日本財団 図書館


開会挨拶
寺島紘士
現職:SOF海洋政策研究所 所長
学歴:東京大学法学部卒業
運輸省入省後、海上保安庁主計課長、貨物流通局政策課長、中部運輸局長、大臣官房審議官の要職を歴任し、1994年退官。この間、海上交通に関する国内・国際プロジェクトに従事。1994-2002年日本財団常務理事。海洋政策に関する各種提言をまとめるとともに、マラッカ・シンガポール海峡の安全確保のための協力体制の構築、海賊対策、海洋管理の人材育成などで国際的に活躍中。これらに関する論文・講演多数。
 
 内外からお見えいただきました著名なゲストの皆様、ladies and gentlemen、おはようございます。本日は、私どもシップ・アンド・オーシャン財団海洋政策研究所主催の国際会議「海を護る」にお出でいただきまして誠にありがとうございます。
 さて近年、国際社会では、それを構成する多数の主権国家が、世界、地域のレベルで、また、二国間・多国間で、共通の利害を尺度として国際的な協力を深め、そこには徐々にではあるが色々な形で国際共同体的な実態が形成されつつあります。しかし、他方、国際社会が、グローバルな一体性を強めるにつれて様々な摩擦や対立があちこちで噴出してきているのも事実です。特に冷戦構造が解消してからは、軍事を前面に出した対立よりも、宗教や民族の問題、そして貧困や生活に起因する対立が目立っています。
 その背景には、科学・技術の飛躍的な発達と経済の発展が、人間社会の一体性を強めるとともに、全体として物質的な豊かさをもたらしつつ内部では貧富の格差を拡大しているということがあります。今日では、平和とは、「単に戦争や紛争がないという状態だけをさすのではなく、人々が人間として要求する様々な価値が満たされた状態」を指すべきだという考え方が多くの人々に支持されています。
 このような平和の定義は、安全保障の概念にも影響を与え、安全保障の概念を包括的、積極的内容を含むものに変えようという考え方が台頭してきています。「人間の安全保障」、あるいは「環境安全保障」などがその例であります。
 しかし、地球の表面の7割を覆う海洋についてみると、そこが人間の住む場所ではないことや、また、国連海洋法条約による新海洋秩序が未だスタートしたばかりで十分に浸透していないこともあって、海洋に焦点を当てた新しい安全保障の概念とそれに包含すべき内容についての検討は未だ本格的には行われていません。しかしながら、近年、海洋ではその法的・政策的枠組みと実態の両面にわたって大きな変化が起きており、まさに新しい安全保障の概念の明確化と構想の具体化が必要となっています。
 即ち、1994年に発効した国連海洋法条約は、沿岸国の領海幅を12海里に拡大し、国際海峡・群島水域・排他的経済水域・深海底などの新しい制度を導入し、また、各国に海洋環境を保護し、保全することを義務付けるなど、新しい海洋秩序の枠組みを導入しました。3海里という伝統的な領海の外側は広い公海という従来の海洋秩序に替わって、沿岸国の主権や主権的権利・管轄権が大幅に外側に、距岸200海里あるいはそれ以遠まで、拡張され、全海洋の4割を越える広い海域がいずれかの国の管轄下に組み入れられました。この結果、各国のいわゆる領域は、海域において相互に接し、あるいは重なり合うことになり、海洋の安全保障の概念はこれにより大きな影響を受けずにはいられません。
 また、1992年のリオ地球サミットで採択された「持続可能な開発原則」と行動計画アジェンダ21第17章並びにそれから10年を経て昨年ヨハネスブルグで開催された「持続可能な開発に関する世界サミットWSSD」で採択されたWSSD実施計画も、各国が地球運命共同体を構成しているという認識のもとに共通の政策的枠組みを合意して、お互いに協力して、海洋の持続可能な開発に取り組むことを謳っています。平和と海洋環境を結びつけることによって海洋の安全保障概念の変化に大きな影響を与えています。
 さらに、実態面では、経済の発展とグローバル化の進行により、海上交通はますます拡大の傾向にあり、一方ではその安全の確保が、他方ではその発展が海洋環境と沿岸住民に与える負の影響が、安全保障の問題と密接な係りをもってきます。海洋における水産資源の保護と持続可能な開発利用や海洋汚染の問題についても同様のことが言えます。
 しかも、水産資源も海洋汚染も、あるいは海賊、テロリスト、麻薬・密輸その他の犯罪者も領海その他の沿岸国の管轄海域の境界を尊重しませんから、これらの問題は、各国の自国管轄海域に対する統治と責任の問題であるだけでなく、地域各国間や沿岸国と海洋の利用国間の連携協力の問題へ必然的に発展するものであります。
 もう一つ、海洋の新しい安全保障の概念の明確化とその構想の具体化を考えるとき、私たちは、科学・技術の進歩とそれを用いた海洋の分野における新しい取組みにも注意を払うべきです。過去10年間だけ見ても、例えばGOOS(Global Ocean Observing System)、環境センシティブマップ、電子海図、船舶分離通行制度、強制船位通報制度、自動船舶識別装置など、海洋観測、海洋環境保護、海上交通などの分野で、新しい海洋の技術・制度・ネットワークが導入されています。そして衛星や通信技術の発達した今日では、海洋の観測、監視や管理に活用できる技術的可能性は大きく広がっています。技術的には、様々な海洋に関するシステムを安全保障の観点を含む統合的システムに包含し、海洋を総合的に観測・監視し、管理するシステムを作ることはそれほど難しいことではないでしょう。
 問題は、私たちの考え方にあります。各国の指導者、国民がそのような総合的なシステムを国際的に共有しようと思うかどうかです。上に述べたような海洋に関する技術・制度・ネットワークは、何らかの必要にもとづき関係国をはじめとする海洋関係者の合意に基づき取り入れられました。即ち、それが関係者の共通の利害にかなうものとしてその必要性が認められたから導入されたのです。
 しかし、安全保障という観点が入ると、各国は自らの主権の問題と絡めて極めて慎重になるのが現状です。特に、20世紀後半に多くの国が独立したアジアでは、この問題は極めてsensitiveです。したがって、先ず、“海を護る”という概念を、より包括的で積極的な内容を含み、各国が利害を共有しうる新しい安全保障の概念として明確化すること、そしてそれを各国がお互いの共通の利害に一致するものとして共有することからはじめる必要があると考えます。各国の主権問題に対する強いこだわりを見ていると、このことはかなり難しいことようにも感じられますが、東南アジアや太平洋地域で顕著に見られるように、地域的な結びつきを強める方向で各国が自国の経営を考え、安全保障を模索していくのがこれからの大きな流れとすれば、共通の利害に適うということが理解されれば、案外賛同が得られるのかも知れません。「共通の利害を」をキーワードに、この問題に取り組んでいきたいと思います。
 さて、ここで会議のプログラムとこれからの運営について、準備に当たった私たちの考えを若干説明させていただき、また皆様の協力をお願いを申しあげたいと思います。
 先ず、より包括的で、積極的な内容を含む新しい安全保障の概念“海を護る”といっても、それが具体的な国や地域の実情に左右されることは言うまでもありません。そしてそれが実際の必要性に基づかなければ沿岸国の指導者や住民の支持を得ることはできません。そこで私たちは、この概念の明確化を試みるにあたって、具体的なエリアをピック・アップしてそこにおいてこの概念をどのように明確化するかを考えて見るのが有効ではないかと考えました。その具体的なエリアのイメージは、主要な海上交通のルートが通り、海洋環境が多様かつ豊かで住民の生活に重要な役割を果たしており、かつ、様々な意味で安全保障がhot issueとなり得る海域とし、これを「高アクセス海域(HASA-highly accessed sea areas)」と名づけました。
 具体的には、アジア太平洋の主要海上交通ルートが交差し、海洋環境が多様で豊かで多くの住民がその恩恵を受けており、同時に海賊やテロの問題を抱えている東南アジアの地域海(regional seas)がこのイメージと重なります。従いまして、今回はこのような観点からこれらの海域を念頭において、その安全保障と環境や利用に詳しい各国・機関の専門家に新しい安全保障概念を明確化するのに参考になるテーマでペーパーを書いていただき、また、プレゼンター・パネリストとしてご参加いただきました。もちろん新たな概念“海を護る”は、この具体的海域のみに適用されるものではありませんが、そのようなアプローチで会議を準備したと言うことをご了解いただき、ディスカッションの素材として南シナ海、マラッカ海峡、その周辺海域を念頭において具体的にご議論いただければ幸いです。
 次に、皆様には、あらかじめそれぞれのテーマで論文を提出していただいております。いずれも重要な情報や傾聴すべき見解を含むものであり、改めて厚く御礼を申し上げます。そこでさらに会議を活発なものとし、具体的な成果を出すためにもう一つお願いをしておきたいと思います。皆様の論文は既に会議参加者のお手元に配布されております。従いまして、皆様のプレゼンテイションにあたっては、論文の単なる紹介だけでなく、可能ならば、それぞれの国や機関の現状のニーズに対するホットな取組みの紹介を織り交ぜて、また、皆様の具体的な知識経験にもとづいて、この会議の目的達成に役立つ建設的なご意見とご提案をいただきたいのです。今回の会議で、新しい海の安全保障の概念“海を護る”に関する皆様の見解が集約され、さらにそれを実行するための構想の具体化にまで議論が進むことを願っております。皆様の積極的なご意見と活発なディスカッションをご期待もうしあげます。
 今回の会議には、オーストラリア、中国、インドネシア、韓国、フィリピン、シンガポール、アメリカ、日本の9カ国、そしてIMO、PEMSEAから著名な専門家をお招きしています。また、オブザーバーとして大勢の海洋と安全保障の関係の方々にお出いただいています。
 本日と明日の2日間、どのような議論が展開されるかを楽しみにしております。本会議が実りあるものとなりますように皆様のご協力を心からお願い申し上げて、私の開会の挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION