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Session 2
「Highly Accessed Sea Areasの現状」
Session 2-1 南シナ海とフィリピン領海における安全保障上の問題点
Session 2-2 南シナ海が直面する環境問題
Session 2-3 インドネシア周辺海域が直面する諸問題
討議概要
 
Session 2-1
南シナ海とフィリピン領海における安全保障上の問題
Merlin M. Magallona
フィリピン大学法学部教授
 
概要
 海洋の利用や乱用によって生じる根本的問題は、内政の域を遙かに超え国際的な問題に発展していることである。序文では、このような見方が既に世界的な認識になっている点を指摘する。今日では、各国の国益を融和させることが必要不可欠であり、海洋の安全保障の問題は国際社会の共通の関心事になっている。
 
 第二部の「南シナ海の現状」では、周辺各国が領有権を主張しているスプラトリー諸島(南沙諸島)の問題を採り上げる。この問題は、東南アジア地域の安全保障の中心的な課題である。紛争の性格上、仮にこの問題が悪化の道を辿った場合には、国際社会に壊滅的打撃を与える可能性がある。グローバル経済では、各国の関係は互いに密接に絡み合っている。このような中、スプラトリー諸島の問題が最悪の事態に至った場合に東南アジアや日本が被るであろう打撃について論じる。
 
 第三部では南シナ海における海賊行為の問題について述べる。海賊行為は歴史的に古くから地域に根付いていた問題であるが、事件が増加した結果、国際的に注目を集めるようになった。
 
 第四部では、地域におけるイスラム原理主義の台頭に触れつつ、テロリズムの問題について掘り下げる。
 
 第五部では、フィリピンの領海における安全保障上の諸問題を紹介する。また、国連海洋法条約(UNCLOS)によってもたらされた状況の変化についても言及する。これまでに説明した南シナ海の現状を踏まえた上で、スプラトリー諸島を巡るフィリピン・中国間の微妙な関係を中心に、フィリピンが抱える問題について具体的に解説する。
 
 本論文の最後に、同地域の今後について提案をする。
 
南シナ海とフィリピン領海における安全保障上の問題
Merlin M. Magallona
現職:フィリピン大学法学部教授/フィリピン大学法律センター国際法研究所所長
学歴:フィリピン大学法学部
フィリピン大学を1958年に卒業後、翌年に弁護士の資格取得。Oxford大学、名古屋大学国際開発研究科で客員研究員を勤め、1999年に最高裁所裁判官に推薦される。1999年から2000年にかけて、国際仲裁裁判所の仲裁人を務める。国連における会議でフィリピン政府代表を務めるほか、国際司法裁判所において、政府の弁護人として口頭弁論を行った。2001年から2002年まで外務省次官。代表的な著書は「国際問題」(1998年)、「資本主義の新局面と日本」(1995年)。
 
1. はじめに
 海洋の安全保障の問題は、古くからの問題である。海の問題が注目される理由は、海の位置づけが常に変容を続け、人間活動のあらゆる面に影響を及ぼすからである。人間にとって、海は恒久的な存在であるが、人間による利用や乱用によって問題が生じ、それらが積み重なることによって危機的な状態になる。
 
 中世初期、海は対立と混沌に支配されていた。「公海の自由」は海賊を撃退したり、信用に値しない平和協定を結んだりするための必死の努力によってもたらされていた。このような時代背景のもとに海洋法が生まれたことは皮肉ではあるが、ある意味うなずけるのではないだろうか。海上における戦争と平和は、王侯貴族の特権事項として決められていた。海の秩序は17世紀、王権や商業勢力の利益を代表する海洋国家によって徐々に形作られていった。
 
 海洋法の成立には、ヨーロッパ海洋国家間の複雑な政治力学が宿命的に影を落としてきた。結果として、海洋法は「国家の主権と公海における自由」という相反する立場同士の緊張関係に常につきまとわれている。各国が帝国主義的覇権主義を推し進める上で、互いの利益を保全する目的から、初期の法的枠組みは安全保障協定的な内容になっていた。ヨーロッパ列強は洋上にハイウェーを構築し、世界中で土着民の土地を無主地(terra nullius)として占領していった。このような背景の下、海洋制度は列強国の陸上における国防関係の延長として確立されていった。
 
 Colombos氏の言葉を借りれば、「18世紀末まで、何らかの勢力が所有権を主張していない海はヨーロッパ周辺には存在しなかった。また、こうした権利が全く行使されていない海域もあり得なかった」。1 海洋国家の経済的、政治的な利害関係のもと、国家主権と自由な海の境界線は綱引きのように絶えず揺れ動いてきた。そしてその影響は、概念的な仮定や希望的観測といった特徴として、海洋法の内容に色濃く反映されている。
 
 第二次世界大戦は、世界各地に植民地解放運動の大きなうねりを巻き起こした。その結果、国家主権を主張する沿岸国の数が世界的に増加し、のちに法律的主流となった海洋の「領海化」へと発展して行った。はるか昔から議論され、今日に至るまで有効な手だてが打ち出せずに放置されていた安全保障上の課題が取り扱われているという意味で、国連海洋法条約は画期的である。
 
 各国の自己中心的な利益追求のもと、過去50年間にわたって続いた海洋の利用・乱用は、さまざまな危機やジレンマを招いて来た。その結果今日では、国境や地域の枠組みにとらわれていては、こうした問題を解決することは不可能だという認識が世界的に浸透している。いまや問題は文明の危機にまで発展し、その規模は人間の活動が海洋そのものの存亡に関わるところまで深刻化している。したがって、海を守るためには個々の国益を総括して、海洋制度として取りまとめることが必要不可欠である。それでは、ここで一体誰の安全保障を考慮するべきであろうか。いまや、安全保障上の懸念もグローバル化している。フィリピン海域が抱える問題も含めた南シナ海を例に取れば、国家や地域の利益を通して、こうした懸念の一体感を実感することができる。「海洋の諸問題は互いに密接に関係しあっており、包括的に対処する必要がある」とする国連海洋法条約の原則論的なアプローチは、人間の活動を考慮する際に、海洋も活動範囲として包括して考えることの重要性を示唆している。
 
II. 南シナ海の現状
A. 地理的戦略的な「湖」としての側面
 南シナ海は中国、台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイ、カンボジアそしてベトナムの海岸線で囲まれた半閉鎖海である。南シナ海の外縁の90%は陸地から構成されており、海面が占める割合は10%に過ぎない。2 南シナ海はインド洋と太平洋を結ぶ交通の要衝に広がる海である(図1参照)。それを貫く航路帯は全世界貿易の約半分が行き交う海上輸送の生命線である(図2参照)。3 これらの航路は地域貿易、地域間貿易、さらには世界経済全体にとって極めて重要である。「東西航路はインド洋と太平洋を結び、南北航路はオーストラリア・ニュージーランドと北東アジアを結んでいる(中略)どちらの航路も、石油その他の天然資源の輸入、全世界に向けた製品輸出にとって死活的である」。4 南シナ海の海上交通は、マラッカ海峡、スンダ海峡、ロンボクーマッカサル海峡という3つの「チョークポイント(chokepoint)」を通過せねばならない(図3参照)。5 日本、オーストラリアおよびASEAN諸国の貿易額のうち、推定で40%以上がこれらのチョークポイントを通過している。6 全世界の海上貿易の15%以上がこれらの海峡または南沙諸島を通過している(図4参照)。ある研究によれば、マラッカ海峡を通過する海上交通だけでも、スエズ運河、パナマ運河のいずれをも遙かに上回っている。7
 
 南シナ海の安全に関して、日本は戦略的に特に強い関心を抱いている。ペルシャ湾から日本への原油輸入の生命線上にある南シナ海およびそのチョークポイントは、「主要工業国としての日本の存在」にとって最も脆弱な海域である。8 1973年の中東紛争の際、工業国の中で最も深刻な影響を受けた国が日本である。にもかかわらず、日本の石油輸入の90%以上は依然、中東湾岸地域からインド洋を横断して、マラッカ海峡、南シナ海へ抜ける航路を通ってもたらされている。
 
 日本はスーパータンカー(VLCC)の保有トン数で世界一を誇っており、ペルシャ湾岸地域からの原油輸送に用いている。既に1970年代初頭には200隻を超えるスーパータンカーがマラッカ海峡およびシンガポール海峡を利用していた。9 同地域における原油輸入量の増加に伴い、全体では「現状で既に、世界のスーパータンカーのキャパシティーの15%が湾岸から東南アジア海域を抜ける定期航路に就航している。毎年、原油を満載した1,100隻のスーパータンカーがマラッカ海峡を西から東へ通過している」(図5.1および5.2参照)。10
 
 グローバル経済は高度に統合化が進んでおり、このような戦略的重要性を持つ南シナ海の微妙なバランスの上に成り立っている。しかもこの微妙な均衡状態は、領土紛争、テロリズム、海賊行為、環境汚染に繋がる恐れのある航行上の事故などによって容易に崩壊してしまう危険性をはらんでいる。1つの製品の製造工程が複数の国にまたがるなど、生産活動のグローバル化に伴って、南シナ海の地理的特徴に起因する緊張および不測の事態に対する関心は高まっている。11
 
 日本は各国に先駆けて、安価な労働力が得られる発展途上国、特にASEAN諸国に下請け網を拡大するグローバル規模の「戦略的アウトソーシング」を進行させている。12 製造活動の地域シフトは、たとえば1993年に行われた日本の通産省(当時)の調査結果に示されている。20の工業セクターから選ばれた日本の主要161社を対象にして実施された同調査は、「円高のメリットを生かすために、企業各社は部品調達および生産拠点を海外に移転させ、海外子会社からの逆輸入を加速させている」としている。13
 
 日本の「戦略的アウトソーシング」に伴って、ASEAN諸国では経済的統合が急速に進行し、下請け網として日本の製造システムに組み込まれて行った。これに伴い、必然的に輸送手段および通信インフラの整備が要求されるようになった。日本の経済的世界戦略にとって、南シナ海は一種の盲点であり、その動向の如何によっては、同国の経済(場合によっては国の存亡そのもの)を左右する結果になりかねない。こうした日本の戦略の一環として、南シナ海の航路帯における航行の自由を確保し、海上経済活動の脅威に対処したり排除したりする能力を整備することが現実的な課題になってきている。これには、沿岸国や国際社会も大きく関与している。
 
B. 沿岸国間の紛争
 主に、南シナ海が生む利益を巡って、沿岸国の間では協力と紛争の関係が複雑に絡み合っている。最近のある政情分析では、南シナ海に広がる東南アジア諸国は「まる一世代にわたって続く紛争地域」「今日、ベトナム戦争以来最大の危機を迎えている」「政治的混乱と不安定な経済を象徴している」などと形容されている。14
 
 南シナ海のあちこちに島嶼や群島が点在している(図6参照)。なかでも南沙諸島(スプラトリー諸島)を巡っては、中華人民共和国、台湾、フィリピン、ベトナム、マレーシアおよびブルネイが領有権の主張を繰り広げており、紛争および保安上の最大の懸念材料となっている(図7および8参照)。過去の歴史は、軍事力の行使が引き金となって大規模な紛争に発展する可能性が大きいことを物語っている。しかも、同海域における軍事衝突は過去に前例がある。15 各国が、軍事力を背景に南沙諸島の一部または全域で影響力を確保している現状を考慮すれば、軍事的衝突が発端となって紛争が拡大することは想像にたやすい。残る課題は、衝突の規模および周囲に及ぼす影響がどの程度の規模になるかである。
 
 紛争の範囲は広域に及んでいる。南シナ海に4箇所ある珊瑚礁群島のひとつ、パラセル諸島を巡る中国とベトナムの領有権争いも、こうした紛争の火種のひとつである。1974年1月、中国海軍は30の島嶼から構成され、15,000平方キロメートルに及ぶ群島の全域を占領し、南ベトナムからこれを奪取した。16
 
 また、スカボロ礁に関する主張の隔たりを巡って、フィリピンと中国の関係は依然としてぎくしゃくしたままである。ちなみに、フィリピンのサンバレス州の沖合120海里に浮かぶスカボロ礁は、一方の当事者である中国の海南島からは473海里も離れている。同海域では、過去10年間にフィリピン海軍の哨戒艇と中国漁船との間で数限りない「鍔迫り合い」が発生している。なかには、フィリピン政府が正式に抗議を行った事例も含まれている。
 
 南シナ海周辺の他国と比較して、中国は軍事的優位に立っている。また、実質的に南シナ海全域に対して領有権を主張している。このような経緯から、同地域が平和と安定に向かうのか、はたまた緊張と衝突に向かうのか、カギは中国が握っている。しかし、沿岸諸国の国益が複雑に絡み合うのは、南シナ海の戦略地政学的宿命である。そして、この相互関連性こそは、各国に実際の衝突を踏み留まらせ、南シナ海の航行の自由を強化する原動力となっている。これは特に中国について言えることである。
 
 中国・台湾関係には特殊な事情があるが、いずれにしても軍事衝突の潜在的火薬庫である。台湾海峡の安全航行はもちろんのこと、南シナ海と太平洋を隔てるルソン海峡の運命も両者の関係に握られている。両者の対決の特徴は、米国の軍事介入が予想されることである。その結果、米中が対峙して一触即発の状態になるという悪夢が現実になる可能性がある。このシナリオでは、南シナ海航路による国際航行は完全にストップするであろう。世界経済の中で南シナ海が果たす役割を考えると、こうした事態の総合的影響は、あらゆる国家にとって悪夢以外の何物でもない。
 
C. 国連海洋法条約の影響
 沿岸国が南シナ海の主権を主張する背景には、同海域において生物資源・非生物資源の探査・開発を行うという目的がある。
 
 沿岸国が南シナ海、特に南沙諸島に執着するのは、この海域に豊富なエネルギー資源が埋蔵されているからである。中国地質鉱産部(Ministry of Geology and Mineral Resources)が1994年にまとめた報告によれば、南沙諸島あるいは南シナ海全域には2,250億バーレルの原油が眠っているとしている。17 一方、ロシアの海外地質学研究所、(Research Institute of Geology of Foreign Countries)が1995年に行った研究によれば原油換算で60億バーレルが埋蔵されており、うち70%は天然ガスと推測されている。18 前述の中国説では、南沙諸島だけで250億立方メートルの天然ガスと1,050億バーレルの原油が埋蔵されているとしている。19 パラセル諸島のリンの埋蔵量は約37万トンと考えられている。20
 
 国連海洋法条約の登場により、沿岸国の規制や管轄権が及ぶ海域が拡大した。そのひとつとして、沿岸国に対して南シナ海の資源を主権的権利の下に置く道が開かれた。しかし、その目標に向けて領土要求を強化または進展させるべく各国が遭進した結果が、現在の国境紛争に発展している(図9.1および9.2参照)。21
 
 海洋法条約に基づき、世界の海洋の32%が沿岸国の実質的な主権下に置かれることになった。基線から200海里幅の排他的経済水域内において、沿岸国は南シナ海の生物資源に対して主権的権利を行使する権利を得た。22 さらに、沿岸国は同海域内において、環境保護や科学調査などに対しても管轄規制を行っている。23 沿岸国は基線から200海里または大陸の縁辺部まで、法的に認められた大陸棚において、鉱物資源およびその他自然資源の探査および開発を行うことができる。24 さらに、350海里まで延長して大陸棚を主張することさえ可能である。25
 
 南シナ海に浮かぶ島に対して海洋法条約に基づく領有権を主張した場合、これに付随して12海里以内の領海、24海里以内の接続水域、200海里以内の排他的経済水域および大陸棚を、それぞれ基線から計測して主張できる。26 それが島というより、単なる岩であったとしても、領海および接続水域を主張することができる。27
 
 南シナ海のうち、沿岸国の領有権および管轄権が及ばない海域は極めて限定されてしまう(図10参照)。中国が主張している内容だけでも、南シナ海全域が実質的に囲み込まれてしまう(図11参照)。
 
III. 海賊行為
 南シナ海における海賊行為の歴史は16世紀まで遡ることになる。28 この問題は、21世紀に至るまで、常に同地域の保安上の重点課題であり続けてきた。
 
 海賊行為は国際的な関心事であるが、29 現時点で緊急の課題は、南シナ海およびその航路帯に海賊事件が集中していることである。IMB海賊センターの報告によれば2003年1〜6月の間に発生した海賊事件および海賊未遂事件は234件に上った。30 この数は2002年の上半期の襲撃数171件を上回り、1992年にIMBの海賊情報センターが設立されて以来最多となっている。31 これらの事件のうち3分の2はインドネシアおよびマラッカ海峡で発生しており、バラ積み貨物船や石油タンカーが主な標的となっている。32 IMBの最新の報告によると、インドネシアは依然「世界で最も海賊の脅威が深刻な地域」である(図12参照)。33
 
 1992年から1994年にかけて、海賊のターゲットは南シナ海および東シナ海に重心を移したようである。34 1996年のIMB報告では、アジア太平洋地域で「状況は悪化の傾向にある」とされている。35 全世界では、海賊による襲撃の報告件数は1991年の記録の3倍にあたる300件に達しており、「そのうち3分の2がアジア太平洋地域で発生しており、海賊攻撃の大半は東南アジア(特にインドネシア周辺海域)で発生している」。2000年の報告では、「1999年に比べて56%増加、1991年に対して450%増加」となっている。36 2000年の海賊事件発生件数469件のうち、119件(約25%)がインドネシア領海内で発生しており、75件はマラッカ海峡およびシンガポール海峡で発生している。37 すなわち、世界の海賊事件総数のうち、40%以上が東南アジアで発生していることになる。
 
 海賊問題への対処の方針については、南シナ海の沿岸国や日本だけでなく、海事社会全体が重大な関心を寄せている。国際社会は「人類共通の敵」として海賊行為を非難する一方で、国際法では集団的な対処行動は取らないという方針が定着している。この件に関して海洋法条約は、海賊による不法行為は「公海上」または「国家の管轄権が及ばない海域」で行われる、との立場をとっている。38 しかし、実際には極めて多くの「海賊」事件が沿岸国の領海内で発生しており、さらに、海洋法条約では想定外の事件が発生していることも、問題をさらに複雑化している。結局、問題の解決は国内法に頼らざるを得ず、各国間で内容にばらつきが生じることになる。具体的に南シナ海に目を向けると、各国政府が連携のもと行動計画を策定し、長期的かつ組織的に実施してゆく必要があると考えられる。







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