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4.3 規制と性能標準化
4.3.1 SOLAS第V章第15規定
 今後のシステムの発展には、それをサポートする規制環境と性能標準の確立が不可欠である。
 
 SOLAS条約では、第V章第15規定に、ブリッジ・デザイン、航海システム及び機器のデザインとレイアウト、ブリッジ操作方法に関する原則を定めている。同原則では、人間工学的な配慮の必要性が初めて言及されていることが注目される。
 
 しかし、同規定は、複雑で曖昧な規定である。また、同規定が根拠としているガイドライン(ブリッジ機器とレイアウトの人間工学的基準)には法的拘束力はなく、規定の弱いものとしている。また、同規定の適用範囲は航海機器に限られており、広義のIBSをカバーしていない。
 
 ブリッジ・レイアウトの標準化に関しては、ISOで検討中であるが、IBSを想定したブリッジ機器のレイアウトを標準化することに関しては反対意見があり、また米国はワンマン操作を想定したブリッジ・レイアウトには強く反対しており、難航が予想される。
 
4.3.2 表示とシンボルの標準化
 航海電子機器の表示の不統一、シンボルの矛盾は幅広く指摘されており、IMOとIECはブリッジのディスプレイとシンボルのハーモナイゼーションと標準化を策定中である。また、IEC内では、レーダー、INS、ディスプレイ等それぞれの事項に関してワーキング・グループで検討を行っている。
 
 2003年7月のNAV49では、INSの定義の見直し、レーダーの新性能標準、ディスプレイの新性能標準が検討課題として提出された。
 
 IECはNAV49で、航海関連情報の表示方法に関する性能標準案を提出した。しかし、表示方法の性能標準案作成過程で、基礎となる既存のECDIS、レーダー、ARPA、AIS、INS、IBS等の性能標準とSOLAS規定に様々な衝突と矛盾が存在することが明らかになった。
 
 IECは、矛盾が生じた場合は既存の表示は既存の標準に準拠し、新たな表示は新標準IEC62288の基本原則に準拠することを提案している。
 
 次回2004年7月のNAV50では、表示方法とレーダーに関する新性能標準が検討される。IECは新性能標準をサポートするテスト標準を提出する。
 
4.3.3 規制に対するメーカー側の意見
●規制、標準は、メーカーにとって製品開発の指針と方向性を与え、他メーカーとの競争の公平な土台として重要なものである。
●しかし、技術は日々進歩している。とにかくシステムが普及することが第一であり、すぐに旧弊化する最低要求や性能標準を現時点でIBSに課すよりも、しばらくは製品の進歩と市場の反応を見た方がよいのではないか。
●INS、IBS等の新システムに関しては、現段階で規制、標準が多すぎると、製品開発速度が遅くなり、メーカーとしては競争力を失う結果となる。
 
4.3.4 ユーザー側の意見
●現在でもシステム製品開発は、ユーザーではなくメーカー主導の傾向が強い。
●機器の種類が増え、複雑化しているが、ほとんど使用しないような計器(スピードログ)や同機能を持つ計器が複数個ある場合(船速表示等)もある。
●今後のディスプレイやシンボルの標準化が求められる。
●スイッチの位置、画面の明るさの強弱、色も標準化して欲しい。
●特に夜間航海でも見やすいフラット・スクリーンが必要。
●メーカーはもっと船員からのフィードバックを取り入れた製品を造って欲しい。
 
4.4 「Human Element」の考慮
4.4.1 「ヒューマン・エレメント」とヒューマン・エラー
 システム化の進化につれて、人間と機械のインターフェイスの問題も露見している。特に、「Integrated Bridge System」は機器の統合だけではなく、人間(=Human Element)も構成要素として統合されていることを念頭に置くべきだ。人間がシステムの一部となり、そのオペレーションを完全に把握しない限り、本当の意味での統合されたシステムとはいえない。
 
 海難事故の60〜80%は、機械そのものが原因ではなく、ヒュマン・エラー(=オペレーター・エラー)であるとされており、航行の安全性を考えた場合、「ヒュマン・エレメント」は、船舶またはシステムのデザインとオペレーションの全ての側面、段階で最も重要なファクターであるといえる。
 
 また、INS、IBS等の統合システムの採用は、最新技術による航行安全性の確保だけが目的ではない。船会社にとっては人件費の削減も大きな目的である。そのため、人員の削減により、一人の人間によるひとつのエラーが多大な影響を与える可能性が高まっている。
 
 さらに、オペレーターのエラーが事故の直接原因である場合でも、その根底には機器のデザイン、システム、操作方法等の人為的な要素、影響が絡んでいる場合が多く、ヒューマン・エレメントを考慮した機器、人間工学に合致したシステムのデザインが特に重要であることがわかる。
 
4.4.2 トレーニング
 上記と関連し、新航海機器、及びシステムの操作に関する効果的なトレーニングの重要性が高まっている。
 
 航海機器のIT化、集約化に伴い、航海機器、システムの操作に関する十分なトレーニングを受けていない船員のエラー(操作エラーまたは表示を理解できない等)が、重大な事故を引き起こす原因となり得る。また、機器に頼りすぎて基本的な目による監視を怠ることも事故原因となる可能性が指摘されている。
 
 現在市場化されているINS、IBSは、メーカー、機種によって仕様、インターフェイス、外見等が異なるため、トレーニング機関が全機種に対応できるトレーニングを提供することは不可能である。
 
 そのため、まず、IMOがISMコード(国際安全管理コード)等を基本にトレーニングの原則を決め、トレーニング機関が一般的な基礎トレーニングを提供し、メーカーがそれぞれの機器のトレーニングを行うことが理想的であるが、基礎となるIMOのトレーニング原則と義務は確立していない。
 
 771名の航海士を対象にしたサーベイ(デンマークDMIが1998年に実施)によると、60%が自動化されたシステムの操作方法は忘れやすい、40%が自分の担当の自動化システムで理解できない部分がある、と答えている。
 
 シミュレーションによるトレーニングには、CBT(Computer-based Training)、Part Task、Full Missionの3段階がある。メーカーのマニュアルは電子化されており、CBTに利用できるが、十分であるとはいえない。
 
 シミュレーション・トレーニングの弱点は、100%の現実ではないこと、インストラクターの技量に幅があること、実際のINS/IBSの操作性はメーカー及び機種によって大きく異なること、等である。
 
 航空機では、自動化システムは、何らかの意思決定が必要な場合、またはリスクや不確実性を伴う場合には、システムはとるべき行動を示唆するだけで、最終判断はオペレーターに委ねる仕組となっている。
 
 トレーニングでは、航空機のトレーニングと同様、問題が発生した場合には、オペレーターがシステムを自動から手動に切り替えるタイミングを教えるべきである。また、類似機能を持つ複数の機器がある場合には、どの場合にはどの機器で判断を行うかを教える必要がある。
 
 Star Cruisesでは実際のIBSを使用したトレーニングで効果を上げている。しかし、多くの船社やオペレーターは、コストや時間の関係でこのようなトレーニングを行っていない。
 
 INS、IBSメーカーは、既にシミュレーション装置を独立したシステムとして、または実際のIBSのシミュレーション・モードとして提供している。IMOのトレーニング原則と義務が確立していない現在は、システム購入者は船員をトレーニングする義務はなく、メーカー側としては、それ以上強制することはできない。そのため、安全航海に不可欠であるトレーニング原則の早期確立が望まれている。
 
4.4.3 AIS、IBSトレーニングに関する国際規定
 STCW条約(International Convention on Standards of Training, Certification and Watchkeeping for Seafarers)では、航海機器システムに関する規定は限られている。
 
 現在AIS、IBSのトレーニング原則は存在せず、IMOはヒューマン・エレメントを考慮したトレーニングに関する規定を検討中である。
 
 しかし、AISの機能や使用方法はまだ確定しておらず、また、今後AISは最低基準の「ミニマム・キーボード・ディスプレイ」ではなく、ECDISやレーダーとともに使用されることが増えると予想され、現時点でトレーニングの基本原則以上のものを制定することは困難だとの意見もある。
 
 また、INS、IBSに関しては、モジュールの集合体として考えるか、新たなひとつのシステムとして考えるかによって、トレーニング要求も変化する。即ち、個々のモジュールのトレーニングを受けた場合は、INS、IBSとしてのトレーニングは必要ないのか、という点も重要である。このような点を含めた議論の行方が注目される。
 
4.5 EUプロジェクト
 政治・経済共同体としての欧州の組織力と機動力を特徴付ける要素として、また今後の技術進歩の方向性を示すものとして、EU主導のプロジェクトが参考になろう。
 
 これまでにも前述のVDR開発に関するEU主導プロジェクトである「MBBプロジェクト」を通じて、欧州の航海機器メーカーが規制構築の段階から参加し、機器開発、製造で先行し、市場における優位性を確立したという経緯がある。
 
 以下に、EU主導の研究開発プログラムである「フレームワーク・プログラム」(前述のATOMOSプロジェクトはその一部)、及び全世界に影響を与えるさらに規模の大きいプロジェクトとして、米国GPSに対抗する汎欧州衛星プロジェクト「ガリレオ」の概要を紹介する。
 
4.5.1 フレームワーク・プログラム
 EUフレームワーク・プログラム(FP)は、EUが助成する欧州の主要リサーチ・プログラムで、1984年に開始された。プログラムの期間は5年間で、最初と最後の1年間が前後のプログラムと重なる。現在実施中のFP6は、2003年1月1日に開始された。
 
 FPの目的は、全レベルでの研究者間の協力と協調により、ダイナミックで競争力のある卓越した科学技術、イノベーションを育成し、科学技術研究の欧州統合ネットワークとなる「European Research Area(ERA)」の創設をめざしている。
 
 FPの助成金は、ある研究機関または企業の一般研究開発ではなく、EUの定める優先課題に沿って選ばれた特定の共同研究開発プロジェクトへの助成金である。ひとつのプロジェクトの参加メンバーは、数カ国からの研究者・機関のコンソーシアムでなければならない。
 
 プロジェクト参加資格は、EU加盟国及び準加盟国の研究者、一般企業(中小企業を含む)、大学、研究機関、及びEU加盟国、準加盟国所在の法的組織である。FP6では、EU加盟予定の欧州13カ国のみで構成されるコンソーシアムの参加も認めている。
 
 EUは中小企業の参加を促しているが、プロジェクトのコンソーシアムは数カ国からの企業・組織で構成されるため、例えば英国等欧州大陸から地理的に離れている国の企業としては、ミーティング参加への旅費や時間がかかり、FP参加のコスト・パフォーマンスが悪いという不利な点がある。
 
 EU加盟国、準加盟国以外の第三国組織の参加もケース・バイ・ケースで考慮される。第三国としては、発展途上国、地中海及びバルカン諸国、ロシアその他の旧ソ連諸国を想定している。
 
 現在実施中のFP6の予算総額は175億ユーロで、EU予算の4%、欧州の公的研究開発支出(軍事関係を除く)の5.4%に相当する。予算の7%はEURATOMの管理する核関連研究に当てられている。
 
FP6の優先課題及び予算配分
課題 予算配分(百万ユーロ)
インフォメーション・ソサエティー関連技術 3,625
ライフサイエンス、遺伝子学、バイオテクノロジー 2,255
持続性のある発展、地球温暖化、環境 (エネルギー、交通・運輸を含む) 2,120
ナノテクノロジー、多機能素材、新製造技術 1,300
宇宙工学 1,075
食品の品質と安全性 685
情報化社会における市民生活とガバナンス 225
総額 11,285
(出所:EU資料より作成)
 
 EUは学術的な研究よりも、即実用可能な新しいテクノロジー開発をFPプロジェクトの目的としている。
 
 交通・運輸関連では、陸上交通の代替手段として、より環境にやさしく、安全性の高い水上交通の開発が課題のひとつとなっている。安全性向上のためのソフトウェア開発とシステム統合、衛星ナビゲーションの有効活用も課題である。
 
 プロジェクト成果の知的所有権は、プロジェクト・メンバーに公平に帰属する。しかし、逆に技術競争力のある企業は、成果の知的所有権がプロジェクトのメンバー全員に帰属するのを好まず、FPへの参加を躊躇するケースもあるという。(英国舶用工業会談)







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