日本財団 図書館


Session 2-2
南シナ海が直面する環境問題
Zhiguo Gao
Mingjie Li
Zhiguo Gao
現職:中国国家海洋局海洋発展戦略研究所所長
学歴:中国吉林大学卒業/中国政法大学修了(法学修士)/米国Washington大学修了(法学修士)/カナダDalhousie大学(法学博士)
天然資源に関する立法、国外投資の契約、国際環境法および政策の専門家で、世界各国で研究などに従事した経験を持つ。中国内外の大学で学んだ後、英国、米国、中国の大学で講師や研究員を勤め、また国際海底機構のコンサルタントとして各国の立法や石油資源協定に関わった。100編以上の著作物があり、受賞も多数。最近の出版物には「Environmental Regulation of Oil and Gas(石油とガスの環境規定)」(1988年)、「International Petroleum Contracts: Current Trends and New Directions(国際石油協定:現在の傾向と新しい方向)」(1994年)等がある。
 
Mingjie Li
現職:中国国家海洋局海洋発展戦略研究所研究員
 
I. はじめに
 国際水路局によれば、世界屈指の沿岸海である南シナ海は、南緯3度、南スマトラ島とカリマンタンの間に位置するカリマタ海峡から、台湾島北端と中国本土をつなぐ台湾海峡まで、南西から北東方向に広がる半閉鎖海域として定義されている。南シナ海はASEAN諸国(インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ・ダルサラーム、ベトナム、マレーシア)及び中国(台湾を含む)に囲まれた半閉鎖海域である。議論の都合上、本稿ではタイ湾及びトンキン湾も南シナ海に含めることにする。
 本稿では、南シナ海の一般的特徴について環境、生態系、海洋学の側面から概説する。さらに、南シナ海の地域社会が特に直面する環境問題について論じる。まず、冒頭に概要を述べる。次に、南シナ海の生態系と天然資源への社会の依存、及びその重要性について説明する。第三に、主な環境問題について個別に採り上げ、それらの原因及び影響について考察する。最後に、以上の議論から得られた結果について総合的に考察し、可能な限り提言を行ってゆく。
 
II. 南シナ海の重要性及び資源
1. 南シナ海の重要性
 南シナ海とそこに浮かぶ島々は、その特殊な構造及び地理的な位置づけゆえ、地理的に一つのまとまりを形成している。1 東南アジアの海の総面積は約890万平方キロメートルで、世界の海洋の2.5%を占めている。南シナ海の総面積は350万平方キロメートルで、北及び北東部分はユーラシア大陸の大陸棚で占められ、南及び南西にはタイランド湾を含むスンダ棚が広がっている。南シナ海に流入する大河は約125本。その流域面積は2.5×106km2で、水、堆積物、栄養塩、及び汚染物質がこれらの河川を経由して南シナ海に運び込まれる。南シナ海は生物地理学上のインド洋−西太平洋区域の中心に位置し、世界で最も多様性に富んだ浅水海域である。この天然の豊かな生態は同地域の一次生産及び二次生産に大きく寄与している。
 経済的に急発展を遂げているこの地域において、南シナ海は海洋面での中心的存在であると同時に、中国南部地域と東南アジアを結び付けるという重要な役割も担っている。南シナ海は周辺各国の経済、政治、生態系に重要な位置を占めている。
 南シナ海を特徴づけている要素として、環境的、生態的な価値、生物及び非生物資源、地政学的/戦略的な位置づけなどが挙げられるが、これらはどれも、この海の重要性を物語っている。第一に、同地域の人口は1993年の4億7500万人から2025年には7億2600万人に増加すると予想されている。2 これら各国の沿岸地域には2億7000万人が生活しているが、これは世界人口の5%に相当する。この世界屈指の人口過密地域に、南シナ海は有機資源や無機資源を提供している。東南アジア単独でも人口の70%以上が沿岸地域に居住しており、資源の供給源、輸送手段として地域の南シナ海への依存度は高い。結果的に、地域住民の生活向上意欲や開発は、重圧として、海洋環境や生態系にのしかかっている。
 第二に、南シナ海は全体が一つのまとまった生態系を形成しており、貴重な天然資源の宝庫になっている。世界のマングローブ51種のうち45種、サンゴ70属のうち50属、海草50種のうち20種、大型二枚貝9種のうち7種までが南シナ海の沿岸海域に生息している。3 大西洋と比較して、熱帯であるインド洋−西太平洋の生態系は非常に多様性に富んでいる。大西洋ではマングローブが5種、サンゴは35種前後しか発見されていない。これと比較して、フィリピンでは51種のマングローブと450種を超えるサンゴが発見されている。紅海では200種、南東インドでは117種、ペルシャ湾では57種のサンゴが確認されている。4
 第三に、同海域は世界で最も通航の激しい国際的通航帯である。世界のスーパータンカーの5割以上が南シナ海を通航し、毎年、世界の商船の半分以上(トン数)が南シナ海を通過している。マラッカ海峡を通航するタンカーはスエズ運河の3倍以上、パナマ運河の5倍を優に超えている。南シナ海は世界で最も通航の激しい国際航路帯のひとつに数えられている。
 第四に、東南アジアの海洋及び沿岸地域は、おそらく世界でも最も生産性の高い地域のひとつである。温暖多湿な熱帯性気候と高い降雨量に恵まれ、海岸線には珊瑚礁やマングローブ生態系が広がっている。南シナ海の豊富で多様な生態系がもたらす経済的恩恵を受け、東南アジアの沿岸地域は人口密集地帯となっている。
 第五に、南シナ海は領有権及び安全保障上の問題が頻発する地域でもある。南シナ海の問題は、過去30年にわたって常に、東南アジア及び周辺地域の政治的安定、及び経済開発における中心的課題であった。急速な人口増加が続く沿岸及び群島の地域社会において、環境保全及び食料安全保障の観点から、南シナ海は主役の立場を担っている。
 
2. 南シナ海の資源
 南シナ海は世界の他の地域には見られない固有の生態系を形成している。その主要な背景となっているのが次の3つの自然的特徴である。第一に、群島や半島が多いこと。第二に、驚くほど変化に富んだ大陸棚及び海底地形を有すること。第三に、雨季乾季、季節風といった熱帯モンスーン気候特有の気象である。
 
(1)生態学的資源
 固有の地質と気候があいまって、南シナ海では驚異的な生物多様性及び遺伝資源が生み出されている。南シナ海には、注目すべき4種類の主要な海洋生態系がある。マングローブ林、珊瑚礁、海草、及び湿地帯である。本稿の第三部では、これらの生態系の各々が持つ重要性及び経済的価値について、可能な範囲で触れてゆく。
 広大なマングローブ林及び珊瑚礁は数千の生物種を養っている。また、浜辺に押し寄せる波に対しては緩衝地帯として機能し、浸食を抑制するという重要な役割を担っている。沿岸に暮らす住民は、タンパク源の約半分を海洋資源に頼っている。増加する人口に対する食糧供給と雇用の側面から、南シナ海は各国の経済に重要な役割を担っている。雇用の拡大には漁業、養殖業、輸送業、オフショア開発のほか、その他の海洋産業(レジャー、観光など)も含まれる。
 
(2)炭化水素資源
 南シナ海の資源のうち最も重要かつ魅力的な資源は石油であろう。将来の交渉において、こうした炭化水素資源に対する権利主張の足がかりにするべく、沿岸各国は島々の占拠を推し進めている。地域的な権利主張、国際的な権利主張の大部分は、炭化水素資源の埋蔵の可能性を根拠にしている。一方、同海域に埋蔵されている炭化水素資源の全貌は未だに把握されていない。南シナ海の石油及び天然ガスの埋蔵量については、複数の調査が行われているが、結論は一致を見ていない。
 ロシア海外地質学研究所(Research Institute of Geology of Foreign Countries)による1995年の調査では、南沙諸島の海域には原油60億バーレル相当のエネルギー資源が埋蔵されている可能性があり、その70%は天然ガスである可能性が高いと結論づけられている。一方、中国メディアは南シナ海を「第2のペルシャ湾」として紹介している。この中で、同国の専門家が1,500億バーレルに達する原油及び天然ガスがこの海域に眠っているとコメントしている。5
 アジア各国の今後20年間の原油消費は年平均4%で増加すると予測されており、その半分が中国の寄与によるものである。この成長率が続いた場合、これら各国の原油の消費量は1日2,500万バーレル、すなわち現在の2倍以上に達する見込みである。この地域周辺のエネルギー大量消費国にとって、南シナ海の原油及び天然ガス資源は、中近東及びアフリカからの輸入を補完するものとして、明らかに有望な選択肢の一つである。石油埋蔵量と消費量について、南シナ海と全世界との比較を付録2、3、4に示す。
 
(3)水産資源
 水産資源に関して、南シナ海は世界の海洋の中で最も重要かつ豊かな海の一つに数えられている。アジやサバなどの共有資源や、マグロ等に代表される回遊魚は、同地域の商業漁業にとって最も一般的かつ重要な資源である。有機物の生成及び栄養塩は、沿岸水域―特に河口部において高い水準に達している。例えば、タイ湾からシンガポールに至る南シナ海の南部海域は、メコン川からの流入物によって非常に豊かな漁場になっている。
 東南アジア地域の1992年の漁獲高はアジア全体の23%を占めていたが、これは世界全体の10%に相当する。南シナ海の養殖以外の漁獲高は、全世界の総陸揚げ高の10%(約5×106トンyear-1)に達する。養殖業では、世界の養殖エビ生産国1位から8位までのうち、5カ国が南シナ海の周辺国によって占められている。すなわち、インドネシア(1位)、ベトナム(2位)、中国(3位)、タイ(6位)、フィリピン(8位)の順となっている。
 南シナ海は、沿岸に生活する5億人の主なタンパク供給源となっている。沿岸諸国における耕地の枯渇に伴い、地域住民の主なタンパク供給源としての南シナ海の役割はより一層、重要性が増すものと予測されている。南シナ海の水産資源は、経済の主役の一翼を担っているだけでなく、人々に食料と雇用を提供している。中国、カンボジア、ベトナムを除く東南アジア各国では、人口一人あたりの魚介類消費量が世界平均を上回っている。この地域の人々にとって魚介類は、唯一最も重要な動物性タンパク源である。平均的な東南アジア住民は、動物性タンパク質の総摂取量の半分以上を魚介類に頼っている。
 
3. 資源の評価
 南シナ海には、注目すべき4種類の主要な海洋生態系がある。これらの経済的、生態学的価値について表1にまとめた。
 ただし、生態系の経済的価値については、2つほど指摘しておきたい。第一に、値はこれらの生態系に関連する項目による額を含んでいる。例えば、海草に対する値には、海草の中で商業的に捕獲された魚介類の寄与分も含まれている。また、珊瑚礁の値の大きな部分は観光によるものである。第二に、南シナ海におけるこうした生態系の値はあくまでも推測値に過ぎず、明らかに改善の余地が認められる。
 
III. 南シナ海周辺の環境問題
 南シナ海の自然が与えてくれる豊かさと生産力は、人口の増加、資源の乱獲、公害、生活様式の変化などによって危機に瀕している。20世紀の終わりにかけて、生息地の急激な減少や生態系の再生力の崩壊など、開発や環境の問題が南シナ海地域全体で急速に進行するのを我々は目撃してきた。第三部では、主要な環境問題、及びその原因と危険性について簡単に解説する。
 
1. 環境問題
(1)マングローブ林
 マングローブ林は経済的・環境的に重要な役割を担っている。マングローブ林は漁業(稚魚の育成地として)やエビの生産を下支えしている。また、沿岸地域を嵐から守り、観光の目玉として美しい景観を提供している。世界全体の30%に相当する50,000km2のマングローブ林が、南シナ海の沿岸地域を覆っている。南シナ海地域では、マングローブは燃料や建材として伐採、利用されている。マングローブが提供する製品、及びマングローブ林の働きがもたらす生態系への貢献は、南シナ海地域全体で米ドル換算約1,598万4千ドルに達すると推測されている。6
 
表1: 南シナ海における生態系の評価(単位:米ドル)
  マングローブ 珊瑚礁 海草 湿地帯
排出ガス規制       133
障害規制 1,839 2,750   4,539
水質規制       15
水源供給       3,800
栄養塩の循環     19,000  
汚水処理 6,696 58   4,177
捕獲規制   5    
生息地/レフュジア 169 7   304
合計(生態系) 8,704 2,820 19,000 12,968
食料生産 466 220   256
原材料 162 27 3,400 106
娯楽 658 3,008   574
学術的価値   1   881
合計(経済的) 1,286 3,256 3,400 1,817
合計 9,990 6,076 22,400 14,785
出典:UNEP, Strategic Action Programme for the South Chins Sea, UNEP SCS/SAP Ver. 3, 1999, p. 32.
 
 現時点で、全世界のマングローブ林の総面積は1,800万ヘクタール強である。そのうち、南シナ海7カ国のマングローブ林の総面積は10%に達している。調査期間は国によって異なるが(フィリピンの場合70年間)、過去に失われたマングローブ林の総面積は430万ヘクタールに及ぶと推測されている。この値は現存するマングローブ林の総面積の24%に相当する。マングローブ林の破壊の主な原因は、都市開発や居住地、ウッドチップや紙パルプの生産、養殖いけすへの転換、国内需要を目的とした伐採などである。このような破壊が各国の経済活動にもたらした影響を予測することは困難である。近年、同地域においてマングローブ林が他の用途に転用される最も有力、かつ一般的な経済的動機はエビの養殖である。それぞれの要因が、破壊の速度及び影響の規模にどれくらい寄与しているかについては、将来の詳細な調査が待たれる(同地域の森林破壊の統計については付録5を参照のこと)。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION