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3.4.3 コスト予測
 従来のダビッド降下式救命艇は、救助艇を兼用している場合が多い。一方、自由降下型救命艇は救助艇兼用とはなっていないため、SOLAS III章31.2規則及びLSA Codeの5.1項の規定により、救助艇を別途積み付ける必要が生じる。
 ダビッド降下型救命艇の場合には、左右舷の間で持ち運びできる場合には、救命いかだは一つでよい(SOLAS III章31.1.1.2規則)。一方、自由降下型救命艇を搭載する場合には、救命いかだを両舷に設置し、そのうちの一つはダビッド降下式とする必要がある(SOLAS III章31.1.2.2規則)。但し、このダビッドは救助艇のものと兼用とすることが出来る。
 自由降下型救命艇、その進水スライド、アクセス通路、及び救助艇1艇及びその降下装置を含め、費用は約$200,000と見積もられる。現状の船救助艇を兼用している側ダビッド降下式救命艇(両舷セット)は約$80,000であるから、差額は約$120,000となる。
 なお、現存船のダビッド降下式救命艇を自由降下式救命艇に替える場合の費用は、救命艇、進水スライド、アクセス通路及び工事費を含め、約220,000となる(この費用には、積み替え工事のために船を止めることに起因する損失及びドック料は含まれていない)。
 
3.4.4 議論
 自由降下型救命艇をケープサイズのばら積み貨物船に搭載する場合の問題点及び利点を比較検討した。
 
3.4.4.1 自由降下型救命艇設置の問題点
.1 軽荷喫水時の降下高さが大きい
 定員が30名あるいは34名程度までの自由降下型救命艇では、降下高さについては20m程度までは実績があり、高さそのものについては問題はない。一方、浸水スライドのスライド角度は、自由降下型救命艇の水面への進水角度範囲と、進水高さによって決められる。降下高さは航海軽喫水と満載喫水の双方に対応する必要があり、この喫水の差による進水角度の差異が、自由降下型救命艇の進水角度の許容範囲に収まるか、検討する必要がある。
 さらに、バルクキャリアの場合には船首部ホールドに浸水する事故が多い。仮に、戴荷状態のパナマックス・タイプのバルクキャリア(全長210m程度)の船首部(水面上約8mと仮定)に浸水して完全に水没することを想定すると、この場合には浮力が喪失するために船尾部が上昇することはなく、従ってトリムはtan-1(8/210)=約2.2度である。これが自由降下型救命艇の新入角度の許容範囲に入るか、検討が必要である。
 一方で、非常時にはトリムの変化よりも横傾斜のほうが大きい場合が多いため、横傾斜で使用不能になる船側ダビッド降下型救命艇よりは、船尾の自由降下型救命艇のほうが非常時に有利という考えもあり、浸水後の状態を模擬し、ダビッド型と自由降下型の安全性の比較検討が必要と考えられる。
 
.2 自由降下型救命艇の搭載場所
 自由降下型救命艇は船尾に取り付けることとなっている(SOLAS III章31.1.2.1規則)。船側に救命艇の設置場所が確保できない比較的小型の貨物船に、自由降下型救命艇を船尾に搭載する例はすでに多くの実績がある。このような小型の船舶では、船尾の系船装置及び種々の物品(機関関係及び生活物資)の搬入路との取り合いに工夫が必要であるが、デザインの工夫によりすでに解決している。
 パナマックス以上の比較的大型の船舶では、船尾の空間に比較的余裕があるため、自由降下型救命艇を船尾に搭載する設計は、小型船よりは容易であろう。
 
.3 救命艇乗艇位置までのアクセス通路
 居住区上部構造から救命艇乗艇位置までのアクセス通路を設ける必要がある。このアクセス通路を閉囲型とすべきかは、さらに議論を要する。
 アクセス通路と他の設備(物資搬出入経路等)との取り合いは、設計上工夫する必要がある。
 アクセス通路を通る時間は、海象や船舶の運動及び傾斜によって変化すると考えられる。図1の例では、アクセス通路の長さは最大25mと見積もられ、その距離の歩行速度は、状況の困難さを配慮して0.5(m/s)と見積もられる。従ってアクセス時間は50秒程度であろう(RR48における傾斜時の非難経路の歩行速度の実験値による)。自由降下型救命艇に乗艇する時間は、船側にある救命艇に乗艇する時間よりもこれだけ長くなると考えられる。
 また、長いアクセス距離は負傷者及び病人の搬送に不利である。
 
.4 降下訓練
 ダビッド型救命艇の船上での訓練時の事故が多いことが報告されている。自由降下型についても、進水装置を含め十分な安全対策を取る必要がある。自由降下型では、進水のために船尾に相当の空いた水面を必要とすることも考慮すべきである(救命艇の長さの5倍以上)。船尾にそのような水面が確保できない場合及び気象・海象によっては、義務付けされている定期訓練が出来ない場合の措置を検討する必要がある。
 そのような場合でも、離脱装置の作動は定期的に点検する必要があり、降下を模擬した作動テストが可能なように配慮する必要がある。
 一方、船員が自由降下に慣れている必要があるため、陸上の訓練場の整備等、船員教育に自由降下型救命艇の取り扱いを含める必要がある。
 
.5 メンテナンス
 自由降下型救命艇は搭載が通常は1隻であり、また艇内の操作で降下するため、救命艇及び降下装置に故障があってはならず、メンテナンスが重要である。
 ダビッド型救命艇の場合でも、事故状況で船舶が横傾斜すれば片舷の救命艇しか使えない状況に陥るため、メンテナンスの重要性に変わりはない。
 
.6 負傷者、障害者の安全な降下について、検討必要
 自由降下型救命艇は、進水の際には乗員は防護付の座席に着座し、ハーネスベルトで頭部及び身体を固定する必要がある。負傷者が負傷の状況によっては救命艇内の備え付けの座席に着座・固定できないことが考えられる。同様に、障害者への配慮が必要である。
 
.7 コストの増加
 ダビッド降下型救命艇に比べて、自由降下型救命艇はコストが高い。
 自由降下型救命艇の搭載に伴い、救助艇も別途搭載する必要がある(ダビッド降下式救命艇は、通常救助艇も兼ねている)。また、救命いかだを両舷に設置し、そのうちの一つはダビッド降下式とする必要がある(SOLAS III章31.1.2.2規則)。(ダビッド降下式救命艇の場合には、左右舷の間で持ち運びできる場合には、救命いかだは一つでよい:SOLAS III章31.1.1.2規則)。これらもコストの増加となる。
 
3.4.4.2 自由降下型救命艇設置の利点
.1 船側の有効利用
 従来の救命艇を搭載している船側が空くため、この場所を他の目的に使用できる。この点は比較的小型の船舶では有効であるが、ケープサイズ・バルクキャリアでは顕著ではない。
 
.2 ダビッドランチ式に比べ、降下に技量を必要としない
 自由降下型救命艇のリリースが容易なため、ダビッド降下型に比べ、降下に技量を必要としない。但し、船員が自由降下型救命艇の取り扱い及びメンテナンスについて、従来のダビッド型救命艇と同じように熟知している必要があり、そのための訓練及び教育が重要である。
 
.3 降下時間が速い
 自由降下型救命艇の型式承認試験及び船上での訓練の実例から、自由降下型救命艇への乗り込みから水面到着まで通常5分以内であり、ほとんどは乗り込み時間である。
 小型の船舶(LOA 150m未満)では、「船体損傷−貨物艙進水−沈没」のシナリオの確率が高く、さらにその経過時間が短いので、自由降下型救命艇を搭載する利点がある。
 
.4 荒天時の降下が容易
 自由降下型では、救命艇への乗り込みが終了すれば艇をリリースするだけで本船から脱出でき、ダビッド・アームやワイヤの繰り出し、水面での離脱など荒天時には困難な作業のあるダビッド型に比べて、荒天時の降下が安全かつ容易である。
 
3.4.4.3 自由降下型救命艇の適用について
 上記の議論は、バルクキャリアに限定したものではない。さらに、荒天時・緊急時の脱出と退船後の安全性は、バルクキャリアに限った事柄ではない。従って、自由降下型救命艇の適用については、バルクキャリアに限定して検討されるべきではない。ただし、バルクキャリアは他の船種に比べて、船員にとって突然あるいは短時間で沈没する事故が多いため、短時間で離脱できる自由降下型救命艇が有利という考え方もある(MSC74/5/5)。
 
3.4.4.4 自動離脱機構の問題点
 自動離脱機構については、以下のような問題点があげられる。
 
(1)船舶の沈没時姿勢と救命艇の自動離脱能力
 船舶が沈没する際の船尾の姿勢については、いくつかの研究がなされているが、過去の事故事例から一般に以下の2通りの沈没姿勢をとる。
・船尾を高く上げて沈没する。
・船体が横倒しになる。あるいは横転して船底を上にする。
 
 これらの状態において、船尾に搭載した自由降下型救命艇が、その搭載機構から自動離脱できるか、検討を試みた。
 本船が横倒しになる場合には、救命艇はその支持台から容易に外れると思われるが、補助的進水装置として救命艇の振り出しに使用するダビットアーム(門型フレーム)が救命艇の両側面に設置してあり、浮上の際の障害となる。すなわち、この門型フレームに邪魔されて救命艇が浮上できないか、あるいは浮上する際に救命艇が損傷(艇体・スクリュー・舵等)を受けることは必至で、浮上後の避難活動が困難になる可能性が大きい。
 また、本船が横倒しになるということは、可能性として救命艇がダビットに格納されたままの状態で水没せず空中にあることも考えられ、横倒し状態のダビットのレールから救命艇が脱落し、非常に大きなダメージを受ける可能性がある。
 船尾を上げて沈没する場合には、救命艇自身はその通常進水方向(救命艇の船主方向、本船の船尾方向)に外れようとする(自身の浮力により)。この方向に対しては、救命艇は通常時に落ちないように固定されており、この固定装置を外さない限り、救命艇がその搭載装置から離脱しない。すなわち、現状の進水システムでは自動離脱しない可能性が高い。
 以上を勘案すると、自由降下型救命艇に自動離脱性能を要求する場合には、
・救命艇の自由浮上を妨げず、損傷を与えないような進水機構のデザインの変更
・浮力で固定装置が外れる機構の付加
 が必要となる。
 
(2)退船シナリオの検討
 本船沈没時における自由降下型救命艇の使用のシナリオは、以下が考えられる。
 
 (a)乗員が自由降下型救命艇に乗り込み、本船が沈没する前に自由降下に成功する。
 (b)乗員が自由降下型救命艇に乗り込んだが、自由降下する前に本船が沈没するに至り、自由降下できずに、自動離脱する。
 (c)乗員が自由降下型救命艇に乗り込んだが、自由降下する前に本船が沈没するに至り、自由降下できずに、自動離脱もせず、本船とともに沈没する。
 (d)乗員が自由降下型救命艇に乗り込むことができずに海中に落ちる、あるいは飛び込む。自由降下型救命艇は自動離脱し、これに乗員が乗り込むことに成功する。
 (e)乗員が自由降下型救命艇に乗り込むことができずに海中に落ちる、あるいは飛び込む。自由降下型救命艇は自動離脱するが、乗員はこれに乗り込むことができない。
 (f)乗員が自由降下型救命艇に乗り込むことができずに海中に落ちる、あるいは飛び込む。自由降下型救命艇は自動離脱しないため、乗員はこれに乗り込むことができない。
 
 これらをイベントツリーに表現して、それぞれの確率を検討することも考えたが、自由降下型救命艇の実使用実績の報告が入手できない(あるいはそのような実績がない)ため、実施していない。
 また、救命艇が使用できないときのために、船舶は自動離脱機構を有する救命いかだを搭載していることを考慮すると、自由降下型救命艇に自動離脱性能を求める必要は大きくないと考えられる。







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