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家屋の空間構成
1、方向規定
 ヤミ族にとって海方向−山方向とサレイ側−スクル側は家屋を構成する上で重要な方向規定である。とくに海方向ティラオドと山方向ティララは東西南北といった方位より重要といわれており、家屋の棟の方向や寝・食の身体方向もこの方向によって規定されている。ヤミ族にとって海は魚介類をもたらすところとして、山は木材をもたらす場所として、ともに重要である。また洪水神話では、海は住まいや人の命を奪い無化するところとして、山は海から逃れ生き延びる最後の依り処であり不動性を有した場所として語られている。さらに、海の彼方には死霊アニト(註(1))の島や天界があると信じられており、山は怪物のいる場所として恐れられたり、祖先の誕生した場所とも信じられている。
 
図(1)家屋宅地
 
 サレイ側−スクル側はこうした海方向−山方向に直交する方向規定である。サレイ側−スクル側は日没側−日出側に対応するといわれるが、方位が完全に一致する訳ではない。イヴァリヌ村、イラヌミルク村、イララライ村では海に面して左側がサレイ側、右側がスクル側であり、島の反対側のイラタイ村、イモロド村、ヤユ村ではそれが逆になる。またサレイ側は男性の側、スクル側は女性の側とされ、主屋バアイにおける寝・食では原則的に男性がサレイ側に、女性がスクル側に定位する。
2、主屋バアイ
 家屋宅地は基本的に前庭アオロド、主屋バアイ、副屋マカラン、涼台タガカルによって構成されている(図(1)(3))。副屋マカランはバアイと同レベルに建てられた木造高床式の建物で、漁具の製作や接客、子供達の就寝などに使われる。涼台タガカルは前庭アオロドに建てられた小さな木造高床式の建物で、四方に開放されているため、夏はここで涼み、接客や寝・食の場所としても使われる。
 主屋バアイは深さ約二メートルのくぼみに建てられた木造地床式の建物で、地上からは屋根面しか見えない。一般に小規模のものから大規模のものへ建て替えていき、出入口の数によって形式や名称が異なる。ヤミ族は結婚後に夫の居住地近くに住むのを原則とし、最初は利用可能な土地で、出入口が一つの一門バアイまたは出入口が二つの二門バアイを建てる。その後、家族構成の変化や資力に応じて三門バアイや四門バアイを建てていく。ここではバアイの完成形とされる四門バアイの空間構成を見ていきたい。
 四門バアイ(図(2)(4))はセスデパン、ドスパニド、ドバアイという三つの細長い空間によって階段状に構成されている。ドバアイには親柱トモックが立てられており、トモックを境に板間と土間に分けられている。また、各出入口に対応する場所にもサレイ、マバック、オスパニド、スクルという名称が与えられている。サレイ、スクルはサレイ側−スクル側にそれぞれ対応している。マバック(mavak)は「中心・中間(avak)の場所」という意味で、サレイ側−スクル側の境界にあたる。ここは通常の寝・食において家長が定位し、親柱トモックの位置する重要な場所である。オスパニドは四門バアイになってはじめて形成される場所である。
 炉は二つ設けられており、それぞれ用途が異なる。サレイ側に設けられる炉は飛魚やシイラなど回遊魚を調理する炉で、スクル側に設けられる炉はそれ以外の魚介類や芋、豚、山羊、鶏などを調理する炉である。一般にサレイの炉はその使用に男性が責任を負い、スクルの炉は女性が責任を負うとされる。
 
図(2)四門バアイ平面図、断面図
 
(4)四門バアイの内部模型
 
(5)ドバアイに立てられた二本のトモック
 
 本稿で着目する親柱トモック((5))は、三門バアイから立てられる棟持柱で、三味線の撥のような形をし、前面には山羊の角が彫刻されている。トモックは「バアイの霊魂(pahad no vahay)」ともいわれ、基本的に長男が継承し(父親の意志により変更可能)、遺産相続などで家屋を解体し部材を兄弟で分配するときも、トモックだけは敷地を離れることがなく、焼却処分にもされず、朽ち果てるまで敷地内に放置されるともいわれる(註(2))。四門バアイにはトモックが二本あり、大きさや名称が異なる。ドバアイのマバックに位置する大きいトモックはラコラコ アトモックと呼ばれ、儀礼をともなって製作されるのに対し、ドバアイのオスパニドとスクルの間に位置する小さいトモックはアリヤリクイ アトモックと呼ばれ、儀礼をともなわず他の部材と同様に製作される。ラコラコは「大きい」を意味し、アリヤリクイは「小さい」を意味する。以後便宜上、それぞれのトモックを大トモック、小トモックと呼ぶこととする。







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