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3. IMOにおける安全評価の審議
 
3.1 IMOにおけるFSAに関する動向
 本委員会および前身の委員会であるRR-49の期間において、IMOにおけるFSAの審議に関して以下の2点が特筆すべきものとしてあげられる。
(1)FSAガイドラインの承認および改正
(2)FSAの具体的課題への適用
 以下これらの点につき概説する。
 
3.1.1 FSAガイドラインの承認および改正
 MSC68(1997年5月〜6月)において承認されたFSA暫定ガイドライン(“Interim Guidelines for the Application of Formal Safety Assessment(FSA) to the IMO Rule-Making Process”, MSC/Circ.829-MEPC/Circ.335)に、CG(幹事:吉田)による修正が施され、MSC74(2001年5月〜6月)に承認された。承認されたFSAガイドライン(“Guidelines for Formal Safety Assessment(FSA) for Use in the IMO Rule-Making Process”, MSC/Circ.1023-MEPC/Circ.392)は、本委員会によりFSA暫定ガイドラインの再構成がなされ、それに基づき以下の点を取り入れたものとなった。
(1)規則のインパクトに関するダイヤグラム(“Regulatory Impact Diagram”: RID)に関する記述のガイドライン本体からの削除
 RIDは英国がRCO(“Risk Control Option”)のリスク低減効果の定量化のために開発した手法であるが、恣意的で学術的な検討が不十分である等とのMSC72および74におけるFSAのWGでの議論によりガイドラインの本体から削除され、RIDの元になった”Influence Diagram”の名でAppendix 3に入れられた。
(2)人的要因の取り入れ
 IACSが開発した人間信頼性解析(“Human Reliability Analysis”: HRA)のガイダンス(“Guidance on HRA”)がFSAガイドラインのAppendix 1に取り入れられた。
 FSAガイドラインの承認後、FSAのバルクキャリアの安全性の審議への適用がなされ、その過程でFSAガイドラインの見直しに繋がる問題点が指摘され、結果として吉田を幹事にしたCGがMSC77(2003年5月〜6月)で設置され以下の作業項目の検討が実施された。
 (1)MSC77/18/2、MSC76/5/12を基に、FSA指針の改正を検討すること。
 (2)MSC77/18/1を基に、FSAの海難解析における使用方法について検討すること。本件については、FSIが設置している海難データに関するコレスポンデンス・グループと連携を取ること。
 (3)バルクキャリアWGからの要請で、安全措置が導入された後のリスク低減を計算する方法の導入の必要性について検討すること(MSC77/WP.13)。
 (4)海洋環境保護に関するリスク・インデックスが可能かを検討すること
 (5)MSC78に結果を報告すること。
 これらの作業項目の検討結果がMSC78(2004年5月〜6月)で審議される予定である。
 
3.1.2 FSAの具体的課題への適用
 FSAの具体的適用例として以下の2つを考慮する。
 
・非RO-RO旅客船のHLA(Helicopter Landing Area)の強制要件に関する審議
・バルクキャリア安全性に関する審議
 
(1)非RO-RO旅客船のHLA(Helicopter Landing Area)の強制要件に関する審議
 この要件はSOLAS章24-3規則で1995年に採択されたが、FSAによる審議の結果MSC70(1998年12月)で凍結された。その当時は未だ正式なFSAガイドラインが発効しておらず、暫定のままであったが、本件によりFSAが注目され、その実用化にはずみがついたように思われる。
 HLAの強制要件に関するFSAの検討は、ノルウエーおよびICCLによるものと、イタリアによるものとがあり、双方ともHLAの非RO-RO旅客船への強制化は正当化されないと結論付けている。以下に、ノルウエーおよびICCLによる検討結果の概要を示す。
(1)問題定義
 Generic Model: 130m以上の非RORO旅客船はHLA(Helicopter Landing Area)を持ち、事故船の近くに来た時、そのような旅客船が、ヘリコプター基地より近ければヘリコプターは事故船と旅客船を往復する。HLAには給油設備はない。
(2)Step 1(ハザード同定)
 人命損失をもたらす主な海難事故がヘリコプターでどれほど死者が救助されるか吟味されている。
(3)Step 2
 HLAを導入することにより回避できるリスクは人命損失リスクのみであり、それを推定するための基礎として、旅客船、および旅客船以外の船舶に分けて人命損失のFN曲線を作成している。
(4)Step 3
 問題の性質上、この報告ではHLAが唯一のRCOであるが、HLAが有効と考えられる状況が2種類(事故船からの避難、近くの船舶からの避難)示され、ヘリコプターだけで救出される人数はそれほど多くないことが指摘されている。
(5)Step 4
 統計モデルおよび地形モデルによりHLAによるリスク低減効果が算定され、HLAを導入する際のコストの増加分を推定し、これらの数値より、ICAFを算出している。ICAFは最低の見積りでも7000万ドルとなった。
(6)Step 5
 OECD加盟国では、何か安全対策を強制化する際のICAFは2〜400万ドル程度が一般的である。したがって、Step4でもとめたICAF=7000万ドルはこの基準に比べると桁違いに大きいため、非RORO旅客船へのHLAの強制化は推奨できない。
 この方法は、ICAF(GCAFと同じ定義)をOECD加盟国の慣例と比較してHLA強制要件化が妥当でないことを主張している。
 
(2)バルクキャリア安全性に関する審議
 これは歴史的に多数の死者を出しているバルクキャリアの安全性向上のための包括的な検討であり、Derbyshire号事故の調査を行った英国が、同検討をIMOに提案して実施されたものである。英国はEU諸国から成る国際共同FSAを主導し、日本は独自のFSAを実施した(RR-S702報告書参照)。
 国際共同FSAと日本のFSAの結果は同じ海難データ(LRF海難データ)を使用しながらも大幅に異なるものとなった。その最たるものが主なRCOとしてのハッチカバーの強度強化に関する主張であり、国際共同FSAは多数の人命が失われる事故はハッチカバー関連事故であるとしたのに対し、日本のFSAは、そうではなく、側壁崩壊による事故の方が多くの人命喪失をもたらしているためハッチカバーではなく側壁強化が重要であると主張した。このような主張の違いは、原因不明の事故が多数あり、それらをどの原因に帰するかという専門家判断が必要であり、恣意性が混入する部分と言える。日本側は、恣意性をできるだけ排除してこの問題を解決するために海難事例を調査して原因不明事故の原因推定を実施し、その結果を英国の代表者に説明し理解を得た。同時に日本側はBayesの理論を応用した科学的な方法で原因不明事故の原因推定を行う方法を開発し、その結果をIMOに示した。これらより、英国はRCOとして主張していたハッチカバーの強度強化を取り下げることとなった。
 しかし、国際共同FSAの結果により英国は自由降下式救命艇の設置、二重船殻化、浸水監視装置の設置など、数多くのRCOをNCAFで効果が高いとして強制化すべくIMOに働きかけ、現在、DE、DSC、SLF、NAV等の小委員会にそれらの技術的検討が依頼されている。
 また、このような経緯もあり、費用対効果の評価において、GCAFで評価するか、NCAFで評価するかの問題が発生した。さらに、複数のRCOを採用する場合のリスク低減量の推定に関する問題も生じた。これらの問題はFSAガイドラインの見直しに関わる一般的な問題であるため、その方向で検討されることになった。
 
※ICAF等について
 
ICAF: Implied Cost of Averting Fatality(人命損失を回避する際に必要とされるコスト)
ICAF=ΔCost/ΔRisk
 
GCAF: Gross Cost of Averting Fatality(=ICAF)(人命損失を回避する際に必要とされるコスト・・・得られる便益はコストから控除されていない)
ICAF=ΔCost/ΔRisk
 
NCAF: Net Cost of Averting Fatality(人命損失を回避する際に必要とされる純コスト・・・得られる便益をコストから控除したもの)
NCAF=(ΔCost-ΔBenefit)/ΔRisk
 
 これらの指標は、費用対効果を示す指標で、1年に1人の人命をさらに救うのにかかる経費を示しており、安全対策を強制化する際の参考値となる。表3.1.1に欧米で採用されているICAFの例を示す。なお、これらの指標はIMOにおけるFSAによる安全基準の審議で標準的に用いられている。
 
表3.1.1 リスク許容基準として公表された値(in MSC72/16 by Norway)
 
3.1.3 FSAによる安全基準審議の今後について
 FSAガイドラインの発効・それに基づく種々の実施例から推察されることであるが、今後FSAにより審議される事項は増加する傾向にあると思われる。IACS及び各船級協会もFSAへの対応に本腰を入れはじめている。日本はFSAの提案当初より(社)日本造舶研究協会の基準部会の1つとしてFSAの検討の恣意性をできる限り排除し科学的に実施してきた。その結果バルクキャリアの安全性の審議への有効な対応が可能となるとともに、FSA-CGの幹事を執る等、FSAに関する検討の主導的立場を確保してきた。FSAの提案国である英国は恣意性を排除するという当初の主張に反してFSAに恣意性を取り入れようとしたためにRIDのガイドライン本体からの削除やバルクキャリアの安全性の議論における主張の撤回などの問題に遭遇し、結果として強大な政治力に物を言わせるという旧来の方法を採らざるを得なくなっている。今後の基準のあり方として機能要件化があり、EU諸国の政策決定にリスク評価が標準的になっている等を考慮すると、IMOにおいて今後ますますFSAが重要となってくると考えられる。また、このような国際的な方向性を国内基準策定にも適用すべきであることは当然と言える。これからは国内基準、国際基準ともFSAによる審議をさらに強化することは重要と言えよう。







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