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7. 燃料油中の窒素分のNOx転換率
 
7.1 これまでの研究とIMO規制値における取り扱い
 ボイラーに対してはかなり幅広く研究されているが、舶用機関に多く採用されている低速2サイクルディーゼル機関を対象とした燃料油中の窒素分のNOxへの転換率については、これまでほとんど研究がなされていない。一方、これらの機関で主に使用される残渣油中の窒素分は、精油方法が常圧蒸留―減圧蒸留―接触分解、熱分解と変化するのに応じて年々増加傾向にある。数少ない文献の一つとして、CIMACが発行した“NOx計測に関するRecommendation”(No.12 1991年発行)があるが、ここでも“熱効率40%以上の機関においては転換率100%とする。”旨の記述だけでその根拠は明示されていない。
 IMOにおいてNOxが論じられていた1990年代においては、当時の舶用燃料油の主流は、常圧蒸留装置からの残渣油で、その平均的な燃料油中の窒素分は0.2%であった。しかしながらその後ガソリンなどを中心とする軽質成分の需要増加に伴い、原油精製法が進化し、減圧蒸留法、接触分解法、熱分解法などが採用されるに連れて残渣油中の窒素分は濃縮される傾向にある。現在時点では舶用燃料油中に含まれる窒素分は平均的には0.4%程度とされているが、一部にはすでに0.8%程度の燃料油も供給されている例もありこの燃料油中の窒素分に起因するNOxがどの程度機関からの排出量に影響しているかを把握することは極めて重要になってきている。
 ちなみに、燃料中の窒素分が0.8%でその転換率が100%と仮定すると、燃油中の窒素分による排出NOxの増加は、4g/kWhとなり、規制値の上限値17g/kWhに対して24%となり、IMO NOx Technical Codeにより認められている残渣使用時の許容値+10%を大きく超えることとなる。このことはすなわち陸上試験において蒸留油を使用して行った試験をパスした機関でも、就航後残渣油を使用して運行される場合、モニタリング結果は常に規制値を大幅に超えている結果を示し、また何らかの理由で再計測を求められた場合、燃料を蒸留油に取り替えて計測しなければならない危険性を秘めている。
 
 燃料中窒素のFuel NOxへの転換率を求めるため、以下の点に考慮して試験装置を試作した。
・回転数や燃料噴射タイミングの影響をなくすため定容の燃焼装置とする。
・燃料噴射条件を正確に合わせるため電子制御燃料噴射システムを装備する。
・給気中湿度の影響を排除するため完全乾燥空気を充填する。
 図7.2.1に定容試験装置(CVCC)の概観を示す。本装置では、容器内に空気を加圧充填しヒーターで加熱することでディーゼル噴霧の自己着火条件を整え、その中にディーゼル機関と同等の噴射圧力で燃料を噴射し燃焼させる。その後容器内のガスを分析系に導きNOx濃度を測定する。その際容器内のガスは不均一であるため、測定前に全てのガスをサンプリングバッグに移して均一化する。
・噴射条件 噴射圧力:66MPa 噴射期間:25ms 噴射ノズル:0.16mm単孔
・空気条件 燃焼室内空気圧力:2.5MPa 燃焼室内空気温度:670℃
 上述のように、湿度の影響を排除するため燃焼用空気として完全乾燥空気を充填した。これらの条件で5回連続して燃焼させ燃焼ガスを分析した。
 
図7.2.1 定容試験装置
 
 図7.2.2に示すとおり、定容燃焼試験装置では、燃料油中の窒素分の転換率は約55%という結果が得られた。
 
図7.2.2 定容燃焼試験結果
 
 定容試験装置では、熱発生率の形状がほぼ等しいもので比較することで、燃料中の窒素分のFuel NOxへの置換率を推定した。このように排ガスNOx中のFuel NOxについて研究報告された例は少なく、実際の機関におけるFuel NOxへの置換率を検証した例はない。本プロジェクトでは、実機と同規模の単筒試験機関を用い、窒素含有率が異なるC重油で試験運転を行い、Fuel NOxへの置換率を推定することを目的とする。
 これらから定容燃焼試験でのFuel NOx転換率と単筒試験機での推定値との相関を検証し、実機のFuel NOx検証において定容燃焼試験が有効であることを検証する。
 
図7.3.1 試験機関断面図
 
表7.3.2 試験機関諸元
ITEM  
Bore mm 400
Stroke mm 1350
Engine Speed rpm 178
Output PS 1340
Mean Effective Pressure bar 19.6
Piston Speed m/s 8.0
Power Rate 160
Maximum Pressure bar 182
 
 燃料中窒素分のNOx転換率に関する第1次試験および第2次試験の結果をまとめ、図7.3.8に示す。傾向的には燃焼中の窒素分の増加とともに、Fuel NOxとして排出される量が増える傾向にあることがわかった。また、本試験でのFuel NOxの転換率は、サーマルNOxの影響をできるだけ少なくするよう運転条件を設定したケースでは約50%〜70%の転換率であることがわかった。
 定容燃焼試験装置では、本実機試験に比べ燃焼条件(燃焼室温度、空気量、湿度)を厳密に制御できるため、転換率の予測精度も高くできる。本単筒実機での転換率は、定容燃焼機で得られた結果とオーダ的に同等であり、定容燃焼試験装置はFuel NOxへの転換率を検証する有効な装置と考える。
 
図7.3.8 単筒試験結果(全データ)
 
 定容試験装置および単筒実験機関による検証試験結果により、燃料油中の窒素分のFuel NOxへの転換率は50-70%であることが判った。単筒実験機関の結果は、定容試験装置の転換率よりバラツキが大きくなっており、周囲温度、湿度などの影響が補正式でも十分に補えないためと言える。
 両者の転換率は、同程度と見なすことができ、従って定容試験装置でのFuel NOx推定法は船上での燃焼状態を推測できる評価技術と考える。
 
 最近NKが調査した世界各地のバンカー油中窒素%の例では、アメリカ西海岸からのバンカー油が0.5〜0.7%(前述のBFO-Aもアメリカ西海岸のもの)と特に高くなっている。上記NOx転換率を用いれば、以下の計算式でkW・h当たりのFuel NOxを計算することができる。例えば燃料油中に0.7%窒素があり、55%がNOxへ転換した場合、Themal NOxに加えて2.3g/kWhのFuel NOx(IMO規制値17g/kWhの約14%)が排出されることになり、現行の海上簡易計測時の許容誤差+15%では殆ど余裕が無いと言える。
 
Fuel-NOx (NO2) g /kWh = SFC*N*R* (46 /14)
Assuming
The engine runs with SFC of 180g/kWh.
N = nitrogen % /100 in the fuel
R = N to fuel-NOx conversion rate : 55%
Molecular weight of nitrogen is 14 and NO2 is 46.
 
 
8.1 考察
 
 本試験では、機関形式、船種、航路が異なる3船(商船三井の昭和シェル石油殿向けVLCC M/T IKOMASAN、日本郵船の大型コンテナ船 M/V NYK ANTARES、K社のPCC船M/V“M.H.”)について、モニタリング(NOx、O2については連続計測)が行われた。また、燃料油中の窒素分のNOx転換率を把握するために、モニタリング対象船でサンプリングされた燃料油による定容燃焼試験が行われた。
 これまでの試験で明らかになった事は下記。
 
(1)NOxモニタリング装置の信頼性、精度、保守性、必要校正頻度
 実船でのモニタリング試験を通じて、IKOMASANでのセンサ故障、及びNYK ANTARESでの不安定な計測状況を経験したが、各々、排エコ水洗時の水分付着によるジルコニアの破損、及び排ガスサンプリング通路内部の温度低下によるダスト付着が原因であった。これらについては、既に対応策が示されており、その有効性も確認された状況にある。ジルコニアセンサの精度についても、ゼロ/スパンのドリフトは僅かなものであり、実用上問題ない精度が得られている。NOxモニタリング装置については、これらも含め必要校正頻度、及び保守面での具体的対応についても、6.4に報告されており、詳細はここでは割愛する。
 本試験により、NOxモニタリング装置として就航船への適用に際しての問題点が明確となり、それに対する対策も確立された。所定の時期に校正及び部品交換を行えば、十分な信頼性・精度を伴う連続測定が可能となる事が確認されたと言える。
 
(2)陸上運転時と就航後のNOx排出率比較
 IKOMASANの場合には、就航中のNOx排出率について負荷をベースに評価すると、対陸上運転比で-10〜+15%の範囲である。海上と陸上でのPmaxの違いを考慮した補正を適用した場合には、対陸上運転比で-5〜+25%の範囲となる。
 NYK ANTARESの場合、得られた計測値から同様な評価を行うと、対陸上運転比で-10〜+20%となる。IKOMASANと同様にPmax補正を適用すると、-5〜+25%の範囲となる。
 “M.H.”においては、未だデータ数は少ないものの、対陸上運転比で+5〜+30%の範囲の結果が得られている。“M.H.”の場合には海上公試時にも当該モニタリング装置による計測が実施されており、A重油では陸上運転時と同等のNOx排出率が得られているが、C重油では対陸上運転比で+15〜+25%程度となっている。これは、燃料の違いのみによって、発生NOxの違いが生じた事を歴然と示すものである。
 3船での結果から、C重油使用時の海上でのNOx排出率については、種々の要因によるバラツキが考えられるものの、対陸上運転比で+15%以上のデータが計測される事が確認された。Pmax補正を考慮した場合には、対陸上比で+25%以上のNOx排出率が得られる場合もあると考えられる。今後、燃料性状に起因した燃焼面での変動要因、等について検討して行く事になるが、現行の海上でのAllowance(=15%)では不十分であると言える。
 
(3)各船での対陸上運転比NOx排出率の違いの要因(燃料以外)
 当該3船では、陸上運転時との比較においてNOx排出率レベルの範囲が若干異なる。機関型式、使用燃料、等に起因した燃焼の違いによる事が考えられるが、機関運転条件としての吸気湿度に関するデータ(吸気の温度及び相対湿度)による影響も考えられる。(湿度補正係数KHDIESに影響を及ぼす主たる要因は吸入空気の絶対湿度)
 今回の試験では、IKOMASANでは電気式デジタル温湿度計を、その他2船では乾湿計を使用している。この計測要領の違いによる影響については未検討であり、今後の試験により、同一条件で計測されたデータを用いて吸気条件補正の度合を評価し、NOx排出率レベル相違の要因を検討する予定である。
 
(4)燃料性状と発生NOxの関連
 対象船にて使用された燃料油については、ほとんどのサンプルで窒素分は0.3〜0.4%の範囲内にあり、それらを用いた定容燃焼試験により、窒素分のNOx転換率は55%という結果が得られた。
 窒素分0.4%の燃料によるNOx排出率は、燃費にも依るがA重油の場合に比べ+10%近いもの(Fuel NOx増加分)となり、これに燃焼(熱発生率パターン)の違いによるThermal NOx分の変動を加えると、燃料の違いのみで発生NOxは+15%を越える可能性がある事が判明した。これらは機関での燃焼試験の結果ではなく参考情報に過ぎないが、燃料の違いのみによって海上運転時に対陸上運転比+15%以上のNOx排出率が得られる可能性が十分ある事を示している。
 転換率、等については、更なる検証が必要であり、実機に近い試験機関での運転試験が計画されている。今後、燃料性状(窒素分、及び燃焼性)と発生NOxに関する評価を進めて行く予定である。
 
(5)NOx排出率評価要領に関する考察
 今回の試験では、陸上運転時の負荷ベースでのNOx排出率を基準に、就航船運航時の負荷とNOx排出率の関係を評価した。NOx排出率を対陸上運転比で定量化する事によって、E3サイクル値に拘る事無く、海上運転時NOx排出率を評価しており、陸上運転時との相対比較という意味で有効な評価要領と考えている。海上データの評価要領としては、負荷1点(常用負荷)、若しくは2点についてこの要領で評価するのが最も現実的であると思われる。
 今後も、海上での種々の条件における計測データ蓄積を進め、燃料に起因した発生NOxの影響や海上での計測誤差を適切に反映したAllowanceの検討を行う必要がある。
 
 
 粗悪油を使用した場合の発生NOxは、燃料油中の窒素分、事前に予測が困難な燃料油の着火特性、燃焼特性などにより大幅に変化する。3隻の実船試験から得られた結果では、ISO8217 DMクラスの燃料油を使用した陸上試験結果からの乖離は、IMOの規定により許されている15%を越え、最大30%に達している。この結果を考慮し、IMOに対して以下の提言を行いたい。
1)SO8217 RMクラスの燃料油を使用した場合の発生NOxは同一機関、同一条件で最大30%が計測された。
2)従って、IMOはこの結果を附属書VI発効後の規制実施に当たり考慮すべきである。
3)考えられる対応としては、燃料油中の窒素分により補正を認める。
4)代案として、ISO8217中に窒素分の規定を儲け、窒素分を規制する。
5)今回NOxモニタリングに使用したジルコニアセンサーは、実用上有効であり、NOxテクニカルコード中に記載すべきである。
6)IMOは、引き続きISO8217 RMクラスの燃料油を使用した場合の発生NOxのデータを収集すべきである。
7)IMOは、燃料中の窒素分について、石油業界へその実態を開示するよう要求すべきである。
 
 
8.3.1 ISOへの提言
 
 舶用燃料油の規格を決めている、燃料油規格ISO8217は、5年毎の見直しが実施され、CDの投票が終わり、現在DISを作成中である。このDISは近々完成し、各国の投票へ廻される予定。今回は硫黄分の規定がIMOに合わせ、上限4.5%と1.5%の二種類が出来た。また、自動車廃油の混入も禁止された。
 今後次の見直しが行われるが、これには窒素分の規定も入れるよう提案してゆきたい。理想的には本規制の検討が開始された時点での代表的窒素含有量である0.2%程度であれば、現在IMOが規定しているRMISO8217のRMクラスの燃料油を使用した場合の増加許容値10%の範囲に収まる可能性が強い。現実的には硫黄分同様上限値:例えば窒素分0.8%とし、0.2%〜0.8%の間は、IMOのNOx Technical Codeを改正し、窒素分の量による補正を認めることにすれば良いのではないだろうか。また、着火特性については、現在FIA装置が検討されているが、信頼できる結果が期待できるようであれば、規格として採用するよう進めたい。
 
8.3.2 CIMACへの提言
 
 CIMACでは、“重油”WGを構成し、ISO燃料油規格ISO8217の技術的検討を行っている。また、独自の燃料油規格もリコメンデーションとして発行している。このグループに対しても、IMOへの提言と同じ内容を提案してゆきたい。
 
 
 本研究の成果は、IMOへ提出された日本文書DE45/INF.10、DE46/3/1、DE46/INF.5、MEPC49/INF10として発信された。また、DE46、DE47、MEPC49に、日本から本研究の関係者を派遣し、本研究の結果を基に積極的に議論に参加し、また、パネル展示、プレゼンテーションを通じ日本案の実現に勤めた。
 その結果、MEPC49では、DE47で作成された日本案が十分取り入れられたNOxモニタリングガイドラインが「決議MEPC103(49)」として承認された。日本が強く求めていた点は、計測点数(NTC規定のE3モードでは4点計測であるが、日本案は異なった負荷2点のみ)、計測時間(出力整定後の10分間以上)、データ取得時期(再認証前30日稼動日以内の計測で、分割計測も可)などである。
 
 しかしながら、一部の項目については、附属書VIの発効後しか作業が出来ないNOx Technical Codeの一部改正や他機関(例えば、ISOなど)との調整が必要な項目があり、今後の作業として残された。
 
 海洋汚染防止条約 附属書VIの発効を間近に控え、今後幅広く使用されるであろうNOxモニタリング法の実用的手法の確立と、粗悪燃料油を使用した場合のNOx発生特性の把握を目的として本調査研究を3年間に亘り実施してきた。その結果、ジルコニアセンサーを使用した新しい実用的なNOxモニタリング法はほぼ確立され、今後多くの実績を積み重ねることにより、より良い物に完成されてゆくことを期待している。
 一方、粗悪油を使用した場合のNOx発生特性は、燃料油中に含まれる窒素分の量や、燃焼特性(含む着火特性)により大きく左右されることが明らかになった。この量は現在IMOが規定している最大15%を大きく超えるものであり、しかも事前にその傾向や量を予測することは困難である。このことはIMO NOx Technical CodeでIAPP証書更新時の選択肢の一つとしているNOxモニタリング法が採用しにくいことを意味しており、今後全ての機会を捕らえ以下の提言を発信してゆきたい。
 
1)ISO8217 RMクラスの燃料油を使用した場合の発生NOxは同一機関、同条件で最大30%が計測された。
2)従って、IMOはこの結果を附属書VI発効後の規制実施に当たり考慮すべきである。
3)考えられる対応としては、燃料油中の窒素分により補正を認める。
4)代案として、ISO8217中に窒素分の規定を儲け、窒素分を規制する。
5)今回NOxモニタリングに使用したジルコニアセンサは、実用上有効であり、NOxテクニカルコード中に記載すべきである。
6)IMOは、引き続きISO8217RMクラスの燃料油を使用した場合の発生NOxのデータを収集すべきである。
7)IMOは、燃料中の窒素分について、石油業界へその実態を開示するよう要求すべきである。
 
 最後に本研究の実施に当りご協力いただいた関係者に深く感謝するものである。
 
以上
 
 
1. MEPC49/INF10
2. MEPC49/22add.1 Annex 5 Resolution MEPC103(49)
3. MEPC49 プレゼンテーション資料







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