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総括
1. 各セッションにおける報告・討議の要約
秋元一峰
現職:SOF海洋政策研究所主任研究員、秋元海洋研究所所長
学歴:千葉工業大学卒
海上自衛隊入隊。海上自衛隊幹部候補生学校卒。アメリカ海軍第7艦隊連絡幕僚、海上幕僚監部調査部情報班長、防衛部分析室長、第2航空群首席幕僚、防衛研究所主任研究官を歴任し、2000年退官(海将補)。海洋の総合管理や海洋の安全保障に関する分野で活躍中。「シーパワー・ルネサンス」「シーパワーのパラダイムシフト」などの著書・論文多数。
 
 本会議は4つのセッションで構成されている。セッション1の「概念の形成」では、シップ・アンド・オーシャン財団が提唱する「海を護る」という新しい海洋安全保障の概念の明確化を図り、セッション2の「Highly Accessed Sea Areaの現状」では、南シナ海およびインドネシア・フィリピン群島水域を対象として安全と環境の現状を理解し、セッション3「管理のメカニズム」では、既存のMEHやPEMSEAのプログラムあるいは紛争予防のための国際システムを理解して「海を護る」ための管理システムの在り方を検討し、セッション4の総合討議では、今後の取り組みの在り方などについて意見を交換すると共に成果を確認した。
 総合討議の終了後、SOF海洋政策研究所の秋元一峰主任研究員が、各セッションでの報告・討議結果を以下の通り要約した。
 
1-1 セッション1「概念の形成」における報告・討議の要約
1-1-1 報告の要旨
(1)セッション1-1では、東京大学大学院法学政治学研究科奥脇直也教授が、「海を護る―新しい安全保障の概念:旗国主義の変容と新しい海洋法秩序の形成」と題して、海洋レジームとガバナンスについて報告し、新しい海洋安全保障の概念形成のための論議のスタート台を準備した。報告の要旨は以下の通りであった。
(1)レジームの複合化とガバナンス
 従来、国際社会は具体的問題の解決に当たっては、問題ごとにトピックを抽出し、個別的処理をするしかなかった。そのため、国際関係は個々の問題ごとに利害の調整が図られ合意が結ばれるという方式が取られ、貿易レジーム、環境レジームといった自己完結的な制度が作られてきた。
 冷戦の崩壊によって、東西対立が消滅すると共に、軍事的安全保障によって形作られていた国際関係の枠が外れ、冷戦後は国際問題の解決において国際協調という枠組を出現させるようになった。
 そのような中で、WTOにおける環境と貿易の対立のようなレジーム間の対立が生じるなど、レジームの正当性が問われ始めるようになった。そこにおいて、国際社会には各レジームを跨った秩序が必要となり、ガバナンス論が出現してきた。レジーム論からガバナンス論へと国際社会は変容しており、安全保障についても、複合的・統合的視野を含む安全の追求へと概念が変容している。
(2)従来の海洋レジームとガバナンスの欠如
 海の分野でも、自己完結的レジームが存在してきた。第一に、陸と海のレジームであり、第二に海の分野における航行、環境、漁業といった複数のレジームの存在である。また、さらに立法レジームと執行レジームというレジームの対立もある。各レジームは、もっぱら海洋を利用する者を対象としており、陸上に住む人を考慮してはいなかった。海洋レジームは陸上レジームから分離されていたといえる。これが、陸上起因の海洋汚染への対応や領海内で発生する海賊の取締りを遅れさせる要因ともなっている。また、公海漁業にみられるように、立法面と執行面が分離されるという特徴も持っていた。
 海洋は、各レジームの分野を越えた利害調整が必要であり、そこにおいて、ガバナンスヘの動きが見られる。とくに、従来の国際法の中心であった旗国主義の修正により、ガバナンスの方向への動きが進み始めている。たとえば、漁業の分野では、外国漁船に対する公海上での乗船・検査が可能とされ、条約の機関として国家が執行管轄権を行使し、「政府なき統治」の1歩をすすめている。海上テロに関してもSUA条約の改正案が議論され、陸上における人々の安全のために第三国船舶に対する乗船・検査を公海上で執行できるよう議論されている。こうしたことは、予防を通じてガバナンスを達成しようとする足がかりとなっている。
 しかしながら、まだ海洋ガバナンスに関しては旗国主義の限界を補正するところにようやくたどり着いたにすぎず、伝統的な海洋秩序は維持されたままである。国際社会の共通の利益を満たしながら安全を保障していく海洋秩序の構築が、このシンポジウムの課題であるといえる。
(3)海洋ガバナンスヘの胎動
 近年、旗国主義の修正が考慮されつつある。海上テロヘの対応として、IMOで審議中のSUA条約(海上航行の安全に対する不法な行為防止に関する条約)の改正案には大量破壊兵器の運搬を取り締まる内容が含まれている。
 海洋ガバナンスは総合的な課題であり、海洋と共に陸上の問題とも相関的でなければ、「海洋を護る」ことはできない。
  海洋制度の枠組みを変えることはパンドラの箱を開け、新たな海域囲い込みなどの問題を生じさせるといった大混乱を起こしかねない面がある。国際社会の共通の利益を満たし、かつ、それが沿岸住民に不安を感じさせない海洋秩序の構築が重要であり、それが「海を護る」ための課題であると言える。
 
(2)セッション1-2は、現在最もホットなテーマである海上テロの問題を取り上げ、国際応用科学協会のスタンリー・ウイークス上級研究員が「海上テロリズムの脅威と対応」と題する報告を行った。報告の要旨は以下の通りであった。
(1)2000年のアデン港におけるアメリカ海軍巡洋艦コールヘのテロ攻撃、2001年の9.11テロ、2002年のフランス原油タンカー「リンバーグ」に対するテロ攻撃、と海上テロの脅威が増大している。
 原油タンカーが攻撃されれば、環境を汚染し、世界経済に大打撃を与えることになる。さらに、商船をハイジャックして他の船舶や港湾、原油基地に突入する事態も考えられる。また、テロリストによる大量破壊兵器の海上輸送も深刻になっている。
(2)海上テロヘの対応には、情報の収集、港湾警備、海上パトロールの三つの面からの対応が必要となる。
 アメリカでは2003年に国土安全保障省が新設され、港湾の安全についても所掌している。港湾警備を強化し、沿岸警備隊は全ての船舶に入港96時間前の事前通報を求めるなどの対策をとっている。
 しかし、世界に港湾は4,000以上あり、洋上では約46,000隻の船舶が航行している。アメリカでは600万個のコンテナが入港しているが、税関ではそのうちの2%しか検査できていない。出港地での検査が重要と考え、アメリカは幾つかの国と出港地検査に関する協定を結んでいる。
 国際的には、IMOは、2002年12月に船舶と港湾施設の国際保安コード(ISPSコード)に関する法案を採択し、自動識別装置(AIS)の設置も義務付けるなどの措置がとられている。
(3)テロ対応を含めたシーレーンの安全には、海軍間、海軍と他省庁間の協力が必要である。アメリカでは、「ナショナル・フリート」構想の下、海軍と沿岸警備隊との協力関係を促進しており、統合政策声明(Joint Policy Statement)のもと、海上阻止行動など様々な分野で協力している。また、沿岸警備隊は他の国の法執行部隊との共同も実施しており、実はアメリカ海軍よりも他国部隊との共同行動や共同演習機会のほうが多い。
 アジア太平洋地域においては、シーレーンやチョーク・ポイントでの共同パトロール等を可能とする、いわゆる、Asia Pacific Maritime Operational Cooperation(APMOC)が必須であり、そのためには、国際間における信頼醸成をさらに進めて地域安全保障醸成(Regional Security Building)に進展させる努力が必要である。NATOでは、「統合常備海軍部隊」の創設を促進している。
(3)セッション1-3では、安全上様々な問題が凝縮されているマラッカ・シンガポール海峡を研究のステージとし、シンガポール国立大学法学部副学部長のロバート・ベックマン教授が「マラッカ・シンガポール海峡における海上保安の向上」について報告した。報告の要旨は以下の通りであった。
(1)マラッカ・シンガポール海峡の現状
 インドネシア側の海域における海賊・武装強盗は依然として重大な問題である。IMBのレポートによると、重装備の海賊が小さな原油タンカーを狙うケースが生じており、9.11以降は海賊とテロが結び付くことが危倶されるようになった。マラッカ・シンガポール海峡通過のLNG船がハイジャックされ、テロリストに武器として利用される可能性がある。そのような事態が生じた場合、世界経済へのダメージは計り知れないだろう。
(2)1988年のSUA条約と同議定書
 マラッカ・シンガポール海峡の安全保障は、領海主権が障害となっている面がある。
 SUA条約では、攻撃とみなされる事象が領域内に存在するときは、当該国は法を執行し、攻撃者を拘束して他国に引き渡すことなどが規定されている。武装強盗やテロに対して有効な対応が可能となる条約であるが、東南アジア諸国では加盟国はベトナムだけである。
 SUA条約と同議定書については、9.11テロを受けて改正の提言があり、2002年以降IMOにおいて改正案が検討されている。改正案には、領海外で国際テロリストに武器を供給する疑いのある船舶への乗船・検査を可能とする項目もある。
(3)SOLAS条約に基づく海洋安全保障を強化する特別措置
 2002年12月、国際海上交通の安全を脅かすテロ等の抑圧のための決議が採択された。その中でSOLAS条約の別紙が改正され、ISPSコードやAIS設置の義務が規定されることになった。
 なお、SOLASの改正は主要国際海峡における安全保障に関わる特別な措置は含まれておらず、海峡沿岸国と海峡利用国の調整が必要である。
(4)国連海洋法条約43条に基づく協力協定
 マラッカ・シンガポール海峡での安全保障のための協力協定については、国連海洋法条約43条(海峡利用国と海峡沿岸国との協力)を根拠とすることができる。共同や統合パトロール、脆弱な船舶の護衛、テロの疑いのある船舶に対する臨検などについて、海峡利用国の主権を犯さない方法で実施することができるはずである。
 海峡利用国は更なる負担の分担をすることが必要である。日本は大きな貢献をしている。
 
1-1-2 討議の概要
 以上の報告を受け、主として「海を護る」概念に関して討議がなされた。海洋問題に取り組む総体としてのガバナンス論や「海を護る」ための海洋管理体制の在り方などについて意見が交わされ、現行のIMOの機能や海洋管理のための各種取極めとその実行の現状なども示された。
 最後に主催者であるSOF秋山会長が、「海洋の秩序維持に新しい海洋安全保障の概念を導入してみたい。私は「海を護る」ための国際共同体をイメージしている」と述べ、概念がある種のガバナンス論に基づくものであるべきことを明らかにする形で討議を締め括った。
 
1-2 セッション2「Highly Accessed Sea Areasの現状」における報告・討議
1-2-1 報告の要旨
(1)セッション2-1では、フィリピン大学法学部マーリン・マゴロナ教授がHighly Accessed Sea Areaとしての「南シナ海およびフィリピン領海における安全保障上の問題点」と題して、フィリピン群島水域とその以西につながる南シナ海における安全面での現状と問題を指摘すると共に「海を護る」うえにおける提言を纏め報告した。報告の要旨は以下の通りであった。
(1)序文
 海洋は、海洋自由と領域主権の主張の相違による緊張を生み続けてきた。海洋の問題は文明の問題として取り扱う必要があり、互いの国益を如何に調整するかが重要である。国連海洋法条約の原則を重んじる人たちは、海洋の問題は相互に密接に関係し合っており、全体として考えられなければならず、人類の問題を海洋スペースに取り入れていくことが必要であると主張している。
(2)南シナ海の状況
 南シナ海は極めて重要なシーレーンの舞台であり、世界のほぼ半数の貿易量に相当する商船が通航している。南シナ海のシーレーンには、マラッカ海峡、スンダ海峡、そしてロンボク・マカッサル海峡の三つのチョーク・ポイントがある。
 その南シナ海は「紛争の集積場所」と称されている。主な紛争としては、スプラトリー諸島、パラセル諸島、スカボロー岩礁などの領有権を巡る問題があり、そこではアメリカ海軍の航海自由の主張も絡んで問題を複雑にしている。台湾海峡の問題もある。
 南シナ海における島嶼の領有権を巡る問題には海底資源の取得権が絡んでおり、排他的経済水域や大陸棚の境界画定と管轄権の問題を複雑にしている。
(3)海賊
 南シナ海の海賊・武装強盗は依然として航行上の深刻な問題である。マニラ湾ではハイジャック事件もあった。
(4)テロリスト
 フィリピンには、アル・カイダ、ジェマ・イスラミアなどのテロ分子が存在しており、タイやカンボジアにも拡散していると言われる。南シナ海とフィリピン群島水域は国際テロによる戦争の危険性も膨らんでいる。
(5)フィリピン群島水域の安全保障問題
 テロリストの攻撃対象がフィリピン群島水域とその周辺の海域にあるシーレーンに伸びてきた場合、有効な防衛手段は殆ど無い。
 一方、フィリピン群島水域海には、国連海洋法条約上の群島水域とフィリピン国内法上の内水の相違という問題もある。群島水域内の船舶の通航が環境にダメージを与える危倶も指摘されている。
(6)提言
 国連海洋法条約の半閉鎖海条項である123条を根拠として、より組織化された協力が実施できるのではないだろうか。
 
(2)セッション2-2では、中国国家海洋局海洋発展戦略研究所のジグオ・ガオ所長が、「南シナ海が直面する環境問題」と題して主として南シナ海の環境問題の現状を報告した。報告の要旨は以下の通りであった。
(1)概観
 東南アジアの海は世界海洋の総面積の2.5%を占め、世界人口の5%にあたる2億7千万人がこの海を囲む国々に住んでいる。
 自然環境を見てみると、世界にある51種のマングローブのうち45種がこの地域にあるなど、生態系は豊富である。漁獲高は、アジア全体の23%、世界の10%にのぼる。
 また、極めて交通量の多いシーレーンが通っており、世界でも最も生産性の高い地域であるといえる。明確な量は分かっていないが、海底油田の存在も確認されている。
(2)環境問題の現状
 その豊かで活発な海も、環境悪化と資源枯渇が進んでいる。マングローブはこの70年間で70%が減少しており、2030年には消滅すると言われている。えびの養殖や沿岸部の都市開発などが原因と考えられている。さんご礁や海草もダメージを受けている。魚の取り過ぎも問題で、持続可能な漁業のためには漁獲を現在の半分(50%)に落とさなければならない。海洋汚染も進んでいるが、これはほとんどが陸上起因である。有機物質の垂れ流しがあるが、殆どの国が処理施設を持っていない。陸上起因汚染の根本原因は沿岸部の人口密度の増大と工業化、都市化である。環境保全のための、より戦略的なアプローチが求められるが、地域協力の法的枠組みが無い。環境悪化は財源不足というよりは政治的リーダーシップの欠如ではないか。南シナ海の環境安全保障のための地域協力が必要である。
 
(3)セッション2-3では、インドネシアのパジャラジャン大学のエティー・アゴエス教授が、「インドネシア周辺海域が直面する諸問題」と題して、インドネシアが自国の主権と管轄権のもとにある海域において国連海洋法条約を実行していく上での諸問題を紹介、体制の不備などについても指摘した。インドネシアが直面している状況は、まさに地域の海洋管理を巡る問題の縮図である。インドネシアの取り組みと教訓は、地域海洋管理を促進していく上において良い参考となるだろう。報告の要旨は以下の通りであった。
 インドネシアの主権と管轄権が及ぶ海域は、内水、群島水域、領海、接続水域と排他的経済水域に分類される。インドネシアはこれら海域に関連する国内法を整備しているが、排他的経済水域における船籍が定かでない便宜置籍船の行動、漁業など、様々な問題がある。国内法には、中央政府の定めたものと地方政府の定めたものとの間に矛盾があったりする。海事に関連する省庁が多数あり、それが縦割り行政であるため、所管を表にすると複雑なマトリックスとなり、誰が所掌しているのかを見つけるのに苦労することがある。また、インドネシアの群島水域には三本の群島水域航路帯があり、航路帯通航権を認めているが、東チモールの独立などによる基線修正により影響を受けるかもしれない。
 
1-2-2 討議の概要
 以上の報告を受けた討議では、採択された「行動宣言」が南シナ海の安全保障環境を安定化させ信頼を醸成させる役割を果たしつつある一方、各国の国内の体制や法制が必ずしも海洋問題に対して総合的にアプローチできるように整備されていないことなどが指摘された。また、環境問題に軍事的安全保障の問題を絡めると環境問題が疎外されるといった、まさに「海を護る」概念の必要性を再認識させられる事例などが指摘された。国際協力については、中国政府がよりオープンに議論する方向に変化してきており、拘束力のある条約への加入に消極的であった東南アジア諸国も環境問題には前向きに取り組むようになっていて、機は熟しているとの共通の認識を得て討議を終えた。







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