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5. 今後のバリアフリー化の方向性と期待される効果
 ここでは、ヒアリング調査結果等に基づき、ケーススタディ対象地域における住民ニーズを踏まえた交通バリアフリー化の方向性、交通バリアフリー化により期待される効果等を検討する。
 
(1)外出行動の特徴と交通バリアフリー化に関する問題点
(1)対象地域における外出行動の特徴
 対象地域は、奄美大島という大型の離島の一部と、その周辺の比較的小型の離島から構成されている。こうした対象地域において、海上輸送を利用する主な外出行動は、加計呂麻島や請島、与路島といった島々から古仁屋あるいは名瀬といった群島内中心部への外出行動と、奄美群島から鹿児島市など本土への外出行動に分けて捉えることができる。
 前者では小型のフェリーや旅客船が海上輸送の手段となり、後者では大型のフェリーがその手段となる。
 
(2)交通バリアフリー化に関する問題点
 アンケート調査やヒアリング調査の結果を整理すると、対象地域の住民が海上旅客輸送を利用して外出する際の問題点として、港における船への乗降、船内及び港におけるトイレの問題、移動経路における段差の解消、港までのアクセス手段の確保の4点が特に重要であるといえよう。
 
1)港における船への乗降
 このうち、船への乗降については、本土への外出時の交通手段となる大型のフェリーにおいて特に問題となる。すなわち、大型のフェリーの場合、乗下船口が地上から高い位置にあるため、ボーディングブリッジが設置されていない港や、設置されていても利用しない港では、長く勾配のきついタラップによって上下移動を行わなければならなくなり、例えば車いす使用者は、介助者や係員が背負うか抱えるなどしなくては乗降できない。
 これに対して、小型のフェリーではランプウェイが乗下船口となることから、車両甲板と同じフロアに船室を設置することで、上下移動を回避することが可能となる。
 また、小型の旅客船の場合、従来は船への乗降が大きな障害となりやすかったが、対象地域の航路に就航した最新のバリアフリー化船「せとなみ」では、乗下船口にリフトを設置することで高低差を解消できるようになっている。
 
2)船内及び港におけるトイレの問題
 一方、トイレの問題は、より小型のフェリーや旅客船において問題となることが多い。すなわち、小型船では船内に十分な空間を確保することができないため、バリアフリー法が施行されるまで身障者用トイレが設置されることは少なく、また、こうした小型船の就航する港湾は一般に規模が小さいため、港湾への身障者用トイレの設置も進んでいない。
 これに対し、大型船や大規模港湾では、比較的早くから身障者用トイレの設置が進んでおり、船内では身障者用トイレと同一フロアに身障者優先室を設置している例も複数ある。
 
3)移動経路における段差の解消
 段差の解消は、車いす使用者だけの問題ではなく、多くの高齢者に共通する課題であり、アンケート調査でも問題点として上位にあげられている。杖を使用している人や足腰の弱い人にとっては、一般の人には何でもない小さな段差が移動にあたっての大きな障害となりうる。これは、船舶や港湾の規模にかかわらず、共通して対応が必要な課題といえる。
 
4)港までのアクセス手段の確保
 港までのアクセス手段は、港と集落等の位置関係によってその重要性が大きく異なる。すなわち、島自体が小さく、港湾と集落が近接した請島や与路島では、港までのアクセス手段が整備されていなくても、ほぼ徒歩により港まで移動することができる。
 一方、奄美大島や加計呂麻島では、集落が島内に多数点在しているため、港までのアクセス手段が必要である。特に高齢者や身障者の場合には自ら自家用車を運転できないことが多いため、バス・タクシーを利用するか、家族等に送迎してもらうこととなる。瀬戸内町の場合には、町の補助等により奄美大島及び加計呂麻島にバスが存続しているため、アンケート調査でも高齢者のバス利用率が高くなっており、バスは利用可能だが自家用車は運転できないという高齢者等にとっては、バスが存在することで、家族等に頼らずに一人でも外出できていることがわかる。
 
(2)交通バリアフリー化の方向性
(1)船舶代替時やターミナル新設時における設計の初期段階からのニーズ反映
 交通バリアフリー化に関する問題点を抜本的に解決するには、船舶や車両の代替時、港湾施設の大改良時にバリアフリー化対応とすることが第一である。この場合、交通バリアフリー法の施行により移動円滑化基準に適合することが求められているため、法律に定める必要最小限の対応は義務として行われることとなる。例えば、前述の「せとなみ」は、小型の旅客船ではあるが、身障者用トイレや車いすスペースを有し、リフトにより乗下船時の段差を解消することができるようになっている。
 このような代替・新設時に重要なことは、設計の初期段階から高齢者・身障者等の意見を把握・反映し、実際に利用しやすい船舶や施設等とすることである。法律に定められた条件を満たすのはもちろんのこと、経路全体として動線が適切であるか、案内表示がわかりやすいか等、基本構想や基本設計の段階から案を公表し、利用者ニーズを反映させていくことが求められる。
 
(2)既存設備・施設の簡易な改良の推進
 事業者の採算状況や行政の財政状況が厳しい中、船舶の代替やターミナルの新設がなかなか実施できない場合も多いことから、既存の設備・施設を前提としてどのような対応を行っていくのかも重要な視点となる。また、アクセス交通手段についても、離島部のバス車両はほとんどが中古車であることから、ノンステップバスなど新型車両の導入が都市部より大幅に遅れることとなる。
 このような既存の設備・施設については、残存する使用期間が短いことから、改良のために大規模な投資を行うことは難しい。このため、まず、投資額が小さい簡易な改良を積極的に進めることが必要である。具体的には、段差解消のためのスロープの設置をはじめ、今回の調査対象では、車いすが通行しやすいようにフェリーのランプウェイ床面の滑り止めをなくした例や、バスの乗降口に段差を小さくするための踏み台を設置した例などがある。段差の解消は、このような簡易な改良で対応できる部分も多い。
 
(3)人的な対応による交通バリアフリー化の推進
 これまでに述べたハード面とともに、ソフト面での人的な介助等の対応も重要な要素である。ハード面での不足を補うという意味だけでなく、ハードが十分に整備されている場合でも、船員や運転手、係員が温かい心を持って接するという心構えが重要な意味を持つ。特に、小規模な離島では住民と船員等が顔見知りであるということを最大限活用し、きめ細かなサービスを提供していくことが可能である。さらに、バリアフリー化に関する専門的な教育・研修を充実させることで、より適切なサービスが提供できるようになる。
 また、心構えだけでなく具体的な対応手段としても、大型フェリーへの乗降時に、事業者側が自動車を用意して身障者や高齢者を乗せて車両甲板まで乗り入れ、さらに車いすで船室まで誘導するというサービスが提供されている。前述したように大型フェリーの場合には乗下船時の上下移動への対応が交通バリアフリー化にあたっての最大の問題点となるが、多くの大型フェリーでは車両甲板上層部と同一フロアに船室も設置されているため、広く汎用性のある方法と考えられる。
 
(4)交通サービス自体の維持・拡充
 港までのアクセス交通手段としてバスが運行されていることは、先に述べたように自家用車を運転できない高齢者や身障者にとって、それ自体がバリアフリー化の手段であるということができる。一方で、バス事業単独では採算性を確保することが難しく、今後は行政の責任でバスの運行を維持するか、もしくは廃止するという選択が迫られるようになってくる。
 加計呂麻島ではバスが単なる輸送手段としてだけでなく、買い物代行など住民生活を支える多様なサービスを提供しているが、毎日定期的に運行するバスは、このほかにも高齢者の見回りなどの福祉サービスの代替、道路など公的施設の巡回管理、気象観測や災害情報の収集、スクールバスなど他の交通サービスの提供など、多様なサービスを併せ持つことが可能である。こうしたことから、交通サービスの維持方策として、このような多機能化・複合化を推進し、それぞれの機能を本来提供すべき地方自治体等が機能ごとに応分の負担を行うという考え方を採り入れることが有効と考えられる。
 
(3)交通バリアフリー化に期待される効果
 交通バリアフリー化の効果は、第一に高齢者や障害者等の外出機会を拡大させることである。アンケート調査では、交通バリアフリー化による外出行動の変化として、「外出する範囲が広がる」「島外への外出が増える」という回答が多くあげられている。
 また、交通バリアフリー化は外出時の移動費用の削減効果ももたらす。例えば、車いす使用者が加計呂麻島から奄美大島に行く場合、車いすのまま乗船するためだけの理由で自動車ごとフェリーに乗るケースがあり、軽自動車の場合で往復数千円、ワゴン車が必要な場合には往復で1万円以上の費用がかかる。また、港までの交通手段としてバスが利用できずにタクシーを利用する場合にも、同様に高額の費用が必要となる。このため、これら公共交通手段のバリアフリー化は、高齢者や身障者の移動費用を削減させるとともに、福祉的な観点からこれらの費用に行政からの補助を行う場合には、財政支出を抑制する効果も持つこととなる。
 さらに、交通バリアフリー化によって高齢者や障害者の外出が促進されることは、地域社会の活力を維持・向上させるという意味で、地域活性化の効果もある。加計呂麻島や請島、与路島などの高齢者は、現役で農業や漁業を営むなど元気な人が多いが、足腰に不安があって船の利用を避け、島外への外出をためらう場合も多いと言われている。高齢者や身障者が安心して船や港を利用できるようになれば、その地域に安心して住み続けられるようにもなり、人口減少が一段と深刻になる中で、地域社会の存続という点でも効果を持つものと考えられる。







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