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3. 論点整理(欧州の韓国提訴)
3-1. 欧州の韓国提訴ポイント
 ECからWTO紛争処理パネルの設置を求めた要請文書(WT/DS273/2)によれば、欧州側の提訴のポイントは、以下の4点である。
 
(1)韓国輸出入銀行(KEXIM)法とその実施規則について
 この法制は、韓国輸出入銀行(KEXIM)に対し、一般の金融市場より優遇した利子率で、資本財を扱う韓国輸出業者に資金提供することを特別に許している。
 
(2)KEXIMによる引渡し前融資、前受金返還保証について
 「引渡し前融資計画」の下で、韓国輸出入銀行(KEXIM)は、製品の引渡し前に発生する材料コスト、労賃、管理費等の輸出契約による製品製造費用のための資金融資を、一般の金融市場より優遇した利率で行っている。
 また「前受金返還保証計画」の下で韓国輸出入銀行(KEXIM)は、韓国の輸出事業者が適切な輸出契約に基づいて、その義務を果たせなかった場合に、外国の購入者が韓国輸出事業者に支払った前払い金について、その利息を含め、返還することに対する保証を、一般の市場より優遇された利率で供与している。
 これらは、三湖重工、大宇造船、大宇造船海洋、現代重工、現代尾浦、三星重工、韓進重工を含む韓国造船所に与えられている。
 
(3)政府保有及び政府管理の銀行を通じた負債免除、負債と利子の減免、負債の出資転換という形態での韓国政府によるリストラ補助金対策について
 これらの補助金は少なくとも3つの造船所に与えられた。(大宇造船海洋、三湖重工、大東造船)
 
(4)特別租税管理法について
 より具体的には、物納特別税制(38条)と分割子会社特別税制(45-2条)は、公的リストラ企業に限定した2つの税制計画を設定し、大宇に対しては、推定総額780億ウォンに及ぶ複合した利益となった特別税制が適用された。
 
3-2. 韓国の違反条項
 欧州委員会が指摘する韓国の違反条項は以下のとおりである。
 
(1)補助金及び相殺措置に関する協定(ASCM)3.1(a)条及び3.2条
 KEXIM法については、KEXIMによる前受金返還保証並びに引き渡し前融資と、公的リストラ対策パッケージと特別税制はASCM第1及び2条において特定補助金であり、法制上若しくは実態として輸出に付随している。
 
(2)補助金及び相殺措置に関する協定(ASCM)5(a)条
 上記KEXIM補助金及び公的リストラ対策パッケージ並びに特別税制は補助金及び相殺措置に関する協定1及び2条において特定補助金であり、欧州共同体への被害の原因となっている。
 
(3)補助金及び相殺措置に関する協定(ASCM)5(c)条
 上記KEXIM補助金及び公的リストラ対策パッケージ並びに特別税制は補助金及び相殺措置に関する協定1及び2条において特定補助金であり、欧州共同体への被害の原因となっている。特に、補助金及び相殺措置に関する協定の6.3及び6.5条の意味において、著しい価格切り下げ、価格の押し下げ、価格の上昇の妨げ若しくは販売機会の喪失となっている。
 
3-3. 分析
 ECの指摘する違反補助金は、禁止補助金(レッド)と相殺措置の対象となる補助金(イエロー)に分かれている。以下に補助金の定義から違反補助金と認定されるために立証しなくてはならない要件を順次整理する。
 
3-3-1. 補助金の定義
 まずASCM第1条では、補助金とは、
・「政府または公的機関が資金面で貢献している資金の直接・間接の移転と税金の控除等」、
・または「1994年ガット16条に規定する何らかの形式による所得または価格の支持」のいずれかの措置によって、企業等に「利益」がもたらされるものと定義している。
 
3-3-2. 特定性
 ASCM第2条によって、補助金は以下に示す特定性を有する場合にのみ、対抗措置の対象となる。
 「特定性」とは、補助金を交付する当局の管轄の下にある一の企業若しくは産業または企業若しくは産業の集団(特定企業)に対するものであって、具体的な判断基準は、以下の通りである。
・交付当局または法令が補助金の対象を特定企業に限定している場合
・交付当局または法令が補助金の対象と額を規律する客観的な基準または条件がない場合
・補助金が実態的には特定性を有するものである場合
・地理的に指定された地域内にある特定企業のみに交付される場合
(一般的に適用される税率等は、特定性を有する補助金とはみなさない。)
・第3条の禁止補助金の場合
 
3-3-3. 禁止補助金
 ASCM第3条で禁止補助金が明記されている。大きく禁止補助金には2種類あり、一つは輸出補助金であり、もう一つは輸入品対抗補助金である。
 
 輸出補助金とは、ASCM第1条で定義された補助金であって、法令上または事実上輸出が行われることに基づいて交付されるものであって、輸出が唯一の条件か複数の条件のうちの一つかを問わず、輸出に基づき交付されるものをいう。ここでいう「事実上」とは、法的には輸出に基づくものではなくとも、実際のまたは予想される輸出または輸出収入と事実上結び付いていることをいう。
 
 輸入品対抗補助金とは、輸入物品よりも国産物品を優先して使用することに基づいて交付される補助金であって、それが唯一の条件か複数の条件のうちの一つかを問わず、国内物品の使用に基づき交付されるものをいう。
 
 概念整理を助けるためにASCMの付属書I(末尾参考)には禁止補助金が例示されている。
 
 また、ASCM第3.2条では、改めて加盟国に対し禁止補助金の交付を禁じ、さらに維持を禁止している。これら禁止補助金はASCM第4条(救済措置)で紛争処理手続き等に入ることができる。
 
 ECの主張によれば、韓国輸出入銀行(KEXIM)による前受金返還保証並びに引き渡し前融資、並びに公的リストラ対策パッケージ及び特別税制は、ASCM第1条(補助金の定義)の要件である政府の公的資金の投入と、交付企業は利益を受けたことは明らかであり補助金に相違ないこと。
 
 ASCM第2条(特定性)の要件である特定性については、そもそも前受金返還保証並びに引き渡し前融資は輸出契約に伴って発生する輸出補助金であること。
 
 公的リストラ対策パッケージ及び特別税制については、交付(控除)対象が法的または実態的に特定企業に限定していることから、明らかに特定性の条件(第二条)をクリヤーし、かつ「事実上」輸出だけが収入となっている企業を対象とした禁止補助金であるとされている。
 
3-3-4. 相殺措置の対象となる補助金
 ECが主張するもう一つの補助金である、相殺措置の対象となる補助金であるが、ASCM第5条には、加盟国は、特定性のある補助金によって、他の加盟国の利益に次のいずれの悪影響も及ぼすべきではないとしている。
・他の加盟国の国内産業に対する損害
・他の加盟国に対し千九百九十四年のガットに基づいて直接または間接に与えられた利益、特に、千九百九十四年のガット第二条の規定に基づく譲許の利益の無効化または侵害
・他の加盟国の利益に対する著しい害
 
 ECは、韓国輸出入銀行(KEXIM)の前受金返還保証並びに引き渡し前融資と公的リストラ対策パッケージ並びに特別税制は、前述のとおり、特定性のある補助金であり、欧州共同体への被害の原因となっているとしており、これはASCM第5条(a)をクリヤーするとの考えであろう。
 
 さらにECは、ASCM第6.3条と6.5条の意味において、著しい価格切り下げ、価格の押し下げ、価格の上昇の妨げ若しくは販売機会の喪失を主張している。
 
 ASCM第6.3条には著しい害が発生する可能性として、
・補助金の効果が、補助金の交付を受けた産品の価格を同一の市場における他の加盟国の同種の産品の価格よりも著しく下回らせるものであることまたは同一の市場における価格の上昇を著しく妨げ、価格を著しく押し下げ若しくは販売を著しく減少させるものであること。
と規定され、さらにASCM第6.5条では、
・価格を下回らせることには、補助金の交付を受けた産品の価格と同一の市場に供給される補助金の交付を受けていない同種の産品の価格との比較によって立証される場合を含む。この比較については、商取引の同一の段階で、かつ、同等な時点で行うものとし、価格の比較に影響を及ぼすその他の要因に妥当な考慮を払う。もっとも、このような直接的な比較を行うことができない場合には、価格を下回らせることについては、単位当たりの輸出価額に基づいて立証することができる。
という立証方法も規定されている。
 
 ECが世界的な同一市場の中で船価に対する「著しい害」を立証できれば、相殺措置の対象となる補助金としてASCM第7条(救済措置)によって、紛争処理手続きに進むこととなる。
 
4. 論点整理(韓国の欧州逆提訴)
4-1. 韓国の欧州提訴ポイント
 韓国は、欧州の域内造船業保護のために導入した暫定措置等がWTO協定違反の可能性があるとして、2003年9月にWTOの紛争処理手続きに基づく協議要請を行った。
 
 問題となる措置は、「EC暫定助成措置(2002年6月25日、EC Regulation 1177/2002)」及び「経営支援、リストラ支援、地域その他投資支援、R&D援助、環境保護支援等の補助金を付与する造船助成新規則(1998年6月29日、EC Regulation 1540/98)」と、これらに基づく欧州共同体加盟国の実施規定、並びに、EC及び加盟国(またはその自治体・政府関係機関)が付与した域内で建造された商船に対するさまざまな補助金が、WTO協定に抵触するとしている。
 
 具体的には以下を列挙している。
・デンマーク、フィンランド、ドイツ、イタリア、オランダ、ポルトガル、スペイン、英国の政府及び金融機関の供与する船価助成
・フィネルバ(フィンランド貿易保険機関)から供与されるとしている引渡し前及び引渡し後の貿易保険
・ドイツ輸銀(KFW)供与の輸出信用、及びその他KFWへの国家助成の結果による補助金、英輸銀(ECGD)、デンマーク輸銀(EKF)、フランス輸銀(COFACE)、スウェーデン輸銀(EKN)、スペイン輸銀(CESCE)、イタリア輸銀(SACE)、オランダ輸銀(NCM)、ポルトガル輸銀(COSEC)供与の輸出信用(OECD輸出信用了解と整合的か否かについてECが主張しているかどうかを問わない)
・イタリア造船業補償基金による建造費返還保証
・デンマーク国内建造船建造時の船主への低利長期融資
・スペイン国有企業(SEPI及びAESA)を通じたIZARグループ編成時のリストラ助成
・スペインの研究開発助成
・スペインのIZARへの債務保証
・スペインの商船隊更新時の税制優遇を通じた造船所助成
・フランスのAlstom救済時の28億ユーロの助成
・フランスのAtlantique造船所への助成(暫定助成規則に基づくもの)
・フランスのロアール地域への地域助成
・英国の地域助成を通じたクバナーグループのスコットランド工場への助成
・ドイツの研究開発助成
・欧州委員会の研究開発助成
 
4-2. 欧州の違反条項
 韓国が主張するEC助成に対する抵触条項は以下のとおり。
 
(1)フィンランドの輸出保証機関等の引渡し前後の輸出保証は、「法令上または事実上、輸出が行われることに基づいて交付される」輸出補助金に該当し、ASCM3.1条が定める輸出補助金の禁止に抵触する。
 
(2)暫定助成措置は、EC域内市場において輸入代替(ASCM6.3条(a))または価格押し下げ(同条(b))の効果をもたらし、ASCM5条に規定する損害(injury)または利益に対する著しい害(serious prejudice)を韓国の国内産業に対して及ぼしている。
 
(3)デンマークの船主向け融資、イタリアの貿易保険、暫定助成規則等は、韓国建造船と第三国建造船、または韓国建造船とEC建造船との関係において、韓国産品の競争条件を不利にしており、94年GATT第1条(最恵国待遇義務)及び第3条(内国民待遇義務)に抵触する。
 
(4)暫定助成措置は、韓国の補助金措置がWTO協定に違反するか否かがWTOのDS手続において確定される前に一方的に対抗措置をとったもの。したがって、紛争解決了解(DSU)第23条1項及び2項、ASCM32条1項に違反する。
 
4-3. 分析
 韓国の提示した違反条項の主要論点について以下で分析を試みる。
 
(1)輸出信用や貿易保険がASCM第3.1条へ抵触する問題について
 
 禁止補助金の例示表ASCM付属書Iの(k)項には、以下の記述がある。
 
ASCM付属書I(k)
 政府(または政府の監督の下にある若しくは政府の権限の下で活動する特別の機関)が、輸出信用に用いる資金を自ら獲得するために実際に支払わなければならない利率(または輸出信用に用いる資金と償還期間、他の信用条件及び通貨を同一にする資金を獲得するために国際資本市場において借入れを行ったとしたならば支払わなければならなかったであろう利率)よりも低い利率で輸出信用を供与することまたは輸出者若しくは金融機関が輸出信用の供与を受けるために負担する費用の全部または一部を支払うこと。ただし、政府が輸出信用を供与すること及び費用を支払うことが輸出信用の条件について相当な利益を与えるために行われる場合に限る。
 もっとも、加盟国が千九百七十九年一月一日において少なくとも十二の原加盟国が参加している公的輸出信用に関する国際的な約束(または当該約束を継承する約束であってこれらの原加盟国によって採択されるもの)の参加国である場合または事実上当該約束における利率に関する規定を適用している場合には、これらの規定に合致する輸出信用の供与は、この協定により禁止される輸出補助金とはみなされない。
 
 これより明らかにOECD公的輸出信用ガイドラインに沿った措置は、輸出補助金とは考えられないが、ECの措置がはたしてOECDガイドラインに沿ったものであったかどうかは、今後より詳細な情報分析が必要である。
 
(2)ECの暫定助成措置が、EC域内市場において輸入代替(ASCM6.3条(a))または価格押し下げ(同条(b))の効果をもたらし、ASCM5条に規定する損害(injury)または利益に対する著しい害(serious prejudice)を韓国の国内産業に対して及ぼしていることについて
 
 まず特定性については造船だけに供与されている関係で特定性は認められるものと思われるが、次の段階である相殺措置の要件である「悪影響」の有無は個別の制度によるものと思われる。
 
(3)デンマークの船主向け融資、イタリアの貿易保険、暫定助成規則等の、94年GATT第1条(最恵国待遇義務)及び第3条(内国民待遇義務)への抵触について
 
 ホームクレジットについては、EC域内建造船の購入者に対して補助金を付与する場合、EC域内建造船とEC域外建造船との間で差別的取扱いをしているとするならば、最恵国待遇義務違反の可能性が生じると思われる。
 
(4)EC暫定助成措置が、韓国の補助金措置がWTO協定違反の判定前に、一方的にとられたことによる、紛争解決了解(DSU)第23条1項及び2項、ASCM32条1項への抵触について
 
 一般的には、WTOの紛争処理によらず一方的な措置を取ったことに対しては協定違反となる可能性は高い。ただし、過去の判例から推測すると韓国の不公正慣行が認められれば、その範囲で正当性が認められる可能性もある。







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