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3. 我が国の技術的検討内容および検討結果
 
3.1 バラスト水交換に関する現状調査および手順の検討
 
3.1.1 洋上におけるバラスト水の交換で生じる運航上の問題点
 
(1)各バラスト水交換法の問題点
 現在, 洋上でバラスト水を交換する方法として, 以下の3つの方法がある。
a)Sequential Method(逐次法)
 タンクまたはホールドを完全に空にした後に再注入する方法。
 
b)Flow-Through Method(溢出法)
 タンクまたはホールドに注水してオーバーフローさせて交換する方法。容量の3倍の水を注入する。
 
c)Dilution Method(希釈法)
 タンクまたはホールドに注水しながら, 同時に排水する方法。ブラジルが実船で検証しており, MEPC42/8/3およびMEPC42/INF.14で紹介されているが, 一般的ではない。
 それぞれの方法の問題点をまとめて, 表3.1に示す。
 
(2)時間的制約および場所的制約
 短期間の航海, 沿岸域のみの航海あるいは荒天に遭遇した場合などに, 洋上でのバラスト水交換が実施できない。バラスト水交換の作業時間は, つぎのように算定される。
 
 
(3)新たな環境負荷
 バラスト水交換を実施する間, ディーゼル発電機またはボイラーを動力源とするバラストポンプを運転することに伴って, 炭酸ガスの排出という新たな環境負荷が発生する。炭酸ガスの排出量は, 次式で算定できる。
 
炭酸ガス排出量=燃料消費量×発熱量×炭素換算係数
 
(4)追加コスト
 バラストタンクの動力源が消費する燃料コストが増大すると共に, バラスト水張排水作業とその監視が, 乗組員(オフィサーおよびエンジニアの両者)に負担増をもたらしている。
 
(5)安全確保と商業確保
 唯一実現可能なバラスト水管理手法は, 外洋におけるバラスト水交換であるにも関わらず, 船舶の状況あるいは海象状況によっては, 航海中に洋上でバラスト水を交換することに危険が伴う場合がある。この場合には, 入港の後, 港内で荷役の進捗状況に応じてバラスト水の排出が認められるべきであるが, 場合によっては, 指定水域へ移動してのバラスト水交換が要求されることもある。
 
表3.1 既存のバラスト水交換方法の問題点
  (a)Sequential Method (b)Flow-through Method (c)Dilution Method
船舶の安全性の
問題
・船体縦曲げモーメント、せん断力の増大。
・復原性の低下。
・スロッシングの発生。
十分な船首喫水の確保が困難。スラミングの発生。
・積付状態、喫水の変化により船体振動の発生。
・バラストタンクおよびバラスト管系への過大な圧力による損傷。
・Air pipe headへの海水通水による損傷。
・寒冷地を航行する際、甲板へ流出したバラスト水の氷結により、復原性に悪影響を及ぼす。
・バラストタンク内の水位を一定に保つことが困難。
・バラスト水を同時に漲排水できるような2系統のバラストシステムが必要となり、設備設置費用がかさむ。
操船上の問題
・船橋視界の確保が困難。
・適性喫水/トリムからの逸脱により、操縦性及び推進効率(プロペラの空転)に影響を与える。
・姿勢変化がないため問題なし。
船上整備作業の
問題
・発電機の整備作業が制限される。
・甲板上へのバラスト水溢出により、航海中の甲板メンテナンス作業が制約される。
・甲板上へのバラスト水溢出により、船体腐食が促進される。
・発電機の整備作業が制限される。
乗組員の安全及び
作業増加の問題
・ホールドバラストの入れ替えは、通常注水時張り込み過ぎないよう液面計を使用し、最後はアクセスハッチよりアレージを実測する。悪天候下では実測が困難であるため、張り込み過ぎてハッチカバーを持ち上げたり、船体構造部材の変形が生じる事例があるため、悪天候下での実測は乗組員に危険を与える。
・タンクが膨張する恐れがあるため、その対策としてマンホールを開け過圧を防ぐ方策があるが、天候に左右される上に乗組員の作業量が増える。
・長時間を要するため乗組員の労働時間が増える。
・マンホールの開閉作業は、悪天候時や夜間においては特に危険である。
 
 これは, 商船にとってはスケジュールの遅延を余儀なくさせるものであるため, 船長は多少の無理を犯しても, スケジュールの遅延を避けるために洋上の危険な状態でバラスト水を交換するという, ”Commercial Pressure” に直面することになる。
 このように, 規則・条約等で洋上でのバラスト水交換を義務付けることは, 船舶の安全と商業活動上の利益という, 相反する2つの何れを選択するかの判断を船長に押し付けることになる。
 したがって, バラスト水の洋上交換に関しては, 船舶の安全を確保しつつ, どのような状況でもバラスト水交換(またはバラスト水処理)を実施できる技術が確立されていない状況でこれを強制化することは, 重大な問題を引き起こすと言わざると得ない。もし, 環境保全の立場から, 新たなバラスト水処理技術が確立するまで強制化を待てないのであれば, 船長に”Commercial Pressure”をかけることなくバラスト水管理が実施できる体勢を, 国際基準として用意すべきである。
 
 
(1)バラスト水交換時の海象
 各船社では, 船長に対してバラスト水交換が実施可能な海象について明確な基準を指示しているわけではなく, 船長の判断に任せている。船長は, 自身のこれまでの経験や見識に基づいて安全にバラスト水を交換できるか否かを判断し, その時の運行スケジュールも勘案してバラスト水交換実施およびその方法を決定する。すなわち, 同一船舶であっても, その都度バラスト水の交換方法は変わり得る。したがって, バラスト水交換に際しての海象(ビューフォート数や有義波高)やバラスト水交換海域に関する特定の基準は有していない。
 
(2)バルクキャリアのホールドバラストの張水
 どのホールドにどのタイミングで張水するかは, その時の海象状況や航路に左右され, 最終的には船長の判断で決まる。その一方では, これに関して基準とまでは行かないが, ノーマルバラスト・コンディションとして常時バラストタンクに張水する方針を持つ船社もある。また, 港内でバラストホールドに張水する船社もあり, 一般的にはそのどちらもあり得る。
 
 
 現在, 10ヶ国以上でバラスト水の処理に関する規制が行われている。オーストラリア, 米国, ニュージーランドの規制内容を, 表3.2に示す。
 
 
 前節で紹介したバラスト水交換に伴う諸問題を解決するひとつの方法として, TEEKEY SHIPPING JAPANにより「バラスト水自動換水システム」が開発された。本システムは, ホールド内のバラスト水交換に圧力および重力と言う自然の力を利用する方法であるために, Sequential MethodやFlow-through Methodと異なり, 人員による操作や監視を必要としない利点を有する。
 本システムは船首部に取水孔, 船底部に排水孔を有する。この方法は, 図3.1に示す4段階よりなる。Step 1は, 取水孔も排水孔も閉じられた交換開始前の状態を表す。Step 2では船底の排水孔を開き, 重力を利用してタンク内のバラスト水を外水面まで下げる。Step3では船首の取水孔を開け, ホールド内に綺麗な水を取り入れると同時に, 船底の排水孔から希釈されたバラスト水を排出する。そして, 船底部の排水孔を閉じ, 船首の取水孔から綺麗な水を取り入れ, わずかな動力を使用して元の水位までバラスト水を張りつめる。Step4では, No.1 W.B.T.のバラスト水は綺麗な水に入れ替わっている。
 
表3.2 各国のバラスト水規制の比較(一例)
オーストラリア アメリカ カナダ ニュージーランド
規制
担当官庁
AQIS US Coast Guard Canadian Coast Guard 港湾公社 漁業省
対象港 全ての港 全ての港 五大湖及びハドソン河 五大湖及びセントローレンス河 バンクーバー港 全ての港
対象船舶 外航船 外航船(一部除く) 外部からの船 外部からの船 全ての入港船(一部除) 外航船
法的
位置づけ
任意(報告は強制) 任意(報告は強制) 強制 任意 強制 任意(報告は強制)
規制開始
時期
1992年 1999年 1993年 1989年 1998年 1996年
許容される方法 ・バラスト水交換
・タンク内処理(承認要)
・バラスト水交換
・代替措置(承認要)
・バラスト水交換
・代替措置(承認要)
・バラスト水交換 ・バラスト水交換 ・バラスト水交換等
・代替措置(承認要)
対象となる有害水性生物等 (AQISがリストを作成) 規定無し 規定無し 規定無し 規定無し 規定無し
バラスト水取入れへの規制 ・泥の取入れの最小化
・可能であれば浅い水域、下水口の側等からは取水しない
規定無し 規定無し 規定無し 規定無し ・可能であれば、浅い水域、下水口の側等からは取水しない
サンプリングテスト 強制(無作為抽出) 規定無し 任意 規定無し 規定無し 規定無し
報告書の
内容
・バラスト水取入れ、交換、排出の時間、場所、量、塩分等 ・バラスト水取入れ、交換、排出の時間、場所、量、塩分等 ・バラスト水取入れ、交換、排出の時間、場所、量、塩分等 ・バラスト水取入れ、交換、排出の時間、場所、量、塩分等 ・バラスト水取入れ、交換、排出の時間、場所、量等 ・バラスト水取入れ、交換、排出の時間、場所、量等
バラスト水交換等が行われなかった場合の手続き規程 ・非排出又は最少排出
・AQISの決定する非常措置
規定無し ・非排出
・指定海域におけるバラスト水交換
・代替措置(承認要)
(安全性が理由の場合は違反とされない) ・サンプリングテストの結果が出るまで排出禁止 ・天候、船舶の構造等が理由の場合は排出が許可される
・特定の場所で取入れられたバラスト水は排出が許可される
サンプリングテスト不合格の場合の手続き規程 ・AQISの緊急対応戦略(不明)を実施 規定無し ・罰金・出入港許可の取消 規定無し ・指定海域におけるバラスト水交換 規定無し
我が国船社の対応 ・ほぼ全船、主にフロースルー方式にてバラスト交換実施 ・気海象、復原性の許す場合は極力実施 報告無し 報告無し ・気海象、復原性の許す場合は極力実施 ・気海象、復原性の許す場合は極力実施
バラスト水交換をしない場合の実際の官憲の対応 ・正当な理由があれば規程に関わらず問題無い ・正当な理由があれば規程に関わらず問題無い 報告無し 報告無し ・正当な理由があれば規程に関わらず問題無い ・正当な理由があれば規程に関わらず問題無い
 
図3.1 バラスト水自動換水システム
 
 
 
 
 本システムの有効性を確認するために, アフラマックス型のダブルハルタンカー模型を用いた実験を行った。そして, バラスト水交換に要する時間, およびタンク内の水の変化の様子を調べ, 本システムの有効性が確認された。







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