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3. 「領域警備」のあり方についての提言3
(1)領域警備のための各国の対応(14)
ア. 米国
 2002年に創設された本土安全保障省は、(1)「国境および交通の安全保障」、(2)「緊急事態準備および対応」、(3)「化学および生物、放射線、核攻撃に対する対応」、(4)「情報分析およびインフラストラクチャー防護」の4つの部局から成る。(1)は、「国境の安全保障」、「交通の安全保障」、「沿岸警備」、「出入国管理」及び「査証手続」であり、(2)は「準備」、「被害の軽減」、「対応」及び「復興」の役割を遂行する。
 国土安全保障省は、8つの省から沿岸警備隊や国境警備隊、税関、シークレット・サービス、移民帰化局(INS)、連邦緊急事態管理庁(FEMA)、全国インフラストラクチュア防護センター(NIPC)、また、最近設立された交通安全局(TSA)など22の機関を統合したもので、約17万人の職員を擁する。(15)
 沿岸警備隊は、国境警備という任務だけでなく、沿岸の海上交通の安全を確保する任務を持っている。沿岸警備隊(United States Coast Guard)の士官等は、連邦政府の警察職員として、連邦法令の違反容疑についてのみ関与する。法執行のための実力の行使(Use of Force in Maritime Law Enforcement)についていえば、海上における法執行に関わる実力の行使は、比例性及び必要性の原則に拘束される。連邦法違反が存在する場合には、公海上の外国船舶に対しても可能であり、更に臨検の結果、麻薬の密輸等の連邦法違反行為が発見された場合には、当該船舶を引致することができる。継続追跡権の行使を含むこの公海上における実力の行使は、関連する国際法に則って実行される。
 沿岸警備隊をはじめ米政府艦船は、海賊行為、違法な操業、無線交信など自国の権利を犯した疑いのある船舶をEEZ内で発見した場合、(1)臨検するため、相手に伝わる明確な手段で停船命令を出す、(2)相手の前方に威嚇射撃を行う、(3)マストなど乗員に被害が及ばない船体部分に威嚇射撃するという手続きを段階的に踏み、それでも停船しなければ撃沈できる。いずれも国際慣行に沿ったやり方である。一方、船舶が撃沈されて乗員が漂流している場合は、国際条約により無条件で救出する義務があるが、最終的には領海やEEZを管轄する主権国の法律や判断の方が条約に優先するとの考え方が支配的である。
イ. 英国
 海上における領域警備は、海軍が基本的責任をもち、警察権の行使も認められている。英国海軍の任務は、表4-2のように軍事的行動、警察的行動及び民政協力と多正面に亘っている。環境・運輸・地域問題担当省所属の海洋沿岸警備庁が存在するが、人命救助や海洋汚染の監視などを主たる任務とし、不審船舶などを発見した場合、直ちに海軍に通報するだけである。海洋沿岸警備庁は警察権行使のための任務を付与されていない。
 
表4-2 英国海軍の任務
  軍事的行動 警察的行動 民政協力
任務 (1)SLOC防衛 (1)テロ対処 (1)災害救助
(2)抑止 (2)海賊対処 (2)難民対処
  (3)海底油田統制 (3)捜索救難
  (4)漁業監視 (4)海洋汚染取締り
  (5)洋上隔離  
  (6)禁輸措置  
 
 海上における海軍の警察活動に含まれる諸活動は、北アイルランド水域での警戒活動、領海内や大陸棚における船舶や沖合の施設に対するテロリストによる攻撃への対処などは、司法省のような関連省庁からの依頼による活動である。海上における麻薬取り締まりは、税務局からの依頼に応じたものである。
 陸上における領域警備は主に警察によって行われるが、警察の武装は小規模であり、その能力不足を補うために陸軍への協力依頼は重要である。テロ制圧に関しては、陸軍は特殊任務部隊(SAS)をあらかじめ設置して、必要に応じた武装兵力の提供を行うシステムを作り上げている。法的根拠は、一般行政機関への軍事的援助(Military Assistance to the Civil Authorities, MACA)であり、この概念のもとで軍の活動の一定部分が規律されている。
ウ. 韓国
 韓国の領域警備は、対象者の領域内侵入に対して速やかに国家の安全保障に関わる諸機関を統合して、一元的に管理、指揮する体制が整備されている。ゲリラ等の侵入があった場合、統合防衛事態が宣言され、軍、海洋警察、警察、国家機関、地方自治体、予備軍、民間防衛隊等が、すべて軍の合同参謀本部内に置かれた統合防衛本部に統合され、一元的な指揮がなされる。
 海洋における領域警備任務は、海軍と海洋警察が担当し、海洋警察は海上における誤越境の防止、誤侵入の防止、管轄水域の警備、密出入国の取り締まり等を行い、海軍は国家主権と海洋領有権を保護するための活動を行う。
 陸上における領域警備は、陸軍と警察が担当する。沿岸の警戒監視も陸軍の任務であり、警察が行うのはこうした地域を除く、領土の治安を維持することである。
 韓国では、1997年6月に国防関連諸組織をすべて統合し、外敵の侵入、挑発などに一元的に対処する韓国統合訪衛法が制定され、統合防衛事態としては、外敵による侵入の規模や危険性の程度に応じて甲種、乙種、丙種の三段階がある。
エ. ロシア
 国境警備局には、国境警備軍という専従の部隊が存在する。また、ロシア軍(空軍及び海軍)、国境警備軍以外の準軍隊である内務省国内軍及び連邦防諜局が、国境警備局の調整の下国境警備に関し国境警備軍に協力する。国境警備軍の活動範囲は、海上から陸地まで連続し、有効な国境警備活動を可能にしている。
 国境警備局は、ロシアの国境、領海、大陸棚及び排他的経済水域の防護分野における国家の国境政策の実現を保障する執行権力機関であり、国境警備軍及び国境勤務機関を指導する。
 国境警備軍の任務は、(1)軍事・技術的手段による国境線の違法な変更の阻止、(2)国境地帯管理規則、国境区域特別管理制度及び国境検問所規則の遵守の監督、(3)国境地域における犯罪捜査、防諜及び諜報活動、(4)法令により国境警備軍の管轄とされる行政的違法行為の調査及び処分、(5)法令により国境警備軍の管轄する事件の捜査、(6)管轄する違法行為の予防措置の実施、(7)国境での捜索と作戦行動の実施である。
 規則に違反した民間船舶に対しては、停船、臨検、拿捕、護送といった措置をとり、また違反した船舶が停船信号を無視して逃げた場合、領海又は第三国の領海に入るまで追跡し、拿捕できる。税関、出入国管理、及び衛生上の法令に違反した船舶に対しては、接続水域(24海里)においても停船、追跡、臨検、拿捕できる。
 EEZに侵入した艦船を沿岸警備艇が発見した際には無線や信号を通じて停船させ、入域許可の有無について立ち入り検査を行う。しかし艦船が停船要請に応じなかった場合、「ロシア国境法」に基づく領海侵犯艦船に対する措置と同様に、警備艇は船周辺に警告射撃を行い、なおも停止しなかったら警備艇艇長の判断で実弾射撃に踏み切る。相手方が先制攻撃したり武力で対抗したりした場合には自衛のため、相応の攻撃を行い、状況次第では「撃沈」という強硬措置も可能である。
 
(2)提言:わが国の領域警備のあり方
ア. 基本的考え方
 領域警備は、外国勢力が行う大規模な犯罪あるいは防衛出動に至らない主権侵害行為を対象とした対応である。前節(1)で見た各国の対応は、(1)軍が領域警備任務を担う国(英国)、(2)領域警備のための専門的機関を設けている国(米国、ロシア)、及び(3)軍を中心にその他の機関が一体となって領域警備任務に当たる国(韓国)の三つに分類できる。だが、わが国の場合、行政組織、これまでの法体制、国民意識などから、自衛隊を中核とした領域警備に一挙に転換できる環境にはない。
 しかしながら、わが国の地政学的特性と国益を確実に確保する観点から、空白のない対応、事態への即応性、国際法規に基づく適正な権限行使により領域保全を全うすることについては異存の余地がない筈である。すなわち、平時からの連続的な情報活動、指揮の一元化と迅速な対応による抑止、適正な権限行使による初期段階での拘束、排除、拡大阻止であり、そのための警察・海保と自衛隊の役割の明確化、即応態勢の基準(DEFCON)の設定及び国際法規に基づく適正な権限行使の法制化である。
イ. 領域警備の特性を考慮した警察・海保と自衛隊の役割の必要
 わが国の領域警備については、定義や性格、また明確な規定は存在しないが、これまでのところ、形式的には警察作用の枠組みとして捉えられており、第一義的には警察・海保が責任を持ち、自衛隊には領域警備の任務はなく、あくまでも補完的立場に止まっている。他方、海上保安官は、海保庁法25条において「軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとして、これを解釈してはならない」と規定され、任務として国防に関する活動を行うことができない。また、総理大臣は、防衛出動及び命令による治安出動時に、海保を防衛庁長官に指揮させることができるが、自衛隊と共に軍事行動をとることはできない。換言すれば、事態が拡大するに従い、防衛作用としての自衛隊の参加は不可避であり、予め警察・海保と自衛隊の役割分担を明確にしておくことが必要となる。
 警察(海保を含む)と自衛隊の役割分担は、表4-3のように、(1)警察主体による対処、(2)警察に自衛隊が協力して対処、(3)自衛隊が警察作用を主として対処、及び(4)自衛隊が防衛作用を主として対処、の4つに区分できる。ただし、決定権者(内閣総理大臣)は、これらについて(1)〜(4)の順に段階的に選択して事態に対応するのではなく、生起した状況とその推移を的確に予察して将来にわたって齟齬を来さないことが重要となる。領域警備は、可能な限り警戒監視と即応態勢の確立により予防し、やむを得ない場合においても適正な武力行使による早期排除が鉄則だからである。
 
表4-3 警察と自衛隊の役割分担
 
 このためには、自衛隊法3条に領域警備を自衛隊の任務に付加し、平時から有事に亘って連続的に領空・領海及び領域における国家の安全保障について自衛隊の役割を明確にしなければならない。







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