近未来ビジョンと初等教育改革

 事業名 相互交流による国際ネットワークの形成及び政策課題研究等
 団体名 東京財団政策研究所 注目度注目度5


2. 仮説としての日本社会のビジョン
 教育の世界において、めざすべき社会ビジョン(=戦略)を忘れた学力論議(=戦術)が横行する現状を克服していくために、ここでは仮説としての日本社会の未来ビジョンを考察する。
 過去数年、わが国では、「失われた10年」という議論が横行した。バブル崩壊以降、巧みに経済政策を実行していれば、これほど長い期間にわたって、日本経済がダメージを受けることはなかったろうという議論である。しかし、これは、所詮、大量生産・大量消費・大量廃棄の既存パラダイムを前提にした話である。
 むしろ、本質的な意味で失われたと考えるべきなのは、既存システムが機能不全化した後、新しいパラダイムにもとづく経済社会のビジョンを掲げ、国民の意識を収斂させる取り組みをなおざりにしてきたことであろう。
 振り返って見ると、わが国は、明治維新以来、欧米先進国に追いつけ追い越せということを国民的な目標として今日までやってきた。その取り組みは、第二次大戦でいったん途切れ、戦後、ゼロからの取り組みの中で再び復活した。その目標は、先進国並みの物的豊かさ(フローのレベル)の実現というレベルでは、70年代初頭1人当たりGDP1万ドルという形で達成された。
 しかし、二度にわたる石油ショック、ニクソンショック等の到来に伴う危機を回避するために、再び、キャッチアップ型の取り組みが強化された。それは、円が大幅に切り上げられたプラザ合意後の円高不況で頂点に達し、やがてバブル経済をもたらすことになる。
 1996年には、1人当たりGDPが4万ドルと世界一になり、物的な豊かさを求める取り組みは完璧に達成された。しかし、世界の先頭ランナーになりながら、いつまでも2番手の行動を続けてきたために、わが国はいまだに世界から尊敬されない不幸な状態にある。先頭ランナーに相応しい自前の哲学と見識をもって、世界に対峙していくことがいま求められている。そのための海図と羅針盤の役割を果たすのが、社会ビジョンなのである。
 
 新しいパラダイムにもとづき、未来の仮説(=新しい社会ビジョン)を考えるための前提条件は、次の五つであろう。
 
(1)不条理性の排除
 これは、「歴史の進歩とは何か」と問うた哲学者市井三郎の基本コンセプトである。飢えや病いなど自らの責任でないことに対して罪を問われることのない社会を創ろうという考え方である。アフガンやイラクの子供が飢えたり、病に倒れたり、死に至ったりしていることに象徴されるように、いま、世界は不条理な出来事で満ちあふれている。
 しかし、人類が宗教や価値観の違いを超え直ちに合意できる唯一のテーマは、この不条理の排除である。そのようなモデル社会をいちはやく日本が実現し、世界に広げていく努力が求められている。
 
(2)持続可能性の担保
 これは、地球環境が将来の市民にとって望ましいもので在りつづけるように努力するエコロジーの視点だけでなく、膨大な国の借金が後の世代を圧迫しないようにする取り組みも包含する広い概念である。
 
(3)多様性の増進
 キャッチアッププロセスで効果を発揮した集団主義による同質的な取り組みは、本格的な知本主義の世界ではむしろ大いなる制約条件となる。多様な生き方やライフスタイルが充満している社会において、初めて多様な商品・サービスの供給も現実のものになる。同質性からの脱皮は、この国にとってもっとも重たい課題かもしれない。
 
(4)創造性の発揮
 ノーベル化学賞を受賞した白川博士が指摘したように、決して、日本人に創造性が欠けている訳ではない。問題は、突出した個性をもっている人々を押さえつけてきた利権共同体の悪しき論理である。はじめに組織ありきではなく、個性溢れた個人ありきの市民社会の建設が求められている。
 
(5)自立・分散・協調の推進
 これは、インターネット革命がさらに進展する21世紀の基本技術思想といってよい。中央集権型システムに過剰適応してきた日本を脱構築するために必要不可欠な取り組みである。
 
 上記五つの前提条件に加えて、未来の社会ビジョンを考察していく際のもう一つのポイントは、世界の中で、日本が置かれた独自のポジションを的確に認識することである。それは、わが国が、西欧的な近代化をいちはやくなしとげたアジアで唯一の国であるという事実である。すなわち、わが国は近代化の光と影の両方を経験しており、西欧の合理主義とアジアの知恵を融合させる可能性を秘めている。
 以上の認識にもとづき、環境、仕事、暮らしとこれを支えるインフラの側面から、独断と偏見で、日本の21世紀社会のビジョンを展望すると、図1に示すように四つの重層化した社会を描き出すことができる。それは、「エコスクェア社会」、「知本主義社会」、「シニアアルカディア社会」、「ホロニック社会」の四つである。これらの社会を既存の中央集権社会と対比させると、地域主権社会と総称することができる。
 
図1. 日本社会の「近未来ビジョン」
 
(1)エコスクェア社会
 「エコスクェア社会」とは、エコロジーとエコノミーを一体化させ、持続可能な市民社会、産業社会を実現していくことを意味している。エコ掛けエコでエコ二乗(スクェア=広場)ということで命名した社会像である。企業においても、エコロジーへの取り組みが単なる制約条件を超え、企業のグローバルな競争力の創出に結びつくことは、ホンダのCVCCエンジンやトヨタのプリウスの例を見ればよい。
 この取り組みにおいて、日本は比較優位な強みをもっている。第一は、債権大国として、いまなら環境インフラ投資の余力をもっていることである。
 第二に、公害対策先進国としてクリーンプロダクトに代表される様々なノウハウをもっていることである。
 第三は、二度にわたる石油ショックを克服した経験から世界に冠たる省資源・省エネルギーの技術をもつ。第四は、IT革命の分野とりわけハードの具現力で世界をリードしている。インターネット化の進展は、われわれの活動密度を高めても、自然への負荷を高めない取り組みとして極めて重要である。
 最後は、農業中心の国として、自然と一体となって生きてきた民族の知恵が、俳句のような作法に結実し、われわれのDNAの中に組み込まれていることだ。このソフトテクノロジーがエコスクェア社会実現にとって大きな武器となる。
 
(2)知本主義社会
 現在、高度先進資本主義諸国は、本格的な情報社会の真っ只中にあり、これまでの物的生産中心の時代から知的生産中心の時代へと移行しつつある。知的生産によって生み出された知見が、富の源泉になる時代の始まりである。資本が富を生むのではなく、知恵が富を生む時代の到来である。
 それにつれて、人々の働き方も革命的に変化する。これまでシンクタンクやコンサルティング会社で当たり前であった仕事の仕方や働き方が全ての会社、組織で常識となる時代の始まりである。
 さらに、インターネットの普及によって働く場所と時間の自由度も大幅に高くなる。通勤地獄からも解放され、家族との交流を重視しながら働くこともできるようになる。
 しかし、知本主義社会は、一方で、既存の知識や技術があっという間に陳腐化する恐ろしい社会でもある。知的プロフェッショナルとして現役で活躍し続けるためには、生涯にわたって、自己学習を進める強い意志が求められるようになるだろう。
 
(3)シニアアルカディア社会
 シニアアルカディア社会とは、老人が死ぬまで生涯現役で主役として社会と係わって、多様な生き方をまっとうできる老人の理想郷や桃源郷のことである。どの先進国より、急速に高齢化の進むわが国にとって、極めて大事な取り組みである。
 労働を苦行と考え、ハッピーリタイヤメントを理想とする欧米の社会では難しい取り組みである。とはいえ、老人を無理やり働かそうとする社会を構想している訳ではない。自宅に引きこもり、鬱々としているのではなく、自分のできること、やりたいことを無理せず自分のペースでやれる社会を創ろうというのである。
 老人が何の不自由もなく、出かけることのできるバリアフリーの社会は、普通の市民にとっても、居心地のよい社会のはずである。誰でも歳をとり、いずれ、体も不自由になる。そうなったときでも、何ら活動を低下させずに原則1人で行動できる社会が求められている。
 
(4)ホロニック社会
 ホロニック社会は、以上三つの社会の基盤となる社会である。このホロニック社会には二つの側面がある。先ず第一は、自立した市民が主役となる「個と全体とが有機的に一体化しうる新しい社会」を意味している。政治システムとしての、「はじめに国ありき」の中央集権国家から、「はじめに地域ありき」のユナイテッド・ステーツ・オブ・ジャパンを実現する試みだ。オリジナルで多様な文化に支えられた地域が主役として、自立・分散・協調する新しい日本社会の実現が求められている。
 もう一つの側面は、コンピュータ・ネットワーク社会の側面だ。以上の重層化した社会をITインフラの徹底的な活用によって機能させていく役割である。
 いま、求められているのは、ここで提起した「地域主権社会」のフレームワークをたたき台として、国民的議論を喚起し、国民的な合意を得られる社会ビジョンヘと収斂させていく活動であろう。
 図1で三つの社会像が重なっている領域をコア戦略と表示している。これは、三つの社会に共通する取り組みを強化し、三つの社会が有機的に連関する戦略の重要性を示唆している。典型的な取り組みを例示してみよう。
 それは、団塊世代の里山・中山間地域への移住を促す民族大移動プロジェクトである。かって、昭和一桁の世代から団塊の世代に至る人々は、田舎から都会へと民族大移動を起こした。そのことが、わが国の経済成長を促進したが、そのために都市は過密化し、田舎は過疎化した。
 今度は、都会から田舎へと逆に民族大移動作戦を展開し、不均衡に陥っている国土のバランスを回復しようというのである。過疎の里山地域に多くの団塊世代が移住すれば、たちまち、過密、過疎の問題が解消する。なにしろ、昭和22年からの3年間で約8百万人という膨大な人口が存在するからである。
 彼らの先頭ランナーは、いま、57歳、数年以内に彼らは、企業社会から地域社会へと帰ってくる。そのための抜本的な受け皿作りが民族大移住プロジェクトなのである。
 実質的に1000兆円以上の借金を抱えるわが国では、最悪の事態を想定すれば、これから数年の間に、強烈なインフレによって経済が破壊的な状況に陥るシナリオも十分考えられる。退職金が吹っ飛び、年金が当てにならないとすれば、定年退職者が都市で生きることは簡単ではない。下手をすれば、団塊世代ホームレスの大群が発生することになる。
 しかし、山でなら生きていける。そのためには、山で生きる知恵を学ぶ必要がある。団塊世代の親に当たるシニアの人々が健在のうちに、夫婦で1年間、里山の彼らの家に寝泊りし、「里山大学院」で修行に励むのである。
 こうして、無事、卒業できれば、自分の好きな里山へと旅立つことになる。里山には、選り取り見どりの住宅が存在するから、少し手を入れ、リフォームすれば、快適な住空間が誕生する。彼らの日常は、晴耕雨(網=インターネット)による農的生活である。夫婦2人の食い扶持を耕し、インターネットを通じて知的生産をし、多少のお金を稼ぐ里山流ライフスタイルである。
 医者不足の里山では、無線LANによって安上がりに構築されたブロードバンドのインフラによって、医療の遠隔診断や治療も可能となる。これは里山に欠かせない大事なインフラ整備である。
 団塊ジュニアは都会に住み、その子供たちは、適宜里山と都会を往復する。両親が、都市近郊の里山に移った場合、両親の家を別荘がわりに利用し、週末毎に家族で移動するマルチハビテーションもありうるだろう。こうして、大きな消費需要が地域経済を潤すことになる。里山に住み着いた団塊世代は、シニアと共に手を携えて、段々畑や棚田の復活など日本の美を伝える里山の原風景の修復に努めることになる。
 日本固有の風景とそれを背景とした新しい農村生活が復元されれば、里山はグリーン・ツーリズムの拠点として欧米の人々から支持されることになるだろう。こうして、地産池消や「身土不二」を基本コンセプトとする地域独自の産業が芽生えることになるだろう。そうなれば、政府のいう観光立国も具体性をもつことになってくる。
 水源上流地域の里山に多くの団塊市民が定住し、晴耕雨網の仕事を通じて山地がメンテナンスされれば、広域の水循環も確保され、災害防除にも役立つことになる。このように団塊民族大移動作戦は、エコスクェア社会、知本主義社会、シニアアルカディア社会を相互に連関させた望ましい未来=地域主権社会に向けての橋頭堡プロジェクトとして極めて大事な政策課題なのである。







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