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2.2 技術開発環境の変化と日本の強みと弱み
(1)20世紀をレビューする
 海産研「20世紀における世界造船業の趨勢に関する分析と研究」報告書の中に20世紀の船舶技術/造船技術の開発項目を整理した表がある。技術開発の引き金になる環境と開発項目は将来を論ずる上でも重要なヒントとなるので、この表を参考に以下のように整理してみた。
 
  1900〜1950 1950〜1975 1975〜2000 2000〜2025
経済/産業環境 ・欧州工業発展
・植民地施策
・米国産業発展
・動力源石油化
・世界大戦
・戦後復興
・米国原油輸入急増
・欧米貿易量増
・コンテナリゼーション
・オイルショック
・経済不況とバブル
・東アジアの経済発展
・中国台頭
・米欧中亜経済圏
・世界貿易量増
・環境対策強化
・新エネルギー
海上輸送環境 ・欧米海運業主
・海上輸送量増
(移民/旅客、石油、資源/貿易)
・海上輸送量の増大
・輸送貨物種類の多様化
・船腹過剰
・環境保全
・海上輸送量の回復増大
・海上輸送量増
・輸送サービス競争
技術開発〜欧州 ・旅客船/タンカー/貨物船 ・専用船
(LNG船/自動車運搬船、等)
・大型化
・電算化(NC)
・高付加価値船
(大型クルーズ船/高速船、等)
・推進器(アジポット)
・CAD/CAM
・海運主導/国際規則関連項目
(舶用機器)
・ソフトエンジニアリング
技術開発〜米国 ・戦時標準船
(標準化/量産化建造技術)
・鋲から溶接
・専用船
(コンテナ船/バルカー)
・原子力船
・ブロック化
   
技術開発〜日本 ・旅(貨)客船 ・大型化
(VLCC)
・経済船型
・大型タービン
・自動運航装置
・生産技術
・省エネ船
(HT軽量化、ディーゼル主機)
・TSL
・メガフロート
・CIMS
・環境対策船
・新エネルギー対応船
・ソフトエンジニアリング
技術開発〜韓国       ・客先主導開発船
(CNG船)
建造量シェア 英国 日本 日本/韓国 韓国/日本/中国
 
 2000年以降は直近の状況を除き単に予測したものである。
 20世紀は技術開発の引き金となる海運環境の変化が欧米を主体に口火を切り、コンテナ船やLNG船、RO/RO船といった専用船の開発も欧米主導で実施された。
 一方、大型化と省エネ化については、後述するように、日本は、高度経済成長に伴って鉄鉱石、原油等を中心に荷主の貨物需要が増大し、これに日本の海運業界と造船業界が対応する形で進み、一時は50万DWTを超えるような超大型タンカーも出現した。又、オイルショック以降は(例:78年10月に勃発した第四次中東戦争は1年後に1バレル2.5$だったアラビアンライトを11.7$に急騰させた)、推進機関は蒸気タービンからディーゼル機関に置き換わり大口径プロペラが開発される等一気に省エネ化が進み、日本はそれらの大型化/省エネ化の技術開発と生産技術開発を支えに建造量シェアトップの座を勝ち得た図式となっている。世界の造船国の主体の変遷は表2-8に示すとおりである。
 韓国について考察すると目立った技術開発はなく、開発は金で買うものと割り切っているようにみえる。ただし、船型開発については大手造船所が大型水槽を持ち、高い稼働率で操業していると言われている。
 韓国は大型新規設備と安価な労働力及びウォン安を武器に低船価船を提供し建造量シェアを伸ばしてきた。建造量が増えることにより習熟効果で生産性もあがり品質も良くなってきている。最近は、欧米の船主ばかりでなく日本の船主の間にさえ、韓国の造船所の方が、コストダウンのために規格化して融通のきかなくなっている日本の造船所よりも柔軟に対応してくれるという評価が生まれつつあるようである。
 現在では利潤優先の考え方から、日本が付加価値の低いバルカーを中心に建造しているのに対し、韓国がLNG船や超大型コンテナ船といった高付加価値船の受注建造に傾注している。
 造船は技術面での参入障壁が低い業種であるため大型の設備投資を行い、又、勤勉な労働者が確保でき、気候と良港に恵まれた地域であれば中進国であっても一定の国際競争力をもつ産業である。
 
(2)薄れる日本の強み
 韓国に非価格競争力の面でもキャッチアップされたとの見方があるが、性能/品質/生産管理/納期/アフターサービスといった非価格競争力は日本の強みであると信じられてきた。非価格競争力を支えてきた最大のものが技術開発である。これまで大手造船所が技術開発を先導してきたが、SR研究は、共同で実施することで成果は参加企業に等しく配分され、日本の造船業の技術の底上げを図るという意味で大きな役割を果たしてきた。例えば、経済船型・軽量船体構造の開発や流体/構造解析技術・生産技術の開発といった開発を挙げることができるが、開発の成果というものは、実態のある物だけでなく、開発を通じて獲得した設計・工作等の技術は、人に蓄積され造船所の強みとなっている。
 しかしながら、開発結果は中手造船所にも浸透し、就航船の修繕等の状況・船主の要求・船級協会のコンサルティングにより韓国の建造船にも結果的に応用され世界の造船業のレベルアップにも役立ったが、見方を変えれば敵に塩を送った面もある。大手造船所の人材の一部は中手造船所に移動し日本の造船業の底上げともなっているが、最近では韓国の造船所からのヘッドハンティングも散見され、これらの優秀な人材を雇用する造船所もあるため、新技術の囲い込みが困難になってきている面は見逃せない。
 昨今は、「価格競争が支配的で、研究費/開発費を投入して技術開発を行っても他社及び韓国等にキャッチアップされるスピードが速く、寡占的に成果を享受できないだけでなく、研究開発に投資したコストすら回収できない」といった状況から、大手造船所といえども技術開発に費用や人材を従来のようには投入できない、若しくは投入しない状況が生じてきており、表2-9と表2-10に示すように、大手7社の船舶関係研究者数は1982年の1,099人から276人(2002年当時)に減少し、1993年に192億円であった研究費は4割以下の71億円に激減している。売上高に対する研究費の比率でも、日本の主な産業との比較において最も落ち込みが大きく、従来型の技術開発は持続できない環境になってきている。
 造船所の業務の3Kが、危険、汚い、キツイであり、最近は、節約の3Kとして、交際費・交通費、研究費が上げられている。更に、かつては、国立大学を中心に、造船業界に優秀な人材を送り出してきた大学も、造船学科を他学科と統合、廃止或いは、イメージの悪さから名称を変更する等、自ら造船業を否定しているかに見える。
・・・表2-11、表2-12参照
 造船業は、戦後の疲弊した日本経済を建て直すため、政府が海運・造船産業界と一体となって造船政策を立案し、造船所は、従業員の3Kすなわち、規律、勤勉、献身(Discipline, Diligence, Devotion; 3D)の精神をバックに世界一の座を築いてきた。更に産業の少ない地方に大きな雇用の機会を与えてきた。自動車産業や電子産業が大きく躍進する中で、造船業は比較劣位産業と位置付けられるが、戦略産業としての重要度は売上高の大きさだけでは語れないはずである。
 
(3)少子化問題
 労働集約型の産業である造船業にとっては、少子化問題は大きな課題である。1973年に2.14であった日本の出生率は30年後の2003年には過去最低の1.32まで落ち、下落のスピードは先進諸国の中でも特に大きい。先進国の2000年における平均年齢が37.4歳であるのに対し、日本は41.5歳、韓国は31.8歳、中国は30.0歳となっており、日本では少子化・高齢化が進んでいる。今後さらに高齢化が進み、2010年の平均年齢は先進国の40.4歳に対し、日本は44.4歳、韓国36.8歳、中国34.6歳となると予測されている。特に、生産年齢人口の15〜64才は、1995年の8,726万人をピークに減少し続けるものと予測され労働者確保が益々困難になると思われる。
・・・表2-13参照
 また、出生率が低くなると、造船業のような2次産業の労働力は減少する傾向にある。大手造船会社7社の船舶関係従業員は1982年に50,066人であったが、2002年には12,567人まで減少した。減少の原因は造船所の合理化による影響が大きいものと思われるが、韓国が設備増強に合わせて増加させたのとは対照的である。労働人口の落ち込みと他産業の成長は、造船業の雇用確保に大きな課題を投げかけてきている。
 最近の日本の造船業は、最盛期に比べ設備は1/2、労働力は1/4に減じているにも拘わらず、船舶の建造量は変わっていないと言われるほどに生産合理化を進めてきたが、これにも限界がある。造船業においては、自動化や近代化による省力化を促進しても、装置産業とは異なり人間の労働力全てを機械に置き換えることは不可能である。近代化がかなり進んだ現在においても、日本の造船業は生産現場の熟練工に支えられているのが現状である。上記データから見ても、日本の造船業は韓国や中国より良い状況にあるとは言いがたい。
 今後少子化が深刻化するにつれて、造船業においては技術者の育成と技術力の維持が問題となるばかりではなく、生産現場の若い労働力の確保と育成が大きな課題となる。
 労働力については、近々に海外の豊富な労働力に頼る必要が出てくるであろう。技術開発については、船舶関係研究者の絶対数の減少と各社の技術開発への投資額の減少もあり、今後とも韓国や中国より一歩先んじた技術を確立、維持していくためには、海運業等の他産業界と造船業との人の有効活用を考慮した共同研究や民間会社と大学や研究機関との共同研究など可能性のある研究スキームを築きながら、その成果を具体的な事業再構築の構想に結び付けていくことが重要である。
 
表2-8 世界の主要造船国 100年の推移(進水量とシェア)
 
表2-9 船舶関係研究者数の推移(大手7社)
 
表2-10 研究費の推移(大手7社)







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