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3. 技術移転及び新たなベンチャーの財源
3-1. 官民のパートナーシップと協力
 ほとんどの連邦研究所は、「税金で開発された技術や製品を、米国を拠点とする企業や組織が利用できるようにする」という方針を採っている。以下、船舶・海事関連技術分野の中小企業が利用できる技術移転プログラムや技術資源のうち、主なものをいくつか説明する。
 
(MARADのRTDD計画)
 2003年3月4日、米国海事局(MARAD)は、21世紀の米国海運業界を担うリーダーや研究者を育成し、技術開発の基盤を築くことに重点を置いた新たな調査、技術、実証、実用化(RTDD; Research, Technology, Demonstration, and Deployment)計画を発表した。MARADは、海事業界、学界、及びその他の政府機関と協力し、海運関連の新技術の研究試験・実証・開発作業の識別、情報収集、調整、推進、助長、達成を図る計画である。
 
(HARCの海洋技術センター(Blue Water Technology Center)による技術移転)
 ヒューストン先進研究センター(HARC; Houston Advanced Research Center)は、海軍水上戦闘研究センターのカルデロック部門(NSWCCD; Naval Surface Warfare Center Carderock Division(カルデロック部門は、カルデロックとアナポリスのDTRC(David Taylor Research Center)とフィラデルフィアのNAVSSES(Naval Ship Systems Engineering Station)の合併によって設立された。))と共同で、海軍が開発した既存の技術を沖合油田・ガス田開発産業・海事産業のニーズに適用している。
 
 HARCは、テキサス州Woodlandsの非営利組織であり、生命科学、環境、工学、政策/経済、エネルギー分野のプログラムによって持続可能な開発を推進している。HARCは、産業界、大学、政府の共同研究機関であり、参加者は地域及び国家にとって重要な技術の開発及び商用化に取り組んでいる。
 
 NSWCCDは、海軍の水上及び水中艦船の研究開発、試験、評価、in-service engineering、ロジスティクス、艦隊支援を担当している。また、海軍の船体、機械・電子システム、プロパルサーに対応するとともに、議会の許可により国内海事産業の支援に取り組んでいる。NSWCCDは3,000人以上の職員を擁し、そのうち2,000人以上は研究や工学技術に携わっている。
 
(1)研究開発協力協定(CRADA)の締結
 HARCとNSWCCDは、研究開発協力協定(CRADA; Cooperative Research and Development Agreement)契約を結び、海軍と産業界の間の技術移転を迅速かつ効率的に進めることができるような業務及び知的財産の枠組みを提供している。沖合油田・ガス田開発産業に短期的に技術移転が可能な専門分野は、以下のとおりである。
・過酷な環境(温度、圧力、腐食)に耐えられる高圧シール/バルブ
・新型構造システムの開発につながる材料科学
・acoustic signature removal−3D地震データの取得及び処理技術の応用
・表面及び表面下の強い海流にさらされる海洋プラットフォーム、ライザー、及びその他のシステム用の油圧機械試験及びモデリング
・新型電源の設計/開発タービン、発電機、モーター、燃料電池
・無線通信/センサー−海中施設の監視及び遠隔操作
 
(2)技術移転の手順
 HARCは技術を移転するために、沖合油田・ガス田開発業界主導のBlue Water Technology Centerを設立しようとしている。このセンターは、次の3段階の活動を実施することになっている。
(1)センタースポンサーがNSWCCDの技術審査を実施し、オフショア業界のニーズに対応する技術及び知的財産を定める。
(2)その後、参加者がHARC及びNSWCCDとともに、技術移転計画の設計や、産業界のニーズをNSWCCDの技術や能力に対応付ける作業を行う。
(3)最後に、センタースポンサーが個々の技術に関連した技術移転契約を結ぶ。プロトタイプの作成と実証は、HARC、NSWCCD、スポンサー企業、大学のスタッフや施設を共同利用して実施される。さらに、当事者間の関係を定め、知的所有権を管理する契約がスポンサー間で作成される。
 
(3)Blue Water Technology Centerの利点
・NSWCCDに対する議会の許可に従い、米国海事産業及びオフショア産業を支援するために海軍の研究所で開発された技術を移転できる
・超深海環境に必要とされる高度な新技術によって、米国オフショア産業は優位を保つことができる
・納税者の支援により海軍が開発し成熟した技術を活用することによって産業界のリスクとコストを軽減できる
・安全実績が向上し、環境上維持可能な開発が保証される
・超深海の油田及びガスの開発期間が短縮されるので、国内石油産業と連邦及び州政府に恩恵をもたらす
・湾岸沿いの大学の石油工学及び製造技能を強化し、次世代の学生を石油・ガス業界に送り込むことができる
・国家エネルギー安全保障、国内供給、インフラストラクチャの安定性が強化される
 
(海軍のCommercial Technology Transition Officer)
 前述の通り、海軍も商業化可能な技術の移転を積極的に進めている。その責任を担うのが商業技術移転推進官(CTTO; Commercial Technology Transition Officer)である。
 
(1)CTTOの任務
・プログラムのニーズや事業戦略を、利用可能な技術と対応づけることによって、あらゆるソースから迅速に技術を投入できるようにする
・独立した立場で、客観的かつシステム志向の技術評価を提供する
・海軍の業務と技術投入戦略を一致させるために助言を与える
・成長を阻害する可能性のある技術を評価し、その将来性について幹部に警告する
・艦隊/部隊による海軍の技術利用を改善するための政策及びツールを開発する
 
 1999年以来、CTTOは20件の技術移転契約を成立させた。移転される技術分野は、航法、光ファイバネットワークの応用技術、弾頭等様々である。
 
 2001年にCTTOはONRに参加し、引き続き海軍の取得プログラムへの技術移転を行っている。採用されている主要メカニズムには、海軍特許のライセンス供与やCRADA(Cooperative Research and Development Agreement)がある。つまり、CRADAを通じて資源の共用による共同研究を可能にし、ライセンス供与によって成熟技術の商業化を促しているのである。
 
 CTTOの任務は多岐にわたり、民間のニーズを満たすことのできる具体的な技術(必要に応じて改良)を探すこともCTTOの仕事である。CTTOのベンチャー計画は様々な次元で実施されており、商用技術を海軍プログラムに活用する取り組み(スピンイン)や、海軍の知的財産(IP)の事業化を進める取り組み(スピンアウト)が行われている。
 
(2)スピンイン
 スピンインは、商用技術を海軍のプログラムに採り入れるという考え方である。商用技術の導入は、海軍を活性化する新たな取り組みである。世界中で最先端の技術を持つ新企業が出現しているが、CTTOは、ベンチャーキャピタル(VC)コミュニティ等、持っている資源を利用して、このような新興企業が開発した技術についての情報を迅速に入手し、海軍のニーズを満たす技術を探している。
 
(3)スピンアウト
 スピンアウトは、海軍のIPを民間企業にライセンス供与するという考え方である。NRE(Naval Research Enterprise)は莫大な数の特許を所有している。NREの構成組織各々に独自の技術移転局があり、これらの移転局が海軍IPの事業化促進活動を担っている。CTTOはChief of Naval Researchの情報源として、海軍IPをベンチャーキャピタリスト等の投資コミュニティに渡して事業化する様々な方法を模索している。
 
(NSRPによる研究開発支援)
 国家造船研究プログラム(NSRP; National Shipbuilding Research Program)は、米国の11の造船所が中心となり、政府、産業界、学界と連携しながら実施しているプログラムであり、米国造船関連の研究開発資金を、米国海軍の軍艦コストの軽減と米国の国際競争力の確立に役立つ技術に有効活用することを任務としている。NSRPはまた、事業取得プロセスの改善を目的とした共同フォーラムも提供している。
 1970年創設のNSRPは、より経済的な造船方法の開発を目的として活動を続け、現在では政府/産業界研究プログラムのモデルとして全米に認められる存在となっている。NSRPが協力する専門的公開フォーラムは、SNAME(Society of Naval Architects and Marine Engineers)のSociety of Naval Architectsが提供している。
 
 また、NSR PASE(Advanced Shipbuilding Enterprise)プログラムの主要計画(Major Initiative)と技術パネル(Technical Panel)は、産業界全体のネットワーク構築と技術移転の推進を目的として提供される主な公開フォーラムの技術的資源としての役割を果たしている。NSR PASEには、次の9つの主要計画と技術パネルがある。
 
○環境(技術パネル)
 環境パネルが提供する公開フォーラムでは、造船/修理業界とその顧客に関連する環境適合性問題について討議されている。
 
○表面処理及び塗装(技術パネル)
 表面処理・塗装パネルは、造船/修理業界とその顧客に関連した問題のうち、表面処理や塗装に関する仕様、材料受領検査、塗装処理、塗装の応用方法、作業員の保護、浄化、及び環境適合性についての公開フォーラムを提供している。
 
○溶接(技術パネル)
 溶接パネルが提供する公開フォーラムでは、溶接、切断、成形、燃焼の技術を高める方法やプロセスのうち、造船/修繕業界及びその顧客に関連し、適用できるものについて討議されている。
 
○ビジネスプロセス技術(主要計画)
 ビジネスプロセス技術パネルが提供する公開フォーラムでは、初期の事業戦略開発から納品後の顧客サービスまで、迅速かつ効果的な市場対応に必要とされる主なビジネスプロセスすべてが取り扱われている。
 
○システム技術(主要計画)
 システム技術パネルは、他の計画を進めるために基盤として必要となるシステムインフラストラクチャについての公開フォーラムを提供している。特に、製品実現のリードタイムを短縮し、社内の部門間のつながりを密接にするようなツールや環境に重点が置かれている。
 
○設備・工具(主要計画)
 設備・工具パネルが提供する公開フォーラムでは、環境に悪影響を及ぼさず効率的で管理可能かつ安全な方法で船舶の組み立て、変更、修理を行うための物理的なプラント能力の確立と維持について取り扱われている。
 
○製品設計・材料技術(主要計画)
 製品設計・材料技術パネルが提供している公開フォーラムでは、次世代型高性能船舶の迅速かつ効率的な開発を支援するパラメトリックデザインルール、メトリクス、詳細設計、材料基準、技術データ、先進製品設計及び材料について取り扱われている。
 
○造船所生産プロセス技術(主要計画)
 造船所生産プロセス技術パネルが提供している公開フォーラムでは、購入資材(未加工鋼板、構造用形鋼、部品等)やシステムを完成品にするために使用される主要な製造プロセス、機器、プランニング、及びその他の活動について討議されている。
 
○クロスカット計画(主要計画)
 クロスカットパネルは、スタッフや組織の必要性に対応するための問題事項、手段、資源、プログラムについての公開フォーラムを提供している。NWRPやパネルプロジェクトで技術を実現する際に、教育訓練、技術移転、組織変更、人事等、必要な支援用領域が考慮されるようにすることがこのパネルの目的である。
 
(MARADの舶用エネルギー及び排出ガス低減プログラム)
 MARADの舶用エネルギー及び排出ガス低減プログラムには、港湾・インターモーダル及び環境問題担当長官補(Associate Administrator for Port, Intermodal, and Environmental Activities)と造船問題担当長官補(Associate Administrator for Shipbuilding)が共同で取り組んでいる。このプログラムは、米国主要都市及び地域の大気汚染に対して船舶等からの有害物質排出が及ぼす影響に対する国内外の関心の高まりを受け、2001年に発足した。
 規制の強化により自動車、トラック、及び固定汚染源からの大気汚染物質の排出量は大幅に削減されていたが、それまで海上輸送は汚染源としてほとんど注目されていなかった。MARADは、海洋汚染防止条約議定書の附属書VI(大気汚染物質の排出規制)の発効を控え、この状態を迅速に改善する必要があり、また技術移転の機会にもなると考え、海事業界の支援に乗り出した。そして他の政府機関、民間企業、学会と協力して課題に対処するとともに、技術の実証と配備及び海洋発電所の運転対策に関する8つのプロジェクトに資金を提供することにしたのである。
 
(MARADの水素を用いた舶用燃料電池開発支援)
 MARADは、2002年前半、船舶と港湾施設用の発電システムとして水素を利用する燃料電池システム事業を実証するため、18ヶ月間の2フェーズプログラムを開始した。このプログラムでは、第1フェーズとして審査と設計を行い、その後商用技術の実証に取り組む。このプログラムの実施にあたり中心的な役割を果たしているのは、燃料電池システムを船舶システムに組込むためのシステムインテグレーションとエンジニアリングを提供しているSeaworthy Systemsである。
 一方、水素燃料の貯蔵システムを担当するMillennium Cell Inc.は、水溶液の形態で水素を安全に貯蔵し、且つ、化学反応により水素を発生させる独自の技術を開発した発展段階の企業である。このMillennium Cellの「水素オンデマンド(Hydrogen On Demand)」システムは、燃料電池やガス及びディーゼルタービンエンジン用にリサイクル可能でクリーンな燃料を供給し、そのエネルギー貯蔵密度は比較的高い。
 
 このプログラムは、米国の船舶と港湾施設両方の多様なシステムの給電に燃料電池を利用し、ゼロエミッションを達成するというMARADの現在の目標に対応するように計画されている。
 
 また、船舶の電力及び推力に燃料電池を使用するにあたり、大きな問題となるのは、舶用発電プラントの莫大な給電要件と燃料電池の間のインターフェイスをどのように設計するかである。コネチカット州DanburyのSurePower Corporationは、船舶向けの給電条件をシミュレートできる400kWの燃料電池発電プラントの設計方法を模索するため、MARAD及び米海軍と協力して作業を進めている。この発電プラントは、200kWのリン酸燃料電池2個で構成されている。この試験から、将来、船舶及びパワーバージ(港湾に停泊中の外航船等に対し、適切な陸電が供給できない場合に給電する目的で使用される発電システムを搭載したバージ)に内蔵できるような燃料電池発電プラントの開発に役立つ情報が得られる見込みである。
 
(ONRのSTTR(Small Business Technology Transfer Program))
 海軍のSTTR(Small Business Technology Transfer)プログラムは、海軍及び海兵隊の研究機関と優れた中小企業の間の共同研究を推進することを目的としている。海軍のSBIRプログラムとは異なり、海軍のSTTRプログラムは、毎年異なる科学技術分野に重点が置かれる。
 
(SOCP; Ship Operations Cooperative Program)
 SOCP(Ship Operations Cooperative Program http://www.socp.org)は、SOCP創設メンバーと米国運輸省海事局(MARAD)の間の「協力契約」に基づいて、1993年に設立された。
 
 SOCPの目的は、新たな方法、手順、技術の識別、開発、応用を通じて、商業運航に対処し、これを推進することである。SOCPは全体として、米国船舶運航業者の競争力、生産性、効率、安全、環境対応性を高めることをめざしている。
 
 米国を本拠地とする船会社及び船会社を支援する組織はすべて、このプログラムへの参加資格を有する。この結果、SOCPは、海洋、沿海、内陸の船団所有者や運航者、船級協会、海事関連技術企業、海事訓練機関、船員団体、関連政府機関等、40以上のメンバーを擁するまでに成長してきた。メンバーの増大によって、圧倒的な規模の経済が可能となり、小規模な海運会社も大企業と同じ恩恵を得られるようになっている。
 SOCPは次に示す4領域の活動を行っている。
・産業改善プロジェクト
・産業と規制問題に関する対話の促進
・製品/技術の試験と評価
・SOCP製品開発
 
 価値が高く優先すべきであるとSOCPのメンバーがみなしたプロジェクトが選択される。また、SOCPのメンバーは、プロジェクトの開発と指揮も行う。SOCPのプロジェクトは海事業界のメンバーの競争力と事業強化のために役立っている。







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