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臨床研究
老人ホーム入所者の予後に関する研究*1
児島五郎*2 新井まり子*2 今井行子*2
湯浅英樹*2 高橋利明*2 村井俊介*2
石田尚志*2 安藤幸夫*3 日野原重明*3
 
はじめに
 
 昔中学生の時に見たフランス映画「La fin dejour(旅路の果て)」は老人ホームを題材にしたものであったが, 人の晩年を一日の黄昏時に喩え, 若い頃のように元気に生きたい気持ちと, 現実の老いた状態との葛藤のなかにも果敢に人生と取り組む姿を映していた。そこには痴呆も, 寝たきりもまったく見られず, 食事の時は正装して食堂に集まる姿が見られた。
 わが国では, 戦後核家族の発達と平行して, 家族が小さな単位で暮らすようになり, 長い人生を国や社会や家族のために貢献し, 年をとった人たちが, 老化現象の進展に伴い, 日常生活の基本的な動作が自分でできなくなったとき, 家族に介護できる人がいない場合には, ホームなどの施設に入所してくる傾向が多い。
 一方, 訪問診療では病気になった親の介護のために自分の人生の多くの時間を提供している家族に出会うことがある。なかには, 自分の家族だけでなく隣近所の人たちが急病になったときや平素の生活にも協力の手を差し延べ, さらには近くに捨ててある犬や猫までも手厚い保護を与えている人たちに遭遇することがある。
 筆者はそのような時代的背景の中で特別養護老人ホームの医療に関わる機会に恵まれた。最近は, 老健施設や老人病院の入所や入院が長期になり, 退所あるいは退院を余儀なくさせられた人が特別養護老人ホームに入所することが多いので, 老齢になり, 病状の回復できない人が多く入所する結果となってきた。
 
目的と方法
 
 特別養護老人ホームに入所している人の年齢分布, 入所以前にいた所の把握, ADLの低下している人についてはADLの低下の程度やその原因になっている疾患の把握, さらには, 自分の力で入浴や排泄のできない人の割合, 入院して死亡した人についてはその死因, 栄養状態と予後については血清アルブミンや血中コレステロール値と予後との関連の把握, 予後と関連のある血清アルブミン値については加齢による低下の割合, 心機能については左室駆出率の加齢による低下の状態, ADL低下の大きな原因になる脳梗塞や脳出血の発症と大きな関連のある因子の把握, 各種臨床検査結果の経時的変化などについてその実体を把握しようと考えた。
 対象は筆者が特別養護老人ホームに関わってから過去3年間に観察した126人について, 定期回診により外来診療が必要と考えた人や入院した人の入院中の各種臨床検査成績を調べ個々の入所者の健康状態の把握につとめた。なお, 長期入所者の中には20年を越える人も若干見られる。
 また, 重篤な状態になり入院中に死亡した34人については死因や平素の健康状態を理解しようとつとめた。
 
結果
 
 図1は, 過去3年間の入所者126人およびその間に死亡した34人の年齢別度数分布を示す。死亡者を含め, 全体の46.1%が90歳以上である。
 図2は, この間にホームに入所した46人についてどこから入所したかを調べたものである。その結果, 41.3%は老健施設から, 39.1%は病院からであった。この両者合計は80.4%になり, 特に39.1%は入院にもかかわらず全身状態に改善が見られず, 自宅に帰ることができないため入所したものである。
 
図1 年齢別度数分布
 
図2 何処からホームに入所したか
 
図3 介護度別度数分布
 
図4 死因別度数分布
 
図5 Kaplan-Meier 生存曲線
 
 図3は, これら98人の介護度を重い順に, 要支援(0)から介護度(5)までに分け, それぞれの度数分布を比較した。その結果, 介護度3以上の排泄や入浴などの動作が1人でできないものは全体の82.6%で, 一方, 介護度1以下の排泄や食事が大体1人でできるものは全体のわずか4.1%であることがわかる。
 図4は, これら入所者の中で病状が悪化し入院後死亡した32人についての死因別度数分布を示す。やはり高齢者が多く, しかもADLの低下したものが多いため感染症が14人で全体の43.7%を占めた。その内訳は肺炎8人, 誤嚥性肺炎4人などである。脳血管障害は6人中4人が脳梗塞, 心臓病は5人中4人が急性心筋梗塞, 癌は肺癌が3人, 食道癌が1人であった。
 図5は, 血清アルブミンと予後との関連を検討した。血清アルブミンの低下が予後を悪くすることは, 米国における大規模試験で知られている。過去3年間に観察した死亡者34人, 生存者74人の合計108人について, 平均1年前の血清アルブミン値を3.5mg/dl以下と3.6mg/dl以上に分けてKaplan-Meier生存曲線で比較した。その結果, 血清アルブミンの低い群のほうが明らかに予後の悪い(P=0.017)ことが判明した。なお, これらの中には20年を越える長期入所者も若干含まれている。
 図6は同様に, 過去3年間に観察した死亡者32人, 生存者69人の合計101人について平均1年前の血中総コレステロール値について199mg/dl以下と200mg/dl以上に分けて, それらの予後を比較した。その結果, 血中総コレステロール値の低い群のほうがやはり予後の悪いこと(P=0.053)が判明した。
 
図6 Kaplan-Meier生存曲線
 
図7 血清アルブミン値と加齢の変化
 
図8 左室駆出率と加齢の変化
 
図9 脳梗塞に影響を及ぼす因子
 
図10 脳出血・クモ膜下出血に影響を及ぼす因子
 
 図7では血清アルブミンが加齢とともに低下する状態を回帰分析により調べた。120人の入所者について血清アルブミン値と年齢との回帰分析を行った。その結果, 血清アルブミンが明らかな有意差(P=0.0006)を持って年齢とともに減少するが, 相関自体はそれほど大きくないことが判明(R=-0.306)した。
 図8では心機能と加齢との関連を調べるために, 外来および入院で関わった65歳以上59人について心エコーによる左室駆出率と年齢との関連を回帰分析により調べた。その結果は, 左室駆出率は加齢とともに若干減少するように見えるが(R=-0.129), 有意差はまったくなかった(P=0.329)。心機能の低下は加齢の影響よりもむしろ突然発症する虚血性変化(急性心筋梗塞)などが大きく影響するものと考える。
 図9はADLの低下と関連のある脳梗塞について影響を及ぼす因子を調べた。入所者106人中, 脳梗塞の既往を持つ25人について, 心房細動10人, 心筋梗塞10人, 高血圧29人と, それぞれないものに分け多変量解析(数量化2類)により分析した。その結果を図のように, カテゴリースコアで表すと心房細動(P<0.01), 心筋梗塞(P<0.05)が脳梗塞の発症に大きな影響を与えることがわかる。
 図10は同様に入所者106人中, 脳出血・クモ膜下出血の既往を持つ12人について心房細動10人, 心筋梗塞10人, 高血圧29人と, それぞれないものに分け多変量解析(数量化2類)により分析した。その結果図のように, カテゴリースコアで表すと高血圧(P<0.01)が脳出血・クモ膜下出血の発症に大きな影響を与えることがわかる。
 図11は, ADLの状態について通常の日常生活のできるもの(スコア1)から完全に寝たきりで全面的に介助の必要なもの(スコア9)までについて1年後のスコアを38人について比較した。1年後のスコアの変化は6.97±1.973から7.33±1.516と変化したが, 有意差はなかった。
 図12は同様に痴呆についても, 痴呆の問題ないもの(スコア1)から高度の痴呆のあるもの(スコア8)までの38人について1年後のスコアを比較した。なお, 痴呆はスコア8でも歩行のできるものもいるが, 1年後の痴呆の変化には有意差はなかった。
 
図11 障害・自立度の推移
 
図12 痴呆・自立度の推移
 
考察
 
 入所者中に左脚ブロックが1人おり, 入所後2年経過して現在88歳である。筆者は左脚ブロック24人の調査において10年以上の生存者を4人経験している1)が, ホームにおいては平素安静にできるので長期に生存できる可能性が高いと考えている。なお, Baldasseroniら4)は心不全を合併するものに予後の悪いという報告があるが, この例では心不全は認められない。また, 左軸偏位も予後を悪くするが1), やはり認められない。
 Croganら2)は老人ホームにおいて血清アルブミン値の低いものは予後の悪いことを指摘し, またLis3)は血清アルブミンレベルが予後に強力な影響を与えると述べている。筆者は血清アルブミン値と予後との関連をKaplan-Meier生存曲線により分析したが, 従来の論文と同様, 血清アルブミン値の低下が予後を悪くする結果を得ている。
 脳梗塞の発症に影響を及ぼす因子の中では心房細動がもっとも大きいが, Penadoら5)は心房細動があらゆる年齢において脳梗塞の独立したリスクファクターであることを指摘し, またDulli6)らは心房細動により発症する脳梗塞は他の原因による脳梗塞よりも重篤になると述べ, またMehtaら7)は心房細動それ自体が死亡率を上昇させるばかりでなく脳卒中, 冠疾患, 心不全のリスクを上昇させることを指摘している。
 
結語
 
 特別養護老人ホーム入所者の健康状態を多面的な角度から分析し, 実体の一部を理解することができた。入所の間にも加齢に伴いADLが低下し, それに伴い感染症に対する抵抗力の低下する人が増えるので, 冬期には風邪やインフエンザの予防に特別の注意が必要である。また, 高度の介護を必要とする入所者に対し黙々と介護している職員やボランティアの姿に明るい日本の将来を感じる。
 

*1 A Study Concerning Prognosis of Persons in Nursing Home
*2 聖テレジア病院
*3 聖路加国際病院
 
文献
1) 児島五郎他:左脚ブロックの予後, 第64回日本循環器学会, 関東甲信越地方会, 1989.
2) Crogan NL, Pasvogel A: The influence of proteincalorie malnutrition on quality of life in nursing homes. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2003, Feb; 58(2): 159-64.
3) Lis CG, Grutsch JF, Vashi PG, Lammersfeld CA: Is serum albumin an independent predictor of survival in patients with breast cancer? JPEN J Parenter Enteral Nutr. 2003, Jan-Feb: 27(1): 10-5.
4) Baldasseroni S, Opasich C, Gorini M, Lucci D, Marchionni N, Marini M, Campana C, Perini G, Deorsola A, Masotti G, Tavazzi L, Maggioni AP; Italian Network on Congestive Heart Failure Investigaors: Left bundle-branch block is associated with increased 1-year sudden and total mortality rate in 5517 outpatients with congestive heart failure: a report from the Italian network on congestive heart failure.
5) Penado S, Cano M. Acha O, Hernandez JL, JA. Atrial fibrillation as a risk factor for stroke recurrence: Am J Med. 2003 Feb 15; 114(3): 206-10.
6) Dulli DA, Stanko H, Levine RL: Atrial fibrillation is associated with severe ichemic stroke. Neuro-epidemiology. 2003 Mar-Apr; 22(2): 118-23.
7) Mehta NN, Greenspon AJ: Atrial fibrillation. Rhythm versus rate control. Geriatrics. 2003 Apr: 58(4): 39-44; quiz 45.







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