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1.7 高温超電導電気推進機関の動向
 高温超電導電動機に従来の推進電動機をリプレースした場合の電気推進システムを考察するポイントを整理すると下記のようになる。欧米の開発動向、特に米海軍主導の艦艇用推進システムの開発動向、電動機自体の超電導化による小型・軽量化・放射熱減効果、ポッドに収めた場合の推進の優位性(ポッドに容れてしまえば、どのモータでも同じという議論があるが、ポッドが小さくなり軽くなる効果は考察の対象となる)、周辺のエンジニアリングにも関わる冷却冷媒によるパフォーマンスとこれを含めた総合的または電動機単独の効率、特に低負荷時の優位性。ここでは推進用高温超電導(HTS)電動機の開発動向を電気推進船やポッド式電気推進船の現状とあわせて概観する。
(1)背景
 限られたエネルギー資源と環境保全の必要性のもとで、わが国においても新しいエネルギー源の開発とともに化石燃料の消費を抑制して経済発展を維持する必要があり、将来にわたって”高いエネルギー効率”で経済活動を展開する必要がある。また、東京湾はもとより、船舶が航行する海洋圏および汽水域における環境保全が必要である。多くの船舶はデイーゼルを原動機として直接プロペラを回転させる推進方式でまかなわれており、低質油を使って高効率で機関を稼動させることができるが、海洋域の環境保全の立場や総合輸送効率の向上の必要性からこのような燃料消費と排出から脱却する必要がある。
 究極の省エネルギー材料といわれる超電導体、特に液体ヘリウムを必要としない高温超電導線材コイルを応用して、米国海軍は、艦艇の全電化構想を掲げて電気推進方式への切り替えを図っており、この中で高温超電導(HTS)電動機の開発を着々と進めている。陸においても燃料電池技術の進歩と相俟って、小型永久磁石同期機を用いた電気自動車など電化ビークルの普及が進むであろう。90Kで超電導となる高温超電導体の溶融結晶(バルク)体を着磁させて、疑似永久磁石として用いることによって回転電機子タイプの車輛対応の小型高温超電導電動機もわが国で試作されている。
 電力需要の増大を控えて、発電・電力貯蔵、送電システム、グリッドの技術革新も米国では必至であり、高温超電導体を用いた液体窒素温度で稼動する高温超電導体交流発電機や超電導電力貯蔵システム(SMES)の研究も送電の研究とともに開発が始まっている。このような状況下、高温超電導技術が、”高い効率”を達成する技術基盤となるかどうかを早期に明らかにして、この技術を確立しておくことはわれわれの使命である。
(2)高温超電導電動機のメリットとデメリット
 推進系に超電導電動機を用いた場合は次のようなメリットがある。
(1)超電導磁石は極めて強力であるため電動機は数分の一の大きさにできるだけでなく減速ギヤーを用いずに大トルクを発生できる。もし、ポッド型電気推進システムに用いることが出来れば「小さな電動機とギヤーレス」構造で飛躍的に小さなポッドにすることができる。
(2)超電導発電機と電動機は常伝導のものに比べ高効率である。更にポッド型電気推進システムの場合はポッドが小さくなることで水流抵抗が減少し、現在のポッドの欠点(ポッドが大きくなることで水流抵抗が増大)を改善できる。ギヤーレスによるギヤー損失もゼロとなる。
(3)プロペラ軸方向の寸法が短くなることで2機2軸船の全周回転において両軸距離が短くでき、より小型船への適用が可能となる。
(4)現在のポッド型電気推進システムは狭いポッド内で相当の発熱があるため、冷却は船内から強制的に送り込んだ空気冷却によっているが、超電導電動機の発熱量は小さい(電動機の交流側も超電導とし、ネオン、窒素等の冷媒を船内に設置した冷凍機で冷却する場合は、ポッド内の発熱はほぼゼロとなる)船内のため簡単な冷却装置で済む。
(5)以上のことから、(高温)超電導発電機(発電機は常伝導でも可)と電動機の組み合わせで総合エネルギー利用効率(在来型電機推進船よりも10%改善程度するとの意見もある)は飛躍的に高まることが予想される。
 なお、鉄道総研と(財)国際超電導産業技術研究センター超電導工学研究所が共同開発に成功した強力な超電導バルク(従来の3Tを大幅に上回る17.24T、最強の常電導磁石の約30倍で十分な厚みのある鉄の場合、1.2ton/cm2の吸引力がある)を用いれば推進プラント全体の更なる小型化と高効率化が可能になるだけでなく、温度を上昇させるだけで補足していた磁場が消滅することからメンテナンスも容易になる(ただし、メンテ終了後の再着磁装置は必要)。
 一方、高温超電導発電機や電動機は
(1)現時点では多くの開発要素が残されており、このため実用化されたときのコストがハッキリせず、従って開発目標を立てるのであれば、どれ位のコストにすれば在来のものよりメリットが出てくるのかを不確定な要因の中で試算しなければならない(経済性を明確にできない)。
(2)デメリットとしては取り扱いが難しく、特に船舶の場合は定期的に入渠するため、このとき如何に安全、容易に維持管理するかが課題となる。
(3)電気推進の高温超電導化と米国の動向
 電気推進の高温超電導化はより大型の船舶に向けた大出力・大馬力ほどメリットは大きい。30,000馬力以上の電動機では従来の電動機に比べて、重量で約40%の軽量となるばかりか容積で35%(保守のためのスペースを含めて)まで小さくなると試算されている。また、あわせてポッド推進システムヘの高温超電導電動機の搭載の可能性も検討されている。実際、閉サイクルヘリウム冷凍機の進歩は、このようなシステムヘの高温超電導電動機の適合性を高めていることは間違いない。米国では、先の送電ネットワークのトラブルと相俟って、高温超電導の電力貯蔵、パワーケーブル、発電機、電動機への実用化に熱い目が注がれている。
 次世代の舶用推進として高温超電導電動機の電気推進への適合性にも非常に早くから着目している。これらの先進性・先導性は、合衆国海軍研究所(NRL)やDODと民間企業体のプロジェクト、米国エネルギー省(DOE)と民間共同企業体を含めたプロジェクト(Department of Energy's Superconductivity Partnership Initiatives:DOE-SPI)として着実な進展と成果に至っている。開発の流れはGA主導の単極機とNAVY主導の同期機に分けられる。高温超電導体を用いた”高温超電導電気推進システム”は、軽量、小型、高効率、と言われ、同期機では、1800min-1で稼働させるAir-core型の交流シンクロナス方式を採用して、回転界磁子の電磁石としてBSCCO系高温超電導体線材から製造されたレーストラック型コイルを用いている。電機子はバックヨークと通常の銅のワインデイングから構成されている。回転界磁子に取り付けられている高温超電導電磁石は、先に紹介した閉サイクルヘリウム冷凍機によって冷却されている。冷凍機のコストをいれても従来の同クラスの非高温超電導体化発電機に比較して損失や稼働コストは約3分の1ですむと報告され、従来の同等機に比べて効率も95%から97%に上昇するとしている。
 現在、36.5MWのプロペラ直結型推進HTS同期電動機の設計と製作がアメリカンスーパーコンダクター(AMSC)によりアナウンスされている(表1.7.1)(図1.7.1)。NRLでは、高温超電導電動機として1998年に200馬力の舶用単極電動機を試作稼働させている。米国における電気推進用高温超電導電動機の開発の現状は、AMSCのwebpageで把握することができる。現在、25MW120min-1で33,500馬力に達する舶用高温超電導同期電動機の概念設計が完了しており、直径2.65m長さが2.08mであり重量30ton、最大騒音48dB、効率97%以上を目指したという。
 さらに同社では新たに36.5MW、120min-1の推進用電動機の開発を海軍から受注している。2002年2月から、同社では、まず、5MW級の開発試作に着手しており、2002年10月までに、その回転界磁子を完成し、これを英国のALSTOM杜に送り、電機子を含めた完成の後、無負荷試験を完了、昨年来、米国フロリダのCAPSでロードテストをめざして準備が進んでいる。最近の情報では、この4月以降に実施試験されるという。5MWもの大きさになると負荷機を新たに設計製作する必要もあり、準備に時間がかかるのは予想されたことである。彼等は、たとえば高温超電導発電機について、効率や損失、市場調査などの予測計算を行って、それが例えわずかであっても、実用化されたことによる結果、そのライフサイクルの中で、どのくらいの得失となるかを真摯に検討しながら思いきった投資によって積極的に開発計画を着々とすすめている(表1.7.2)。これまでの成果として、小型軽量、低振動・雑音、高いエネルギー密度と高トルクの諸性能が掲げられ、艦船の全電化をはかっている米海軍の支持もあり高く評価されていると言える。欧州においても舶用電気推進用の小型軽量電動機への利用を目的とする450-600kW級の高温超電導電動機もSIEMENS社により試作されており、4MW級の回転機の開発が進んでいる。
 
 現在、高温超電導体のうちRE-Ba-Cu-0超電導体(REはGd、Sm、Yなどの希土類元素)は、液体窒素で簡易に冷却できる絶対温度77K(マイナス196℃)付近で、高磁場中でも高い臨界電流密度を示し超電導が破れないことから、その実用化に向けての研究が活発化しているが、その線材は次世代線材とされ現在NEDOプロとして開発中である。RE-Ba-Cu-0バルク超電導体は、線材とは異なり、原料中に、ピン止め効果を示す非超電導相を分散して溶融成長させた高温超電導体のかたまり(バルク)であり、高性能永久磁石よりも大きな磁場を捕捉(着磁)させることが可能である。水浄化用の磁気分離装置などで既に商品化されているものもあるが、超電導電動機や発電機などへの応用の取り組みも加速させる必要がある。
 バルク超電導磁石の着磁法には、別に用意した多くはヘリウムで冷却する超電導磁石の静磁場を用いる静磁場着磁法と、バルク体の周囲に置いたコイルにパルス電流を流してその磁界によって着磁するパルス着磁法がある。静磁場着磁法によれば、77Kにおいて3Tに至る大きな磁界を着磁できるが、着磁装置自体が大きく、高温超電導体を機器に組みこんだ後では、着磁が困難という問題がある。パルス着磁法は着磁コイルを高温超電導バルク体とともに機器に組みこみ後に着磁できるので実用性が高いが、従来の方法では77Kで1Tを超えることはなく、合金系永久磁石の発生磁界との差別化にはヘリウム冷凍機によってバルク体を77Kより低温へ冷却しなければならない。
 著者たちのグループでは、着磁された高温超電導バルク体の磁場分布が中心で最大磁場をもつ円錐形になることに注目して、渦巻状に銅線を巻いたコイルにパルス電流を流すことによって円錐形の磁場分布を発生させ、77Kにおいて、Gd系バルク高温超電導体に対して効率よく1Tを超える高い磁界を着磁させることに成功した。この方法によって、従来ヘリウム冷凍機や超電導電磁石を用いて行われていた、1Tを超える着磁が、液体窒素を用いて簡便かつ高効率に行うことが可能となった。本実験では加えたパルス電流の大きさに比例して着磁の最大磁場が増えていくという関係が得られている。この研究は、平成14年度東京都中小企業振興基金共同開発助成事業「小型舶用強磁界回転界磁子冷却技術の開発」(北野精機株式会社、東京海洋大学、福井大学)に関わる共同研究として実施された。本成果は、このような電気推進のプロペラを回す舶用高温超電導電動機同期機において、着磁コイルと鉄芯レス電機子コイルとの併用を可能にするものであり、その設計と製作に大きく貢献する。
 また、最近、北野精機、東京海洋大学、福井大学は、高温超電導バルク磁石を冷却、渦巻き型電機子コイルで着磁する技術を高温超電導回転機に応用して、機器設計、冷却機構の研究を行った結果、回転界磁磁石を液体窒素によって冷却する定格15kW、720min-1の実証同期モデルの回転試験に成功した。この設計ではブラシレスのアキシャルギャップ型であり、バルク体を液体窒素に浸漬しないで効率よく冷却することが可能であるばかりか、固定電機子と回転界磁子を交互に積層させて径方向のサイズを大きくすることなく高出力化が可能な設計となっている。報告書の時点では、1.6kW、720min-1にとどまっているが、要素技術試験ではこのような界磁構造においてバルク磁石に1T以上の磁場の着磁が可能であること、また回転機制御を最適化することで定格の達成が可能であるばかりか、液体ネオンやヘリウムで冷却することによってさらに界磁磁界を増やすことが可能な冷却構造になっている。このことは、高温超電導バルク磁石の電動機で、現用の非超電導化電動機の体格より小型軽量で、定格を飛躍的に抜いた革新的電動機の実現が可能であることを示している。この成功は、バルク磁石を回転界磁磁石とする高温超電導電動機の実機への適合性を高めたばかりか船舶のポッド推進器や、風力発電用の発電機への適合化にはずみをもたらす(図1.8.1)。
 
 最後に、高温超電導技術が、小型、軽量で騒音の少ない環境調和した次世代の船舶と船舶運航システムの進歩に大きく資すると期待したい。高温超電導技術を応用した推進方式、とりわけ高温超電導同期電動機は、燃料電池や電力貯蔵システムと一体化した電気推進システムとして、さらにはポッドに収めたポッド式電気推進システムとして、数百kWから数十MW級まで小型海洋潜水調査船や砕氷船などの特殊目的の船舶からクルーズ船まで、幅広い用途と普及が期待される。また、このような新型推進システムを搭載普及させることによって、日本の造船界が世界をリードする先端推進テクノロジーを獲得すれば国内産業へのプラスの波及効果としてわが国経済への貢献も大きい。そのためには早期に、欧米の進展をフォローしてわが国の優れた超電導材料技術を推進システムに生かす努力をしなければならない。
 海外では電動機は既に試作段階に入っているが、残念なことに日本では欧米、特にアメリカには大きく立ち遅れていると言わざるを得ない。現状のような状況が続けば、船舶用の超電導発電機や電動機は、パテントの大部分を外国に抑えられてしまいかねない。また、このような高温超電導電動機の欧米にない形式での独創的な設計・研究開発、さらに陸上の鉄道、ビークルや航空・宇宙分野への波及効果も国内のみでなく世界的視野と市場性をにらんで考慮する必要がある。特に鉄道の電気機関車、またこのような交通インフラを支える電力供給部分での応用、たとえば風力発電の発電・プロペラ部は、軽量化が重要であり、これが大きいと強風時にモーメントが大きくなり倒壊の可能性がある。実際、そのような事例もでていると聞く。この場合はポッドを逆さまにして電動機を発電機として増速にするものであり、原理的に最低所要風力がさらに低く設定可能となるなど応用が可能である。また電力貯蔵としてのフライホイールやSMESにも大きな技術基盤を提供してゆくことができると期待される。したがってこのような超電導電動機の研究開発の周辺技術への波及効果は大きくわが国においてもこの芽を芽生えさせて育ててゆく必要がある。
 日本は、超電導バルクの発明では世界に先行し、超電導材料の基礎研究でも世界の先陣を切っている。しかし、工学技術は、物性理論と物造りという両輪があって初めて進展するものである。ITの分野でアメリカが常に世界をリードしているのは、量子力学を初めとする物性理論と新しい理論を確認できる先端製造技術が、常に世界をリードしながら存在したからだと言われている。
 高温超電導の技術について言えば、線材製作技術と応用技術及びこれを支える理論が両輪・三輪となって進まなければならない。かつてのように「外国の安価な製品(線材等)を購入して応用技術で頑張ればいい」という時代は既に過去のものになっている。近隣にはわが国の11倍もの人口を有する中国が、「応用と模倣技術」で世界に攻勢をかけて来ている。
 
参考文献
 
高温超電導回転機の国内動向
[1]岡徹雄、伊藤佳孝、柳陽介、吉川雅章、榊原務、原田信太郎、山田裕、水谷宇一郎、
日本金属学会誌第61巻第9号(1997)931-936。
[2]杉本英彦、本堂義記、佐々木紀彦、坂口慎、石井正巳、電学論、第122巻、
第1号(2002)73-74。
 
ポッド式電気推進船
[3]例えば、C.Sowman,The Motor Ship,August(1998)33;
船と海のサイエンス(海上安全技術研究所);http://www.marinelog.com
 
欧米における高温超電導回転機の動向
[4]L.J.Masur, J.Kellers, F.Li,S.Fleshler and E.R.Podtburg, Proc.17th Int.Conf.on Magnet Technology, September 24-28, 2001, Geneva, Switzerland; S.Kalsi, Proc. Int. Electric Machines and Drives Conference, IEMDC 2001, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, MA, 17-20 June, 2001.; A.P.Malozemoff, J.Maguire, B.Gamble and S.Kalsi, 17th Int. Conf. on Magnet Technology, September 24-28, 2001, Geneva, Switzerland., in press;
 5000馬力で1800min-1の高温超電導電動機は、米国マサチューセッツ州WestboroughにあるAMSC社の試験研究施設に設置されている。重量約6.8t、本体のサイズは1.12m x 1.12m x 1.59mであるhttp://www.amsuper.com/5000hpparameters.htm
[5]S.Kalsi and S.Karon,"Status of Superconducting Motors for Ship Propulsion-No.76", Proc. 9th Int. Conf. On Marine Engineering Systems, HUT and on board MS SILJA SERENADE, 19-21 May 2003.
 
バルク高温超電導体その他
[7]T.Ida, M. Izumi et al., "Magnetization Properties for Gd-Ba-Cu-O Bulk Superconductors with a couple of pulsed-field vortex-type coils, presented at ISS2003, Oct. 27-29, 2003 Tsukuba, Japan, Physica C, in press.
[8]最近の高温超電導回転機の動向は、例えば、6th European Conference on Applied Superconductivity, Sept. 14-18 2003, Sorrento Napoli-Italy, 会議報告は右記にある、低温工学 38巻、11号、pp.59-72(2003).







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