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連載 ゆれるアジアの町並み保存・その(5)
上村 信行
広島大学大学院工学研究科助手
 
20周年を迎えた町並み保全地区
 竹原町並み保全地区が存在する竹原市は、人口約33000人の広島県中央部の瀬戸内海に面した小都市である。通称「安芸の小京都」とも呼ばれ、町並み保全地区を含め、歴史的な建造物が数多く残っている地域でもある。
 竹原市町並み保全地区には、江戸時代後期の町並みがほぼ全域にわたって残っており、当時の都市機能に応じた様々な形式の建造物が見られる。
 昨年12月、国の重要伝統的建造物群保全地区(以下:伝建地区)に選定されて20年を迎えた。伝建地区指定後20年が経過したことで、伝建地区内の伝統的建物の修理は大部分が終了し、いわゆる保存修理が一巡した形となっている。下水道整備を除く、基本的な周辺環境の整備も概ね完了しているのが現状である。(写真1・2)
 観光客が年間35万人も訪れる中国地方屈指の町並み保全地域である。
 
伝建地区選定後20年を経ての評価
 伝建地区選定後20年が経過し地区内居住者は、生活環境及び周辺環境についてどのようなことを感じているのであろうか?町並みの保存には満足。しかし、まだ不満もある。
 平成14年度のアンケート調査によると、地区住民が伝建地区内の環境について満足している点で最も多いのは、「地区全体が静かである(52.2%)」ということであった。また、「町並み景観が美しい(31.1%)」「修景広場が町並みと調和している(19.4%)」といった結果にも表れているように地区内の住民は、保存地区の景観整備に関して概ね満足しているようである。
 しかし、「部分的にまだ景観の良くないところがある(22.4%)」と現状の町並み保全状況には満足していない地区住民もいる。ゴミ収集等の生活者の日常行為が結果的に景観を疎外することにつながっているとして「ゴミの収集の際にゴミが目立ち過ぎる(16・4%)」ことを不満点としている住民もいる。観光客の目に触れないようにゴミの収集時間を早朝にするなど対策が必要であるといった意見も聞かれ、地区内住民の町並み保全に対する意識の高さがうかがえる。
 
写真2 竹原の町並み
 
駐車場の問題
 「路上駐車が多く町並みの景観を阻害している(34.4%)」と感じている住民も多い。町並みの景観を保全する上で路上駐車が景観を損ねていると感じているのである。
 
写真1 竹原の町屋
 
 歴史的な町並みを有する地域特有の駐車スペース不足による路上駐車は、ここ竹原伝建地区でも大きな問題となっている。
 保全地区内は、車両の通行規制が行われていない。したがって、地区内の幹線道である本通りには歩行者、車両が混在する状況にある。
 観光客用の駐車場も近年、保存地区外周部に数箇所整備されてきている。しかしながら、誘導表示の不備や分かりにくい立地も相まって地区内に観光客の自動車が乗り入れる例も少なくない。また、観光客の違法駐車も時折見受けられる。
 竹原保全地区の場合、高齢者や独居老人が比較的多く地区内に居住している。したがって、地区内居住者の駐車場の必要性はそれほど強く感じられない。しかしながら、商業者、子供をもつ世帯、若者などは、事業所や住居に出来るだけ近くに駐車スペースを確保することを望んでいる。地区内の駐車場数は、限られているために、地区外での駐車場を確保せざるを得ない。したがって、平日の夜間や休日の昼などは、自宅前の路上に違法駐車をしている場合もある。
 
観光客に対して不満はない
 竹原伝建地区には、毎年35万人の観光客が訪れる。高齢化が進み、活気のない町に適度な人数の観光客が訪れることは、「観光客が多いので賑わいがある。(28.4%)」「観光客が来るので地域が活性化される。(14.9%)」と感じているようである。この結果から見ても観光客に対して、不満を抱いている住民は少ないと思われる。
 「観光客が多いのでいろいろな問題が発生している(7.5%)」といった観光客による弊害は、それほど指摘されていない。しかしながら、一般住宅を公開施設と勘違いをして住居内に無断で入り込む事例も報告されている。
 今後、観光客が増加した場合に、地域住民が観光客に対してどのような対応を見せるのか注目したい。
 
高齢化と「留守宅」「空き家」問題
 全国の町並み保存地区が「留守宅」「空き家」の問題で苦慮しているように、ここ竹原町並み保全地区も同様の問題を抱えている。
 平成14年度の調査では、「留守宅」を含む「空き家」数は、地区全世帯の約1/4弱であった。現在の「留守宅」を含む「空き家」率は、決して低くはない。比較的床面積が狭い小規模な町屋に「留守宅」「空き家」が多いのが竹原伝建地区の特徴である。床面積も狭く、賃貸にもあまり適していない小規模な町屋が「留守宅」「空き家」となっている場合が多いのである。
 また、地区内の半数近くの世帯が60歳代以上の居住者でしめられており、今後「留守宅」「空き家」が増加することも予想され、潜在的な「空き家」率は高いと言える。
 
町屋がネットオークションで競売
 「地区内の中心部にある比較的大きな町屋がインターネット上のオークションにて売りに出されている」との情報が地区内を駆けめぐった。幸か不幸かこのオークションによる取り引きは、成立しなかったようである。この出来事は、地区内の町屋の権利移転問題を考える上で一石を投じる形となった。
 これまで口コミでの売買情報の伝達によって町屋の売買が行われてきた地区内住民にとっては、この出来事は、大きな驚きであったようである。
 現在、インターネットを用いて不動産の売買物件及び賃貸物件を検索するシステムは、不動産の売買及び賃貸を行う上で有効かつ非常に便利な手段となっている。誰でもどこにいても居ながらにして全国の不動産情報を得られるのである。しかし、このシステムによる不動産物件の売買は、買い手側の情報が地区内住民にはまったく知らされずに契約が行われてしまう。場合によっては、竹原の町並み保全に対して理解を持っていない者が、転売目的で町屋を購入し高値で売買することも考えられる。
 沖縄県竹富島のように、町並み憲章をつくり「売らない」等の保全の基本理念をうたって土地や家などを島外者に売ったり、無秩序に貸したりしない方策を講じることも今後必要になるかもしれない。
 地区内にある伝統的建物の相続者に対して、町並み保全に対する理解を深めてもらい、無秩序な転売を抑制することも今後必要になると考えられる。
 
町屋を貸したい 町屋を借りたい
 修景した建物の所有者の方から「歳を取り過ぎて商売に一区切りをつけたので、一階の店舗部分を誰かにお貸ししたい。出来れば町並み保全に理解を示している方で、この地区の雰囲気を壊さない用途で使用してほしい」等の相談を受けることもある。しかし、現在は、条件にあった借り手を見つける手立ても無く、それを仲介する組織もない。貸したいが借り手が見つからなかった事例である。
 一方、若手そば職人のT氏は、当初、町並み保全地区内の町屋を借りて出店を考えていた。しかしながら、なかなか思うように、適度な物件が見つからない。地区内に「空き家」は多い。しかし、貸し手が見つからない。結局、出店時期の問題もあり、地区内での出店をあきらめ保存地区に隣接する酒蔵内に店舗を借り受けた。借りたいが、貸し手が見つからなかった事例である。
 また、町づくりのキーパーソンであるS氏は、地区内の空き家である町屋を借用しNPO団体の拠点づくりが出来ないかと考えていた。町屋の所有者と交渉の結果、賃貸での契約を断念し、結局、個人での土地と家屋の購入に踏みきった。これは、町屋を借りたいが、所有者が賃貸契約に対して難色をしめしたのである。空き家があるのに借りられなかった事例である。
 現在、この地区には、町屋の借り手側と貸し手側、売り手側と買い手側を仲介する「空き家バンク」様なシステムがない。地区内の高齢化の状況を考えると、この後ますます権利移転が進むと思われ、町並みの景観保全を考える上でも、町並み保全に理解のある借り手側と貸し手側、買い手側と売り手側を結びつける仕組み作りが急がれる。
 
町づくり活動の復活
 伝建地区の指定当時と比較して、近年の町並み保存に関する活動は下火になり、いわゆる中だるみの状況が長く続いてきた。ここにきて、新たな組織体制のもと町並み保存会も活動を再開し、町づくりNPO団体も積極的に町づくり活動を行い、地区の景観保全に関する活動が盛り上がりを見せてきている。
 本年9月には、「憧憬の路」と称したイベントを行った。このイベントは、町並み保全地区を中心に伝統的建築物のライトアップと手作りの竹を加工した照明器具に蝋燭を灯し、地区内全体を蝋燭の炎でつみ込むもので、一日5万人もの人々が蝋燭に照らし出された夜の町並み保全地区を楽しんだのである。(写真3)
 伝建地区20年を機に、竹原の町づくりも再度盛り上がりを見せてきている。
 
写真3 イベント「憧憬の路」
 
【参考】
−竹原市ホームページ−
 
−ネットワーク竹原−
 
−アンケート調査−
平成14年度に広島大学と県立広島女子大学との共同により実施
 
インフォメーション
駒井家住宅
修復工事開始!
 駒井家住宅は12月より2月10日まで屋根瓦のふき替えや煙突の補強や扉や窓枠の補修などの修復工事を行っています。工事期間中は、公開できない部分もありますので、ご了承ください。
 
公開セミナー
「民家の間取りと日本人の暮らし方」
 
 民家町並みサークルでは、幅広い層の方々と一緒に、歴史のある民家や町並みに息づく昔の人々の知恵や精神に触れ、民家・町並に対する理解を深めていきたいと、専門の先生方に解説していただく公開講座を開催します。
▼日時 平成16年1月23日(金)
▼時間 18:30〜20:30
▼会場 東京芸術劇場5階大会議室(池袋西口徒歩2分)
▼講師 大河直躬(千葉大学名誉教授)
▼参加費 一般1,000円、JNT会員800円
▼定員 先着100名
 
シンポジウム
「湘南邸宅文化とまちづくり」
 当財団が、事務局を務める湘南邸宅文化ネットワーク協議会の総会・シンポジウムを開催いたします。
 今回のシンポジウムでは、ネットワーク会員の1年の取り組みを振り返ると共に、これからの運動の進め方、まちづくりのあり方を探っていきます。
1)見学会
▼日時 平成16年1月31日(土)
▼時間 10:00〜12:00(雨天決行)
▼見学コース 鎌倉市長谷地区(鎌倉文学館から御成小学校までのコース(対僊閣・鎌倉文学館・加賀谷邸・長谷子ども会館・かいひん荘鎌倉などなど)
▼集合場所 鎌倉文学館正門
▼定員 50名(事前申込み、〆切1月16日、定員をこえた場合は抽選)
▼参加費 資料代1000円(鎌倉文学館入館料、イベント保険を含む)
▼申込み (社)かながわ住まい・まちづくり協会へFAX又はメールで受付、参加者にはFAX又はメールで参加証を返送します
▼連絡先 Fax 045-664-9359、E-mail admin@machikyo.or.jp
2)シンポジウム
▼日時 平成16年1月31日(土)
▼時間 14:30〜17:00
▼場所 鎌倉市立御成小学校多目的ホール
▼参加費 無料(但し別途資料費500円)
▼定員 100人(申込み不要当日受付)
▼主な内容 基調講演 景観基本法と歴史的景観の保全(仮題)」西村幸夫(東京大学教授)/報告(旧モーガン邸・大磯三井邸など)/パネルディスカッション/コメンテーター 後藤治(工学院大学助教授)、コーディネーター 菅孝能(湘南邸宅文化ネットワーク協議会・顧問)
 
訃報
 当財団理事として、ご指導をいただきました森下慶子様が11月16日に急逝されました。謹んでご冥福をお祈りいたします。
 
●ご支援ありがとうございます●
新入会(9月1日〜10月31日)
個人会員
<東京都>山上 徹
<神奈川県>岡田 清廣
<兵庫県>安田 照美、仲上 健二
永久会員
<神奈川県>池橋 代根
 
寄付者(9月1日〜10月31日)
〔一般寄付〕
◎500,000円 故篠田 元昌
〔民家庭園募金〕
◎22,500円 インターナショナルツーリスト
◎6,725円 駒井家住宅募金箱
〔トラストトレイン募金〕
◎20,000円 西尾 源太郎
◎12,000円 仲上 健二
◎10,000円 西崎 泰広
◎2,000円 北川 敏浩、山崎 文雄
◎1,200円 武田 春彦
◎500円 山田 寿広
           <敬称略>
 
●お詫びと訂正●
●407号9頁「飛騨の匠文化館」の所在地が(誤)飛騨の匠文化館〔岐阜県古川市〕→(正)飛騨の匠文化館〔岐阜県古川町〕、「白川郷合掌文化館」の所在地が(誤)白川郷合掌文化館〔岐阜県古川市〕→(正)白川郷合掌文化館〔岐阜県白川村〕、11頁「トラストトレイン」・2行目(誤)募金により所得→(正)募金により取得、14頁「刊行物のご案内」・左段17段目(誤)村上の町家と町並み景観【埼玉県】→(正)村上の町家と町並み景観【新潟県】の誤りがありました。訂正して、お詫び申し上げます。
 
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