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5.3 RCOの検討
 事故発生頻度の低減のための対策(RCO: リスクコントロールオプション)の検討においては、まず、いかに現実的・有効なRCO候補を選ぶかが問題となってくる。次に選定されたRCO候補が具体的にどのような効果が期待できるかを評価する。最後に作成したFT・ETを用いて事故発生頻度の低減を定量的に評価する。以下本調査研究で実施したRCOの検討結果について述べる。
 
5.3.1 m-SHELによるアンケート結果の整理
 RCOの候補として、本調査研究で実施したアンケートから得られた情報を用いることを検討する。このためにはアンケートの調査結果を分類・整理する必要があり、そのための手法としてm-SHELを用いて検討を行った。
 人的過誤を系統立てて説明するSHELモデルが航空分野で開発されている。これは、人間に接しているものとして、ソフトウエア(S)、ハードウエア(H)、環境(E)、人間(L)を考え、これらの各境界面に分類して要因を考えていく方法である。さらに、近年、組織的なヒューマンエラーの問題が深刻化するに伴い、各要素間の隙間を管理するマネジメント(m)が存在することが指摘されm-SHELモデルが提案されている。
 「衝突事故」および「座礁事故等」解析で実施されたアンケートから得られた操船者の各事故の防止に対する意識を、m-SHELを用いて分類した結果の一例を示したものが図5.3.1.1である。ここでは乗揚と避航の各アンケートにおける回答件数を集計している。全体として、年度、実施アンケート内容、回答者母集団の相違に関わらず、類似した傾向を持っていることが分かる。
 アンケート結果をm-SHELで分析した場合、L、L-S、L-m、L-Hの順に意見の数が多いということがわかり、RCOを検討する際に参考となる知見がこのような方法で得られることがわかった。
 
図5.3.1.1 衝突および座礁事故に関するアンケートから得られた分類結果の比較
 
5.3.2 RCO候補の検討
 具体的なRCOについては、各年度において選定し、効果の評価が行われてきた。平成15年度においては、再度これらのRCO候補について見直しを実施し、期待される効果を工学的判断により評価した。その一例を表5.3.2.1に示す。同様な評価を全11項目について実施した。
 
5.3.3 RCOの選定
 アンケートの結果の分析からL(操船者としての基本的な特性、技術的な特性)、L-S(手順書などの整備、航行環境に関する法的規制)、L-m(当直勤務の負担軽減、技術レベルの維持と向上)、L-H(人間と機器のかかわり)の順に要望の高いことがわかった。RCOの候補としてもL、L-S、L-m、L-Hの順に検討すべきであるが、人間特性の改善、手順書改善、法的枠組みの変更等に対応して、具体的にどのようなRCOを設定するかには難しいものがある。そのこともあり、5.3.2でRCO候補として具体的に検討した項目はL-Hに関係するものが多かった。
 アンケートで要望の多かった機器としては下記のようなものが挙げられている。
・レーダー、ARPA、GPS、AIS等といった機器の義務化とその範囲の拡大、また早期導入等(L-H-2、3)
・有効な居眠り防止装置(L-H-3)
・VHFの積極的活用促進、設置義務を小型船まで拡大(L-H-3)
 アンケートの要望とRCO候補との比較を行うと、(2)AISの導入、(5)レーダの2重装備(独立かつ同時の操作可能な2の航海用レーダ)および(6)VHF無線電話の搭載・聴守義務強化等がRCOとして出てくる。
 さらに、5.2.3重要度評価において行った結果の上位項目{H(A-B船問のコミュニケーション)、C、F(観測誤り)}が、上記3項目の期待される効果の中にあらわれてきている。この点からもRCOとしては重要な項目であることがわかる。また、機器等ではないが、安全確保のための導入施策の候補として「水先人の乗船」についてもRCOとして選定した。
 
表5.3.2.1 RCO候補としてのAIS(ARPA)
概要 他船の動静情報を電子情報として取り込み、これを処理することによって存在の表示、危険の警報を行う。
現行規制の
適用船舶
各機器の搭載義務は次のとおり。【船舶設備規程第146条の12、14〜16、29】
レーダ 船舶(300総トン未満の船舶であって旅客船以外のものを除く)
AIS 300総トン未満の旅客船
300総トン以上の国際航海に従事する船舶
500総トン以上の国際航海に従事しない船舶
ARPA 10,000総トン以上の航海用レーダ搭載船
ATA 航海用レーダ搭載船で500総トン以上(500〜3,000総トンは1基、3,000総トン以上は2基、10,000総トン以上はARPA)
EPA 航海用レーダ搭載船で500総トン未満
※AIS(船舶自動識別装置)、ARPA(自動衝突予防援助装置)、ATA(自動物標追跡装置)、EPA(電子プロッティング装置)。
ATAはARPAの機能から試行操船や自動捕捉機能などを削除したもの、EPAは手動入力されたマーク位置の読み取りと計算をレーダ指示部に内蔵されたCPUで自動的に行う装置であり、いずれも簡易型ARPAである。
期待される効果 “観測誤り”や“認知誤り”の抑制効果が期待でき、特に視界制限状態時には有効と考えられる。また、相手船の動静が把握できれば避航計画が容易に立てられると考えられる。
AISは、自船の針路、速力のみならず、他船の目的地や貨物等多くの他船情報を含んでおり、他船の行動予測においてARPAよりも有効と考えられることから、“避航計画失敗”確率をAISの場合25%減、ARPAの場合10%減と想定する。
関連する事象 期待される効果の想定
C、F観測誤り 25%減
D、G認知誤り 25%減
J、M避航計画失敗 25%減(ARPA: 10%減)
 
5.3.4 RCO効果の定量的評価
 衝突事故発生を頂上事象とするフォルトツリーを使用し、衝突事故に対する事故防止策(RCO)が実施された場合、関連する各項目の生起確率が低減するものとして頂上事象を計算し、RCOの事故発生への低減効果を算出した。その結果、「疲労監視装置・居眠り防止装置」の効果が一番高く、次点に「VHF無線電話の搭載・聴取義務強化」、そして「AIS(ARPA)」、「レーダの2重装備」、「携帯電話+GPS」、「航海用レーダ反射機(リフレクタ)」、最後に「ECDIS(電子海図表示装置)」となった。
 一方、5.3.3で選定した4種類のRCOについて、イベントツリーに具体的に適用し、その効果を定量的に評価した。その場合の対象となるヘディングの分岐確率の変化とRCOの効果をまとめたものが表5.3.4.1である。分岐確率は、5.2.6での検討により決定した分岐確率とした。
 
表5.3.4.1 RCOの候補と導入した場合の効果
RCO候補 対象ヘディング 分岐確率の変化 衝突事故発生確率の変化
(2)AISの導入 C(F):A(B)船観測誤り
D(G):A(B)船認知誤り
J(M):A(B)船避航計画失敗
いずれも25%減
0.048→0.036
0.035→0.027
0.040、0.059→0.030、0.044
4.76E-4→3.16E-4
 34%減
(5)レーダの2重装備
(独立かつ同時の操作可能な2の航海用レーダ)
B(E):観測機器不全 100%減
C(F):観測誤り25%減
D(G):認知誤り25%減
0.00014→0
0.048→0.036
0.035→0.027
4.76E-4→3.63E-4
 24%減
(6)VHF無線電話の搭載・
聴守義務強化
H: A-B 船間のコミュニケーション30%減 0.73→0.51 4.76E-4→2.35E-4
 50%減
(9)水先人の乗船 J(M):避航計画失敗
K(N):避航実行失敗 いずれも30%減
0.040、0.059→0.028、0.041 0.022→0.015 4.76E-4→2.35E-4
 50%減
 
 さらに(6)を除く各RCOを導入した場合の衝突事故発生確率の効果について詳細に検討するために、不確実さ解析も実施した。
 
 FSAの解析手順としてはRCOの評価のあとに費用対効果解析が置かれている。これは、リスクを減少させるRCOについてその導入費用(安全対策の費用)を算定し、リスクの減少を利益として捉えたときに費用に見合うだけの効果が得られているかを評価することである。
 この評価結果に基づいてRCO(安全対策)を導入するかどうかの判断がなされていく。
 本調査研究においては機関室火災事故について費用対効果の解析を実施したので、次項で述べる。
 
5.5.1 機関室火災安全対策の費用対効果の検討
 対象船舶として19総トン型漁船(以下、「19GRT漁船」と呼ぶ。)及び499貨物船を取り上げ、機関室火災について検討し、人命や環境のリスクを無視しても費用対効果の面で有利となる安全対策を模索した。ここでは、例として19GRT漁船に関する検討結果について報告する。
 19GRT漁船の火災事故の発生確率は、要救助海難統計及び漁船保険統計表より9.4×10-4件/(隻・年)と考え、その他事故例に基づき機関室火災の割合を推定し、機関室火災の発生確率は5.6×10-4件/(隻・年)と推定した。さらに、平成2〜10年の海難審判庁裁決録(データベース)に基づき、機関室火災を着火源及び出火燃焼物に基づき分類し、その発生割合をモデル化した。抽出した事故例における各事故分類の件数を表5.5.1-1に示す。さらに事故例に基づき、事故のパターンと典型的な被害の関係をまとめ、損害額は、全損の場合は船舶の残存価格を、修理の場合は修理費を実績ベースで概略モデル化し、損害額を推定した。修理の分類と推定額を表5.5.1-2に示す。事故一件当たりの平均の損害額は3,587万円であった。
 
表5.5.1-1 抽出事故例(41件)の着火源と出火燃焼物
  出火燃焼物
電線等 機関室油 その他 不明
着火源 電気系統 20(10)   2(1)  
排気管系   8(3) 4(2)  
その他 1(1) 3(2) 1(0)  
不明       2(2)
 
 安全対策としては、「配電盤の検査強化」、「簡易固定式火災探知装置」、「簡易固定式(泡)消火設備」、「機関室外部からの消火用配管」を検討し、リスク低減率を仮定した。この仮定の下では、人命損失を無視した場合に、リスクの低減度合いとコストを比較して、コストの方が小さくなる安全対策は無かった。以上により、財産に関するリスク解析及び費用対効果の解析の一例を示した。
 
表5.5.1-2 修理の分類と推定額(万円)
記号 分類 推定額
S1 大規模船体修理 2,500
S2 小規模船体修理 1,000
N1 主機新替 3,500
N2 補機新替 1,700
O1 主機オーバーホール 2,000
O2 補機オーバーホール 750
E 電気系統新替 350
 
5.5.2 海難事故における携帯電話の有効性の検討
 海難事故における通信装置の役割は緊急時の連絡手段という点からも重要なものであるが、漁船、プレジャーボート等といった通信装置の義務付けられていない小型船舶もある。そこで、著しい普及と機能の向上が認められる携帯電話の海難事故時における有効性を検討するために、事故発生から通報により関知されるまでのシナリオを考え、ETを用い評価を行った。
 救助あるいは死亡までのシナリオとして、次に示すものを設定した。
海難事故が発生[]連絡装置としての携帯電話[]関知までの時間[]死亡行方不明者の発生
 解析に用いた基礎データは要救助海難統計であり、携帯電話の有効性を検討するため緊急連絡が必要となり通信手段の重要性が問題となる転覆・火災・浸水を対象とした。
 事故発生から海上保安庁が事故を感知するまでの時間を携帯電話の有る無し毎に求め、さらに感知時間と海難時の死亡率の関係等の基礎的な関係を統計データより求め、イベントツリーを用いて評価した。
 携帯電話の所持率が15%(平成8年度の普及率)から100%へと増加した場合、プレジャーボート・漁船の転覆・火災・浸水事故による死亡行方不明者数は相当程度減少するという評価結果が得られた。







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