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造船設計における海洋環境保全への取り組みについて
 
正員 安藤 聡*
 
 近年、世界規模での環境問題が注目されている中で「持続可能な開発」という一つの考え方がキーワードとなっている。これは船舶の世界においても例外ではなく、欧米を中心に様々な環境へ配慮した取り組みがなされている。このような取り組みは、道徳的観点に立てば非常に重要であることは勿論だが、一方で我々日本の造船業の高付加価値化を進めていく上でも重要なアイテムであると考えられる。欧米では、既に環境問題に対する規則が整備されるとともに、欧州の有力船主および船級は具体的に環境に配慮した設計法、操船法のガイダンスを定め、企業イメージの向上を図っている。
 以上の背景から、欧州の船主や船級との面談、及びRINA(英国造船学会)主催のシンポジウムヘの参加により欧州における海洋環境保全の現状を調査した。
 
 調査スケジュール(平成14年9月1日〜9月8日)を表1に示す。期間中は、まずオスロに入りDnVを訪問取材し、その後ロンドンを基点にLR、BP、SHELLへの訪問取材、RINAのシンポジウムに参加した。
 
i)BP
  Ship Vetting ServiceにてEnys Dan氏およびGraham Delaney氏と面談。荷主によって傭船された船の事故はその企業のイメージの低下、および損害に繋がる。BPでは“no accident, no harm to people、and no damage to the environment”という企業理念の下、海洋環境保全の一つの手段としてShip Vettingに注力している。
 Ship Vettingとは、「船主の評判」、「過去の検査記録」、「SIRE/CDI」、「manning」等に代表される様々な情報をもとに、各船に評価・点数付けをする情報管理システムであり、傭船時の参考に供される。
 「SIRE」システムとは有力船主の集まりであるOCIMF(Oil Companies International Marine Forum)によって導入されたGUIベースの船体情報管理システムで、あらゆる情報(検査記録、損傷記録、建造ヤード、就航年数、航路情報等)がインプットされている。CDI(Chemical Distribution Institute)も同様のシステムであるが、いずれも実務上使い勝手の良い、洗練されたシステムとの印象を受けた。
ii)SHELL
 Shell Shipping TechnologyにてAndy Stephens氏と面談。一昨年弊社にて建造、Shellによって運航されているLNG船にLRの環境ノーテーション(EP notation)が適用されたが、SHELLとしての環境問題への取り組み全般について聴取した。SHELLでは“sustainable development”という企業理念のもとで、高い意識を持って環境問題に取り組んでおり、船の発注仕様は十分環境に配慮したものとなっている。環境ノーテーションは、そういった環境への取り組みを世間に対してアピールするというメリットがあるとのことである。
 造船所サイドからどのように協力できるかを尋ねたところ、推進効率の良い船型の開発(省エネによる環境への配慮)や、建造中のリサイクルの推進といったことが話題に挙がった。
iii)Det Norske Veritas
 DnVではEivind Haugen氏(Division Technology and Products)と面談し、DNVの環境ノーテーション「CLEAN and CLEAN DESIGN」についてそのコンセプト及び具体的な要求項目を聴取した。
 このノーテーションにより、環境問題に対する取り組みを市場や世間に示し企業イメージの向上に繋げたいという船主・船社からのニーズに対応することができる。国によっては税金が優遇されるといったメリットも享受できる場合もあるとのことである。
 訪問時点での適用船は、運航船、建造中を含めると100隻を超え、船種もコンテナ船、タンカー、バルクキャリア、客船など多岐に渡っている。
iv)Lloyd Register of Shipping
 LRSではDavid Cox氏(Oil, Chemical & Gas Tanker Group)ら3名と会いLRの環境ノーテーションであるEP(Environmental Protection)ノーテーションについて聴取した。規制が厳しいアメリカ近海(アラスカ、カリブ海)を航行するクルーズ船への適用に始まり、その後各船種に展開、訪問時点での適用船は、運航船、建造中を含めると70隻を超え、船種も客船、タンカー、LNG船など幅広い実績を有している。
 
表1 調査スケジュール
2002/9/1(Sun) 成田発→オスロ着
9/2(Mon) Det Norske Veritas(Division Technology and Products)にて環境ノーテーションについて聴取
オスロ発→ロンドン着
9/3(Tue) BP(Ship Vetting Service)にてShip Vettingについて聴取
9/4(Wed) RINA主催の“Ship Design and Operation for Environmental Sustainability”へ参加
9/5(Thu) 同上
9/6(Fri) Lloyd Register of Shipping(Oil, Chemical & Gas Tanker Group)にて環境ノーテーションについて聴取
SHELL(Shell Shipping Technology)にて環境保全への取り組みについて聴取
9/7(Sat) ロンドン発
9/8(Sun) 成田着
 
 RINA(The Royal Institute of Naval Architects)主催にて開催されたシンポジウムでは、海洋環境保全に対する具体的取り組みやその背景を調査した。欧米では世論を背景に年々高まる環境基準に対応すべく様々な取り組みが実施されている。講演では以下に列挙するように、そういった背景を踏まえた環境保全設計への取り組みに関する報告があった。
 全般的な話題では、米国船主から将来の環境基準を見越しF.0.TK部D/H化、Fresh W.B.TKの採用、排出ガス低減ディーゼルプラント等を適用したRO/RO船の試設計、コスト評価を実施した結果、船の一生ではメリットが出るとの報告があった。また、オランダの研究機関から環境にやさしい船舶を設計するにあたって、排出ガスの削減等、配慮すべき項目や概念の提案があった。また、英国の大学からスコットランド近海を航行する高速フェリーによる周辺海洋環境への影響評価を実施した報告や調査手法の提案が、DNVからは環境全般への影響評価を実施するために開発したシステムやバラスト水を管理するシステムの紹介とその提案がなされた。
 近年注目されている塗料関連の話題では、ドイツの自然保護団体から非殺生物性塗料の有効性を確認するために、様々な塗料メーカーの塗料を異なる船種に適用し、実船にて性能評価した結果、それら塗料が十分に機能を果たしているという報告があった。また、英国の塗料メーカーからは規制対象となる防汚塗料の代替品開発やそれを採用することによるコスト評価に関する報告があった。
 廃棄物、廃水の話題では、英国のコンサルタントから客船より排出される大量の汚水を生物発酵や膜分離による処理装置の開発に関する報告があったほかに、カナダのコンサルタントからは航海中に発生する固形廃棄物をミル化、プラズマ放射により可燃ガス化する簡易焼却炉の開発に関する報告があった。
 排出ガス関連の話題では、スイスの機関メーカーから将来適用が予測されるNOxやSOxなどの排出ガスに関する新規制を満足させるディーゼルエンジンの開発に関する報告があった。
 その他の話題では、英国のメーカーからスチームのエネルギーを利用した推進システムの紹介があり、本システムの採用により排出ガス等の削減を図れるという報告等があった。
 本シンポジウムに参加し多岐に渡る話題の報告を聞き、各機関の環境保全への意識の高さを強く感じた。
 
 今回の調査を実施するために、環境意識の高い欧州の船主・船級の訪問調査、RINAのシンポジウムに参加した。本調査を通じて、船主・船級ともに世間や市場に対して環境保全に対する取り組みをアピールし、企業価値の向上を図っていこうという高い意識を感じた。また、今後さらに高まっていくであろう海洋環境保全に対する要求に対して、船主からの要求に応えるだけではなく、造船所としても環境へ配慮した設計・開発に取り組み、船主に対してそういった打ち手を提案していくことが必要になってくるであろうということを強く実感した。
 最後になりましたが、今回の派遣事業の実現に際し、日本財団および日本造船学会の関係各位に厚くお礼申し上げます。
 

*三菱重工(株)長崎造船所
 
 
正員 坂下晴空*
 
 平成14年11月11日から15日にかけて、「若手研究者・技術者の海外派遣事業」として日本財団の助成により、欧州の研究機関、船級協会を訪問する機会を得た。今回の派遣において筆者が掲げた課題は、「船舶や海洋構造物の海水打ち込みにより甲板上の構造物に働く衝撃荷重の調査」である。海水打ち込み問題は、バルクキャリアの安全性に関する事項として、IMOにて満載喫水線条約(以下ICLL66)の見直しが行われていて、日本でも精力的に取り組まれている課題である。また、FPSOなどの海洋構造物が大水深域に設置されるようになり、荒天中の甲板上構造物の安全性を確保するために重要視されている問題でもある。
 そこで、これらの問題に対する研究が盛んな欧州の研究動向を調査することにした。その中でICLL66の見直しにおいて英国内で中心的役割を担っている、ストラスクラウド大学のDracos Vassalos教授をグラスゴーに、FPSOなどの海水打ち込み問題に取り組んでいるノルウェー科学技術大学のOdd M. Faltinsen教授を滞在先のローマに訪問した。また、船級協会がICLL66の見直しをどのように捉えているかを調査するため、ノルウェー船級協会(以下DNV)のDr. Tor E. Svensenをオスロに訪問した。いずれも著名な先生で、訪問前は非常に緊張したが、初対面にもかかわらず暖かく迎え入れてくださった。
 上述の課題に加え、筆者の研究と係わりある課題を持って今回の派遣に望んだ。現在筆者は、甲板打ち込みなどの流場解析を目的に、流体計算法の一つである粒子法(テクノマリン1月号 特集 研究・開発動向、など)の研究を行っている。また、日本国内でも船舶分野への粒子法の適用が検討され始めている。そこで今回の派遣では、欧州における粒子法の研究動向についても調査した。その結果、研究当事者と直接議論することができ、粒子法の研究動向を肌で感じることができた。
 以下に、各機関の訪問記をまとめる。
 
 11月11日、ローマにあるイタリア試験水槽(INSEAN)に滞在中のFaltinsen教授を訪問した。また、現在Faltinsen教授と海水打ち込み問題について共同で研究を行っているDr. Maurizio Landrini、Dr. Marilena Greco、Dr. Andrea Colagrossi、Dr. Giuseppina Colicchioら、INSEANのメンバーとも面会することができた。実験施設や研究内容の説明など、全般にわたりDr. Landriniに対応していただいた。
 INSEANは二つの試験水糟を所有している。このうち、24th ONRで発表された海水打ち込み試験を行った水槽は、寸法がL×B×D=220m×9m×3.8mで、曳引車の最大速度は10m/sであり、端部にフラップ型造波機を装備している。海水打ち込み試験に用いたという船首模型をみると、デッキはアクリル板で作られており、船底側から反射鏡を介して打ち込み水の挙動を撮影できる。また、甲板圧力を計測するため、4cm間隔でアクリル板に圧力計が取り付けられていた。
 実験場を見学後、Faltinsen教授およびINSEANメンバーの最近の活動内容について説明を受けた。最初に海水打ち込み問題について、24th ONRでの発表資料などを用いての説明があった。現在は上記の模型船を用いた実験をベースに、空気巻き込みを伴いながら海水が甲板へ打ち込む様子や、甲板上の圧力分布などを詳細に分析している。また、流場を撮影した映像に、計測した甲板圧力の等高線図を重ね合わせた動画により、甲板上の複雑な現象を理解し易いものにする工夫がなされている。
 INSEANでは実験による検討を行う一方で、数値解析手法に関する研究も行われている。海水打ち込みの基礎モデルとなるダム崩壊の計算では、流れが穏やかな領域は境界要素法で、流出水が壁に衝突し激しく飛び散る領域は差分法で解くという、二つの異なった計算法をマッチングして解析を行っている。今後このように、流場の特徴に合わせ適当な計算法を組み合わせた解析が主流になると思われる。
 午後からは粒子法について議論を行った。まず、筆者の研究結果として、粒子法の一つであるMPS法によるダム崩壊問題および水面衝撃問題に関する研究結果を紹介した。Faltinsen教授もこれまでに衝撃問題に取り組んできたことから、実験結果や計算方法についての貴重なアドバイスをいただいた。
 一方、INSEANでは、SPH法(MPS法と異なる粒子法)の研究を行っており、滑走艇の周りの流れをSPH法で解くなど、既に粒子法を具体的な問題へ適用している。研究をはじめて2年ということであるが、その研究の早さには驚かされた。また、近日中にSPH法の開発者であるJoe Monaghan教授と意見交換会を行う予定とのことであり、精力的な取り組み姿勢は見習うべきであると感じた。粒子法に対する欧州全般の動向については、論文発表はほとんど無いが、各研究機関で何らかのアクションは起こし始めているとのことであった。
 
 11月13日、英国グラスゴーにあるストラスクラウド大学のDracos Vassalos教授を訪問した。Vassalos教授のグループは、1980年のダービシャー号事故を契機に、ICLL66の見直しを提案してきた英国の代表として、IMOの場でも中心的役割を果たしている。滞在中は、最近になってMPS法の研究をはじめたというDr. Dag O. Skaarが対応してくれた。
 まず、Vassalos教授の授業の最後に、粒子法について筆者がプレゼンを行った。予定外のことであり、また英語によるプレゼンは初めてであり、各国からの20人の研究者を前にどうなることかと心配したが、無事終えることができた。
 つづいて講堂から研究室へ移動し、最近の研究活動について、担当の研究者から直接説明を受けた。ダメージスタビリティーの計算例や、海水打ち込み水によるハッチカバー荷重の解析結果など、まさにIMOにおいて英国が提案している新基準のバックデータを見せていただいた。また、驚いたのは、博士または博士号を取得する直前の若い研究者が大勢いることであり、日本の大学との差を感じた。
 見学の途中で、興味あるコーナーに通りかかった。そこは企業の技術者が、Vassalos教授の研究室で開発された解析ツールを使用できるコーナーであった。コーナーは立ち入り禁止であったが、ざっと10人以上の企業の技術者がいたと思われる。こうした産学の強い結びつきが、新しい研究をはじめるポテンシャルとなっていると推測される。
 最後にVassalos教授と直接話す時間をいただいた。ICLL66におけるハッチカバー強度について意見を聞きたかったが、自然とダメージスタビリティーの話題へと移った。現在は、ダメージスタビリティーの解析精度向上を目的に、浸水区画内の流体挙動を直接に解き、それを船体運動と連成させるための検討を行っている。このために浸水区画内外で異なった計算法を適用するとのことで、ここでも、異なった計算法の組み合わせが検討されている。また、粒子法については、浸水区画内の流体解析に有効な計算手法の一つであるとの見解を持っており、筆者の研究にも激励を受けた。
 
 11月15日、ノルウェーのオスロに本部があるDNVのDr. Toe E. Svensenを訪れた。技術的な議論はDr. Magnus Lindgren、Dr. Jens Bloch Helmersと行った。
 まず驚いたのが、DNV本部のたたずまいである。ひっそりとした山奥に、一つの村を形成しているかのようで、雪景色と背後に見えるフィヨルドとのバランスは絶妙であった。訪問後まず、壁一面ガラス張りのレストランから美しいフィヨルドを見ながらの昼食となった。
 昼食後、DNVの概要についてDr. Svensenから説明を受けた。彼自身はすでに流体力学部門の副主任としてマネージメントに忙しく、研究の第一線からは退いている。彼にVassalos教授からの「我々のように地道な研究をもっとやろうじゃないか」といった趣旨のメッセージを伝えたところ、「本当は僕もそうしたいんだ」と笑いながら話されていた。
 つづいて議論となったのがICLL66の見直しについてである。ハッチカバー強度の問題では、日本としては、これまでに大きな事故の経験も無く、英国の提案は厳しすぎるとの見解を持っていることを説明した。これに対しDNVとしては、DNV独自でもっている設計荷重は、英国が提案する新基準値の許容範囲内にあり、DNVがこれまでに認可した船舶については問題ないとの回答であった。
 最後に、粒子法についてDr. Helmersと意見交換を行った。彼は数値流体解析の専門家として、MITと共同でランキンソース法の開発などを行ったこともあり、現在は、SPH法の有用性について調査を行っている。MPS法は知らなかったが、非常に興味を持って筆者の説明を聞いてくれた。また、設計ツール化までの開発スケジュールについて質問されたが、現時点ではかなり大胆と思われるスケジュールを言ってしまった。
 また、DNVが中心になって行っている、様々な数値計算法によるコンペの誘いを受けた。インフォーマルな会合なので本音で議論を交わし、有益な情報が多数得られるとのことであったが、地理的な問題から最終的に参加はできなかった。欧州ではこのような会議を頻繁に行って情報交換していること、また、船級協会も自発的に研究開発に取り組んでいる姿勢は感心した。
 
 今回の訪問をとおして、欧州の研究機関の海水打ち込み問題への取り組み状況がよくわかった。また、直接研究現場を訪れたことで、研究の早さや研究に取り組む姿勢など、筆者のこれからの研究に対して良い刺激を受けた。一方で、今後日本の造船研究が発展していくためには、産官学がよりいっそう協力して研究に取り組む必要があると感じた。
 今後の研究の方向性の一つとしては、強非線形な流場の解析に、異なった計算法を組み合わせ解析することが考えられる。また、欧州においても粒子法の研究が始められており、今後一、二年の間に多くの研究成果が報告されてくるものと予想される。筆者もこの流れに乗り遅れないよう、研究を進展させたいと思う。
 最後に、耐航性分野における欧州の著名な先生および若手の研究者とコネクションを築くことができ、有意義な訪問であった。このような機会を与えてくださった日本財団および日本造船学会の関係者に対し、この場を借りて深く感謝いたします。
 

* 石川島播磨重工業(株)総合開発センター 船舶海洋機器開発部







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