日本財団 図書館


臨床研究
ホスピス・綬和ケア病棟における看護師の教育プログラム
現状とこれからの課題*1
田村恵子*2 二見典子*3
 
はじめに
 
 日本のホスピス・緩和ケア病棟も2002年4月1日現在97施設となった。ホスピスケアの質の維持・向上に, スタッフ教育が重要であることは説明するまでもないが, ホスピス・緩和ケア病棟を対象とした, 看護師の教育プログラムの保持や実施状況, その成果に関する調査は, まだ行われていないのが実情である。
 本稿では, まず全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会A会員施設婦長会議の看護状況調査をもとに, 緩和ケア病棟における看護師の教育プログラムの現状と課題について考察したことを述べる。あわせて, 施設外からの研修受け入れの現状と問題点についても述べる。
 
ホスピス・緩和ケア病棟における施設内の教育の現状と問題点
 
1. 施設内における教育に関する悩み
 全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会A会員施設婦長会では, 2000年12月に"看護状況調査"を行った。この調査(調査対象は回答のあった78施設)では, ホスピス・緩和ケア病棟における教育プログラムについて問う質問項目はなかったが, 自由記載欄には, 「看護管理上の問題」として, 教育に関する悩みが延べ71件記載されていた。
 その内容をまとめると, 概ね以下のとおりである(以下, アンケート時点に関連した事柄には看護婦の名称を使用した)。
1)人材の不足に関連したこと
・婦長自身が緩和ケアの経験がなく, 指導に戸惑う
・スタッフの経験不足
・指導者が少ない
・長期研修を修了したものがいない
・院外研修に派遣する人的余裕がない
2)ローテーションに関連したこと
・一般病棟とのローテーションで移動するため, 長期目標が立てにくく, 継続性が乏しい。また, 緩和ケアに対する意識の統一が難しい
・必ずしも緩和ケアを希望したスタッフの配置ではない
3)スタッフの学習意欲に関連したこと
・受身な学習の姿勢
・人員不足, 現場の多忙, スタッフの疲労で勉強会が持ちにくい
4)教育内容に関連したこと
・緩和ケアについての理解, 意識統一の難しさ
・系統だったプログラムの未整備
・人間性, 感性をはぐくむ内容の難しさ
・看護婦・患者関係について, 看護婦の感情に関することの教育の難しさ
・症状マネジメントに関する看護としてのアプローチについての教育の不足
・チームとしての働きについて
・一人ひとりの学びを共有していくことが機能しない
・基礎教育はなんとか行えているが, その後の継続教育が不十分である
5)教育システムに関連したこと
・スタッフの経験に見合った教育目標・内容設定の難しさ
・教育の評価の難しさ
・教育担当者の不在, 育成困難
・継続的な, 系統だった教育プログラムの未整備
 
2. 施設内における教育に関する問題点
 以上のことから, ホスピス・緩和ケア病棟における看護婦の教育の問題点として, 以下のことが考えられる。
(1)教育指導する人材の不足に加え, 長期研修への派遣ができないために指導者の育成困難
(2)継続的で系統だった教育プログラム(個々のスタッフの経験に見合った教育目標・教育内容)の未整備
(3)個人の希望に関係ない人事異動に関連した, 看護スタッフのホスピス・緩和ケアヘの関心や理解の低さ
(4)個人の学習意欲を高めにくい労働環境
 これらの問題点の底流には, 現在のホスピス・緩和ケア病棟の設置基準による看護定員(患者1.5人対看護師1人)の低さや, 総合病院の緩和ケア病棟での他病棟とのバランスを考慮した看護管理システムとの関連もあり, より問題解決を困難にさせていると考えられる。しかし, 一方で, 新設されるホスピス・緩和ケア病棟の中には, 積極的にがん看護専門看護師や認定看護師を採用し, 開設準備とともに教育システムの整備を進めているところもある。
 それぞれのホスピス・緩和ケア病棟が, その使命(理念)を明確にし, それに向かって教育を含めたどのようなシステム・人材が必要なのかを検討し, その実現に向けて, より上位の組織を動かす積極的な働きかけをくじけずに行うことが, 特に病棟看護師長に求められる重要な役割であると考える。
 教育内容に関する問題点をさらに検討すると, アンケートの中では, 「人間性や感性をはぐくむ」「看護婦・患者関係」「スタッフストレス」「チームアプローチ」「症状マネジメントにおける看護のアプローチ」「コミュニケーション」などをどのように教育すればよいのか悩むといった回答があった。症状マネジメントなどについては, 学習する際の参考になる良書は多く出版されており, ある程度のレベルまでは, 自己学習が可能であると考えられる。しかし, 対人援助職として, 単に知識を持つだけでなく, それをどのように使えるのかが問われる内容についての教育方法への戸惑いがあると思われる。
 
ホスピス・緩和ケア病棟における施設外からの研修受け入れの現状と問題点
 
1. 施設外からの研修受け入れに関する現状
 全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会A会員施設婦長会では, 前述の“看護状況調査”とともに,“施設外からの看護婦研修に関する実態調査”を行った。回答のあった78施設(回収率97.5%)のうち, 施設外からの研修を受け入れているのは38施設(48%)であった。38施設における研修実施状況をまとめると, 概ね以下のとおりである。
1)2000年度の研修実施状況について
 研修の受け入れとしては, 医療機関よりの派遣が108名ともっとも多く, 笹川医学医療財団ホスピスナース養成研修事業68名, 日本看護協会・緩和ケアナース42名, ホスピスケア認定看護師17名, その他に学生(看護学生, 大学院生)394名などである。研修期間別の受け入れとしては1週間未満がもっとも多く391名, 次に1〜2週間92名, そして2〜3週間63名, 4週間〜2カ月60名である。
2)研修スケジュールについて
 年間に受け入れ可能な研修生数は, 6〜10人と16〜20人が各6施設であり, 1〜5人が4施設である。標準的な研修期間は4週間が9施設ともっとも多く, 2週間が8施設, 1週間が6施設である。
 標準的な研修内容として, 実習については表1に示すとおりであり, これらの内容をプリセプターシップや受け持ちナースという方法で学んでいる。講義内容は表2に示すとおりである。教材としては既存の出版物や病院独自の資料を用いて, 講義やチュートリアル, ディスカッションなどの方法で教えている。
3)研修の受け入れ体制について
 研修の受け入れ窓口は, 看護部が15施設, 病棟婦長が8施設, ホスピス病棟が6施設である。病棟でのおもな研修担当者は, 婦長と主任が大部分を占めており, 19施設で受け入れに関する打ち合わせや会議を行っている。
 1日の研修費用は, 無料が12施設, 1,000円が6施設であり, 3,000円という施設もある。14施設は宿泊の設備を整えている。
 
表1 標準的な研修内容(実習について)
指導内容 件数
・症状マネジメント 31
・日常生活のケア 31
・精神的ケア 31
・家族へのケア 30
・カンファレンス 28
・スピリチュアルケア 27
・インフォームド・コンセント 27
・社会的ケア 26
・チームにおけるコーディネーション 22
・ボランティア活動への参加 20
・遺族へのケア 19
・継続ケア(外来, 在宅, 往診) 19
・回診におけるコミュニケーション 18
・その他:音楽療法, パストラルケア, ウォーキングカンファレンス
(38医療機関総計)
 
表2 講義について
指導内容 件数
・ホスピス・緩和ケアにおける看護婦の役割 23
・症状マネジメント 21
・ホスピス・緩和ケアの歴史と理念 21
・チームアプローチ 19
・全人的苦痛 19
・インフォームド・コンセント 17
・ボランティアの役割とトレーニング 16
・ホスピスの利用方法 15
・在宅ケア 12
・その他:家族ケア, 音楽療法, 薬剤師の役割, 宗教家の役割, コメディカルスタッフの役割, 食事の工夫, 臨終前夜のケア, チャプレンの役割, 在宅ホスピスケア, パストラルケア
(38医療機関総計)
 
2.施設外からの研修受け入れに関する問題点
 回答のあった78施設から寄せられた問題点は, 概ね以下のとおりである。
1)人材の不足に関連したこと
・専任の指導者がいない。
・研修を担当するナースの業務量が増え, 負担が大きい。
・研修を担当するナースがホスピスケアについて体系的に学んでいない。
2)研修システムに関連したこと
・研修プログラムが整備されていない。
・研修の目的がさまざまであり, その調整に時間を要する。
・研修期間が短いことが多い。
・どのような研修方法がよいのか悩む。
3)その他
・患者・家族, スタッフ, 研修生との調整に時間を要する。
・複数の研修生を受け入れる際の日程調整に時間を要する。
・開設したばかりで研修生を受け入れる余裕がない
 以上のことから, 現状での問題点としては, (1)研修指導者にふさわしい人材が不足していること, (2)施設外からの研究生を受け入れるためのシステムが整備されていないこと, の2点としてまとめることができる。
 これらの問題を解決していくためには, まず, ホスピス・緩和ケアで働くナースの教育を充実し, 指導者としてふさわしい能力を有するナースを育てることが必要であると考える。
 
今後の方向性
 
 全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会教育研修専門委員会では, 2001年度に, 「ホスピス・緩和ケア教育カリキュラム(多職種用)」を作成し, ホスピス・緩和ケアに従事するスタッフの学習目標を示した(詳細は, 本特集中「多職種向けカリキュラムのねらいと課題」の稿を参照)。
 2002年度中には, この教育カリキュラムをもとにして, 看護師用の教育カリキュラムを提示する予定である。これは, 個々のホスピス・緩和ケア病棟が, 施設の現状に見合った看護師の院内教育プログラムを作成する際の指針として活用できることを目標としている。
 前述したように, ホスピス・緩和ケア領域で必要な知識や技術は, 文献による自己学習や勉強会や研修会への参加で, ある程度のレベルまでは習得可能である。しかし, 大切なことは, その知識や技術を, 患者・家族のその人らしい生や死を支えるために, いかにタイミングよく適切に適用できるか(アート)ということである。ベナーは, 看護のアートを“気づかい(Caring)”という言葉を用いて説明しつつ, 「人に対して効果的に働きかけるには, その人の状況づけられた可能性に即して, つまりその人の携えている意味と習慣と関心に適合した仕方で働きかけなければならない」1)と述べ, 患者の体験していることへのケアの重要性を伝えている。
 このアートの部分を学ぶには, 事例検討・ロールプレイといった, 体験に基づいた学習方法に加え, 日々の臨床現場で行われるカンファレンスなどのディスカッションが効果的に営まれることが期待される。自己学習や, 改めて時間を確保した集合教育や, 勉強会・外部研修会への参加だけでなく, そこで学んだことを活用できるように, 日々の臨床の場でのカンファレンスを教育の場として位置づけ, 指導的立場となるスタッフ(多職種)が人間的・教育的配慮を持ってそれを展開することが重要であると思われる。また, チームアプローチを学ぶためには, チームを構成する多職種が同時に共に学習する機会をつくることにより協働が始まることを意識づける方法があるなど, 看護職だけの勉強会ではなく, 多職種を意識し, 他職種と助け合いながら共に学習を継続する教育プログラムづくりが求められる。
 さらに, 人材育成の側面では, がん看護専門看護師や認定看護師, 経験を積んだホスピスナースの活用と, ホスピス・緩和ケア病棟間の人材交流の可能性も検討されるべき課題となると思われる。
 
おわりに
 
 全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会A会員施設婦長会議の看護状況調査をもとに, (1)緩和ケア病棟における看護師の教育プログラムの現状と課題について, (2)施設外からの看護婦研修に関する実態調査をもとに, 施設外から研修受け入れの現状と問題点について述べた。教育, 研修それぞれに多くの問題があり, その解決に向けて個々の施設での努力はいうまでもないが, ホスピスケアの質の維持・向上のためには, 全国レベルでの取り組みが必要であることが明らかとなった。
 すでに述べたように, 当面, 全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会教育研修専門委員会がその中心的な役割を担い, 看護師の教育プログラム, 研修プログラムの作成を目指すことになるであろう。これらのプログラムをよりよいものにしていくために, 皆さまからのご意見, ご要望などをお寄せいただければ幸いである。
 

*1 Educational Programs for Nurses Participating to Hospice Palliative Cares: the Current State and Perspectives
*2 淀川キリスト教病院ホスピス
*3 ピースハウスホスピス看護部長
『ターミナルケア』(Vol.12, No.3, 2002)に掲載
 
引用文献
1)パトリシア・ベナー, ジェティス・ルーベル(難波卓志訳):現象学的人間論と看護. P.30, 医学書院, 1999.
 
参考文献
1)中西睦子(編):看護サービス管理. 医学書院, 1998.







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION